絶望世界 もうひとつの僕日記

第51週


4月29日(月) 晴れ
休みだからといって取り立ててすることはない。家でゴロゴロしてるだけ。
それでも体の中の衝動はくすぶり続けていた。
大声を出したくなるのを堪えてると汗がダラダラと流れ落ち、大粒の水滴がじゅうたんに吸い付いていった。
「足の傷が痛むの?」と彼女がタオルを持って来てくれた。
彼女の優しさにはいつも救われる。


4月30日(火)
熱が出てるようだった。苦しくてたまらない。
頭が重い。足が熱い。胃が虫に食い破られてるように痛む。
「せっかくの休みなのにね。」と彼女が優しく声をかけてくれた。
彼女はいつも冷静で僕の苦しみをわかってくれる。
僕のような人間にここまで付き合ってくれるのは彼女だけだ。
彼女がいなければ僕はとっくに死んでる。
死のうとしても止められる。


5月1日(水)
苦しい。このまま楽にして欲しい。
鬼の顔に見えた彼女の顔も、もはやぼやけて何なのかわからない。
声だけが聞こえる。「病院行こうか?傷見てもらった方がいいんじゃない?」
僕はかたくなに首を横に振った。病院なんて。
どうしてここまで苦しまなければならないんだろう。
足の傷のせいだろうか。傷は既に癒着してる。なのにまだズキズキする。
痛みは足を伝い、胃を通り胸を通り両腕に伸び、そして脳まで響く。
傷の痛みじゃない。吹き出でそうなほどの何かが体の中をうごめく。
僕の体が耐え切れず悲鳴をあげてるんだ。
誰かの声が頭に響く。女性の声。
耳障りだ。


5月2日(木)
死なせてくれ。どうせ生きてても無駄なんだ。
このままなら自然に消えていける。ホームから踏み出す勇気の無い僕には絶好のチャンスだから。
彼女が水を持ってきた。「頑張って。」と。
頑張れって。応援してくれる。彼女はいつも側にいる。
「すごい熱だよ。風邪薬飲む?」
彼女がいれば僕は死なない。死ねない。
衝動が。また衝動が襲ってきた。
何かに気付いた。すぐに苦しみの中に沈んでしまったけど、その先端だけはしっかり見える。
風邪じゃない。これは風邪じゃない。薬なんかじゃ治らない。
どうすれば治るか知ってる。
「大丈夫だよ。私がそばにいるから。」
彼女が言う。そばにいなくていい。これは僕が治す。君がいると、余計に。
息が詰まる。吐き気がする。吐いた。
口の中が酸っぱい。ロクに食べてないから胃液が出てきた。
彼女は嫌な顔せずに処理してくれた。
その姿が誰かと重なる。でも一致しない。だってほら。変な顔。誰だよ。
お前か。


5月3日(金)
頭を振り回されてるように視界がめまぐるしく移り変わる・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何か見えたぞ。
見えない。見えない。見える。見えない。見える。
見えた。ははははははは。そうか。やっぱりそうだったのか。
それが原因か。


5月4日(土) 曇り
熱も引いて足も痛まない。僕は回復した。
「疲れが出たのよ。」と彼女が言う。
確かにその通りだった。
思えば彼女と二人きりでずっと家にいるのは初めてだった。
疲れが一気に出たんだろう。僕はずっと無理していたのかもしれない。
二人でつつましく快気祝い。
これでまた僕の日常が戻る。仕事に出かけてはお金を稼ぎ家に帰ればパソコンでネットでも見ながら時間を潰す。
彼女はテレビを見たり携帯をいじったりして暇を持て余す。
そんな日々が        また。



5月5日(日) とても晴れた日
真昼間からテレビを見ていた。
彼女は相変わらず携帯をいじって何か操作してる。
僕は「何してるの?」と聞いてみた。
彼女は振り向きもせず「別に。大したことじゃないよ。」と答えた。
僕は「ああそう。」と言った。
しばらく沈黙が続いた。テレビから明るい音楽が聞こえてくる。
彼女が「足はもう痛まない?」と聞いてきた。
僕は「もう大丈夫。」と答えた。
さらに静寂が続く。
彼女が携帯を眺めながらあくびをした。僕もつられてあくびをした。
僕は壁にもたれて天井を仰いだ。首をコキコキと鳴らす。
何も変わらない休日の午後。まどろみの時間が過ぎていく。


ブツンと頭の中で音がした。
太い縄が切れたような鈍い音だった。
僕は立ち上がり、彼女に向かって口を開いた。


お前ここで何してるんだよなんでここにいるんだよ
なんで僕の家に当たり前のような顔していついてるんだよなんでこんなところでのうのうと生きてられるんだよ
誰が許したよ誰が許可したよ言ったのか僕が言ったのか僕がここにいてもいいよとでも言ったのか
言ってねぇよ馬鹿僕は何も言ってないぞなのにお前は我が物顔で僕の周りをうろつきやがって
わかってんのかよおいお前が悪いんだぞ全てお前が悪いんだぞお前だお前だ
お前のせいで僕はこんなになってしまったんだ帰せあの子を返せあの日々を返せ
あれはあれで幸せだったんだ三人でひっそりと酒を飲むのが楽しみだったんだ世間と離れて僕らだけで
あれが僕らの世界だったんだとても小さいけど小さかったけど小さかったけど小さかったけどちくしょう
ぶち壊しだよ畜生畜生お前が壊したんだこのクソ女お前のせいで僕の人生は滅茶苦茶だ
何が処刑人だふざけんじゃねぇよ人様を不幸にして何が楽しいんだよおいわかってんのかよ
遊びで始めたのか狙ってたのかなんて関係ねぇ今のこの結果に対して責任取れよ
身内まで妹まで早紀まで巻き込みやがってこの野郎早紀は泣いてたぞ泣いてたんだぞ
なぜ僕を選んだなぜ僕なんだなぜ早紀なんだたまたまとか言うんじゃねぇ俺の身になってみろ
死ねよ馬鹿俺じゃなくてお前が死ねよ俺の美希を返せよ元に戻せ何もかもくそくそくそくそくそ
お前も奴らと同じだ俺の邪魔ばかりする邪魔をして楽しんでやがる畜生なぜそっとしておいてくれない
猿だ猿と同じだ猿だ猿だ猿だ猿が猿どもがあぁあああああぁぁあ

そして僕は絶叫した。


第52週