絶望世界 もうひとつの僕日記

第59週


6月24日(月) 曇り
会いたいと連呼した。
その場にいる全員と会いたかった。
パソコンの中の小さな叫びはどれだけの人に届くだろうか。

「処刑人」なんて所詮は奴が作り上げた幻想に過ぎない。
もしかしたら僕と僕に関わる人たちだけの中で終わるはずだったのかもしれない。
僕が広げてしまったんだろうか。
一度広がったものは止まらず、誰もやめるにやめられなくなった。
それが例え収拾のつかないものであっても、誰も止めることはできなかった。
本人は自然に消えるのを望んでたのかもしれない。
僕が晒し者にしてしまったんだろうか。
取り返しのつかなくなった時になって初めて、奴は全てを明かしてくれた。
願いをかなえることができず、奴も最悪の選択肢を選ぶことしかできなかったんだ。
であれば、あの子を失ったのは僕もせいでもある。
全てを白紙に戻すことはできるだろうか。


6月25日(火) 曇り
掲示板に集まるのは僕の乱雑な書き込みを煽る奴達とそれを見て楽しむ野次馬。
少なくともそいつらは「処刑人」の名を目にしてる。
早紀の「処刑人」を知ってる連中は今でも覚えているのか。
人の記憶まではわからない。

実際のところ「処刑人」を聞いたことあるという奴はどれくらいいるんだろう。
一度はその名を目にしたことはあっても、既に忘れ去られてる可能性もある。
想像以上に有名かもしれない。それともとても小さな世界なのかもしれない。
いずれにしろ、できるだけ多くの「処刑人」を知ってる奴らの前に
僕は姿を現さなければならなかった。
今ここにいる僕こそが、「処刑人」だと教えるために。
下らない噂など聞かなくていい。
真剣に探そうなんて思わなくていい。
その名を頭の片隅に置いてくれるだけでいいんだ。
願わくば少しだけ興味を持って・・・その場に来て欲しい。
みんなで見ればいい。
人々の記憶に残る、「真の処刑人」誕生の瞬間を。
見て欲しい。


6月26日(水) 雲り
気が付けば誰からもメールが届かなくなっていた。それでも構わない。
「シャーリーン」が掲示板を仕切り、とうとうオフ会を企画してくれた。
何時するのがいいか要望を聞いて回ってる。
僕はできるだけ多く人が集まるよう週末がいいと主張した。
平日の真昼間からヒマをしてる僕のような奴だけでは足りない。
学生も社会人も無職もみんなみんな来て欲しかった。
一番騒いでる僕の主張をみんなは応援してくれた。
「あのガイキチさんのご要望どおりにしてあげた方がいいんじゃないすか?」
「言い出しっぺのこいつがメインみたいなもんだからな。」
「言うこと聞いてあげないとまた荒らし始めると思いますよ。」
複数の名前を使い分けても僕の書き込みは全て見破られていた。
呆れられてるのが目に見えてわかった。
それは別に僕の書き込みに対しては何の影響も与えなかった。
結局掲示板の七割以上は僕の書き込みで埋まり、オフカイの日程も週末になりそうだった。
「シャーリーン」がその方向で話を進めてくれてる。
僕の望みどおりに進んでる。


6月27日(木) 雨
一つ、これまでとは違う噂を流した。
先月あたりにメル友に殺された奴がいると。
死んだ奴のハンドルネーム、死んだ奴が住んでた場所。
僕が知ってる限りの情報を流した。
そして最後に「これには処刑人が関わってるらしい。」と添えた。
夜にはみんなが反応してた。
「また馬鹿なことを。いい加減にしろ。」
「つまんないからもうやめろ。」
「こんなヨタ話相手にしちゃ駄目ですよ。」
罵声を浴びせられる中、誰かが違う発言をした。
「それ、聞いたことありますよ。マジで死んだ人がいるんですよ。」
この発言がきっかけで、同調する者が何人か現れた。
自分も聞いたことあると。殺されたのは一人だけじゃないらしいと。
既に何人も殺されてるらしいと。警察も動いてるらしいと。
それを信じる者、信じない者が入り混じり、掲示板ではちょっとした論争が展開された。
僕の手から離れての出来事だった。


6月28日(金) 曇り
「シャーリーン」の決定により「WANTED処刑人U」の掲示板に集まるメンバーで
日曜日にオフ会が開催されることになった。
参加は自由。ただ指定の時間、指定の場所にそこにくるだけでいい。
元々寂れたサイトなので、そんなに多くは集まらないかもしれない。
それでも僕は行くしかなかった。
一人でも僕を見てくれる人がいれば、僕は喜んで行く。
あの子はまだ来ないと思う。けどもうそんなに時間は残されてない。
もしかしたら今回のオフカイが最後のチャンスになるかもしれない。
僕自身の生活にも限界が来ていたから。
お金はほとんど残ってない。電気代も水道代も払ってなかった。
直に止められる。電気がなければパソコンができない。
それまでに。それまでに成し遂げなければならない。
使命を果たせなければ、僕はあの子に会うツテを失ってしまう。
どこかで間違え、ロクに生きることができなくなった僕は
あの子にもう一度あうことだけが生きがいだった。
会えるまで死にたくなかった。


6月29日(土) 雨
あの子の存在がここまで大きくなったのはなぜだろう。
失い方が悪かったのかもしれない。
あまりに突然で、中途半端で、理解できなくて。
永遠に失われたと言われても僕は信じることができなかった。
今でも信じてない。有りえない。消えただなんて。
それともそんなこと関係無いのか。
おざなりだけど、失ったことであの子の存在の大きさに気付いただけなのか。
ふとかつての親友のことを思い出した。
奥田はあの子のことをどれくらい想ってたんだろう。
死にたくなるほどだから、相当のものだったのかもしれない。
人の何かを信じられなくなったことで、絶望する気持ちは理解できる。
どれだけ説明されたところで、潰えた気持ちは戻らないだろう。
けど、だからって死ぬことはなかったんじゃないのか。
僕は今でもそう思う。
僕なら闇を抱えてでも生きる。

明日のオフ会で僕はどこまでできるだろう。
やるしかないのは分かってる。でも不安なのは今も変わらない。
本当にあの子に会えるのか。何か行動するたびに、僕はこの不安に悩まされる。
そんな時はあの子を失った時のことをを考えるようにしてる。
あの子を殺した直後、「処刑人」の最初の言葉。
「こっちではA。あっちでは∀。」
こっちのAをひっくり返して、あっちの∀になるのなら・・・正しいのはこっちの「A」の方だろ。
そこまで深い意味は無かったのかもしれない。
だけど僕のこの勝手な理論は、悩んだ時にいつも僕の心を支えてくれる。

あの子はもう側まで来てるかもしれない。


6月30日(日) 雨
雨だった。
傘を持った人が渋谷のハチ公前にたむろしている。
その中に混じり、僕はずっと立っていた。
約周りを見渡しても誰が「WANTED処刑人U」のメンバーなのかわからなかった。
誰か来てるのかもわからない。僕と同じように、集団に紛れて様子を伺ってるのかもしれない。
でもみんな僕のことだけはわかるはずたっだ。
約束の時間になった。
僕は今朝掲示板に予告した通り、腕時計を見るフリをして腕をまくった。
おおげさにめくり、腕にマジックで大きく書かれた文字がみんなに見えるようにした。
「処刑人済」
しっかり見えるよう、僕は体をゆっくり回してどの方向にいる人にもアピールした。
メンバーには伝わってるはずだった。
その時間、その場所で「処刑人済」という字が書かれた腕を晒す者がいたら、それが僕だと書いておいたから。
掲示板を荒らし続ける張本人である僕だと。噂を流し元である僕だと。
顔を上げて人々の様子を伺った。
それぞれ携帯電話をいじったり、固まって会話をしていたりして
人の腕なんて見向きもしない人がほとんどだった。

その中で一人、目が合った。
相手もしっかりと僕の目を見てる。そして何か驚いたような顔をして口をパクパクさせていた。
そいつは引き寄せられるように僕の側までやってきた。
側まで来ても口をパクパクさせていた。何か喋っているようだった。
周りの雑踏に紛れて聞き取りづらくなっている。僕は耳に神経を集中して奴の言葉を聞いた。
「なんで、なんでアナタがそんなことしてるんですかッッ!!」
随分太った奴で、側にいると恐ろしいほど体臭が匂った。
汗をダラダラ流し、ひたすらなにかをわめいてる。
「サキちんはどうしたんだよ!」
「ボクは影でサキちんを守るためにあれを作ったのに。」
「サキちんとはまだ一緒にいるの?」
「サキちんはそろそろ許してくれそう?会いに行っても大丈夫?」
「サキちんは、サキちんは、サキちんは・・・・」
「てゆーかアナタ、サキちんの何なワケ?」
僕はその饒舌な豚に向かって吐き捨てた。「お前こそ、誰だ。」
豚はなぜか嬉しそうな顔をして醜い口を大きく開いた。
「ボクすか?ボクはシャーリーンすよ!でもアナタはもうボクの本名知ってるんすよね。
てかまた殴らないで下さいヨ!前にも言いましたけどボクはちゃんとサキちんの友人で、名前はえんど・・」
「シャーリーン」という名に反応して僕の手は自動的に動いていた。
抜いたナイフはすぐ鞄にしまった。
手に少し血がついたのはハンカチでぬぐい、そのハンカチはポケットにしまいこんだ。
僕はくるりと踵を返し、駅に向かって早歩きで歩いていった。
人込みの中に入るにつれ歩く速度が自然と早くなった。
しまいには走っていた。駅の改札を通り、電車に滑り込むまで走った。
電車に乗っても尚、僕は誰かに追われてるんじゃないかと怯えていた。

無事家に着いたのは奇跡なのかもしれない。
僕はすぐパソコンの電源をつけ、「WANTED処刑人U」の掲示板を見た。
そこには今日の出来事が書き連なれてた。
「すげえ!本当に人刺しやがったよ!みんな見たか?」
「見た見た!俺は遠くからだたけど、人が倒れたのは見えた。」
「本当なの?くそう俺も見に行けばよかった。」
「つか誰もあいつを尾行しなかったの?見てたんなら追えよ〜。」
「刺された人死んじゃったのかな?叫び声も何も聞こえなかったけど・・・。」
「死んだらヤバイだろ。ってゆうか今も充分ヤバイけど。公開殺人みたいなもんだしなぁ。あいつ即効捕まるんじゃねぇの?」
「マジで処刑人が登場しちゃったみたいだな。電波人間コワイコワイ。」

今、噂は現実となった。


第60週