絶望世界 もうひとつの僕日記

第58週


6月17日(月) 雨
「WANTED処刑人U」の管理人は「シャーリーン」
割と古くから処刑人の追っかけをしてたようだ。
違う名前で僕とメール交換してる時は特に何も言ってなかった。
知ってればもっと吹き込んでいたのに。
奴のやってることは僕とかわらない。
再び噂を集めましょうとか情報求めますとか。
違いと言えば集めた噂が僕の吹き込んだもの以外は
早紀が本当にやった事実だということくらいだった。
猿どもの間では有名な早紀。
哀れだ。


6月18日(火) 雨
この「WANTED処刑人U」は悲しいくらい相手にされていなかった。
掲示板は意味の無い発言で荒らされ、猿どもが横行する。
多くが「処刑人なんて今時流行らない。」と思っている。
それでも少しは「噂」の提供がなされていた。
「シャーリーン」はその一つ一つと丁寧に拾っては細々と更新している。
僕も少しでも彼の役に立つよう情報提供をした。ファンレターも送った。
噂は追うことをやめたらそこで消えてしまう。
今、少しでもみんなの意識にあるうちに進めなければならない。
噂が現実に変わるとき、気付く者をできるだけ多く。
多く集め、そしてまたそこで。


6月19日(水) 雨
どれだけの人が「処刑人」を知ってるんだろう。
早紀のおかげで、名前だけなら聞いたことある人なら大勢いるはず。
しかしその中で処刑人の存在を本気で信じてる奴は皆無だ。
誰がネットの下らない噂を信じるか。
せいぜい冗談半分で噂を集めたサイトを作るくらいだ。
本気で信じてる奴がいたら、本気で処刑人を探し出そうとす奴がいたら、そいつは単なる馬鹿だ。
けどもしそんな馬鹿がいたら・・・
かつての僕は本当に「処刑人」に辿り着いてしまった。
単なる冗談のつもりがいつのまにか真実になってた。
「シャーリーン」はどうだろう。
お前はどこまでやるつもりなんだ。
信じる信じないはどうでもいいんだ。
処刑人に関係するサイトを維持してくれればいい。
誰でも見れるにしてくれてればいい。
あの子が探しやすいように。


6月20日(木) 曇り
メールでの処刑人普及活動はそろそろ最終段階へと進むべきかもしれない。
「WANTED処刑人U」の更新された情報に
「同一人物が違う名前を使って処刑人の噂を流してる。」というものが加わった。
掲示板では僕の作り上げた女性達の名前が連なってる。
抱えてたメル友たちも返事が少なくなりつつある。
このままいけば誰もマトモに相手にしてくれなくなるだろう。
そうなればいい。
僕はメールを送り続けた。女の子のキャラなど気にせず処刑人の噂を流した。
その都度名前を変えては新規でも片っ端からメールも送った。
処刑人、処刑人、処刑人。ひたすら流し続ける。
みんなもっと処刑人を知ってくれ。
処刑人の噂を流してる奴がいる、ということを知ってくれ。噂の出所を探してくれ。
「処刑人」の自作自演だということに気付いてくれ。気付け。
僕がここにいることを。


6月21日(金) 曇り
メールは最早マトモに返信してくれる人などいなかった。
無視されるか罵倒を浴びせられるかどちらかだ。
「WANTED処刑人U」の掲示板にも書かれてる。
「処刑人メールがやたら届くんですけど。」
「どっかの馬鹿がスイッチ入っちゃってたみたいだね。」
「管理人さん。あいつをやめさせてください。」
僕のことが話題になる。僕のことを気にしてくれる人たちがいる。
そう思うと僕はますますやめられなくなった。
迷惑という形であっても人の記憶の中に入り込みたい。
そして僕の話をして欲しい。
多く語られればそれだけ可能性が高まるから。
抑えきれない何かが僕の中で膨れ上がった。
時間が限られてると察してるのか、もうその勢いは止められなかった。
荒々しくキーボードを叩く手から、張り付くほど見つめてる画面から叫び声が聞こえる。
続けろ。弾けるまで。


6月荷に日(土) 雨
メールだけに飽き足らず僕は掲示板にまで「処刑人」の情報を流した。
名前を変えては思いついた噂をばら撒く。
すぐに「こいつ自作自演。」という返事が来た。
恐らく見るところを見れば全て同一人物の書き込みであることはバレてしまうのだろう。
そんなのおかまいなしだった。
一日中パソコンにかじりつき、メールを流しては掲示板に書き込むのを繰り返した。
迷惑がられてる。呆れられてる。
場違いな書き込みは誰も真面目に答えようとする人はいなかった。
だからといって僕の力では止めることはできない。
手が勝手に動くだけじゃない。意識すら自動的に動く。
僕の全てが何かに向かって突き進んでいた。
叫びたくなるほどの衝動が僕の中に渦巻く。
抑えきれなくなるのは時間の問題だ。
早く。早ク。


6月23日(日) 雨
僕の投稿した書き込みには「オフ会やろーぜ。」が連呼されていた。
そこにいる者たちが反応する。
「いいよ。勇気があるならな。」「ホントは来る気ないくせに。」「勝手にやればぁ?」
確実に僕を見てる奴がいる。
処刑人を見ているのは全ての人ではない。限られた人数の、その場限りのギャラリーでしかない。
それでも構わない。一人だけでもいい。
周りで見てる奴がいる。名乗らなくとも、その場に来る奴はいるはずだ。
僕はそいつらに伝えたいんだ。
「シャーリーン」自身も来る気はあるようだ。
「オフ会ですか。私は賛成ですよ。ネタとしても使えるし、イベントがあるのは楽しいですからね。」
オフ会。口に出して言ってみた。
耳の奥に不愉快なほど響き渡る。オフカイ。なんだこの言葉は。
急激に怒りを覚えた。
気が付けば理不尽なほどネットに関わる全てのことが嫌いになっていた。
「シャーリーン」って何だよ。何でそんな名前なんだよ。
ハンドルネームって何だよ。なんでみんなわざわざ変な名前つけるんだよ。
紅天女って何だよ。ARAって何だよ。渚って何だよ。ケイって何だよ。処刑人って何だよ。
顔が熱くなり、パソコンの画面を見てるだけで目が痛くなった。
目をつぶると猿達の顔が思い浮かんだ。
鬼の顔も浮かんだけど、猿の波に押されてすぐ見えなくなった。
猿だ。猿どもだ。人間なんていない。
ここにいるのは人じゃない。


第59週