絶望世界 もうひとつの僕日記

第40週


2月11日(月) 晴れ
田村ちゃんに電話してみた。電源が切れててつながらなかった。
川口から電話があったので今日は相手した。

「さて、どうするか。」
「知りたいことは色々聞けたわけ?」
「まぁな。今度ゆっくり話してやるよ。」
「で、これからだけど。とりあえず秋山君とまめっちが首を長くして待ってるよ。」
「例の証拠ってヤツか。参ったな。ありゃもう見せられないだろ。」
「そだね。でもあの二人を放っておくのも悪いでしょ。」
「じゃどうする。」
「うーん。こっちとしては準備が整ったわけだし・・・そうだ。こんなのはどうかな。」
「何か思いついたのか?」
「うん。ちょっとね。」

・・・

川口は喜んで乗ってくれた。


2月12日(火) 晴れ
田村ちゃんへの電話はまだ繋がらない。
掲示板では川口が新しい発言を書き込んでいた。

********
投稿者:ROMマニア
投稿日 2002年02月12日(火)22:58

管理人さんから皆さんに重大な話があるそうです。
ネットで書くのは非常にマズイのでまた集合してもらって発表するそうです。
今週の土曜日に集まるので、みなさん予定を空けといて下さい。
来れない人はこの重大発表の内容を知ることができません。
後日に改めることも無いので、なるべく参加するようお願いします。

以上、管理人「密告者T」の代理・ROMマニアでした。
********

代理を騙っても本人から文句は来ない。田村ちゃん自身はもう書き込みができないから。
する勇気もないだろう。


2月13日(水) 晴れ
やっと田村ちゃんに電話が繋がった。
この前行けなかったことを謝ったら「全然平気ですよ。」と言ってくれた。
土曜日の件については少ししか触れなかった。
「なんかそうゆことになってるみたいですね。」と他人事のように話してた。
声にいつもの明るさはなかった。風邪を引いてるんだと言うが、本当なのかは定かじゃない。
Sは今どうしてるか聞いたけど学校を休んでるからわからないという。
「でもたまには外の空気も吸った方がいいですよねぇ。」と独り言のように呟いた。
何かを諦めたような、悟った感じの口調だった。
僕は「気分転換はいいことだよ。元気出してね。」と言って田村ちゃんを励ました。
「ありがとうございます。」と言われた。
機械的な返事だった。


2月14日(木) 曇り
掲示板で秋山君と遠藤が二人そろって会議参加を表明していた。
遠藤がSの手作りチョコを食べてみたいだの書き込んでるのを見て
僕ははじめて今日がバレンタインデーだったことを思い出した。
仕事が休みだと途端に世間の話題に疎くなる。
チョコなんかにはとっくに縁が無くなっててるよ。
と思ってたら夜に田村ちゃんからメールでバレンタインカードが届いた。
どこかのサイトが運営してるグリーディングカードだったけど
本来なら文章が入ってるべきところは空白になっていた。
特に電話は来ていない。


2月15日(金) 晴れ
田村ちゃんに電話してみた。
昨日のバレンタインカードのお礼を言うと「お礼なんていいですよ。」と言ってた。
かなりそっけない様子で早く話題を変えたがってた。
他に用事は無かったけど少し話しをした。

「そういえばもう風邪は治ったの?」
「ええ。まぁなんとか。学校にいけるくらいにはなりました。」
「あ、学校にはもう行ってるんだ。良かったね。明日の会議に間に合って。」
「そういえば明日でしたね。」
「うん。でも大丈夫かなぁ。秋山君はまだ僕らに反抗的だし。前の会議じゃ川口はいなかったしなぁ。
そういえばあいつ前にこっそり会議やったこと知ってるのかな?ハブにされたなんて知ったら怒りそうだな。」
「別に怒ってなかったですよ。」
「あれ。もう言ったんだ。」
「はい。」
「そっか。ま、怒ってないならいいや。」
「はい。」
「そういえばさ。最近処刑人はどうなの?Sちゃんってのは相変わらずなの?」
「はい。おとなしいですね。」
「そうなんだ。」
「はい。今日はお弁当作ってきれくれました。」
「え?田村さんのために?」
「はい。私の教室にまで来て見せてました。」
「へえ。やっぱ仲良いんだね。」
「はい。私の周りを何も言わずにお弁当の中身を見せながらちょろちょろしてたんですけど
無視して自分のお弁当黙々と食べてたらあの子暗い顔して自分の教室に帰っちゃいました。」
「へぇ・・・そうなんだ。」
「はい。」
「仲良いね。」
「はい。」
「ま。とにかく明日はよろしくね。僕も重大発表ってのを楽しみにしてるから。」
「はい。」

楽しみだ。


2月16日(土) 曇り
ほとんど川口が喋ってた。
学校帰りに直接やってきた田村ちゃんは制服のままだった。
秋山君は一度家に帰ったらしく私服に着替えてきてた。
遠藤は相変わらずヒップホップを気取った勘違いファッションだった。どう見ても体型にあってない。
演説してる川口はオシャレな格好をしてた。
僕はいつものやる気のないオシャレとは無縁の服装。
年齢層もバラバラだし、他人から見たら僕らは何の集団か想像つかないだろう。
川口の話も知らない人が聞いたら意味不明だ。
奴が語ったのは「処刑人包囲作戦」
処刑人Sに「お前が処刑人だろ?」と匂わせるようなことをわざと行う。
作戦というよりイタズラか。でもそれは、「処刑人を見守る会」も同じことが言える。
悪ふざけを真剣にやる。それが奴らの行動原理だったのかもしれない。

「だからな。Sの口から『処刑人』って言わせたヤツが勝ちなんだよ。
言わせたらドッキリカメラみたいにみんなで登場。ネタバレの始まりってワケだ。」
「え、ちょ、ちょっと待ってよぐっちー。じゃあつまり、最後にはSちゃんに全てをバラすってこと?」
「まぁそうゆうことになりますね。ってか遠藤サン。ぐっちーってやめて下さいって。川口って呼び捨てでいいから。」
「僕は賛成ですね。方法はともかくあの人には正直に話すべきだと思ってたので。」
「でもこれは正直に話すっていうより、逆に追い詰めてるよ。もっと気分悪くさせちゃうよ。」
「そりゃ『処刑人包囲網』だからな。気づいた瞬間は気分悪いだろうな。」
「その先に何があるのさ。『実は僕らは処刑人をナマで見るためにやって来ました』って言って。
もし泣いたりしたらどうするのさ。僕はどうすればいいのさ。」
「別にいいじゃないすか。泣いた姿を写真にでも取ってネットにアップしましょうよ。俺らが勝利ってことで。」
「待ってよ!そんなことしたらSちゃんがかわいそうじゃないか!第一、仲良くなれないじゃないか!」
「はぁ?処刑人なんかと仲良くしたいんすか?」
「ぐっちー。仲良くとかそんな問題じゃないんだ。要はどれだけ包み込めるかって話なんだ。
処刑人という心の闇を包み込んだ時こそ、始めて、ね。たむちゃんからも何か言ってあげてよ。」
「私は川口さんと同じ意見です。だから川口さんに話してもらってるんです。」
「ムキー!それじゃあ駄目だよ。たむちゃんがそれでどうするのさぁ!」
「つーか遠藤さん。仲良くしたけりゃ全部終わったら勝手にそうしてくれたって構わないですよ。」
「ほぇ?」
「むしろ優位な立場に立てるから、やりたい放題でいいじゃないですか。
別にいいんすよ。俺は処刑人が許しを請う姿を見て笑うのが目的なんで。それが済んだらあとはご自由に。」
「う・・酷い・・・。けど・・・・・うーーん・・・その後はやりたい放題・・・・・・・・・やりたい放題!?」
「ええ。お好きにどうぞ。ぶち込むなり何なりと。」
「し、し、仕方ないなぁ。今回だけだぞぉ従うのは。不本意だけど、ぐっちーのためになら仕方なく賛成してあげるよぉ。」
「どもっす。秋山君は既にオッケーだったよな?」
「ええ。まぁ僕はあの人が処刑人だと決めつけるのが良くないって考えてるだけですから。
あの人とは別の第三者が処刑人って可能性もありますからね。容疑者はまだたくさんいるし。
ですのでSさんには多少不愉快な思いをさせてしまうかもしれませんが、最後に潔癖を証明してあげればいいかなと。」
「前と比べて随分丸くなったね。僕は絶対反対すると思ったのに。」
「いやまぁ僕も不本意ながらの賛成なんですよ。けど妥協できるラインです。
僕が最後に謝ればいいだけの話だし、みんなに謝るのを強制しなくても済みますしね。」
「そうだ。秋山君、言っておくけど抜け駆けは無しだぜ。一人で先に謝っとけばバレないなんて思わないでね。
俺、ちゃんと処刑人に聞いちゃうから。抜け駆けされると興ざめしちゃうからさ。」
「そそそそそそそそそんなこと考えてもませんよカケラも考えてませんよとんでもないとんでもないいい。」
「ならオッケー。で、残りのお二方はもちろん協力してくれるよな?」
「はい。」
「うん。」
「ようし。じゃあ田村さん。処刑人様の住所と携帯の番号教えてあげて。あ、本名も忘れずにね。
重大発表なんだから惜しげなく教えちゃってよ。そしたら処刑人包囲作戦、始めようぜ!」

田村ちゃんが口を開いた。
遠藤と秋山が必死にメモをとる。
川口が「すぐにアプローチするなよ。」とクギを刺していた。
僕にも話し掛けてきた。「お前はメモとらなくていいのかよ。」
僕は頷いた。「覚えれるから。」
その後は与えられた情報を整理できるまですっと黙ってた。
下を向いて自分の手を見つめていた。
指をくるくる動かすと面白かった。
「処刑人包囲網作戦」
誰にも聞こえないように小さく呟いた。
非現実的な響きが耳の奥に響いた。
遠藤は携帯に番号を登録していた。
秋山は携帯を持ってないから、メモに間違いが無いか田村ちゃんに確認していた。
川口は「こりゃスタートは来週にした方がいいかな。」と言っていた。

全てが遠い世界のことだった。


2月17日(日) 雨
川口の声が頭に響く。
「大好評だったな。お前のアイデアのおかげだよ。」
耳に当てた電話機が煩わしい。
「スタートは明日からにしといて良かったよ。秋山と遠藤さ、あの二人なんか妙に対抗心燃やしてるし。」
ハッキリとした声がむしろ不愉快に感じる。
「あいつら何やらかすかなぁ。ま、俺も負けないけどね。」
携帯電話につけたストラップがゴツゴツと頬に当たった。
「それにしても処刑人ってのも意外と普通の名前だったな。」
深く息を吸うと少し頭が楽になる。
「けどまぁそんなもんだよな。変なあだ名持ってるやつって本名は普通だったりするんだよな。」
効きすぎた暖房で唇が乾いてた。
「そうそう。昨日の田村ちゃん見ただろ?すっげえ大人しかっただろ?」
唇を舐めると、乾燥して割れた部分が染みた。
「最初は抵抗してたんだけどさぁ。いざハメちまうと素直になっちまうもんなんだよな。」
川口
「体は正直ってヤツだね。うへへ。」
なぁ川口
「田村ちゃんと意外と可愛いトコあるんだぜ。普段は生意気でもベッドでは。」
もう黙れよ
「ん?なんか言ったか?」
「いや、何も。で?ベッドではどうだって?」
「おお。それがな。あの女には妙な癖があってね・・・・」

雨が降ってた。
寒かったから雪になるかと思ったけどすぐに止んでしまった。
今年はまだ雪が降ってない。
真っ白な雪を見たかった。
外を見た。
雪は積もっていなかった。
家の中に目を移すとパソコンが目に入った。
見たくも無い。目を逸らした。
さっきまで使ってた携帯電話が床に放り投げてあるのが見えた。
これも見たくない。もう目を伏せた。
見たいものがあるのに。今の僕には見る権利は無い。
終わったら見れる。全て終わったら。

それは何時のことだろう。


第2部<外界編>
 第11章
 第41週