絶望世界 もうひとつの僕日記

第2部<外界編>
第10章
第37週



1月21日(月) 晴れ
仕事も大分落ち着いてきた。
最初は料理のいろはなんて何も知らなかった僕がここまで成長できるとは思ってなかった。
思えば僕もかなりの料理を覚えた。今では趣味で新しい料理を開発したりもする。
失敗作も多いけど、おいしければ杉崎さんもメニューに載せてくれる。
汗水垂らして働くのも悪くない。むしろ働く喜びってのを感じる時もある。
「働かせて下さい。」と土下座して頼んだ甲斐があった。
目的は別にあるとは言え、料理人の仕事に就いたのは正解だった。
きっかけなんて関係ないのかも知れない。


1月22日(火) 曇り
川口は細江さんを探し当てて以来すっかり調子に乗ってしまった。
僕に電話してきては次は何をしようかと一緒に案を練ってる。
細江さんにもう一度会いに行ってもっと詳しい情報を聞こう、という話になったけど
あんな騒動を起こしてしまった後で会いにいけるわけがない。
大事な「情報源」を自分で潰したくせに、本人にはそんな意識がない。
第一、もう出入り禁止になってる。
「今度は警察にチクるのはどうだ?殺人事件の犯人の情報を手に入れましたって言えば絶対乗ってくれるだろ。」
「でも割と昔の話だからわかんないよ。」
「そうかなぁ。殺人事件なら今でも捜査してるだろ。実はネット絡みの殺人だなんて警察も掴んでねぇって。」
「警察かぁ。大それた話になってきたなぁ。」
「俺はチクるの得意だよ。つか、110番にイタズラなんてよくやるだろ?」
「いや、僕はしたことないなぁ。」
加えて「お前だけだよ。」と小さく呟いておいた。
外には色んな奴が居る。


1月23日(水) 晴れ
田村ちゃんから電話が来た。
仕事中だったし、会話する気分でもなかったので放っておいた。
すると留守電に妙なメッセージが吹き込まれていた。
「師匠、これ聞いたらすぐ掲示板見てください。大変なことになってます。」
「掲示板」と聞いて一瞬何のことかと思ってしまったけど、よく考えみるとネットとことだと気付いた。
「処刑人を見守る会」。最近ネットでの活動なんか全くしてなかったらすっかり忘れてた。
家に帰ると久々にパソコンの電源を入れた。
ネットに繋げて画面を表示。「お気に入り」の中には過去の残骸が幾つかまだ残ってる。
今はもう何もない「WANTED処刑人」。かつて僕が管理していた場所。
その下に「見守る会」へのリンクがあった。
アクセスすると相変わらずサイトの趣旨にそぐわないデザインのトップページが現れた。
挨拶文やら最近の処刑人の動向やらはまだ残ってるけど、ここ最近全然更新されてない。
掲示板コーナーをクリック。掲示板も他と同じように、アングラとは思えない可愛らしいデザイン。
そこに新しい発言が投稿されていた。

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投稿者:アッキー
投稿日 2002年01月22日(火)23:05

日曜日、Tさんと一緒に「処刑人」に会いました。
みなさんの話や色んな噂から、もっと気持ち悪い人を想像してましたが
実際会ってみるととても感じの良い人で、第一、可愛かったです。
そこで僕は思いました。
「この人は本当に処刑人なんだろうか?もしかして『処刑人』だと勝手に決めつけてるだけなんじゃ?」
後者の場合、僕らはネットを通して彼女にとても酷いことをしてきたんだと思います。
そう思うと僕は自分の罪に押しつぶされそうになって、とても辛いです。
いっそのこと彼女に全部話して謝りたいです。
今後、僕はこのサイトの更新を望みません。
そっとしといてあげたいです。
また彼女の手料理を食べたいです。
それが僕の望みです。
*********

全て読み終わった後、僕は思わず吐き捨てた。
ガキが。


1月23日(木) 晴れ
緊急会議を開くことになった。
参加者は田村ちゃん、遠藤、秋山君、そして僕。田村ちゃんの意向で川口はメンバーを外された。
開催日は土曜日。学生が絡むと平日開催ができないから困る。
杉崎さんに頼んで土曜は早引きさせてもらうことにした。
最近休みを取るのが多くて申し訳ないと思ったけど
「いつもはがんばり過ぎなんだよ。このくらい休んだ方が丁度いいって。」
と快く受け入れてた。日頃マジメに働いた甲斐があった。
田村ちゃんは「師匠、どうしたらいいですか。」ばかり連呼していた。
自分が始めたことなのに、困るとすぐ人に相談する。
始めるときになぜ想像しなかったんだろう。自分のすることが、何を産み出すのか。
トラブル無しで物事が進むわけがない。


1月24日(金) 曇り
田村ちゃんが必死に秋山君を説得する方法を考えてる中、
掲示板では遠藤が妄言を吐いていた。

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投稿者:まめっち
投稿日 2002年01月23日(金)15:44

アッキー、君は何か勘違いしてるぞ。
いや、君の言いたいことはわかるんだ。
何しろ僕は何度も『処刑人』に会ってるからね。
僕は君以上に遙かに彼女のことを理解している。
だから敢えて言わせてもらうよ。
罪に悩まされるくらいなら、彼女のことは忘れろ。
サイトの更新を望まないのなら、ここへは来るな。
ここにいる以上は管理者である「密告者」様のルールに従うべきだ。
キツイこと言ったかもしれないけど真剣に受け止めて欲しい。
だって、「処刑人」は君だけのものじゃないんだから・・・。
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お前のものでもない。


1月25日(土) 雨
昼過ぎから行われた会議はかなり白熱し、夜になるまで終わらなかった。
ファミレスの店員が嫌悪の視線を送ってきてるのにも気づかず、みんな言いたい放題。

「だから、僕はあんないい人騙すなんてもう耐えられないんです。」
「さっきから何度も行ってるけど、別に騙してるわけじゃないのよ。私なりに結論を出してのことなのよ。
秋山君にはわからないだろうけど、あの子学校では酷かったのよ。今は猫かぶってるだけよ。」
「そんな人に見えません。それに、もしそうだとしてもネットとどう関係あるんですか。」
「ネットで処刑ターゲットの募集してたの見たでしょ?私の名前が載ってたのも見たでしょ?」
「僕は見てません。ネットじゃそれくらい簡単にねつ造できるじゃないですか?」
「待った。処刑ターゲットの募集は僕も見たんだ。田村さんの名前が載ってるのも見た。
他のターゲットも田村さんの知り合いなんだよね?で、学校では怪しい奴がいる。当然の流れだと思うよ。」
「実際会ったらそんな人じゃないってわかります。」
「おいおいおいおいおいおいアッキー、君に何がわかるんだよ僕は何度も会ってるからよくわかるけど。
たった一日会っただけで彼女を語るのはよしてくれ。一度で理解したつもりになるなんて愚の骨頂だ。」
「どうせ遠藤さんもあの人が処刑人だと思ってるんでしょ?」
「ちっがあああああああああうう!そんなんじゃないんだってば。そんな話じゃないんだってば。
心の闇は誰でもある。けどそれを受け入れるのが大切なんだよ。君は心の闇の存在を否定してる。
けど違うんだ。光と闇は切り離せない。光の部分しか見ないなんてのは逆にその人を傷つけることになるから
心の闇を認め、それを含めて受け入れてあげた時こそ本当に理解したと言える・・・」
「あ、ちょっと話がズレてきてるから元に戻すけど、秋山君さ。これからどうしたいの?」
「彼女に全部話します。きちんと説明して謝ります。」
「全部説明するってどこから?僕らが知り合った経緯まで説明するの?
処刑人の情報を集めた『WANTED処刑人』ってサイトがあって、そこの掲示板で『密告者』が別のサイトを作って。
そこでオフが行われて。『密告者』が処刑人のターゲットだった田村さんだったことが判明して・・」
「あの子だっていきなりそんな話をされても信用するわけないわ。」
「仮に全部話せても、その子は不愉快な思いしかしないだろね。」
「だから謝って許してもらいたいんです。」
「そんなうまくいくかな?それにね、これは君だけの問題じゃないんだ。
許してくれなかったら田村さんの立場はどうなるんだ。田村さんはこれからも学校で会うんだよ。」
「田村さんも一緒に謝りましょうよ。」
「嫌よ!なんで私があの子なんかに謝らなくちゃいけないのよ。」
「まぁまぁまぁままぁまぁまぁみんなそんな熱くならないで。今すっごい解決策を思いついたから。
要は僕にまかせてくれればいいわけだ。僕が処刑人ちゃんに直接話しててあげればいいわけだね。
仕方ないなぁ一肌脱いでやるかぁ。いやぁまさかこんな役が回ってくるとはとんと考えつかなかったよ。」
「いや、遠藤さん。ここはみんなで解決しましょう。」
「だよね。やっぱみんなで解決した方がいいよね。本当は僕もそう思ってたんだよ・・・」

川口がいなかったのが残念だ。
あいつがいれば三人とも問答無用に殴られて、強制的に黙らされただろうな。
結局何も決まらなかった。誰も自分のスタンスを変えようとしない。
田村ちゃんは「謝るなんて絶対嫌。」で、秋山君は「謝りたい。」。遠藤は何がしたいのかよくわからない。
今後のことは「お互いじっくり考えよう。」ということで答えを保留にしておいた。
とりあえず「誰も先走らないように。」とクギを刺して、会議は終了。
なかなか面白い一日だった。


1月26日(日) 晴
川口が今ごろ秋山君の書き込みに気づいた。
「おいおい、秋山のやつ掲示板に馬鹿なこと書いてるぞ。見たか?」
「ああ。僕も昨日気づいた。なんか遠藤さんも反論してたね。」
「いいねえ。もっとギスギスして欲しいね。それそうゆうの大好きだから。」
昨日のバトルを見せてやりたかった。
「もうギスギスしてるかもね。あんなことかかれちゃ田村ちゃんも黙ってられないでしょ。」
「そうだよなー。お前のトコに何かきたか?お前田村ちゃんに気に入られてるだろ。」
「いや、何も来てないよ。本人同士で直接やりあってるんじゃない?」
「だろうな。かなり楽しくなってきたねぇ。あ、そうそう。お前にひとつ言おうと思ってることがあったんだ。」
「何?」
「この前警察に電話したらさぁ。全然話聞いてくれなかったんだよ。」
「え?本当に電話したの?」
「ああ。けど全然駄目だった。いくら話しても聞く耳もたねぇって感じでさ。ネット犯罪は担当がどうだとか。
証拠はあるのかなんてのも言ってたな。あと、俺の素性まで聞き出そうとしやがるんだよ。もちろん断ったけどね。
そしたら『イタズラじゃないのか?』なんて言いやがって。くそう。あの野郎殺してやりてぇ。」
「そりゃそうだよ。警察はきちんとした証拠がないと動いてくれないよ。」
「でも殺人事件だぜ?くそう。せめて田村ちゃんに処刑人の本名聞いときゃよかった。
Sちゃんだけじゃわかんねぇよ。やっぱ殴って聞き出そうかなぁ。それとも学校に乗り込んでやるかぁ?」
「学校はマズイって。細江さんの時だって結構ヤバかっただろ。学校はもっと厳しいはずだよ。」
「そうだけどさぁ・・・。そうするとやっぱ田村ちゃんから聞くしかないな。」
「急ぐなよ。あの子は殴ったら余計に口を閉ざしそうだから。」
「まぁな。あ、そうか。他にもっといい方法があった。そうだよ。これなら絶対逆にこっちが優位に立てるし・・・。」
「何だ気になるな。そのいい方法とやらを教えてくれよ。」
「犯す。これしかないだろ。」

電話を切ったあとも笑いをこらえるが大変だった。
大声を出して笑いたかったけど、こんなボロアパートだと近所迷惑になってしまう。
田村ちゃん、秋山、遠藤、そして川口。お前ら最高だよ。
全てが崩壊に向かいつつある。


第38週