絶望世界 もうひとつの僕日記

第54週


5月20日(月) 曇り
この前の痩せ男はARAに嫌味のメールをよこしたものの
他のメル友とは懲りずにやり取りを続けている。
「渚」にも「紅天女」にも同じような語り口でなれなれしく寄ってくる。
そのままコピーしただけのような文章なので
どちらが「渚」でどちらが「紅天女」だかわからなくなった。
僕の方は少しだけ映画の趣味をかえてキャラが被らないようにと気を使った。
たぶん同じでも気付かれないだろうけど。


5月21日(火) 晴れ
「渚」の方でチャットに誘ったら喜んでついてきた。
さすがに同じ場所は使えないのでARAの時と同じようなチャットルームを探しておいた。
探せば腐るほど見つかった。
ツーショットをこっちから誘ったということもあり、相手はかなり興奮状態だった。
進んで卑猥な話をしてきて、「渚」も嫌がらずについてきたのでますます調子に乗ったようだ。
プライベートこともしつこく聞いてきたが、設定を深く考えてなかったので「それは秘密。」と適当にはぐらかした。
逆に気に入られしまい、また明日もチャットをしたいと申し込まれた。
「渚」は喜んで承諾した。


5月22日(水) 曇り
数日前にすっぽかしをくらったことなど既に忘れてるのかもしれない。
あるいは名誉挽回に燃えてるのだろうか。相手からまたオフに誘ってきた。

「ねーねー。ヒマならどっか遊びにいかない?」
「いいよ〜。」
「やったー!嬉しいなーやっとヒマ潰し相手ができたよ(←失礼)」
「あははは。」
「どこ行く?どこ行く?」
「うーん何がいいかな・・。」
「映画なんてどう?今面白そうなの結構やってるよー。」
「いいよ〜。」
「映画でも見てお茶でもするってのはどう?(←適当)」
「あははは。いいよ〜。」
「よーし決まり!渚ちゃんはノリが良くていいね〜(喜)」
「あははは。」

あの貧相な男が夜な夜なキーボードを叩いてる姿を想像して、また大笑いした。
一通り笑い終え、冷静になったところでふと窓を見ると、そこには似たような男が間抜けな面をして映ってた。
僕か。


5月23日(木) 雨
また何人もの猿達にメールをばら撒いた。
今度は無職に限らず中学生、高校生、大学生、社会人、あらゆる層に送った。
大勢から即日で返事が届き、メールボックスは読みきれないほどになった。
僕は「ARA」「渚」「紅天女」に加え新しく「ケイ」のメールを取得して、四人でうまくローテーションさせた。
届いたメールを参考にしてそれぞれの口調もなるべく使い分けた。
「もっとプロフィールを知りたい。」と書いたら体重、身長、趣味、職業など細かく教えてくれる奴がいた。
「一晩五万まで出せるけどどう?」と書いてくる奴もいた。
本名と住所を書いて「会いに来て。」という奴もいた。
おかしいのは僕だけじゃない。


5月24日(金) 晴れ
四人の女性はそれぞれの人生を持ち始めた。
容姿も生い立ちも違い、何かのゲームのように細かいプロフィールがある。
説明書に書くならどんなタイプかも考えた。
「ARA」は気さくに話のできる友達タイプ。
「渚」は天然ボケで人なつっこい妹タイプ。
「紅天女」は敬語を使う気弱な後輩タイプ。
「ケイ」はミステリアスなお姉さんタイプ。
どんな喋り方をすればそんな人物に見えるかも研究し、メールの回数を重ねるにつれてキャラが確立されていく。
捨てるつもりで作ったその場限りのものではない。
そこがかつて「処刑人」がやったものとは決定的に違う。
そんないい加減なものじゃない。もっとリアルに。精密に。
願いを叶えるためには、完璧でなければ。


5月25日(土) 晴れ
あの痩せ男とまたオフをした。
もちろん「渚」はそこには来なかった。
「ARA」の時と全く同じ。ただ、待ってた時間はこの前より少し長かった。
僕はその場で笑い転げたくなるのを抑え、男の動きを細かく監察した。
渋谷のハチ公前には人が多いから、見つけられないのでは、という不安があるのかもしれない。
駅の方をキョロキョロしたりハチ公に寄ってみたり離れてみたりと待つ場所を微妙に変えてた。
鳴らない携帯電話を気にして何度もポケットから取り出す。
携帯の番号を教えてくれない人間は疑ったほうがいい、と僕は心の中でアドバイスした。
「処刑人」も僕が待ちぼうけをしてるとき、真横に居ながらそんな風に思ってたのかもしれない。
痩せ男が帰る時、僕は後をつけた。
人を尾行するのは初めてなのでバレないかと心配だったけど、意外とバレないものだった。
追う方ですら見失わないように必死なくらい人込みをかきわけていくのだから、
よほどのことが無い限りつけられる方は気付かない。
同じ電車に乗ったって、そこに乗ってる人の顔を全て覚えれる人間などいない。
最寄の駅らしきところで降りたところで尾行は終わりにした。
さすがに自宅まで追ってったら怪しまれる。

その夜来た「なんですっぽかしたんだよ。」のメールには返事を書かなかった。


5月26日(日) 雨
あの「処刑人」は不完全だった。
思いつきだけの罠でそれをうまく使おうとしなかった。
完璧な意図があってのことなら、そこに気付いた者は辿り着けるだろう。
中途半端では追う方も悩んでしまう。
探し当てて欲しいのなら道を用意すべきだ。
人を巻き込むのなら独りよがりは避けるべきだ。
辿り着けなければ僕のようになるから。
意図せず辿り着いたゴールには破滅しかない。
納得できず、戻ることもできず、ただ大切なものを失うだけだ。
僕は違う。
僕は、そうさせない。


第55週