絶望世界 もうひとつの僕日記

第34週


12月31日(月) 晴れ
外で走り回ってる間に年は越していた。
大忙しでカウントダウンなんてする暇もなかった。
原チャリを走らせてると、公園で学生っぽい集団が酔っぱらって「あけましておめでとう。」と叫んでた。
僕に気付いた奴がいた。こっちに向かっても「おめでとー。」と叫んだ。
僕は立ち止まってしばらく奴らの方を眺めてた。
奴らはへらへら笑いながら何度も「おめでとう。」を連呼してたけど、
僕が何も言わずに立ってると段々機嫌が悪くなっていった。
「てめぇ何笑ってるんだよ。」と絡んできた。奴らの一人がビールの缶を片手に近づいてくる。
僕はハンドルを握って走り出した。後で「逃げてんじゃねぇ。」と叫び声が聞こえた。
店に戻ると杉崎さんが「あけましておめでとう。」と言ってくれた。
「岩本君、楽しそうだけど何かいいことがあったのか?」
「ええ。年が明けてめでたいじゃないですか。」
時間が過ぎるのはいいことだ。


1月1日(火) 曇
年賀状は誰からも届かなかった。
来るはずもない。住所を教え会うような知り合いはいないから。
年賀メールはいくつか届いてたので返事を送っておいた。
やることが済むとすぐに布団に入った。帰ったのが朝方だったから眠くてしかたない。
正月なんて関係ない。僕にとっては単なる休日と同じ。
布団に入った途端、川口から電話がかかってきた。
「よう。あけましておめでとう。今何やってんの?」
「おめでと。仕事が終わって帰ったとこだよ。今から寝ようかと思ってた。」
「そか。悪い。また今度電話するよ。」
「悪いね。」
川口は物わかりがいいから助かる。
そのまま眠りについた。


1月2日(水) 曇り
今日もゆっくり体を休めるつもりだった。
こたつに入ってテレビを眺めてダラダラと過ごして、ウトウトしてきたらそのまま昼寝。
そんなささやかな幸せを堪能するはずだったのに、奴のせいで予定が狂った。
眠りに入る一番きもちいい瞬間を狙ったかのように、電話が鳴った。
「いえーい!あけましておめでとー!!今年もよろしくねー!!」
テンションの高い不愉快な声が頭に響く。
誰かはすぐにわかったので切ってやりたかったけど、仕方なく相手をしてあげた。
突き放すと逆ギレしてすぐ怒るからタチが悪い。
「あけましておめでとうございます。遠藤さん。」
「おめでとー!!ねぇねぇ。やっぱり大晦日は大変だった?ソバ屋さんの一番大変な時期だもんねー。」
「ええ、まぁ。朝までやってましたね。まだ疲れがとれなくて今日もゆっくりしてるんですよ。」
「げえええええ??朝までぇぇえ??うわー大変だねー。よくやるねー。でもあれでしょ?
ソバ好きだから忙しくてもわりと平気だったりするんでしょ?好きなことだといくらでも没頭できるもんねー。」
「いや、それはちょっと違うっていうか・・・。それに何度も言ってるじゃないですか。
僕はただソバ屋で働いてるだけで、別にソバ好きなわけでもないんだって。」
「またまた謙遜しちゃってぇぇぇ。」
「これは謙遜とは言わない気が・・・。」
そうやって中身の無いどうでもいい会話ばかりでし面白いテレビも全て見逃した。
ようやく電話を切ってくれた時にはもう日が暮れていた。
まったく。


1月3日(木) 晴れ
川口と明日飲みに行くことになった。
こっちの仕事は大晦日さえ過ぎれば当分落ち着く。
休みは家でゴロゴロしてるだけだからいい暇つぶしになる。
川口暇な奴だ。いつも金が無いといってるくせに飲み歩くのが好きなんて。
フリーターで同い年なせいか、まるで以前の自分を見てる気になる。
まぁ何でもいい。奴らの中でマトモな話をできるのはこいつくらいだから。
他はロクなのがいない。


1月4日(金) 曇り
夕方過ぎからずっと居酒屋にいついてた。
僕も川口も、飲みながらダラダラ時間を潰すのは得意技とも言える。
話題はやぱり例のことだった。川口もかなり話したいことがあったようだ。
「なぁ。正直な話、どう思うよ。俺はやっぱ信じられねぇんだよな。」
「どうって言われてもなぁ。」
「田村ちゃんだよ。あの女の言ってること、絶対ウソだね。全部。」
「そうかな。まぁ確かにクリスマスイブの件は疑いたくもなるけど・・」
「な?な?そうだろ?勢揃いさせておいてドタキャンだぜ?あれだけ期待持たせてさぁ。」
「けど田村さんだって気まずそうにしてたじゃないか。電話も繋がらなかったみたいだし。」
「ありゃ演技だね。間違いない。」
「でもさ。遠藤さんは会ったことあるんだろ?散々語ってたじゃん。」
「まめっちか。ありゃグルだよ。てかさ、そもそもあんなブタ信用できないだろ。」
「確かに。」
「第一さ。なんかあいつら違うんだよ。なんでいつの間にか仲良しクラブになってんだよ。目的間違ってるだろ。」
「ああ、それは僕も思うよ。仲良しクラブのフリをしないと肝心のゲストが来ないってのはわかるけど。」
「馴れ合い過ぎ。特にまめっち。てか何だよあの愛称。あんなのブタでいいんだよ。」
「あいつは酷いね。この前もさ・・・」
その後は延々と遠藤バッシングが続いた。
僕もあのタイプだけは頂けない。他の奴らは会話しても苦痛じゃないけど、遠藤だけは駄目。
なんであんなのが生きてるんだろう。


1月5日(土) 曇り
すっかり二日酔いで起きたらすごい頭痛だった。
仕事は月曜からだからと言って飲み過ぎてしまった。
川口は限界を知らないから、奴が飲み相手になってからはこんなのが多い。
まだちょっと酒の気が抜けてない。
そんな中で、また川口から電話がかかってきた。
眠れたかとかまだ酒がとかそんな話の後、川口が違う話を切りだした。
「ところでさ、昨日言い忘れたことがあるんだけど。お前の仕事が落ち着くのを待ってたんだった。」
「何だよ。」
「そろそろ決行しようと思うんだよ。田村ちゃんツアー。」
「ああ、あれね。そだな。うんまぁいいけど。で、何だっけ。田村ちゃんの証言の裏をとるんだっけ?」
「そう。そもそも俺らの集まりってそれが目的だったはずだろ?なのに何をはき違えたか仲良しクラブになりやがって。
あいつら絶対やる気失ってるね。だから俺らで、な。高校もわかってることだし。」
「ほっとくと何もしなさそうだしね。」
「田村ちゃんのやり方も気にくわないんだよな。自分だけ全部知ってるみたいな態度とりやがって。」
「人が知りたがってる情報を握ってるのが気持ちいいんだよ。」
「それが腹立つんだよ。さっさと全部教えてくれればいいのに。小出しにするから疑いたくなるんだよ。」
「それは言える。けど田村ちゃんの『お料理会』の発想は好きだったけどなぁ。」
「肝心のゲストが来ないんじゃどうしようもねぇって。一番見たいもの見せてくれないんじゃぁもう駄目だね。」
「確かに。」
「やっぱぶん殴って全部喋らせれば良かった。」
「だからそれはやめた方がいいって。最初に止めただろ?お互いシャレでやってるんだからそこまでするなって。」
「まぁ・・・・な。でもよぉ。」
今日は田村ちゃんパッシングが熱かった。
川口も本気であいつらのことが嫌いになってきたようだった。
あいつら三人ともそのうち川口に殴られるかもしれない。
そこまで関係が続けばだけど。


1月6日(日) 晴れ
川口と日程を決めた。店の定休日の木曜日に行くことになった。
「そっちのバイトはどうなんだよ。」
「心配するな。俺はサボリ魔だから。何とでもなるさ。」
「いいなぁ。それで通じて。」
「何言ってるんだよ。お前だってバイトしてた頃ってそんなもんだったろ?それとも真面目に働いてたか?」
「言われてみれば・・よくサボってたな。」
「だろ?アルバイトなんてそんなんでいいんだよ。」
「定職に就いちゃうとなかなかそうはいかないけどね」
「相変わらず苦労してんな。まぁ、じゃ木曜に。また近くなったら電話するよ。」
「わかった。」
「おう。俺もそれまでに『処刑人』の足取りおさらいしとくよ。」
処刑人。ハッキリ他人の口からこの言葉を言われると今でも身体が強張ってくる。
田村ちゃん達は仲良しクラブに成り下がってからはあまりこの言葉を使わなくなった。
普通に使ってるのは川口くらいだ。僕もあまり使わない。
言葉にするとあまりに非現実的な響きだから。
あいつらもそのせいでどこか真剣になり切れてないのかもしれない。
田村ちゃんも含め、まだ心のどこかで全部冗談だと思ってるのかもしれない。
そうやって段々分からなくなっていくんだ。どこまでが冗談で済んで、何処からシャレにならなくなるのか。
やってる方もそうだったんだから。


第35週