絶望世界 もうひとつの僕日記


8月2日(金) ?
意識が残ってる
もう死んだと思ったのに
奥田のように気が触れてしまう前に僕は
美希ちゃんに殺してもらった
僕も美希ちゃんの首を締めた
僕の意識がなくなるのが先だったのか
美希ちゃんの身体から力が抜けるのが先だったのか
どうもよく覚えていない
あまりうまい方法じゃなかったかな
首の締め合いと二人ともうまく同じぐらいの力を込めないとどちらかが生き残ってしまう
僕が生き残ったというわけか
けど間もなく死ぬだろう
ほらこんなに虫の息だ
目を開ける気力も無い
身体はもう死んでるのかもしれない
わずかに血の残った脳だけがこうして命の残り火を灯してる
なぜこんな時間が残されてるんだろう
走馬灯のように人生を振り返るのなら
それはそれで構わない
けどこれは何だ
特に何かを思い出すわけでもない
ただ意識があるという感覚だけ
身体も動かない
外の気配も感じない
良い気分でも悪い気分でもない
これは一種の罰なのかもしれない
神様が僕のために用意した犯した罪の重さに苦しむ時間なのか
なかなかスッキリと死なせてはくれないな
まぁ仕方ない
それだけのことをしたんだから
でも残念だね
犯した罪の重さとやらは感じない
あははは
全然苦しくないや

自分が他人のように見える
岩本亮平という男が何やら忙しそうに動いてる
僕はそれを空から見てる
どうも料理を作ってるようだ
誰かと一緒にご飯を食べるつもりなんだ
たぶん美希ちゃんだ
美希ちゃんのためにご飯を作ってる
僕の作った料理を食べながら
二人でつつましく生きていこうとしてる
ああ いよいよ駄目みたいだ
僕にこんな記憶はない
だって僕が料理を覚えたのは
美希ちゃんがいなくなってからだから
僕の作った手料理を
美希ちゃんが食べることは無かったんだ

こうして自分ことを他人を眺めるような感覚
これが死にゆく感覚というのなら
なんだなんだ
僕はもっと早く死んでたじゃないか
最後に自分を感じたのは美希ちゃんと再会した時くらいだ
早紀を殺した瞬間も
牧原さんとのデートも
僕は遠くからただ眺めてるだけだった

おや 誰かが呼んでる
遠くから女の子の声が聞こえる
「こっちへ来て」だって
先に行った美希ちゃんが待ってるのか
大丈夫 今行くよ
もうここに未練はないから
「はやく」だなんて
そんなに焦らないでよ すぐ行くから
美希ちゃんはせっかちだな
これからはずっと一緒なんだから
別にゆっくりでもいいじゃないか
もうそんな時間の感覚も必要ないだろう
あるのは永遠
それだけだから


え?
今なんて言った
「戻ってきて」って聞こえたぞ
美希ちゃん なんでそんなこと言うんだ
僕らは戻るんじゃない
それくらいわかってるだろ
戻る必要なんてない
一緒に進むんだ
永遠に向かって進むんだ
それが僕らが一緒にいれる唯一の

いや

これは

美希ちゃんの声じゃない・・・・!


8月3日(土) ―
女の子二人の会話

「いくら声をかけても無駄よ。この人はもうとっくに死んでるわ。」
「そんなことない。こうして目を開けて息をしてる。ちゃんと生きてる。」
「確かにそうね。でも死んでるのよ。わかる?」
「わからない。わかりたくもない。」
「そんなこと言ってずっとここにいるつもり?昨日から寝てないんでしょ?疲れちゃうわよ。」
「私は大丈夫。お兄ちゃんにも何か食べさせないといけないし。」
「ねぇ細江さんに会ったんでしょ?あの子もこんな感じだったでしょ?田村さんだって今はこうなんでしょ?」
「二人とも生きてる。あなたが思ってるほど人間はもろくない。」
「嘘ね。もろいわよ。とっても。心の中をちょちょっといじれば簡単に壊れちゃう。」
「そんなことない。確かにおかしくなることはなるかもしれない。けどそれは一時のことよ。
生きてれば必ず元に戻れるわ。もしかしたら壊れる前より強くなってるかもしれない。」
「それは自分のことを言ってるの?」
「違う。誰でもそのはずよ。」
「ふふふ。そこまで強いのはあなただけよ。大概の人は壊れたまま動かない。」
「あなたの言うとおりかもしれない。けどね。もしそうだとしてもこの人は必ず元に戻るわ。
あなたは私を強いと言ったわね。であれば、私の兄であるこの人だって・・。」
「あなたは何もわかってないわね。あんなに近くにいたのに、亮平君の心の闇をわかってないなんて。」
「待って、牧原さん。あなたこそわかってないわ。お兄ちゃんはあなたが思ってるよりずっと強い人よ。」
「すごい自信ね。けど心の闇を抱えてたのは事実よ。それに蝕まれてこんななっちゃった。」
「それはあなたが・・・!」
「早紀。勘違いしないで。亮平君はね。私が会う前から徐々に壊れていってたわ。私はそれを少し早めただけ。」
「お兄ちゃんは壊れてなんかない。」
「壊れてるってのはちょっと違うかな。削れていってたのよ。少しずつ。確実に。
いい?亮平君は停滞を望んでいたわ。ずっと何も変わらずただ生きるだけの生活。
大学もやめて、その日食べるためのお金をバイトで稼いで、楽しみといえばちょっとお酒を飲むくらい。
それが続けばいいと思っていた。けどね。人は生きてる限り成長しなきゃいけないのよ。
嫌でも身体の細胞は年を取っていくんだから。生き方もそれにあわせなきゃいけない。」
「いつかはちゃんと働こうとか思ってたはずよ。」
「それが思ってなかったのよ。そばにいた私が一番知ってるわ。人生を本気で考えていなかったのよ。
亮平君は辛い目に会うのを嫌がってた。その代償としてすごく楽しい思いができなくてもいいと思ってた。
だから現状のままで、そこそこ楽しい当時の生活がずっと続けばいいと思ってた。
要はずっと安心して暮らしていきたかったのね。嫌な目に会うきっかけをできるかぎり避けていた。」
「それは決して悪い生き方じゃないんじゃない?そう思ってる人は結構多いはずよ。」
「かもね。でも考えてみてよ。アルバイトと食事とわずかなお酒だけを永遠に繰り返す生活。
そのまま年を取って死んでいく。生きた証も残せず、ただ消費するだけの生活。その生活こそが命を削る。
三十歳なのに生き方は二十歳と変わらなければ、十歳損をしてることになるでしょ?
右上がりのグラフに添って生きていくのが本来の姿の中で、横線にまっすぐ伸びようとするのは間違ってるわ。
成長が思い通りにならない場合もあるかもしれない。けど成長を望まないのはその時点で生きるのを放棄してる。」
「そんなこと言ったら、現状維持を願う人はみんな生きる資格がないことになるわ。」
「ちょっと違うわね。『このままと同じペースで成長』というのが現状維持なのよ。そう願う人はたくさんいる。
けどその中でね、いるのよ。亮平君みたいな人が。何もしないことが現状維持だと勘違いしてる腐った人が。
わたしの周りには多かったわ。早紀。あなたもかつてはそうだったんじゃないの?」
「それは・・・そうだったかも。じゃあ牧原さん。そんな人はみんな死ねばいいと言うの?」
「うん。まさにその通り。そして私はね。それを一人一人にわからせてあげたいのよ。あなたもう死んでるわよって。」
「わからせるって、殺すってこと?」
「自分が死んでることに気付かせるだけよ。見方によっては殺してるようにも見えるかもね。
でも別に刺し殺すとかそんなんじゃないのよ。その場合もあったけど。あ、まぁあれは過失かな。
とにかくね。私は願いをかなえてあげるだけ。停滞は死。その停滞を望んでる。ということは死を望んでるってことだから。
死を望むなんてとんでもない心の闇よね。ふふ。亮平君、今ごろ渡部美希と一緒にいる夢でも見てるんじゃないかしら。」
「渡部美希・・・それはAの方ね。」
「あらよく知ってるわね。」
「お兄ちゃんが教えてくれたわ。渡部のW。ひっくり返して牧原のM。A&∀はW&Mという意味だってね。
あの時は意味がわからなかったけど、こうして渡部美希さんにお会いしてると、その意味がよくわかる。」
「いつ教えてもらったの?」
「牧原さん。お兄ちゃんは必ず戻ってくるわ。だってこの人は、あなたに会いに行く前、確かに自分の意志をもっていたから。
私の首に手をかけたあと、全てを教えてくれた。牧原さんがお兄ちゃんの方では渡部美希と名乗ってるって。
私を処刑人に仕立てあげたのも牧原さんだって。それだけじゃない。お兄ちゃんは自分の罪も告白してくれた。
奥田と名乗って田村さんと一緒に私を囲ったこと。その仲間も、関係無い人も含めて何人か・・・殺してしまったことも。」
「・・・。」
「お兄ちゃんは泣きじゃくる私に謝ったわ。巻き込んですまなかったって。
それでね、後は自分で決着をつけるから、お前はとりあえず舞台を降りてくれって。
死んだことにすればいいって。俺がこの手を首から離したら、お前は黙って倒れろって。
そのまましばらく黙って部屋で過ごせって。もう怖がる必要はないって。そしてここ住所を教えてくれた。
何日後になるかわからないけど、自分が決着をつける場所はここになるだろうって。
それ以上は何も言わずに出て行った。でね、お兄ちゃんが行ったあと、家でずっと考えてたの。
なんでここの住所なんか教えてくれたんだろうって。何日も考えた。そしたら気付いたの。
お兄ちゃんは私に助けてもらいたかったんだ。私をここに呼んで、死に向かう自分を止めて欲しかった。」
「なるほどね。けどこうゆう見方もあるわよ。自分の死に場所を知らせておきたかった。」
「違う。お兄ちゃんは死にたがってなんかない。」
「うーん、それは正しくもあり間違ってもいるって感じね。亮平君は死にたがってるのに死ぬ勇気がなかったの。
誰かがそばにいて止めてくれるような状況でしか死のうとしなかったし、自暴自棄になって人殺しはしても自殺はしなかった。」
「じゃあ死にたくなかったんじゃなかったんだわ。」
「そうとは言えないわよ。処刑人を名乗って人殺しになって、晒し者にまでなって。辛いこともたくさんあって。
生きてるのが嫌だった。かと言って死ぬ勇気もない。だから生きながら死ぬことにしたのよ。」
「けど、そう仕向けたのはあなたでしょ!お兄ちゃんは決してあなたの思ってるようには考えてなかったはずよ。」
「ふふ。確かにそうかもしれないわね。私は亮平君の考えが手にとるようにわかってるつもりだけど、
本当にそうなのかは本人にしかわからない。本人にも自分がどうしたいのかわかってるのかもあやしいわ。
でもそれは関係無いの。私は亮平君みたいに希望も絶望も無い人は既に死人だと思ってるから。
死人に『あなたは死んでますよ。』って教えてあげて、理解してもらえればその人は自分の意志で死ぬわよね。
肉体的に死ぬ場合もあるけど、ほとんどは精神を殺してしまうわね。心の自殺よ。自分の抱えた闇に飲み込まれるのよ。
亮平君はわかってたのかしら。全ての流れが自分に対する処刑だったということを。
最初に処刑人の名を見たときから、それが自分に向けられたものだと気付いてたかしら。」
「全部あなたの思い通りだったってこと?」
「さすがに全部じゃないわよ。ここに至る過程では私の想像してなかった事態もたくさんあったわ。
亮平君が処刑人と化すとは思わなかった。渡部美希への固執もここまでとは思わなかった。。
早紀、あなたの復活だってそうよ。あなたはすぐに駄目になると思ったのに。
しぶとく頑張ってくれちゃって。どうなることかと思ったわよ。
私はそうした一つ一つの要素が亮平君の処刑に向かうように調整してきた。だから結果だけをみれば私の思い通りよね。」
「処刑は完了したと思ってるの?」
「してるわよ。見て分からない?」
「わからないわね。」
「わからず屋ね。ほらなんかニヤけてるわよ。あらら。ヨダレまでたらしちゃって。これのどこがマトモだと言うのよ。」
「ねぇ。お兄ちゃんがあなたの思い通りに動いてたとしても、あなたの思い通りの意志を持ってなかったとしたら?」
「何それ。どうゆうこと?」
「だから、自分が停滞を望んでるとか自分は実は死んでるんだとか、そんなことカケラも気付いてないとしたら?」
「だとしたら、どうなの?」
「お兄ちゃんは純粋に、本気であなたの心の闇を救おうとしてたのかもしれないのよ。
渡部美希でも、牧原公子でも、処刑人でもない。それら全てを含めたあなた自身を。」
「・・・。」
「渡部美希に会いたがっていたのは、あなたが牧原公子だけになっていたから。
渡部美希にもなって、牧原公子にもなる。そんなあなたを包んで上げたかったのよ。」
「・・・ロマンチックな話ね。けどもう遅いわ。処刑はもう完了してしまったんだから。」
「あなたは救われなくていいの?」
「野暮なこと聞かないで。自分自身への処刑は一番始めに終えてある。」
「始めって・・・・・あ・・・・確かに『処刑人』が一番始めに殺したのは・・・・。」
「ねぇ見て!この人何か喋ってる」
「え?あ、ほんとだ。お兄ちゃん、どうしたの?何?」
「駄目ね。声が小さすぎて聞こえない。」
「お兄ちゃん、戻ってきて!返事してよ。元に戻ってよ!」
「無駄よ。全然聞こえてない。ほら。わけもわからず手を伸ばしてる。」
「聞こえてるから手を伸ばしてるのよ!きっと元に戻してくれって言ってるんだわ。」
「違うわ。このまま死の世界へ引っ張ってくれって呟いてるのよ。」
「そんなことない。生きたいのよ。」
「いいや、死にたいのよ。」
「生きたいのよ。」
「じゃあ賭けをしましょうよ。二人同時に手を差し伸べるの。それで、亮平君がどっちの手をとるか賭けるの。」
「負けた方はどうするの?」
「黙ってこの場を去る。そして二度と戻ってこない。」
「・・・いいわ。やりましょう。」
「オッケー。じゃあいくわよ。亮平君、ほら。死にたかったら私の手をとって。」
「駄目よお兄ちゃん。生きなきゃ。だから私の手をとるのよ。」

・・・・

「ほら見て、わたしの勝ちよ!やっぱりこの人は・・・・・!」


8月4日(日) 灰
誰かが僕の手を握っている。
僕はそれに引っ張られるようにして延々と歩いていた。
どこに向かって歩いているのかはわからない。
僕はどこに行こうとしてるのだろう。
手を引いてるのは女の子だった。
この子についていけば望んでるところに行けそうだ。
さぁ連れて行ってよ。素敵なところに行けるんでしょ?
早く早く。早く行かなきゃ。

けどなんか疲れたな。ずっと歩きっぱなしだよ。
まだ着かないんだろうか。あとどれだけ歩けばいいんだろうか。
駄目だ。これ以上歩けない。
僕はもう疲れたよ。一歩も動けない。
くそう。それでもまだ手を引っ張るのか。
僕は嫌だと言ってるのに。

何か思い出した。何だろうこの景色は。
遊園地。迷子の少年が泣いてる。
泣いても誰も助けてくれない。それでもひたすら泣き続けてる。
絶望的なほど泣き尽した時、その子に奇跡が訪れた。
その少年より一回り大きな少女。
少年のお姉さんらしき少女が駆け寄ってきた。
少年はその子の顔を見ると、光り輝くほどの笑顔で少女の胸に飛びついた。
少女は少年を叱りつけるけど、身体はぎゅっと抱いている。
そして二人仲良く手を繋いで歩き去った。
僕はその姿を見て何かを思ったはずだ。
思い出せない。

僕は力を振り絞って再び足を動かした。
わかってる。進まなければ辿り着かない。
歩まなければ何も始まらない。
また長く歩くことになりそうだ。
延々と歩きつづけてるのに、一向に終着の気配が無い。
でも歩く。ひたすら歩く。


声が聞こえる。
僕の手を引く女の子が、僕に向かって何か叫んでる。

「部屋の中を歩くだけじゃどこにもいけないわ・・・。」

どうも僕はただ同じ場所をぐるぐる回ってるだけのようだ。
けどそれが何だというんだ。外の世界なんてありゃしない。あるのは僕の世界だけだった。
構わない。着くまで歩いてやる。
いつかどこかに辿り着くのを信じて進み続ける。
そこへの道が、例え永遠だとしても。
だって僕はもう。


まだ見ぬ終着に向かい、僕は心の底から叫び声を上げた。
その声は身体の芯を震わせ、僕の世界を強烈に突き抜けた。
届いてるか?この声、この涙、この絶望。
これが僕の願いだ。


死ね。

そして、蘇れ。




絶望の世界A
−完−


絶望の世界A&∀
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