狭間の世界 −ボクの日記−
第十四週「終局」
4月9日(月) ハレ
タケシ君はアサミさんの兄。ボクはタケシ君の過去の姿。
ということはあのタケシ君は幽霊だったのかもしれません。
でもタケシ君の表現は間違ってると思います。ボクはやっぱり、タケシ君じゃない。
ボクにタケシ君の記憶は無いし、アサミさんのために自分を変えることはない。
タケシ君の昔の姿と同じ性格をした別人。アサミさんにそう作られた。
ボクの存在は実に薄っぺらいモノなんだと思うけど、こうして熱にうなされてるボクがいるのは確かです。
まだここにいる。
4月10日(火) クモリ
タケシ君の言ってたこと本当なら、アサミさんを復活させるのが回復への道なんだと思います。
あの時見えた女の子がアサミさんなんでしょうか。思ってたより全然若い。
あるいはボクの心の中にあるアサミさんがそうゆうイメージなだけなのかもしれない。
もう目をつぶっても映像は浮かんでこないけど、確かにその存在は感じます。
ボクの中に他の人がいる。いや、ボクが他の人の中にいるのか?
いずれにせよどちらの存在が間違ってるのかは明白です。
ボクだ。
4月11日(水) ハレ
皮肉なことに、タケシ君が見えなくなってから彼の言ってたことが理解できるようになりました。
アサミさんの存在がだんだん膨らんでる気がします。そしてボクの存在感が徐々に薄れていく。
押し出されていくような感じです。ボクはここにいちゃいけないような。「どけ」と言われてるような。
強制的に消える羽目になる。タケシ君の言ったと通りだ。消える。それはつまり、死ぬってことかな。
ボクにはわずかな記憶しかないけど、それでも死ぬのは嫌だ。でも止められない。
アサミさんの心の片隅にちょこんと置いといてもらえないかな。
4月12日(木) ハレ
アサミさんの存在が大きくなっても彼女の記憶がボクに流れてくることはありません。
どうも一緒にはなれなさそうです。ボクはこのままはじき出されるんでしょう。
身体を失えば死んでしまう。とても残念なことだけどボクにはどうすることもできない。
アサミさんはどんどん大きくなってきてるのにその姿を見ることもできない。
ただ感じるだけです。せめて声くらい聞かせて欲しい。
結局あのタケシ君は何だったのか。アサミさんなら全てを知ってそうなのに。
ボクも知りたかった。
4月13日(金) ハレ
自分が消えていくのを止められないのは悲しいことだと思います。
踏みとどまろうとしても、本来の身体の持ち主であるアサミさんにかなうわけがありません。
アサミさん。弾き出すつもりなら、なんでボクを作ったりしたんですか。
今戻ってきたって状況は何も変わらないはずじゃないですか。
タケシ君が見えたのだってなんの意味があったと言うんですか。
本当に、ボクがなんの為に作られたのかわからない。
アサミさんにはずっと声をかけてたけど、答えが返ってくる気配はありません。
もうダメなんでしょう。
4月14日(土) クモリ
理由もわからないお腹や頭の痛みに苦しむためだけに生きるのも辛いです。
ボクは諦めました。どうせ苦しいままなんだ。もう消えてしまった方が楽になる。
ボクさえ消えればこの身体はアサミさんの元に戻り、きっと熱も下がると思う。
それに不思議なことなんですが、膨らみゆくアサミさんの存在はボクにとっては脅威のはずなのに
全然嫌じゃないんです。ボクは消えるのはやっぱり正しいことなんだとさえ思うようになりました。
少し悲しいけどこれが運命なら仕方ありません。
アサミさん。戻ってきなよ。遠慮することはありません。元々あなたの身体じゃないですか。
ボクはもういいから。
4月15日(日) ハレ
もうほとんどアサミさんは戻ってきてる。ボクの残り時間もあとわずか。
いよいよ終わりだって思ったとき、感じました。
最後の一押しが来ない。アサミさんの方が留まってる。
膨らむ勢いは感じるのに、それを自分で押さえ込んでる。
あともう少しなのに。どうして今更?ボクは思わず聞きました。
すると、初めてアサミさんから返事が返ってきました。
それは言葉じゃなかったけど、直接ボクの意識のその「感じ」が流れてきました。
アサミさんは出たがってない。やむを得ない事情でそこまで戻ってきてるけど、本当は嫌なんだ。
かたくなに拒否するアサミさんの感情が手に取るようにわかります。
嫌がってる。今のまま出るのは嫌だって。だからボクに・・・
ボクは崖っぷちに立ちながらも、なんとかこの場に踏みとどまっています。
なんの為に残されてるのか。ようやく理解できました。
やり残したことがある。
だからまだ消えるわけにはいかない。
→第15週「夢幻」