絶望世界 もうひとつの僕日記

第2部<外界編>
第16章(最終章)
第61週



7月8日(月) 晴れ
家はとても静かだった。
両親は毎晩遅くまで仕事で出かけてるらしい。
家にいるのは僕と・・・早紀。
早紀は学校に行ってなかった。
また引きこもってるようだ。
僕が家に戻った理由について、早紀は何も聞いてこない。
気まずくて聞けないのかもしれない。
「仕事を辞めた。」と答えるつもりだったけど
このまま何も聞かないのであればそのままでいい。


7月9日(火) 曇り
久々に自分で料理をした。
昼ご飯にチャーハンを作った。腕は衰えてなかった。
居間に早紀が降りてきたので、ついでに早紀の分も作って一緒に食べた。
早紀は僕の勧めるままに黙々とチャーハンを口に運んでた。
僕はふと思いついて「学校はどうしたんだ。」と聞いた。
早紀は目も合わさず「別に。行きたくないだけ。」と答えた。
そこで僕は「学校行けよ。」と言った。
別に行かなければならない理由は無い。
早紀のひきこもりは今に始まったことではない。
今更親が嘆くわけもない。
僕の言葉は全く意味の無くそんなことを言ってしまった。
早紀は少しムっとしてごちそうさまも言わずに部屋に戻っていった。
居間に残された僕。しばらくしたら急激に恥ずかしさが全身に染み渡った。
汗が出た。耳も赤くなった。涙が出そうだ。いたたまれない。
何説教してるんだよ。こんな僕が。僕なんかが。僕のくせに。
早紀に何か物を言える立場じゃないだろ。偉そうにしやがって。
何が「学校行けよ。」だよ。僕が言うな僕が。僕のくせに生意気だ。
岩本亮平。お前だよお前。この虫野郎。
虫ケラ。


7月10日(水) 晴れ
親に早紀に顔を合わせるのが恥ずかしくて部屋から出られなくなった。
自分を責めずにはいられなかった。
あの子が愛しかった。あの子は僕の存在を許してくれた。
家に来てくれるだろうか。この部屋に来てくれるだろうか。
その願いはきっと叶わないだろうとわかってた。
戻ってくる可能性のあったあのアパートはもう捨ててしまった。
だからこの家に来てくれる可能性は無い。
いや・・・あの子はこの場所を知ってる。
僕の家を知ってるはず。調べようと思えばできるはず。だから可能性はゼロじゃない。
でもそれは奇跡に近いことだ。
あの子がこの家に来たらそれこそ・・・
畜生。やっぱり有りえない。可能性ゼロだ。
少しでも希望を持った僕が馬鹿だった。
駄目だ。何もかも駄目だ。
あの子に会いたくて処刑人になったのに。
ただ逃げてるだけだ。警察から逃れるために。
逃げ回ってるだけじゃあの子は来ない。会えない。
馬鹿だ。僕は馬鹿だ。こんなところで何やってるんだ。
ごめんよ早紀。こんな兄で。
こんな兄を家に抱え込んでお前も悲しいだろう。
ごめんよ。ごめんよ。ごめんよ。
許してくれよぅ


7月11日(木) 晴
早紀に申し訳なかった。
ボロボロになるまで尽くしたのに、僕は何も得られなかった。
そしてそのことを嘆いてる。自業自得のくせに。
早紀は強い。引きこもってるのが何だ。
ちゃんと生きてるじゃないか。
早紀だって散々な目に会ってきたはずだ。
生きるのが嫌になったはずだ。けど耐えてる。
どんなに最悪な状況になっても、生きる意志を失ってない。
外に出たくなくても、引きこもってても、とりあえずは生きようとしている。
死のうとしない。それだけで充分立派に生きてる証拠だ。
それに比べて僕は何だ。
こんなに死にたがってる。このままあの子に会えなかったら自殺しようと思ってる。
人を殺してしまったし。警察にも追われてるし。生きる楽しみなど無いし。
近いうちに死のうと思う。
恥ずかしい。ちゃんと生きてる早紀に申し訳ない。
でも死ぬのをやめるつもりが無い。
どうしようもないんだよ。止められないんだよ。
死なせてくれよ。早紀。僕が死んでも何も言うな。
お願いだからそっと・・・そっと死なせてくれ。
処刑人になり損ねた。失敗した。僕は賭けに失敗したんだ。
だから死ぬしかないんだ。早紀。わかってくれ。
隣でひっそり僕が死んでいても、何も言わないでくれ。
死体はゴミ捨て場にでも捨てればいい。
僕は人生に失敗した。敗北者だ。
早紀、頼む。僕を見るな。
見ないで


7月12日(金) 雨
早紀に写真を撮られた。
ご飯べ終わって部屋に戻ろうとした時、早紀が居間に降りてきた。
「お兄ちゃん、こっち向いて。」と声をかけられ、振り向くと早紀はインスタントカメラを構えてきた。
そこでパチリと。何の前触れも無く。
早紀は何かの冗談のつもりなのかクスクスと笑って部屋に戻っていった。
僕は一瞬何が起きたのか理解できなかった。
僕も部屋に戻り、先ほど起きたことを考えてた。
しばらくすると涙が込み上げてきた。
僕は自分の姿が記録に残されたことが恥ずかしくてたまらなかった。
恥を晒した。僕のこの腐った姿が映像としてこの世に残されてしまった。
ひどいよ早紀。なんでそんなことするんだよ。
僕なんかを写真にとって何が楽しいんだよ。
見るなと言ったのに。なんてことを。
恥ずかしい。恥ずかしくて気が狂いそうだ。
早紀。何で僕にこんな恥をかかすんだよ。
ひどい。ひどすぎる。
ひどいょ。


7月13日(土) 雨
嘆き続ける中で何かが走った。
なぜ早紀は昨日僕なんかの写真を撮ったのか?
冗談で写真を撮るなんてことがありえるだろうか。
あの早紀がそんな真似をするわけがない。
であれば、何か理由があるはず。
ここまで考えたとき、気付いた。
今のこの僕の格好。
無精ひげが生え、ボサボサの頭。
なんか、あの時の僕に似てないか。
この髪をちょっと茶色くして、変な眼鏡でもかけてみたら・・
「奥田」と名乗った時の僕。

恐ろしい考えが頭に襲い掛かる。早紀が写真を撮った理由。
誰かに見せるためか。僕のこの姿を。誰に。友人に。早紀の友人。一人しかいない。
田村さん。今の僕の姿を見て「奥田」だと気付くか。
遠藤はわからなかった。秋山もすぐには気付かなかった。
けど田村さんは・・・

急激に思い出していく
恐怖が加速する
あの夜
田村さんは眼鏡を外した「奥田」を見てる
暗闇の中だと髪は全て黒く見える
田村さんは僕の顔を見ていた
目を潤ませて
僕が視線を外してもずっと
ずっと僕を見ていた
当時の僕の名を囁き
僕のこの顔に触れ
頑なに僕の顔を
僕の顔を見続けていた
頭に刻み込んでいた
僕の姿を

そして早紀
お前はなぜ僕の姿を田村さんに確認させる

知ってるの  か


7月14日(日) 曇り
早紀お前はどこまで知ってる
僕がどれだけ恥ずかしいことをしてきたのか
僕がどれだけみじめで哀れな人生を歩んできたのか
僕がどれだけ苦しんだのか
僕だどれだけ変ってしまったのか
僕がどれだけ
知ってどうする今更知ってどうなる
お前が何をどうやったって状況は変らない
僕はいずれ捕まるだろう間もなくこの家だって突き止められるだろう
玄関に警察の人が来た時がタイムリミットだ
その時僕は死ぬつもりだ
それまでは自分の愚かさに嘆き悔恨にまみれてただひっそりと虫のように生きるつもりだ
いつ踏まれてもいいように
早紀お前はそれすら許さないというのか
お前だって苦しい時間を過ごしたはずだ辛かったはずだ
忘れたいはずだだからもう何も詮索する必要なんてないんだ
僕は確かにお前のしてきたことを知ってる聞かされてる
でもそのことをお前の前で口にしたこと無いよな
兄に知られたとなったら恥ずかしくて生きていけないだろ
だから僕は何も言わない
お互い様だろなぁ干渉するのはよしてくれよ
よせ
よして下さい
お前に知られるのだけは耐えがたいんだ
お前を顔を会わすだけでも辛いのに
それ以上の仕打ちをお前は

足りないのか

俺にもっと苦しめと言うのか

泣けと言うのか

今すぐ死ねと言うのか

残されたささやかな時間さえ潰そうというのか

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

畜生

ちくs

・・

・・・・・・!!


第62週