絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第39週
2月4日(月) 晴れ
田村ちゃんはやたら出し渋りをする。
「木曜日行くのはいいけどさ。どこに行くかくらい教えてよ。」
「当日まで秘密です。あせっちゃ駄目ですよー。」
「もしかして処刑人に会わせてくれるの?」
「そうじゃないです。あ、会いたいですか?いつでも紹介できますよ。あの子は私の言うことなら何でも聞くから。」
「そうだね。近いうちに頼むよ。でもその前に証拠ってのが気になって。」
「木曜日にわかりますよ。」
「先にちょっと教えてくれるくらいいいじゃん。」
「後のお楽しみですってば。えへへ。見たら絶対驚きますよー。」
「そう言われると早く知りたくなるよ。」
「ダーメ。あーとーで。」
「ヒントだけでも頂戴。ヒント。」
「ヒント?うーん何だろう。結構生々しいって感じかな。」
「生々しい?それだけじゃわかんないな。」
「生々しいって言うかちょっとグロいかも・・。」
「益々わからない。」
「わざとですよー。私、じらすの好きなんですよー。」
「ひどいなぁ・・・。」
助けを求めてるくせに何様のつもりなんだ。こいつは少しでも甘い顔をするとすぐ調子に乗る。
川口が嫌うのもよくわかる。
2月5日(火) 晴れ
田村ちゃんは時間を見ないで電話してくる。
お昼休みはヒマなんだろうけど、僕は仕事中だというのをわかってない。
「ねぇ今何やってるんですか?」
「今こっちは仕事中だよ。また後でかけてくれる?」
「あ、ごめんなさい。でもちょっとだけお願いします。木曜日のことなんですけど・・。」
「ちょっとだけだよ。で、木曜日行く場所決まったの?」
「えへへ。まだ教えません。」
「じゃあ何?」
「気になってるかなぁと思って。」
「うーん確かに気になってるよ。」
「楽しみにして下さいね。絶対びっくりするから。あ、そうそう。ところで聞いてくださいよ。最近あの子妙に生意気なんですよ。」
「生意気?どんな風に?」
「なんか、調子に乗ってるっていうか。またみんなに会いたいとかそんなこと言ったりするんですよ。」
「いいじゃん。お料理会やろうよ。」
「じゃあ今からあの子に話しますね・・・・って今そんな雰囲気じゃないじゃないですかー。」
「あ、今学校・・・・だよね。この時間だと。」
「はい。お昼ご飯一緒に食べたトコです。いつもお弁当のおかず交換とかやってるんですよ。
でもほら、あの子の作る料理ってまずいじゃないですか。だからさっさと逃げてきちゃった。」
「話し聞かれたらやばくない?」
「大丈夫ですよ。あの子に盗み聞きする根性なんてありませんから。ちょっと回り見てみましょうか?
・・・・うん。別にあの子いませんでしたよ。どうせ一人でボケっとしてるんだわ。私がいないと何もできないんだから。」
「いつもそのSさんは一人なの?」
「そうですよー。友達いないもん。」
「田村さんがいるじゃん」
「やめてくださいよー!私は友達じゃありません。強いて言うならあの子は私の奴隷かな?」
前は逆だったんじゃないのか。
2月6日(水) 曇り
また昼に電話してきた。
「いよいよ明日ですね。」
「そだね。あ、ごめん。後にしてくれる?僕まだ仕事中だから。」
「すいません。でも大丈夫ですよ。私のほうはお昼休みだし。すぐ済みますから。」
「いやいや、そっちが良くてもこっちがね・・・」
「でもこうして喋ってるじゃないですか。ちょっとくらいサボったって平気ですよー。」
「そーゆうわけにはいかないんだよ。店長に睨まれちゃうよ。」
「えー。師匠なんか冷たーい。」
「・・・あのね。田村さん。わがまま言われても困るんだよ。真面目に仕事しなきゃ給料出ないんだから。」
「はあ。すいません。」
「気のない返事だね。・・・・・・・・怒るよ。」
「いや、あの、待ってください。そんなことないです。すいません。」
「それにさ。明日のこともそうだよ。何にも教えてくれなくて。隠し事ばっかだと僕も行きたくなくなるよ。」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ・・・。」
「じゃあちょっとくらい『証拠』の内容を説明してよ。いい加減教えてくれないと僕だって嫌になる。」
「すいません。えっと。その、ホントにちょっと特殊なんですよ。
これ言っただけじゃあまり意味わかんないかもしれないですけど。」
「構わないよ。詳しくは明日聞くから。触りだけでも教えてもらえれば」
「あ、じゃあ、ホント触りだけ・・・あの、前に処刑人のターゲットだって子で細江さんっていましたよね?
その子は頭おかしくなっちゃったんですけど・・・えっと、その子の腕に・・・なんて言えばいいかな。
Sが刺青みたいなことしたんですよ。処刑人済って変な文字を刻み込んでて。それが腕に残っててるんです。
だから明日は細江さんが入院してる病院に行ってそれを見てもらおうと思って、あ、でも病院っていうより施設なんですけど・・
あーこれだけじゃ全然わかんないですよね。すいません。明日ちゃんと説明しますから・・・。」
・・・それだったのか。
2月7日(木) 晴れ
川口と来た道をもう一度辿った。
あいつは自分の足で情報を集めてここまでこぎつけた。
あいつが持ってた情報は限られたものだった。田村ちゃんに嫌われてたから。
頭がおかしくなった人物が細江さんであることすら知らなかった。
他にも遠藤や秋山は知ってて川口は知らないことは多々ある。
でもここまで自力でたどり着いた。
そして破壊した。
田村ちゃん。これは君のせいだ。
君が制限した情報しか渡さなかったから。
調子に乗りすぎた。
細江さんとは会えなかった。
田村さんがまず面接の手続きをしてくるといって施設に入り、僕は外で待ってた。
受付から戻ってきたときの田村ちゃんの顔色はすっかり青ざめていた。
僕に事情を説明する姿は見てて痛々しかった。
問答無用で面接拒否。心無い人が友達を装って問題を起こしたからだとか。
さらに言えば、細江さんの様態は悪化したそうだ。
最近は良くなってたのに、変な人が面会に来たせいでまたぶり返してしまったという。
「誰がそんなことを。」
帰り道に田村ちゃんはそればかり呟いていた。
昨日の電話でも少し気まずくなってたけど、今日の空気はさらに気まずかった。
僕から声をかける雰囲気でもないし、田村ちゃんはうろたえっぱなし。
でも最後はちゃんと理解したようだ。
独り言なのか。僕にわざと聞こえるように言ったのか。
別れ際にしっかり口走っていた。
「まさか・・・川口さん・・・。」
大当たり。
2月8日(金) 晴れ
ちゃんと夜に電話してくるようになった。
「昨日はすいませんでした。何にも見せれなくて。」
「いやいいよ。ちゃんと事情は説明してもらったし。状況は把握できてる。それより掲示板での説明はいいの?」
「いいです。秋山君と遠藤さんには改めて説明します。それよりもっと大事な問題があるんで。」
「大事な問題?」
「そうです。細江さんに面会に来て暴れた犯人。目星はついてるんです。」
「ホントに?誰なの?」
「川口さんです。絶対間違いない。あの人です。」
「川口が!?そんなまさか・・・。でもなんであいつだってわかったの?証拠とかあるの?」
「状況証拠なら。あの人この前、細江さんが入院してる病院はどこだって聞いてきたんですよ。
確か『どこにある病院かハッキリしないと信用できない』とか言って。
私またあの人に色々突っつかれるのが嫌で、つい喋っちゃったんですよ。それくらいなら問題ないだろうと思って。」
「そしたら実際そこまで足を運んでたと。」
「そう!そうに決まってます!失敗したぁー。教えなきゃ良かった。そんなつもりだったなんて。」
「けどあいつだってそこまでするかなぁ。」
「あの人ならしますよ!絶対!あーもう。あの人ならやりかね無いってわかってたのに。
師匠何か聞いてませんでした?川口さんと親しいでしょ?」
「いや、僕は何も。」
「じゃあこっそりやってたんだ。もう嫌。何であの人私の邪魔ばっかするの!何で勝手なことばっかするの!」
「もし本当にあいつだとしたら、今回のは酷いね。そこまでするとさすがに・・」
「師匠からも何か言ってやって下さいよ。何でルールが守れないのかって。
てゆうかもうコレ犯罪でしょ。人の不幸に追い打ちかけるだなんて。信じられない!」
「・・・一度直接話してみる?」
「え?」
「こうなったらハッキリしといた方がいいよ。秋山君や遠藤さんを待たせるわけにもいかないし。
川口と話してみようよ。僕も間に入るからさ。このままじゃ先に進めないし。」
「直接・・・ですか。私あの人苦手なんですよ・・・。師匠、本当に間に入ってくれます?」
「もちろん。その方が話しやすいでしょ?」
「何かあったら助けてくださいね。」
「うん。でもあいつは変な真似はしないよ。その点は大丈夫。」
「でも何か怖そうだし・・。」
「平気だって。イザとなったら僕だって居るんだから。」
「頼りにしてますよー。良かった。師匠が居てくれて。」
「じゃ決まりだね。僕が川口に話ししておくから。日曜でいいでしょ?」
「はい。お願いします。」
その後すぐに川口に電話して事情を説明した。
細江さんの話では大笑いしてた。もちろん日曜日の話し合いの件はオッケー。
「俺も田村ちゃん話したいことあったんだよ。」とやる気になっていた。
僕も是非二人に「話し合い」をして欲しいところだった。
絶好の機会だ。
2月9日(土) 晴れ
掲示板では秋山と遠藤が「証拠まだですか?」と催促していた。
二人には申し訳ないがもう少し待ってもらうことになる。
川口と明日のことで話をした。
「田村ちゃんには悪いことしたなぁ。まさか隠し玉で持ってたのを先に見ちゃっただなんて。」
「しかも破壊してくっていうオマケつきでね。」
「いやーそこまで考えてなかったよ。まぁ関係ないけどね。」
「確かに。」
「ところで明日どうする?何話せばいいかなぁ。」
「適当でいいんじゃない?とりあえず細江さんの件を認めるかって話になるとは思うけど。」
「そんなの認めるに決まってるじゃないか。」
「だよね。田村ちゃんもそっから先のこと考えてるのかなぁ。」
「考えてねぇだろうな。罪を認めたら責めれるだとでも思ってるんじゃないか?こっちは悪いことだと思ってねぇのに。」
「たぶんね。開き直られたらあの子はうろたえることしかできないんじゃないかな。」
「それはそれで見ものだな。何だか楽しくなってきた。」
「あ、そうそう。僕は明日行かないから。」
「はあ?なぁ。それはつまり俺と田村ちゃんが二人きりってことだよな。」
「そうなるね。」
「・・・・・・・いいのか?状況わかってて言ってるのか?」
「わかってるよ。だから敢えて、ね。まぁうまく説明しといてよ。」
「ああ。それは構わないけど。」
「よろしく。」
「なぁ。俺前から思ってたんだけどさ。」
「何?」
「俺よかお前の方がよっぽど悪な気がするんだよ」
「気のせいだよ。」
「・・・そうか。まぁいい。じゃあ明日はうまいこと説明しとくから。」
「頼むね。」
善とか悪とか。そんなのは関係ない。
目的に向かって進んでるだけだ。
2月10日(日) 晴れ
夕方、丁度川口と話し合いをしてる時間。田村ちゃんから電話がかかってきた。
でも仕事中だったのでとれなかった。日曜日の飲食店は客が多いから。
しばらくしたらまた電話がかかってきた。でもワンコールで切れてしまった。
その後はまったく連絡なし。携帯の沈黙が妙に重く感じる。
夜、家で寝転がってると電話が鳴った。画面を見ると川口からだった。
放っておいたら自動的に留守電に切り替わった。
ピーっと機械音が鳴った後、奴の声が吹き込まれる。
「川口だけど。今日の結果報告。田村ちゃん、オトしたよ。それだけ。じゃな。」
携帯を放り投げた。パタンと音を立てて床に落ちた。
パソコンの電源を入れてネットにつないだ。
「処刑人を見守る会」の掲示板には新しい書き込みは無かった。
何度か更新ボタンを押しても発言は増えない。
僕はその場でガッツポーズをした。
誰かが僕の携帯電話を拾った。僕の手に携帯が収まる。
電話しようと思ったけどやめた。逆に電源を切った。
そしてまた放り投げた。今度は誰も拾ってくれない。
叫びたかった。でもひっそり呟くだけにした。
みんな自滅すればいい。
→第40週