絶望世界 もうひとつの僕日記

第36週


1月14日(月) 晴れ
自分のしてることを間違ってると思わない。
ただ、たまにどうしようもなく苦しくなるときがある。
今日もそうだった。仕事から帰ると急にものすごい自己嫌悪に陥り、頭がガンガンして気持ち悪くなって、吐いた。
ここ最近奴らと話し過ぎたせいかもしれない。胃が締めつけられるように痛い。
嘔吐物と涙を流しながら、僕は同じ言葉ばかり頭の中で繰り返してた。
知らなきゃ良かった。知らなきゃ良かった。知らなきゃ良かった。
真実を知らなければ、僕はこんなことをしてないのに。奴らなんかに関わらないのに。
これはあの子のせいじゃない。僕のせいだ。
僕がバカだったからだ。僕が気付かなかったからだ。
最初から気付いていれば良かったんだ。
そうすればこんな泥沼にはならなかった。
泥沼に。


1月15日(火) 曇り
仕事はきちんとこなさなければいけない。
幸い一晩ぐっすり寝たら例の悪寒も落ち着いた。
杉崎さんに「顔色悪いぞ。」と言われたけど休むわけにはいかなかった。
僕には僕の生活がある。これを維持しないと生きれない。
川口から電話があった。無視した。
田村ちゃんからも電話があった。無視した。
悪いけど今日は相手をしてる余裕が無い。
自分を保つので精一杯だ。


1月16日(水) 晴れ
いつもの調子に戻った。もう大丈夫。
昨日無視してしまったので田村ちゃんに電話した。
「師匠ー。早く料理教えて下さいよー。」
「ああごめん。忘れてた。」
「そんなー。私の料理の師匠なんだから教えてくれなきゃ困りますよー。」
「師匠っていうか。作り方教えてるだけじゃないか。あと、師匠って呼ぶのやめにしない?
みんな本名で呼び合ってるのに。僕だってちゃんと名前があるんだから・・・」
「いーじゃないですか別に。遠藤さんの『まめっち』だってアダ名じゃないですか。」
「あの人とは一緒にしないで欲しいなぁ。」
「あーひどーい。言っちゃいますよー。」
「いやぁそれは勘弁してよ。」
「あ、そうそう。そう言えば昨日川口さんから電話があったんですよ。珍しいですよね。」
「川口から?あいつ何か言ってた?」
「んーなんか処刑人の噂をもっと詳しく知りたいとかそんな話でしたよ。やたら細かく聞いてきた。」
「どんな話したんだ。」
「あはは。やだ。師匠ったらちょっと怖い声になってますよう。
別に大した話してませんよ?前からみんなに話してるのと同じですって。」
「二人死んで一人がおかしくなったって話?」
「そうです。川口さんなんで今更蒸し返すでしょうね。散々話してあげたのに。
あーやだやだ。ホントしつこかったんだから。それより師匠、料理教えて下さいってば。」
「ああ。そうだったね。今度はじゃあ・・・」
田村ちゃんとの電話が終わったあと、すぐに川口に電話した。
何回かコールは鳴ったけど、そのうち自動的に留守電に切り替わった。
出ない。


1月17日(木) 晴れ
せっかくの休日だったけど電話ばかり気にしていた。
川口が捕まらない。電話をかけても留守電になる。
何度目かからは「電波のとどかない所にいます」のメッセージしか流れなくなった。
留守電に「折り返し電話欲しい。」と吹き込んでおいたけど未だに連絡は来ない。
田村ちゃんに電話して聞いてみた。
余計な世間話ばかりしてきて肝心の話に持っていくまで時間がかかった。
「でね。遠藤さんたらあの子に会いたいとかそんな冗談ばっか言うんですよー。やっぱあの人面白いですよねー。」
「まあそんな人なんだよ。あ、ところでさ。川口の奴、この前どっか行くとか言ってなかった?」
「え?何ですかそれ。何にも聞いてないですけど。」
「そうか。ならいいや。」
「どうかしたんですか?」
「いやいや、大したことじゃないよ。今日飲みに行こうと思ったんだけど捕まらなくてさ。」
「そうなんですか。ってかやっぱ師匠と川口さんって仲良しですよね。私はあのタイプ駄目なんですよー。」
「またその話か。」
「いいじゃないですか。聞いて下さいよー。この前の電話の時だって・・・」
また長話に付き合わされた。この子の話は繰り返しの内容ばかりで中身も無い。
ずっと聞き流して、頭では別のことを考えてた。
川口、どうしたんだ。


1月18日(金) 晴れ
川口から電話が来た。
「よう。どうしたんだよ。留守電に連絡欲しいって入ってたけど。」
「ああ。大したことじゃないよ。昨日ヒマだったから飲もうと思っただけ。
で、何やってたんだ?ずっと留守電だったじゃないか。」
「悪い悪い。昨日はちょっとな。大イベントの真っ最中だったんだよ。」
「大イベント?何だよそれ。」
「へへ。聞いて驚くなよ。つか、絶対驚くぞ。」
「もったいぶるなよ。早く話せって。」
「処刑人の証拠見つけた。」
「何?」
「驚いただろ?マジだって。証拠っつかもっと凄いかも。」
「詳しく聞かせてくれよ。」
「へへへ。俺な、今週の始めに一人でまた田村ちゃんツアーやったんだよ。
お前も誘おうと思ったけど電話出なかったし。それにどうせ仕事だったろ?だから一人でいいやと思ってね。
で、例によって色んな女の子に声かけてたらさ。一人いい情報持ってる子がいたんだよ。この前聞き出せなかったこと。」
「聞き出せなかったことって?」
「名前だよ名前。例の噂の登場人物。ホントは全員の名前聞き出したかったんだけどさ。
話の流れ的に一人だけしか聞けなかった。でも凄い成果だったぜ。次に繋がったんだから。」
「誰の名前を聞いたんだ。」
「怖い声するなよ。誘わなかったのは悪かったって。で、聞き出せたのは狂っちゃったって子の名前。
公式には受験ストレスで頭おかしくなってオツムの病院に入ってるってことだったよな?
だから大学生のフリして『受験戦争の犠牲者についてレポート書いてる』って言ったらすぐに教えてくれたよ。」
「頭いいなお前。」
「だろ?けど俺はもっと用意周到だったんだぜ。話はこれだけじゃないんだよ。つかこっからがメイン。
実は俺、あらかじめ田村ちゃんに入院先の病院を聞いておいたんだよ。」
「はぁ!?よく話してくれたな。」
「要は聞き方だよ。頭の病院ってそんなたくさんないだろ?
だから『どこにある病院ってハッキリしなきゃ信用できない』みたいなこと言って聞き出した。
さすがは田村ちゃん。犠牲者と知り合いってことだけあるな。ちゃんと知ってたよ。」
「ということはお前まさか。その病院に?」
「そう!まさにそれ!昨日行ってきたワケよ!そしたらちゃんといたんだよ!マジびびった。
で、そこで凄い発見しちまったんだよ。あーお前にも見せてやりたかったなー。」
「何を見たんだ?」
「いやーあんなのがあるとは想像もつかなかったね・・・」

・・・・

「僕も行くよ。」
「何?」
「僕も見てみたい。明日行こうよ。明日はバイトか?無理なら一人で行くからいいけど。」
「え?あ、バイトはいつでもさぼれるからいいよ。何だよ。急に乗り気になってきたな。」
「うん。話を聞いてたら僕も見たくなっちゃって。自分の目で見なきゃ気になって仕事に手がつかない。」
「いいねぇ!そうゆうの大歓迎だよ。明日な。行こうぜ!」

杉崎さんに「最近体調が優れない。」と伝えたら、すんなり休みをもらえた。
本当に体調が悪い時には休まなかったのに。


1月19日(土) 曇り
「細江亜紀」
確かにその人はいた。
そこは病院と言うより施設だった。重度の患者はいない。
何かに疲れた人が集まる所。仕事に疲れたり、学校に疲れたり、家族に疲れたり。
その場から逃げたいと思ってる人は社会に出ればいくらでもいる。
ここにいる人達は、何かから逃げ出したい気持ちが他の人よりも少し強いだけ。
外の人と違うのはそれくらい。きっかけさえあれば誰でもここに来る可能性はある。
悩みを抱えてない人間なんていないんだから・・・。
というのを施設の紹介として聞かされた。
他にも社会復帰のためのプログラムには長い期間のものから短いものまでどうたらこうたらという説明があったけど
別に興味がなかったので全て聞き流していた。川口は2回目なので露骨に顔をしかめていた。
面会はあまり歓迎されてない感があった。
人と会うのはプログラムに影響を与えるのだとか何だとか。そんなこと知ったことじゃない。
川口は「田村喜久子の紹介の大学生」として入り込んでいた。
奴はバレた時のことを気にするほどの脳は持ち合わせていない。
細江さんにも受験ストレスのレポートを書くという話をしてたそうだ。
けどもちろんそれはただ話しただけで、「ところで田村さんから聞いたんだけど。」と処刑人の話にシフトさせた。
その時、細江さんが黙って川口に見せたものがあれだった。
細江さんはそれだけ見せて「何も話したくない。」と言って引っ込んでしまったらしい。
でも今日は僕も見せてもらった。
面会室に入ってきた細江さんは、僕らを、というより川口を見てけだるそうな表情をした。
「またあなたですか。話なんてありませんよ。」と言ってすぐに引き返そうとした。
川口が笑いながら細江さんに飛びかかった。
そんな無茶をすると後でどうなるのかなんて猿にわかるわけなかった。
川口が細江さんの長そでをめくると、か細い腕に例のモノが醜く刻み込まれていた。

「処刑人済」

鉛筆で刻み込んだらしく、傷自体は治ってても入れ墨状態になって文字が消えてない。
もっとじっくり見たかったけど細江さんが暴れたのでそれ以上は無理だった。
そしてもちろん、僕らはつまみ出された。今後出入り禁止というおまけつきで。
帰りに川口は大笑いしてた。
「見たろ?『処刑人済』だってよ!普通なら『処刑済』だろ?キッチリ文字を間違えてるのも狂ってていいよな!
バカだ。やっぱりバカだ。いいねぇ。やっぱ処刑人はこうでなきゃ。最高のバカだね。
またネットで処刑ターゲットの募集やってくれねぇかなぁ。あのイカレ具合が好きなのに。あー早く会いてぇ!」
バカをするとバカが集まる。呼んでもないの寄ってくる。
しかも妙に行動力がありやがる。野放しにすると暴走しかねない。
例え中心部が醒めてしまっても、群がるだけのバカは意味もなく粘着する。
しつこく嗅ぎまわりやがって。それがたまに見事に当てはまる時があるからタチが悪い。
猿が。


1月20日(日) 晴れ
川口が興奮さめやらぬ調子で電話をかけてくる。
新しい情報を仕入れたわけでもなかったので全て聞き流した。
奴らを見てると何も知らなかった頃を思い出す。
全ての出来事に意味を求めていた。背後に大きな法則があるように思ってた。
本当は逆なのに。法則があるからそれが起きたってワケじゃない。
後から僕が勝手に・・・。最初から気付いてれば良かったのに。
けど、奴らの気持ちも痛いほどよくわかる。
一度ハマったら抜けられないんだ。
自分勝手に盛り上がり、勝手に悩む。そして人を巻き込んでいく。
外から見ないとわからない。もしくは、教えてもらって気付くまでは。
奴らは未だわかってない。わかってないくせに、中心部にどんどん近づいてくる。
その先に何があるのか、お前達は知ってるのか?

・・・無知は罪だよ。


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