絶望世界 もうひとつの僕日記

第35週


1月7日(月) 曇り
仕事が始まった。またひたすら料理を作る日々。
ソバ屋のくせに色んなメニューがあるから面倒ではある。
でもそのおかげで人に教えるほどの技術が身に付いた。
それに年末の忙しさを耐え抜いたせいか、普通の忙しさがさほど苦にならない。
客の途切れた時は割とゆっくりとできる。
今週は田村ちゃんツアーがあるだけに、ついあいつらのことを考えてしまった。
しばらく考え込んでると杉崎さんに突っ込まれた。
「どうしたんだよ。また随分と機嫌良さそうじゃないか。」
「いやぁ、大したことじゃないですよ。大晦日に比べるとゆっくりできていいなぁって思って。」
人間、余裕がなきゃいけない。


1月8日(火) 曇り
川口が何かと電話をかけてくる。
「田村ちゃんに見つからないようにちゃんと変装していけよ。」
「わかってるって。でも変装なんてしたことないからなぁ。帽子でも被ってればいいかな。」
「そだな。髪の色も変えていつものひげは剃ってこいよ。それで大分変わると思うぜ」
「いやぁそれは。トレードマークだから変えたくないなぁ。」
「無精ひげとやる気のない茶髪か。つかお前の特徴はそれしかねぇからな。」
「だろ?ひげなんてそんな簡単に生えないし。この髪の微妙な擦れ具合もそんな簡単には・・」
「わかったよ。じゃぁ帽子な。あと眼鏡も変えてこい。」
「オッケー。川口はどうするんだよ。どんな変装するわけ?」
「俺か。俺はお前にならって変な色の眼鏡つけて髪の色を変える。」
「ひげも生やせばいいじゃん。」
「冗談言うなよ。つか最初はそのつもりだったんだけどな。ハンズ行けば色んなひげが売ってるし。」
「じゃぁそうしようよ。」
「やめろよ。そしたら俺ら『変な人二人組』になっちまうって。」
「確かに。」
「なんだ。お前も一応『変な格好』っていう自覚があるのか。」
「いやいや。そんなことないさ。」
趣味が悪い方が目立って面白いじゃないか。


1月9日(水) 晴れ
明日は田村ちゃんツアー。
ただ高校に押し掛けて情報を収集するだけでも、ちょっとした冒険だ。
休憩時間に明日のことを考えてると、杉崎さんが話しかけてきた。
「岩本君、最近楽しそうだけど何かいいことあったんだろ。」
「そんなんじゃないですって。」
「またまた。新しい彼女ができたとか。」
「できないですよ。そんな簡単に見つかれば苦労しないですよ。」
「じゃぁあれだ。美希ちゃんとヨリが戻った。」
「それこそ違いますよ。終わったことまで引っ張らないで下さい。」
「そっかぁ。なんだ残念だな。絶対それだと思ったのに。」
「なんで杉崎さんが残念がるんですか。」
「いい子だったじゃないか。もったいないことしちゃって。また会いたいなぁ。今でも連絡とってる?」
「いや、全然・・・。もういいじゃないですか。あまり思い出させないで下さいよ。」
「そうだな。ごめんごめん。」
・・・明日はツアーだ。


1月10日(木) 晴れ
二人の格好は電話で言ってた通りだった。
ただ、あいつの方が僕よりよっぽど趣味が良くて、むしろオシャレで格好いいくらいだ。
「お前は相変わらずやる気がないな。ホントに帽子被って眼鏡かえただけじゃねぇか」
「でもこれで僕とはわからないだろ」
「そりゃそうだけど・・・まぁいいか。所詮素人のやる変装なんてそんなもんだしな。」
ツアーは好調にスタートした。
高校の場所は既に川口が調べ上げていた。真っ昼間から出かけて高校の近くで時間を潰す。
3時前からポツリポツリと制服を着た人が帰っていくのが見え始めた。
「あの制服、田村ちゃんのトコのだよな。」
「間違いないね。他の制服みないし。」
「どうだ。田村ちゃんはいたか?」
「見ないねぇ。あれ?田村ちゃんをこっそり眺めるわけ?」
「いや、違うけど。もしかしたら処刑人と一緒に帰ってるかもしれないだろ?
直接お目にかかれるかもしれないと思って。」
「そっか。まぁ難しいと思うけどね。見たいならそれこそこんな喫茶店じゃなくて校門の前で張らなきゃ。」
「だよな。お、なんか女の子の集団が店に入ってきたぞ。なんだなんだ。いい感じじゃないか?」
「どうだろ。いやでもさっさと済ませた方がいいかもね。
道端で話しかけるよりも今の状況の方が自然だし。いいタイミングだよ。」
「よし決めた。善は急げ、だ。」
奥に座った三人組の女の子へチラチラ目線を送る川口。
女の子の一人が気付いた。川口が笑うと女の子も少しニコっとした。
女の子の方でこそこそと相談が始まる。川口も女の子へ視線を送りながら僕と話すフリをする。
僕はこの手のことは苦手だから川口に任せっきりだった。
川口の慣れた手口には恐れ入る。僕には到底できっこない。
数分後にはもう僕らは女の子達の隣の席について親しげに会話をしていた。
川口はすっかり打ち解けて笑いながら話してる。僕は適当に相槌を打ちながら会話に耳を立てた。
「でね。俺らさ。その噂を聞きつけて取材にきたワケよ。で、実際どうなの?本当なの?」
「それ本当ですよ。てかすごーい。そんなに広がってたんですねー。」
「え?マジで?本当に死人が出てるの?」
「出てますよぉ。二人くらい死んだんだっけ?」
「うん。確かそのくらいだったね。あとおかしくなって入院した人もいたよねー。」
「いたいたー。てかね、私もあの人が暴れるの見たよ。見応え合って面白かったよ。教室で一人で叫んでて。」
「すっげえ!ぴったりだよ!!」
「何がぴったりなんですか?」
「あ、うん。ちょっとね。こっちの話。で?で?それはいじめられッコの女の子が中心なんだよね?そいつの復讐なんだって?」
「え、あ、ちょっとそれは・・・どうなんだろーね。いじめられッコなんかいたっけ。」
「どうだっけ。イジメとか復讐とか、そんな話しょっちゅうだからよく覚えてないなぁ。」
「ね。調子に乗ってるからシメるとか。男を取られた恨みとか。よくある話だよね。」
「え?よくある話なの?」
「ありますよー。てゆーか普通でしょ?何かあると全部ムカツク奴のせいにしますよね?」
「そうそう。ダサイ奴は即イジメ、は当たり前ですよ。耐えられなくて消える奴なんて腐るほどいるし。」
「うんうん。逃げた奴のこといちいち気にしてらんないしねー。」
「でもさ、さすがに二人も死人が出たらヤバイでしょ。警察とか出てくるじゃん。」
「いや、警察沙汰の話はしょっちゅうですよ。オクスリやったとかウリをやったとかで。」
「イジメくらいじゃ警察動かないよね。それに事故やら失踪やらも腐るほどあるから。」
「死人が出たところでそんな騒ぎにならないよね。」
「え?じゃぁ聞いていいかな。なんで俺の知ってる『謎の殺人鬼に殺された奴がいる』って噂は有名なの?」
「そりゃ『謎の殺人鬼』だからですよ。いつもだとすぐに誰が犯人だって噂が立つのに。」
「ね。死んだ人も死んだって聞いてから初めて存在を知ったって感じ。」
「空気の人達は何やってるかわかんないよね。てゆーか気にしてられないし。」
「はぁ。そうなの・・・。」

「じゃあ、イジメッ子が有名になるってことはないの?」
川口の勢いが衰えたところで、珍しく僕が横から口出しした。
「えー。いつの時代の話してるんですかー。今時イジメだけじゃ有名になんかなれないですよー。」
「ヤクザの女とかウリを仕切るとかしないとねー。人を殺すにしても公開殺人するくらいの伝説作らなきゃ。」
「てゆーかイジメって被害妄想でしょ?やられてる方が勝手にそう思いこんでるだけだよね。」
本人にとってはそれが全てなんだけどね、と僕は心の中で付け加えた。
「で、さっきの話だけどさ。その『謎の殺人鬼』なんだけど、結局誰が犯人かはわからなかったの?」
「私はわかんないです。犯人にできそうな人がいないつまんない事件だったから逆に覚えてただけなんで。」
「私もー。犯人に仕立てる人がいないとつまんないよね。」
「せっかく人が死んだのにね。結局あれは事故とか自殺だったんじゃない?」
「ちょっと、最後に聞かせてよ。俺はさ。その『謎の殺人鬼』は『処刑人』って奴だって聞いたんだけど、何か知らない?」
川口が身体を乗り出して割って入ってきた。奴が一番聞きたいことだった。
目を輝かせて返事を待つ川口。けど、女の子達の返事は実にそっけないものだった。
「処刑人?何それ。」

帰り道、川口がため息をついて呟いた。
「あー・・・なーんか煮え切らねぇなー。」
「そうかな?僕は大成功だと思うけど。一発目で情報を引き出すことができたじゃないか。」
それに、田村ちゃん情報の裏がとれた。これはデカイと思うよ。」
「一発目でなくても良かったんだよ。話してくれる人見つかるまでとことんやるつもりだったから。
問題は田村ちゃん情報が事実だってわかったのも成功。けど肝心の処刑人を知らねぇって言うんじゃなぁ。」
「ナンパでそこまで望むのは厳しいって。今日は今日で上出来だよ。
「うーん・・・・そうかぁ・・・・・。」
そんなもんだよ。


1月11日(金) 晴れ
川口は一晩明けてもわざわざ電話をかけてきて愚痴を言う。
せっかくツアーであの子の情報が正しかったことが証明されたのに、昨日の夜からずっとこれだ。
「田村ちゃんの言い方じゃさぁ。もっとすごい噂って気がするだろ。それがあれだぜ。」
「あの子は誇張したがりだからね。それに、現実の人達はネットのことなんて知らないワケだし。」
「最近の女子高生は人が死ぬくらいじゃ驚かねぇな。やっぱ現実じゃあんなもんか。」
「結構前のことだしね。未だに引っ張ってるのは僕らだけかもよ。」
「それはあるかもな。けど田村ちゃんの態度だって問題あるぜ。中途半端なんだよ。
ありゃもう『処刑人を見守る会』の主催者として失格だね。全ての情報俺に渡して引退しろっつの。」
「いやぁやっぱ一番近くで観察してくれる人は大事にしなきゃ。お前だって女子校にまでは入れないだろ。」
「だからなおさら口惜しいんだよ。活動しないんなら興味持ってるやつに引き継げばいい。」
「なんだ。噂が大したことなくてがっかりしたんじゃないのかよ。」
「がっかりしたよ。けどそれはそれ。俺は何が何でも最後まで見届けるね。」
「最後まで見届けたらどうするんだ?」
「どうするって・・・。いや別に何も考えてねぇよ。処刑人が見たい。それだけだ。」
「処刑人の噂事態が大したものじゃないってわかった今でも、まだ見たいか?」
「おいおい。今更そんな常識振りかざすなよ。ノリでやってるんだからよ。お前、やる気なくしたのか?」
「違う違う。確かめたかっただけだよ。まさかやる気なくしてないだろうなって。」
「俺はとことんやるね。とりあえずあのクソマメには先越されてるんだ。このまま引き下がれるかよ。」
下らない。


1月12日(土) 曇り
今日も川口の愚痴に付き合わされる。
ツアーに行ってからの方がタチが悪くなった気がする。
やっぱりこいつも他の奴と対して変わらない。マシなだけで、同類は同類。
「つーことはだよ。死んだいじめっ子の方も、そんな目立った奴じゃなかったってことだよな?」
「そうなるね。話だけ聞くと学校で一番怖い奴って感じがするけど、実際は全然違うんだろうね。」
「くそう。田村ちゃんオーバーに言いやがって。またツアーでもやってもっと詳しく知ってる奴いないか探すか?」
「やめた方がいいな。どうせ似たような話ばっかだよ。学校内でも田村ちゃんが一番の事情通かもしれない。」
「あー。どの道田村ちゃん無しじゃ無理か。直接処刑人に会えねぇかな?」
「だから誰がそうなのかを知ってるのも田村ちゃんだろ?」
「くそ。どうしようもねぇな。それじゃぁSって子が処刑人だって言われても、保証がねぇじゃん。」
「ここに来てまたでっち上げ説が急浮上?」
「いや俺説が急浮上だね。人は死んでるってのは確かだから、処刑人の存在自体は否定しない。
むしろいるって確信しつつある。俺もあれから色々考えたんだよ。
犯人がわからないってのはネット絡みの匂いがプンプンするんだ。けどそのSが処刑人なのかはまだわからない。」
「けどネットでの噂も下火になってるじゃん。」
「そういや元の管理人ってのも音沙汰無いんだよな。」
「元っていうか、田村ちゃんが『見守る会』を作った時に宣伝してたサイトでしょ。」
「ああ。『WANTED処刑人』だろ?覚えてるって。俺もROMってたんだから。」
「さすが『ROMマニア』。」
「今更ハンドルで呼ぶなっつの。」
「そう言えばこの前見たとき、『WANTED処刑人』もう消えてたよ。」
「そうか。いよいよ俺達だけかもしれないな。またどっかに宣伝すれば活性化するかな?」
「やめろって。何の噂にもなってない今、やる意味がない。」
「そうだよなぁ。あー。早く処刑人見てぇ。」
なかなか危険なことを言う。用心だけは怠らないようにしないといけない。
川口を含め、奴らみんなに。


1月13日(日) 晴れ
田村ちゃんから電話がかかってきた。
ツアーのことを気付かれたかとかなり焦った。
けど、よくよく聞いてみると用件は全然違うことだった。
まったく。タイミングの悪いときに電話してくる。
「こんにちわ。今、平気ですか?」
「ああ、田村さん。久しぶり。どうしたの?」
「そんな久しぶりってほどじゃないですよー。てゆうか師匠、たまには掲示板にカキコして下さいよ。」
「ごめんごめん。仕事が忙しくてね。」
「あはは。かわいそー。でね、いきなりなんですけどちょっと話があって。」
「何?」
「あの、例の子に会ってみません?来週の日曜日の予定なんですけど。」
「え?って問題ないの?また仲良くなれたんだ。」
「あ、そうなんですよー。聞いて下さいよねぇ。あの後大変だったんですから。
全然連絡取れなくてヤバイから家に押し掛けようかと思ってたのね。
そしたらあの子ちゃんと学校に来たんですよー。もうびっくりですよ。でもそこでまたすっごいギスギスしちゃって。
でね。もっとびっくりなのが、あの子謝ってきたんですよ。『クリスマスイブ、ごめんね』とか言って。
何を今更って感じですよねー。けどあんな引きこもりが自分から謝るなんて。あの子も成長したなー。」
「はぁ。なかなか凄いことになってたワケね。それで仲直りしてまたお料理会をしようと?」
「それがちょっと違うんですよー。仲直りはしたんですけどね。それでまたみんなが会いたがってるよって言ったら
あの子、なんか変なこと言うんですよ。『人見知りするから一人ずつ会いたい』とか言って。
ホントわけわかんないですよねー。謝ってきた時は一瞬見直したのに。やっぱ引きこもりは引きこもりなんですね。」
「あらら。まぁそんな人なんだよ。あ、でも来週の日曜日でしょ?ちょっと厳しいなぁ。もう仕事入っちゃってるよ。」
「えー。じゃぁ日程変えましょうかー?」
「いや、別にいいよ。川口か秋山君を誘いなよ。あとは遠藤さんか。」
「師匠に会って欲しかったのになぁ。まめっちはもう何度もあってるからいつでもいいし。
あと私、正直言って川口さん苦手なんですよ。なんか細かいことやたら聞いてくるじゃないですか。もううるさくて。」
「いやそんなの僕に言われても。秋山君にすれば?彼も会いたがってたでしょ。」
「うーん・・・仕方ないか。わかりました。そうします。じゃあ。今度は何を作ればいいかだけ教えて下さい。」
「またそうやって。たまには自分で料理を考えてみなよ。無理なら別に外に食べに行ってもいいワケだし。」
「だってめんどくさいんだもん。それに外に食べに行くだなんて絶対嫌です。
休日にまであの子と一緒に外歩くなんて。仲良く見られちゃうじゃないですか。」
「もう十分見られてるんじゃないの?学校では仲がいいフリしてるんでしょ?
個人的には家に誘う方がよっぽど仲良さげに見えるけど。」
「家に誘ってるだなんて誰にも言ってないですよ!一緒に出歩くのが嫌だから中に押さえ込んでるだけですから。」
「でも親にはバレちゃうじゃん。」
「親のいない時にしか誘ってません!夜までには必ず帰らせてるし。ちゃんと考えてるんですよ。私だってそんな・・・。」
「わかったわかった。とにかくまた何か料理を考えとくから。」
誰かに見られるほど目立った存在でもないくせに、やたら人の目を気にする。
自惚れてる。自分が特別な位置にいると思ってるんだ。
外から見れば視界にも入らない存在のくせに。誰もお前のやることを見ちゃいない。
けど、そんな奴に限って目立ちたがる。自分が目立てる状況を作りたがる。
過剰に悩んで人に相談。自分がいかに悲劇的な立場にいるかを訴え、同情してもらう。
悲劇のヒロインを気取って、そんな自分に浸ってた。
そうかと思えば、今度は圧倒的優位に立てる状況を作りやがった。
自分が主催者。自分が全ての情報を握ってる。みんなが知りたいことを自分だけが知ってる。
そしてその立場を持て余すんだ。自分の力量外のことをやるから。無理して目立とうとするから。
思いつきでやることには終わりがない。キッチリ終われない。
それだと駄目なんだ。ちゃんと終わらせないと。
でないと僕は・・・・・・


第36週