絶望世界 もうひとつの僕日記

第55週


5月27日(月) 晴れ
既に何人も会いたがる奴が出てきた。
チャットに誘った奴はほとんどオフの話になる。
携帯番号を交換しようというのも多い。
断ったら諦めてチャットルームから出て二度とメールをよこさないの場合もある。
それでもかなりの人数が残ってる。
人それぞれで誰が気に入られるかも違った。
「紅天女」だけを溺愛して他の三人にはめったにメールをしなかったり
「ケイ」にやたらなついて人生相談までをしてきたりと様々だ。
昨日の痩せ男と「紅天女」はまだ続いてる。


5月28日(火) 曇り
非通知でいいから電話が欲しいという奴がいたので電話をかけてみた。
こっちが無言でいると「あらちゃん?」と話し掛けてくる。
「何か喋ってよ。」と言う。僕は無視した。
携帯の向こうでカタカタとキーボードを打つ音が聞こえた。
チャットの画面に「緊張してるの?何か喋ってよ。」という文字が出る。
僕もキーボードを叩いて「電話するだけでいいって言ったじゃない。」と入力した。
舌打ちする声が聞こえ、画面に「声を聞きたいんよー。」と出てきた。
僕は画面上で「電話するだけでいいって言ったから電話したの。」と答えた。
突然耳元で「ざけんな!どうせ男なんだろ!」と怒鳴り声が聞こえ、電話を叩き切られた。
画面で「違うの。処刑人が怖いの。」と答える。
「んだよそれ。知るかボケ。」というレスがつき、相手はチャットルームから出て行った。
僕は「二人目」と呟いてパソコンの電源を切った。


5月29日(水) 晴れ
昨日の電話男とは他に「渚」とやりとりしている。
こいつもまたかなりの暇人で真昼間からチャットができるくらいだった。
「渚」も非通知でいいから声を聞きたいと言われたがこっちでは断った。
「もっと親しくなったらいいよ。」と言ったら「それまで待つよ。」と言われ関係が続いた。
「紅天女」を溺愛する男ともチャットをした。
二人きりで会ったら何でも買ってくれるそうだ。
「会ってもいいよ。本当に買ってくれるならね(笑)」と言ったら絶対買うからと言って止まなかった。
「ケイ」になつく男は「惚れました。」と会いたがってる。
最初の痩せ男と「紅天女」はまだオフの話にはなってない。
僕もメールやチャットを繰り返していくうちにネット上の会話能力が上達し、
相手が気に入りそうな言葉も出てくるようになったり、
電話したがる相手をはぐらかす時の口実も覚えた。
準備としては上出来だ。


5月30日(木) 曇り
「ケイ」になついてた男に結婚を申し込まれた。
「結婚してくれなきゃ死ぬ。」と言う。
死ぬのを思い留まらせようとしたが「会ってくれないと嫌だ。」とゴネられた。
「紅天女」を溺愛する男も「欲しいもの何でも買うから。」としつこくオフを誘ってくる。
どちらもにも今週末には会えるように予定を調節すると言ってオフの約束をとりつけた。
電話男とオフの約束はできなかった。「渚」とはかなり親しい仲だったが
「電話もしてくれない相手と会えるわけないだろ。」と断られた。
こいつはそれでいい。
痩せ男にはチャットで「今度一緒に映画でも見ようよー。」と誘いを入れた。
乗ってきれくれたが、さすがに何かを学んだようで携帯の番号を求められた。
「持ってない。」と答えたら「それじゃ会えないよぅ。」と言われた。
今の「紅天女」は携帯電話は持つ年じゃないが、痩せ男は一人目なので、この頃はそこまでキャラが確立してなかった。
年齢も20前後と話してあるので、携帯電話を持ってないのはおかしいと感じたのか。
さすがに三人目ということもあって万全を期したいのだろう。
結局その場ではオフの話は流れ、多少の気まずさが残ったままチャットを終了した。
僕は黒くなった画面を指差し、痩せ男に向かって「それでこそ効果がある。」と言った。
また笑いそうになった。



5月31日(金) 晴れ
「ケイ」になつく男と「渚」溺愛男にそれぞれ「実は今しつこいメル友がいて困ってる。」と相談をした。
そいつを退治してくれたら会ってもいいともちかけたら二人とも承諾した。
急遽その「しつこいメル友」を罠にかけることになった。
明日誘い出すから先に追っ払ってもらい、その後合流する。
二人に「しつこいメル友」の容姿を伝えた。

電話男にもメールを送った。
明日しつこいメル友と会う約束があり、どうにか追っ払ってもらいたいと。
自分はどっちにしろその場にいるので是非来て欲しいとお願いした。
「気が向いたらね。」という返事が来た。
「それでもいいから。」と返した。

痩せ男に明日渋谷のハチ公前にくるようにメールを送った。
来ないと個人情報バラすと言っておいた。最寄駅を書いて「この駅、使ってるだろ?」と。
追伸として「処刑人がお前を狙うだろう。」という文章を添えた。
返事は来なかった。


6月1日(土) 晴れ
本当に来たのは三人だった。
眼鏡をかけたおじさんと金髪の少年と痩せ男。
どちらがどうなのかはなんとなく想像がついた。
電話男だけはどこかで高見の見物をしてるだろうと思った。

誰がどう声をかけたのか、気付いたら三人で揉みあってた。
僕は予想以上に騒ぎが大きくなったので始終興奮していた。
結局金髪の少年が勝利したが、大勢の人が喧嘩の様を見てたので気まづくなったのか、
うずくまってる二人を置いて独りで走りってしまった。
おじさんの方に「大丈夫ですか?」と声をかけてみたら「放っておいてくれ。」と言われた。
痩せ男が立ち上がって汚い言葉を掃き捨てておじさんを蹴り上げた。
おじさんの眼鏡にヒビが入り、うめき声をあげてのた打ち回った。
痩せ男は涙声でギャラリーに向かって「見るんじゃねぇ。」と叫んでよろよろになりながらもその場を後にした。
倒れてるおじさんにもう一度「大丈夫ですか?」と声をかけたらまた「放っておいてくれ。」と言われた。
間もなくおじさんは騒ぎをかけつけた警官に連れて行かれた。

僕はおじさんに向かってこっそり手を合わせた。


6月2日(日) 晴れ
痩せ男以外の三人からはメールが届いてた。
みんな昨日のことを知りたがってた。あの場にいたのは何者で、「渚」や「ケイ」とどんな関係があるのか。
僕は三人とも同じ文章で返事を送った。
「あれは処刑人の手下よ!やぱり噂は本当だったんだ・・・。」

「渚」溺愛男から返事が来た。これがおじさんの方か金髪の方かわからないが、そんなことはもう関係無い。
僕はチャットに誘い、「処刑人」にまつわる噂を延々と語った。
「処刑人」はネットに巣喰う正体不明の殺人鬼で、オフ会に紛れこんで誰構わず殺していくらしい・・・・
「くだらない。」と言われた。僕は「けど本当に怖いの。」と書いた。
「荒らしか?」と言われた。「酷い。そんなんじゃないのに。」と答えた。
「イタズラなら殺すぞ。」と言い残し、相手はチャットから去った。
そう思うのなら思えばいい。
いずれわかる。


第56週