絶望の世界A −もうひとつの僕日記−
第46週
3月25日(月) 晴れ
仕事中に携帯電話を気にするのは悪い癖かもしれない。
けど休み時間に少しくらい電話をするくらいなら。
杉崎さんは僕がしょっちゅう電話するのを別に気にしない。
今日も電話してたら「友達が多くていいね。」と冷やかされた。
実際のところは特定の人としか話してないけど、別にそこまで説明する必要も無いと思う。
仕事は順調だから問題ない。
3月26日(火) 曇り
田村さんから電話があった。
「奥田さん聞いて下さい!大変なことになりました。」
「どしたの?落ち着いてよ。」
「早紀が、早紀がウチに電話してきたんです。」
「ホント!?どんな話したの?」
「会話はしてないですできないですよ。最初はお母さんが出たですけど頼んで切ってもらいました。」
「なるほど。」
「どうしようとうとう私がターゲットにされちゃった奥田さん早く早紀を殺して下さいよぅ。」
「待って。すぐすぐってワケにはいかないから。対策を考えるよ。」
「ありがとうございます。で、あの、また電話来たらどうすればいいかな。」
「同じように切ってもらうしかないね。自分で電話に出ちゃ駄目だよ。」
「はい。わかりました。」
かなり怯えていた。
3月27日(水) 曇り
今日も田村さんから電話があった。
「大変です!今日も早紀から電話がありました。完全に私のこと狙ってますよ!」
「大丈夫、落ち着いて。会話はしてないよね?」
「はい。してません。またお母さんに頼んで弾いてもらいました。」
「いいね。」
「また目覚めちゃったんですよ。どうしよう私がゲームに勝っちゃったりしたから。変に刺激しちゃったから。」
「状況を改めて教えてよ。前にゲームに勝った時ってどんな感じだった?確かあっちから言ってきたんだよね?」
「そうなんです。いきなり『私、処刑人でもいいよ』とか言って。
そのあと牧原さんとか板倉さんとか岡部先生とか細江さんのこととかごめんなさいとか謝って。」
「自分は処刑人だっていう意識はあるってことだよね。それに『処刑人でもいいよ』ってことは・・
今まで罠にはめてたのもとっくにバレちゃってるんだろうなぁ。やっぱり。」
「そうですよねやばいですよ殺されますよぅみんなみたいに。」
「いや、大丈夫。今は僕がいるから。」
「ありがとうございますありがとうございます。」
「けどとりあえず何かした方がいいね。こっちも戦う意志を見せないと、黙ってやられるだけになる。」
「どうすればいいですか?」
「よし。宣戦布告しよう。」
「どうするんですか?」
「田村さん。勇気を出して電話するんだ。こっちには強力な味方がいるから手を出しても無駄だって言えばいい。」
「・・・・・・電話するんですか?」
「そうだよ。だって今は春休みでしょ?学校であえないんじゃ電話しかないよ。」
「私が・・・・ですか?」
「うん。僕がいきなりしても意味ないと思うんだ。君は直接言ってこそ効果がある。
大丈夫だって。イザとなったら僕が駆けつけてあげるから。安心して。」
「本当に来てくれますか?」
「絶対。約束するよ。」
「わかりました・・・。」
声は弱気なままだった。
3月28日(木) 雨
今日は僕から電話した。
「どう?もう電話した?」
「まだ・・・してないです。」
「駄目だよ早くしなきゃ。」
「そう言われても・・」
「早くしないと家に襲いにくるかもよ。もしくはこっちが外に出るのを伺ってるのかもしれない。」
「いや・・・・!」」
「平気だって。一言言うだけなんだから。」
「あの、奥田さん。一緒に居てください。隣に居てくれたら私、電話できます。」
「一緒に?ああ。それは別に構わないけど。」
「ホントですか!?ありがとうございます!あの、じゃあ、すぐ・・・じゃ駄目ですか?」
「そりゃ随分急だね。まぁいいけど。丁度木曜は仕事も休みだし。」
「それを早く言って下さいよ!来てくださいいますぐ来てください御礼は何でもしますから。」
「わかったわかった。今から行くよ。」
結局今日は一緒に居て勇気付けただけで、肝心の電話はしなかった。
帰り際に手を握られた。しばらく目を合わせたあと、田村さんは僕をどこかに引っ張っていこうとしてた。
手を離すと寂しそうな顔をした。「大丈夫。危険になったらまた飛んでくるから。」と言って僕は帰った。
少し吐き気がした。
3月29日(金) 曇り
今日ついに電話したらしい。
声に興奮が混じってた。
「言いました。私、言いましたよ!」
「やるじゃん。で?何て言ってやったの?」
「奥田さんの言ったとおり、『私には強力な味方がいる』って言ってやりました。へへへ。ちゃんと言えましたよ。」
「あっちは何か言ってた?」
「早紀ったら何も言えずに怖気づいてました。効果アリですよ。間違いなく。」
「いいねぇ。じゃぁこれでまたしばらくは平気だね。じゃ・・・」
「いやでもまだ安心できないですよ。早紀のことだからこれくらじゃ効果ないですよ。」
「さっきは効果アリって言ったじゃん。」
「それとこれとは別ですよぉ!奥田さんもう少し知恵を貸してくださいよ。」
「知恵って言ってもなぁ。僕はそろそろお役御免じゃないかなぁ。」
「待って!まだ残ってくださいよお願いします。イザとなったら駆けつけるって言ったじゃないですか。」
「うん。もちろん駆けつけるよ。けど今は大丈夫だよ。あっちにもクギを差したんだから。」
「逆に刺激しちゃったかもしれないですよ!いや絶対そうだよ。間違いなく。早紀はまだまだ私を狙ってるよ!だから。」
「わかってるわかってる。大丈夫。まだ残るよ。」
「やったぁ!ありがとうありがとうありがとう。」
「いいよそこまで言わなくても。」
「うん。でも良かった・・良かった・・・嬉しい・・・・・。」
甘ったるい声が聞こえてきた。
3月30日(土) 曇り
今日の田村さんは昨日にも増して甘い声をしていた。
「どうしたの?何かあった?」
「ううん、今日は何もなかったよ。何となく電話してみただけ。」
「そうなんだ。」
「えへへ。本当は奥田さんの声が聴きたかったの。」
「そうなんだ。」
「・・・・ねぇ奥田さん。奥田さんって彼女いるの?」
「何だよ唐突だなぁ。」
「いいから教えて。彼女いる?」
「えっと、前はいたよ。」
「へーえ。その人はどうしたの?もう別れちゃったの?」
「うん。別れたっていうか、死んじゃったんだ。」
「あ・・・ごめんなさい。」
「いいよ別に。もうとっくに立ち直ったから。」
「大変だったんですね。」
「まぁね。でもその代わりっていう言い方は変だけど、その時支えてくれた人がいたんだ。」
「え?じゃぁ今は?」
「うん。その人と付き合ってる。だから彼女はいるよ。」
「そうなんだ・・・・・。」
「うん」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・その人とは別れ話とかないんですか?」
「無いよ。彼女は今でも僕の支えだから。」
「そうなんだ・・・・・。」
「ショックだった?」
「うん・・・・かなり。」
「ごめんね黙ってて。」
「ホントだよ。もっと早く言ってくれなきゃ。今更そんな・・・・・・・・・・・・・。」
「そんな、何?」
「・・・・・うんん。何でもない。平気。」
「あまり平気そうじゃないけど。」
「平気だよ・・・・私は大丈夫だから・・・・・・。」
「泣いてるの?」
「泣いてないよ・・・・・・・・・・。」
「泣いてるじゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・いじわる。」
そこで電話が切れた。
3月31日(日) 晴れ
どんな会話をしたのかあまり記憶にない。田村さんのベタつく声の感触だけが耳に残る。
随分長く話したきもするけど、覚えてるのは例の部分だけ。
「大切な話があるの。」
「何?」
「奥田さん。私、あなたのことが好きです。」
「・・・・。」
「だって、頼れるのはあなたしかいないから。私の境遇をわかってくれる人はあなただけだから。」
「僕には彼女がいるって言ったよね?」
「でも好きなんです。どうしようもないんです。お願い。私を守って・・・。」
「・・・・。」
「お願い・・・・お願い・・・。」
「いいよ。」
「・・・・・え?」
「守ってあげる。最後まで付き合うよ。」
「ホントに!?」
「うん。だけど君もちゃんと覚悟して欲しいんだ。僕には彼女がいる。
でもそれはそれで置いておいて君と付き合う。どんな意味かわかるね?」
「浮気・・・。」
「・・・・。」
「私は構いません。あなたが一緒にいてくれるなら、どんな形でも。」
最近電話が終わると携帯電話を放り投げる癖がついてしまった。
家でやる分には構わないけど、今日は仕事場でその癖が出てしまってひどいことになった。
幸い杉崎さんには気づかれなかった。ただ、コンクリートの床に叩きつけたからかなり傷がついてしまった。
機能は正常に動いてるからそれだけが救いだった。
まだ電話は通じる。
→第47週