絶望世界 もうひとつの僕日記

第47週


4月1日(月) 晴れ
一回の電話で話す時間が異常なほど長くなった。
「そう言えばずっと気になってたことがあったんだ。いや大したことじゃないけど。。」
「何?何でも聞いていいよ。」
「本当に僕たちだけしか頼ってない?他のサイトでも同じように助けを求めてるとか。そうゆうことしてる?」
「してないよ!本当に。」
「そっか。ならいいんだ。」
「でもどうして?私、疑われるようなことした?」
「そうじゃない。ただ思っただけだよ。ネットには大勢の人がいるわけだから、他にも処刑人を追ってる人とか
いるんじゃないかなって考えてたんだ。もしいれば僕らだけじゃなくてその人にも助けを求めることも有り得るかなって。」
「奥田さんたちだけだよー。けどね。今だから言えるけど、他の人に助けを求めた時もあったよ。」
「そうなんだ。で、その結果は?」
「全然駄目。相手にもしてくれない。一人だけ話を聞いてくれた人はいたけど・・・結局その人とも縁が切れちゃって。」
「一応いたんだ。すごいじゃん。その人ってどんな人?会ったりしたの?」
「してないです。顔も知らない。でもネットじゃちょっと有名かも。えへへへ。奥田さんも知ってるかもよ。」
「僕が?まさか。僕ら以外に処刑人を追ってる人なんて知らないよ。」
「いーや、絶対知ってます。だって私達の話題に出てきたことあるもん。」
「えー?誰だろう。わかんないや。」
「正解教えて欲しい?」
「教えて欲しい。」
「どっしよっかなぁー。教えようかなぁ。やっぱやめよっかなぁ。」
「いいじゃん教えてよー。気になるよー。」
「えへへ。そこまで言うなら教えてあげる。正解はね、『虫』さん。知ってるでしょ?」
「ああ、最初に処刑人探すサイトを立ち上げたって人か。へー。虫さんと話したことあるんだ。」
「メールと掲示板でだけですけどね。奥田さんその頃はまだ知らないでしょ?」
「うん。僕も途中からだったからね。で、どんな感じだったの?」
「結構相談に乗ってくれてたよ。会う話にまで行きそうだったんだけど・・・私ね。まだネットを始めて間もなかったから
実際合うのが怖くて途中で止めちゃったの。それに名前も他の人の名前使ってたりしたから気まずくて。」
「へぇ。途中でねぇ。まぁそんなことがあったんだね。」
「そうなんですよ。そんなこんなであっちもサイトを更新しなくなっちゃったりして疎遠になって・・
今は奥田さんだけが頼りですよ。やっぱり実際会ってくれる人じゃないと信用できないですよね。」
「そうだね。」

会ったからって信用できるとも限らない。


4月2日(火) 曇り
「昨日の話、もう少し詳しく教えてくれない?」
「どの話?たくさんお話したからどれかわかんない。」
「ほら、前の管理人と話したってヤツ。」
「虫さんのこと?いいよ。どんなことを教えて欲しいの?」
「そうだね。まぁ虫さんの話というか・・・田村さんがネットを始めたきっかけとか。そこら辺からがいいな。」
「本当に初めからの話になっちゃうよ?」
「いいよ。」
「うん。私ね、最初はパソコンなんてやるつもりなかったの。機械に弱かったから。
牧原さんとか板倉さんはパソコン教室で色々遊んでたけど、私と細江さんは後ろから見てるだけだったの。」
「本当?今からじゃ考えられないね。」
「でしょ?私も信じられない。でもほら、牧原さんもいなくなって板倉さんと岡部先生が死んじゃって・・・・
早紀の仕業なのは明らかだったわ。そんなことするの早紀しかいないもん。あの時は本当に怖かった。」
「それはわかる。でもどうしてネットに処刑人の書き込みがあることに気付いたの?」
「すぐ気付いたわけじゃないの。だって私は直接早紀のイジメに関わってたわけじゃないから。
自分が狙われるとはあまり思ってなかったの。けどもしかして・・・って感じで何となく様子を伺ってたの。」
「それがしっかり狙われてたと。」
「そう!すぐにネットが関係してるとはわからなかったんだけど、丁度その頃携帯によく変なメールが届いてたの。
確か『あなたネットでひどいことになってるよ』とかそんな感じで何度か。」
「メールねぇ。」
「うん。それで早紀の後をつけたりしたらパソコン教室に出入りしたり携帯でメールしてたりしてて。
帰りに後をつけたら漫画喫茶に行ってる時もあった。今考えてみればあれはインターネットをやりに行ってたのね。」
「なるほど。それで自分も始めたわけ。」
「牧原さんとかがやってたのを思い出して自分でやってみたの。そこで『お気に入り』とかに入ってるサイトを巡ってた。」
そしたら見つけちゃったのよ!早紀の書き込み。私を名指しで。確かどっかの出会いサイトだったよね。
あーもう思い出しただけで怖くなる。あんなみんなが見てるところで私の名前が晒されてたなんて。
だからイタズラメールとか届いてたのよね・・・・。怖い怖い。」
「怖いね。」
「えへへ。こんなに話したのは奥田さんが始めてだよ。」
「それはどうも。じゃあついでにもう一つ聞いちゃおう。虫さんのサイトはどうやって見つけたの?」
「それも誰かのイタズラメールでアドレスが届いたの。細江さんにも届いてたよ。
細江さんは携帯だからこのページは見れないとか言って諦めてたけど、私はそのアドレスパソコンに転送してから見たの。」
「すごいじゃん。」
「えへへ。あ、そういえばあのメールは差出人が書いてあった気がしたけど・・・何て名前だったかなぁ。」
「イタズラメールでもちゃんと名乗るやつがいるんだ。」
「結構居たよ。ほとんど覚えてないけど、虫さんのサイトのアドレスを教えてくれた人だけは覚えてたの。
そのサイトにいる人が送ってくれたのかと思ったから探してみたのよ。いなかったけど。
えっと、どんな名前だっけ・・・・ごめん。忘れちゃった。カザミとかそんな人だったかな?」
「やっぱりそう・・・・・まぁいいや。十分わかった。それよりありがとう。話してくれて。おかげで君への理解が深まった。」
「えへへ。相手のことを理解するのって大切だよね。私も奥田さんのこと色々知りたいなぁ。」
「また明日ね。今日はもう遅いから寝よう。」
「うん。またじっくり聞かせてね。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」


4月3日(水) 晴れ
今日の田村さんは異常なほどテンションが高かった。
「叫んでる!叫んでるわ!ねぇ聞こえる?この声!この声!」
「え?何?いきなり言われてもわかんないよ。」
「いやああ!!まだ叫んでる!殺される!殺されるよぅ!」
「叫んでる?誰が?誰かそこにいるの?」
「助けて助けてお願い助けて。早く来て!お願い!」
「落ち着いて。何が起きてるの?叫んでばかりじゃわからないよ。」
「止んだ!良かった聞こえなくなった・・・・・ああ・・・・でもまだいる・・・・・。」
「誰がいるの?教えて。話してくれ。」
「ヒィ!今目が合いそうになった!こっち見てるよぉぉ!!怖い・・・・・怖いよぅ・・・・・・。」
「大丈夫だから。ね。落ち着いて。まずは落ち着くんだ。」
「あああああもうまだ見てるさっさと帰って!ほらさっさと行って!行くのよ!」
「お前頭おかしいだろ。」
「あ!帰ってく!やった!やりましたよ奥田さん!ああ良かった・・・やっと帰った・・・。」
「おお。良かったね。」
「はい。」
「で、誰が来てたの?」
「早紀に決まってるじゃない!あの子が家の前に来て私の名前叫んでたの!ホント頭おかしいよあの子!」
「早紀が叫んでた?」
「はい。早紀が私の叫んでた『田村さーん』とか言ってどうしようとうとう家にまで来ちゃった殺されるよ殺されちゃう死ぬ。」
「殺しはしないよ。」
「殺すわよねぇ奥田さん私怖いこのままだと死んじゃうお願い一緒にいて明日お仕事休みでしょ?会おうよお願い助けて。」
「いいよ。」
「ありがとう!これだから奥田さん好き私の言うこと何でも聞いてくれる。」
「ははは。誉めすぎだよ。」
「そんなことないよここまで頼りになるのは奥田さんだけだよ。」
「前に虫さんがいたでしょ。」
「あれは駄目よ私の言うこと全然信じてくれないんだもんやる気がないんだもん。
それにうまいこと言って逃げてばっかり。中途半端なのよだからこっちから切ってやったの。」
「うーん厳しいねぇ。」
「ネットだけで何とかしようなんて人は駄目なのよ。でも奥田さんは違うよ親身になってくれるしとっても優しいし。」

どうも耳の調子がおかしい。
ムズムズする。


4月4日(木) 晴れ
別にどこかに出かけるというわけもなく、ずっとファミレス話し込んだ。
食事を取ったりドリンクを頼んだりしてかなり長い時間居ついてた。

「今日ねここに来るときにもね早紀がいたの話し掛けてきたの怖かったすごい怖かった。」
「ホントに?よく無事だったね。」
「もう必死に逃げてきたの。怖かった・・・ねぇ怖かったよ・・・・・。」
「大丈夫。今は僕がいるじゃないカ。」
「えへへ。ありがとう。奥田さんは優しいから好き。」
「いやいや誉めすぎだヨ。」
「そんなことないよう。ねぇねぇ。じゃぁ、奥田さんはどう?」
「何が?」
「奥田さんは私のこと好き?」
「ああ。まぁ、ね。もちろんスキダヨ。」
「わぁい!嬉しいなぁ」
「はは。なんだか恥ずかしいネ。」
「いいじゃん好き同士なんだからー。えへへ。なんだかいいよね、こうゆうの。楽しいよね。」
「そうだネ。」
「そういえばねそういえばね。早紀の話しなんだけどね。昨日だけじゃなくその前の日も前の前の日も来てたらしの。
ずっと家に居たけど気付かなかった。どうもお母さんが気を使ってくれて帰してくれてたみたいなの。」
「へぇ。」
「お母さん様様だよー。でもね私もいつ襲われても対抗できるようにこっそり一応準備してるんだよ。ナイフ買っちゃった!」
「へぇ。」
「ホントは奥田さんにも内緒だったんだけど特別に教えてあげるね。そのナイフね。結構切れるやつですごいんだよ。
厚めの封筒とかもザクって切れちゃったの。これなら早紀もひとたまりもないよね!壁とかもスパスパ切れちゃった。」
「へぇ。」
「ああゆうのがサバイバルナイフっていうのかな。あまり名前とか見ないで買って・・・・」
「へぇ。」
「冷蔵庫にあったお肉もザックリ切れたからかなりの・・・・」
「へぇ。」
「手首とか切るといいのかな・・・・・・・・・」
「へぇ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「へぇ。」
・・・・・・・・・・・・・
「へぇ。」
・・・・・・・・・
「へぇ。」
・・・・
「へぇ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・電気消していい?・・・・・・・・・・・
「うん。」
・・・・・・・・今だけは彼女さんのことは忘れてね・・・・・
「うん。」

ファミレスの後どこかに行った気がしたけど
あまり良く覚えてない。


4月5日(金) 晴れ
腕に残ってた何かの感触は時間と共に消え失せた。
僕の仕事は大量のカツオ節を寸胴に入れて煮干を入れて昆布をいれて醤油を加えてダシを作ること。
包丁を握ってネギを切ってソバを茹でて寝かせた出し汁を温めてそれらを丼に放り込んで客に出す。
カレーも作る。カツ丼も作る。野菜炒め定食も作る。
杉崎さんの作った親子丼と天丼とざるソバを原付に乗せて客のところまで届けたりもする。
今日もその繰り返しだった。たぶん明日も、明後日も。
これが僕の生活。岩本亮平の生活。
鏡を覗くと疲れきった貧相な青年の顔が写ってた。
自分の中の最低限のマナーとして髭だけはきちんと毎朝剃っている。髪も色をつけることなく黒いまま。
それを怠ったからといって誰かに怒られるわけじゃない。
でもそれをしないと「いい加減な人間だ」と思われる気がしてならない。
僕はもともと、人の評価を気にする弱気な人間だから。

僕を「奥田さん」と呼ぶ人が居る。
その時僕は「奥田」になる。髪は茶色く染めて、その人と会う日には髭も剃らない。
ダテメガネをかけて服装も普段着ないような服を着る。
かつて生きてた別の「奥田」の格好を真似ただけ。
僕はこの格好をオシャレだとは思わない。でも僕を「奥田さん」と呼ぶ人は「かっこいい」と言う。
そこだけは未だに理解できない。
この格好をしてる時に鏡を見るのは嫌だった。
ガラス窓に映りこんでるのが見えただけで目をそらす。そこに写ってるのは僕じゃないから。
「奥田」を見てそれを僕だと気付いた奴もいる。
僕は自分で鏡を見ても他人にしか思えない、そいつは僕と「奥田」が同一人物だと見抜くことができた。
僕はそいつをすごいと思う。もうそいつとは縁が無くなってしまったけど。

岩本亮平でいる時よりも「奥田」の時の方が彼女を強く思い出す。
死んでしまったあの子との思い出は奥田の記憶と共に引き出される。
彼女は確かに僕のものになった。でも、死に別れて以来時間が経つほどその確信が揺らいでいった。
不安になった。彼女は本当に僕のものだったんだろうか。
「奥田」になれば彼女の気持ちがわかるかもしれない。
奥田と一緒にいたあの頃、彼女はどんな思いだったのか。それが少しでも理解できるかもしれない。
そんな淡い期待は今でも僕の中に消えないでいる。
「何のためにこんなことしてるんだろう」
その疑問が沸いてはいつも同じ答えにたどり着いた。
もう一度あの子に会うためだ。


4月6日(土) 曇り
「今日ね。早紀から電話がかかってきたの。それでね。奥田さんのことを聞くのよ。早紀のくせに。
『強力な味方って誰なの?』だって。信じられないよね。私の奥田さんにそんな口聞くなんて。
だから私言ってやったよ。あなたに知る権利なんてないって。奥田さんもそう思うでしょ?
そうそう、それにあの子嘘ばっかつくの。『殺そうと思ってない。』だって。
ひどいよね。そうやってうまいこと言って近づくんだから。
誰がそんな誘いにのるかっての。ねぇ奥田さん。しかも友達だなんて言うのよ。早紀がよ。信じられる?
友達だなんてカケラも思ったことないってのにね。バカよね。ホント。
でも奥田さんがいてよかった。えへへ。本当だよ。奥田さんがいてくれなきゃ私ここまで強気になれなかったもん。
ねぇまた会おうよ。いいでしょ?あ、でも彼女さんにバレないようにちゃんと予定たてなきゃね。
大丈夫だよ。私、わきまえてるから。奥田さんに迷惑かかるようには絶対しないから。
だってね。私もう奥田さんなしじゃ生きていけない。こうやってお話してるだけでも幸せなの。
ねぇもっとお話しよ。何か聞きたいことある?何でも聞いて。え?どんな人かって?処刑人にやられた人たち?
えっとね。誰から話せばいいかな。まず細江さんからいくね。例の施設に入っちゃった子。
腕に「処刑人済」って刺青彫られちゃったの。かわいそう。けど自業自得かな。
なんだかんだであの子も早紀へのイジメに加わってたから。牧原さんとかの後ろにいつもくっついてたの。
ある意味一番酷いかもね。自分は手を下さずに後ろから見て楽しんでたんだから。
そうそうそのイジメで一番酷かったのは牧原さん。あの人が中心になって早紀をイジメてたんだよ。
パソコンとかもいじれる人でしょちゅうパソコンルームで遊んでたなぁ。
あの人は失踪とかになってるけど絶対もう殺されちゃったてるよ。絶対。
けど牧原さんは死んで当たり前だよ。私あの人大嫌い。他のみんなも嫌ってたよ。
正直に言うとね。最初にあの人が死んだ段階ではみんなで喜んでた。
不謹慎だと思わないでね。本当に嫌な人だったんだから。
明らかに間違ったこと言ってても絶対意見を変えなかったり。そのくせ寂しがりやでみんなで行動したがるんだよね。
たぶん誰かをイジメないと自分がイジメられるってわかってたんじゃないかな。だから早紀をイジメ始めたんだと思うよ。
でもそんなのイイワケだよね。まぁそれに便乗した板倉さんも結構悪い人だったよ。
あの人も殺されて当然って感じだったよ。牧原さんに吸い付いてばっか。
そのくせ牧原さんのことは影で嫌ってるし。タチ悪いよね。
性格としては悪いことしたくても自分ひとりじゃできない。でも複数ならできる、みたいなタイプ。
牧原さんも実はそんな感じだったのかも。だからあの二人が一緒になれば相当酷いことも平気で出来たワケ。
岡部先生はね。私あまりよく知らないんだけどまぁ生徒に手を出しそうな人ではあったね。
というか牧原さんと板倉さんと細江さんと仲良かったの。みんな映画が好きで、放課後残って話し込んでたりもしたよ。
だからアレだろうね。「自分は生徒に人気がある」とか勘違いしちゃったんだよ。
先生が殺されたのはイジメを見てみぬフリをしてたから早紀に逆恨みされたって説もあるけど私は違うと思う。
逆にね。変に早紀を助けようとしたのよ。助けて恩を売ってそれでオイシイ思いを・・・なんて考えてたんだよ。
そんなバカなことするから殺されちゃうのよ。余計な真似しなきゃ死ななくて済んだのにね。
こうやって考えるとみんな死んで当然の人ばっかだね。
その中そんな人腐るほどいるよねぇ。ウチの学校もそうだよ。牧原さんたちだけじゃない。みんな腐ってる。
ウリやらクスリやらで本当にやってるんだから。どうしようもないよね。最近の若者って。なんて、私が言ってみたり。
他に聞きたいことある?どんなことでもいいよ。早紀のことでも話そうか?もっとお話しようよぉ・・・・」

大量の言葉が耳に流れ込み、その一つ一つを理解するために僕は頭をフル回転させた。
知ってる人の名前が出るたびに背中が緊張し、どんな話になるかと構えて聞いてしまうのは今も同じだ。
悪口しか言われないとわかっていても、酷くなじられた時には胃の奥から怒りの波がやってくる。
どこにも吐き出すことはできない。それは全ての崩壊を意味するから。だから僕は諦めることを覚えた。
しかし最近、その諦めすらも通り越した別の次元へと足を踏み入れてしまった。
限界が近づいてきてる。


4月7日(日) 曇り
携帯電話を投げつけるところを杉崎さんに見られた。
「そんなころしたら壊れるよ。」と真剣な顔をして注意してくれた。
手が滑っただけです、と僕は答えた。杉崎さんは明らかに納得してなかったけど「気をつけるんだよ。」と言ってその場を後にした。
この人の親切がなかったら僕は今ごろ実生活でも壊れてたと思う。

どうせどこかで破綻する。そう思ってるといくらでも無謀なことができた。
破綻したらそれまで。僕の人生はあの子の思い出と共にそこで終わってた。
でも僕は僕なりに必死に考え、不器用だったかもしれないけどなるべく破綻しないようにと道を選んできた。
どうせ破綻するとは頭にあっても、「ここまでやったけど駄目だった。」と言えるくらいにはやってみようと思った。
これは試練だった。うまくやり遂げることができればあの子は再び僕の前に現れてくれる。例え一度死んだ人であっても。
今、ここまで来たという現実だけが僕の前にそびえたつ。
それが幸福なのか不幸なのかわからない。別に誰かにそれを判定してもらいたいとも思わない。
僕はあの子に会いたいだけだから。

「ねぇ。私早紀を殺すわ。やられる前にやった方がいいもん。奥田さんと一緒ならできると思うの。
あなたが私に勇気を与えてくれたから。私今なら何でもできる。ね、奥田さん。どうやってやろうか?」

僕の「浮気相手」の言葉が遠くに聞こえる。
とても距離が離れたところにいる、僕のことなど全く知らない人が何も考えずに叫んだ言葉だった。
けどそんな言葉でも僕の思考に少しは影響を与えたようだった。
この試練の最後はここかもしれない。このイベントを突破できれば試練はクリア。
ラストイベントとは得てしてこうなのかもしれない。
ずっと守ってきたもの。できれば失わずにいたかったもの。それを守り続けるか、失ってでも自分の願いを叶えるか。
大切なものは二つ得ることができない。僕は、どちらかを選ばなければならない。
覚悟を決めるのに数秒を要した。願いをかなえるためにここまで来たとはいえ、そう簡単に切り離すことはできない。
わずかな間にいろんな思い出が頭を駆け巡った。
楽しいこととか、悲しいこととか、そうゆう類のものではなかった。
ただ事実だけが、過去の出来事だけが走馬灯のように蘇る。
子供の頃の記憶から始まり、小学校、中学校、一年前、数ヶ月前・・・今に至った。
走馬灯を全て見終えた段階で、最後にもう一度自分の意志を確認した。
変わりない。僕には迷ってる時間なんて無いんだ。

早紀。僕のために死んでくれ。


第48週