絶望世界 もうひとつの僕日記

第2部<外界編>
第15章
第57週



6月10日(月) 曇り
今日もノルマを欠かさずメールを送る。
新規開拓も続ける。世の中にネットをやる人がいなくならない限り市場は永遠だ。
しかしマンネリ化してきたのも事実。
どうも当初に比べると届くメールの数も減ってきた気がする。
こちらから切ったわけでないのに自然消滅してしまう。
チャットに誘える奴が減ってきた。
真昼間からチャットをできるくらいのヒマな奴とはもうやり尽くした感が出てきた。
であれば話が長くなる奴もターゲットに見据えた方がいい。
まだまだ生贄は必要だから。


6月11日(火) 晴れ
何人か親しくなってる奴はいる。
その中の一人に「ARAさん、他の名前で僕とメールとかしてないですよね?」と聞かれた。
そいつとは四人のキャラをきちんんと確立してからやり取りするようになったし
メールのログを読み直してもそんなに会話が被ったこともなかった。
さらにそのあとARAとやりとりしてる奴らから同じようなメールが二通も届いた。
どれも「ARA」を疑ってる。どこかで噂になってるのは確実だった。
この前の奴は死んだから噂を流すことはできない。
仮に奴だったとしても、その時は疑うどころでない騒ぎになるはず。
噂の出所が気になった。


6月12日(水) 曇り
新規の奴にまで「ARA」あてに疑いのメールが届く。
これまでにも「どうせ業者だろ。」とか「男なんだろ。」等のひやかしは何度も来てたが
「他の名前を名乗って同じ人間とメールしてんだろ。」とここまで具体的なものは始めてだった。
間違いなく誰か気付いたやつがいる。そしてそれをどこかで伝え合ってる。
「渚」「紅天女」「ケイ」はまだ無事だった。「ARA」だけだ。
昨日「ARA」を疑ってた奴らに「どこでそんなこと噂聞いたの?」と聞いた。
その後来た返事を読むと、中に「処刑人」の文字があった。
そいつにはまだ処刑人の噂を伝えてない。
変な伝わり方としてるようだが、処刑人の噂も広まっていた。
どうもどこかのサイトでその噂が出回ってるようだった。
そのアドレスを教えてもらえないかとお願いしておいた。


6月13日(木) 曇り
そこは出会い系サイトの情報交換掲示板だった。
僕もそこで新規のメル友を開拓したことがあった。
変わり栄えの無い連中が思い思いに書き込み、無駄な賑わいを見せている。
過去ログをあさって問題の書き込みを発見した。

********
ARAって奴知ってる人いる?こいつネカマだから気をつけろ。
オフに誘ってくるけど行ったら待ちぼうけ喰らうぞ。
おまけに処刑人がどうだとか抜かすかなりの電波野郎だ。
みんな騙されるなよー。
********

随分ふざけた奴がいるものだと思ったら
投稿者名を見ると先週の痩せ男の名前だった。
日付は奴が疑いのメールをよこした日の近く。
実際ARAとやり取りしてる人間が見たら疑惑を抱くだろう。
アドレスを教えてくれた奴には返事を書いた。
「私のメル友だったんだけど、やたらオフに誘ってきたりしてしつこかったから断ったの。
そしたら私の知らないところであんなこと書いて・・・どうも逆恨みされちゃったみたい。
酷い人っているんだね。私はちゃんと女だよ。一応(笑)」
それ以外のARAを疑ってる奴にも事情を説明して
掲示板に書かれてることは嘘だと否定した。
皆それで納得したようだった。


6月14日(金) 曇り
掲示板への反応は後を絶たない。
書き込み自体は一週間以上前のものだが、何かと転載されている。
どうも切ったメル友たちの仕業のようだ。

「俺もこいつとメールしたことある!オフに誘ったら処刑人が怖いとか言って断られたぞ。」
「僕もこの人知ってます。オフの約束すっぽかされました。」
「被害が出てるってことは本物のネカマってこと?」
「つーか処刑人って何?知ってる奴いる?」
「一時期どっかで処刑人ってのが流行ってたよね。それのことじゃない?」

既存のメル友たちもARAを疑う奴が増えてきた。
処刑人の名前を出す奴も増えてきた。
噂が加速していく。


6月15日(土) 雨
過去の処刑人を知る奴が何人か名乗りをあげてきた。
奴らの知ってる「処刑人」は全て早紀のことだ。
本当の「処刑人」に踊らされ、暴走してしまった哀れな僕の妹。
ネットでここまで有名になってるとは本人は知る由もないだろう。
早紀は処刑人じゃなかった。僕がめぐり合ったあの「本当の処刑人」すら僕らの想像したものとは違った。
皆が抱いてる幻想、期待。それに答えられる「処刑人」はここにしかいない。

掲示板で処刑人の話題が蒸し返されるのにあわせ、
四人の女性へも処刑人の噂を流しては切り捨てたメル友から再びメールが届く。
「処刑人を知ってるんですよね?詳しく教えてください。」
「思い出しました。僕も処刑人知ってます。以前流行ってたやつですよね。」
「今日はあなたにお伺いしたいことがあってメールしました。『処刑人』についてなんですが・・・」
みんな思い出せ。
聞いたことある奴、見たことある奴。
どんどん思い出していけ。


6月16日(日) 曇り
「ARA」はもう使えない。
ネカマ疑惑が後を絶たず、自然とみんな離れていく。
どんな言い分けも強力な噂の前では無力だった。
ARAは死んだことにした。メル友募集もしない。誰にも返事を書かない。

最後にメールをくれた奴が面白いサイトを作っていた。
「処刑人伝説再加熱に便乗してこんなの作ってみました。
ARAさんも良かったら見て下さいな。ネカマも歓迎ですから(笑)」
そのサイトを見たとき、僕は妙な既視感を覚えた。
どこかで見たことあるような。どこかで聞いたことあるような。
それもそのはず。見れば見るほどそっくりだった。
「WANTED処刑人U」
・・・・・・僕のサイトのパクリだ。
僕が作ってたあのサイトもまたそれなりに有名だったのかもしれない。

掲示板には早速書き込みがされている。
「パクリじゃねぇかよ!」「前と同じ管理人??懲りないねぇ。」「阿呆なもの作るなボケ。」
下らないと思えばいい。有りえないと思えばいい。
「処刑人」の名が広まればそれでいい。
誰かが気付いてくれるだろう。
今度は違う。今度のは本物だと。

あの子なら気付くだろう。


第58週