絶望世界 もうひとつの僕日記

第2部<外界編>
第12章
第45週



3月18日(月) 曇り
家に帰る途中、店に寄っておいた。
わがまま言って春休みをもらったお詫びをしたけど杉崎さんは全然気にしていなかった。
実家の方では毎晩僕がご飯を作ってたからカンは鈍ってない。
明日から現場に復帰するのも問題なさそうだ。
アパートに戻るとすぐに横になった。お腹が減ってたけど眠気の方が上だった。
少し疲れた。


3月19日(火) 晴れ
厨房の熱気を浴びてると仕事をしてる感覚に浸れる。
僕の日常生活は変らない。他人のために料理を作る。それを繰り返せばいいだけのこと。
出前で原付に乗ってるとき、実家で自転車に乗ってたのを思い出した。
荷物を運ぶならやっぱり原付の方が楽だった。
家用にも欲しかったけど今はお金に余裕が無い。
しばらくは厳しそうだ。


3月20日(水) 曇り
体が仕事を覚えると頭は別のことを考えててもちゃんと作業が進む。
料理も単なる作業だと思えるようになれたのは、それなりにできるようになった証拠だろう。
他の仕事はもうできないと思う。また新しく覚える気にはなれない。
料理ができることは何かと役に立つ。けど別に料理を極めたいとは思わない。
この店でずっと仕事をするのもいいかもしれない。気心知れた場所だから。
外に出るのは私生活だけでいい。


3月21日(木) 晴れ
携帯が鳴った。田村さんからだった。
「あの、早紀はいつ破滅してくれるんでしょうか?もう春休みになっちゃいましたよ。」
もうすぐだよ、と答えて電話を切り、また仕事に戻った。
家に帰たあとふと思ってネットに繋いでみた。
掲示板を見ると一つだけ書き込みが増えていた。
「みなさん、進行状況はいかがですか?報告求む。」
誰も返事を書いてない。田村さんの書き込みだけが寂しく画面に浮かんでる。
この子だけまだ取り残されてる。


3月22日(金) 曇り
また田村さんから電話があった。
「すぐっていつですか?」
「何のこと?」
「昨日言ってたじゃないですか。早紀が破滅するのはいつかって聞いたら、すぐだって。」
「ああそのことね。まだなんだ。でももうすぐだよ。」
「だからそのすぐっていつなんですか。」
「うーん、ごめん。実は冗談。嘘だったんだ。」
「嘘?何が嘘なんですか?」
「全部。」
そのまま電源ごと切り、仕事に戻った。
春休みに入ったせいか、客層は家族連れが多い。


3月23日(土) 雨
留守電が五件入ってた。全て田村さんだった。
メールも三件ほど届いてた。全て田村さんだった。
用件は全部同じ。「早紀はいつ破滅するんですか?」
気付いたら掲示板へもその言葉が書き込まれていた。
まだ誰も返事を書いてない。たぶん誰も書かない。
携帯の電源を入れると今でも10分おきくらいに電話が鳴る。
いつのまにか留守録センターの預かれるメッセージ量もいっぱいになってた。
消してもすぐ次のが入る。


3月24日(日) 晴れ
田村さんに電話した。
「やぁ。ごめんね、連絡してなくて。」
「別に構いません。それより早紀はいつ破滅するんですか?」
「そのことなんだけどね、実はみんなリタイアしちゃったんだよ。」
「・・・え?」
「遠藤さんも秋山君も川口も、もう飽きちゃったって。帰っちゃった。」
「帰ったって・・・ゲームはどうなったんですか?」
「そりゃ参加者がいないんじゃゲームはナシだよね。」
「じゃあ早紀は?早紀の破滅は?」
「こうなったら田村さんが直接やるしかないんじゃないかな。」
「師匠!まだ師匠がいるじゃないですか。」
「その呼び方はもうやめて欲しいな。本名で呼んでよ。」
「奥田さん!奥田さんはまだやめないですよね?帰らないですよね?」
「それがね。僕も何というか、みんなと同じで・・・飽きちゃったんだ。だからもうやめようと思う。」
「そんな・・・待って下さい。奥田さんまでいなくなっちゃったら・・・本当に・・・」
「ごめん。冷たいようだけどもうこれっきりにする。」
「待って!切らないで!嫌ですそんな・・・お願い・・・もう少しだけ・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・一緒に・・・・・・・また一人だなんて・・・・・。」
「・・・・・わかった。」
「え?」
「わかったよ。僕は残る。」
「本当ですか!やったやったやったありがとうございますありがとうございます。」
「うん。いいよそんなに言わなくても。」
「はい。でも良かった・・良かった・・・嬉しいです・・・・・。」

本当に嬉しそうだった。


第46週