光と影の世界 −カイザー日記−
カイザー日記 Chapter:3「チャット」
7/26 晴れ
結局誰にも相談できないまま、学校は夏休みに入ってしまった。
僕はパソコンに触れることができなくなっていた。パソコンの前に座るたびに背後に視線を感じてしまう。
三木の視線だ。怖くて日記を書くどころじゃなかった。ネットに繋ぐなんてもってのほかだ。
でも、それはなんの解決にもならなかった。最近では自分の部屋にいなくても三木の視線を感じる。
奴の視線を振り払うには、直接交渉するしかないのかもしれない。それには、パソコンを使わなければ。
三木は何らかの方法で僕を監視してる。その姿を確認する事はできない。チャットか何かで話すしかないんだ。
どの道逃れられないのなら、受け入れるしかないじゃないか。僕は奴と話す決意した。
それでもやはり怖いものは怖い。監視されてる事を知らされて平然としてる方が無理だよ。
日記を書いてる今でも時々後ろを振り返ってしまう。背後に感じる三木の視線は決して消えない。
ネットに繋ぎ、久々に「希望の世界」に行った。ここまでは何も変わらない。できればその先には行きたくない。
和ジオのページに行って「希望の世界」のパスワードを変えた。「iwamoto」とは何の縁もないものに変更した。
何の意味もない事に思える。けど、何かせずにはいられない。少しでも三木に抵抗がしたかった。
もしかしたら三木も「希望の世界」を乗っ取れる状況だったのかもしれない。だからパスワードを変えてやった。
効果があるとは思えないけど、今の僕にはこれが精一杯。他に抵抗する手段は思いつかなかった。
ほんの少しだけ気持ちが楽になったので、この勢いでチャット室まで行った。いや、行こうとした。
・・・・・行けなかった。画面に浮かぶ「チャット」の文字。これをクリックすればチャット室に入れる。
マウスをそこにあわせようとした瞬間、背後の視線が強くなった様な気がした。今から来るんだね?と聞こえた。
幻聴だ。そんなことは分かってる。分かってるけど、聞こえるんだよ。視線だって錯覚に過ぎない。でも、でも、
消えないんだ。聞こえてしまうんだ。感じてしまうんだ。幻だって分かってるのに、分かってるのに・・・・・・・!!
消えないんだよぉ。
7/28 晴れ
遠くで花火の音が聞こえる。ドン、と鳴るたびに僕は頭を抱えてうめき声をあげてる。
地獄の様な時間だった。花火の光が僕の部屋まで届くわけないのに、音と共に光が窓を照らす。
そして、その光の中には人影が見える。三木だ。あはははは。僕は馬鹿だ。見えるはずのないものが見える。
「希望の世界」に行ってチャット室に入ると、窓に見えた人影はパソコンの中に入った。背筋が冷たくなった。
三木の発言が溜まってる。「私は少し勘違いしてたみたい。」「でももう完全に把握した。」「覚悟してね。」
「学校は夏休みなんでしょ?」「ずっと家に居るんでしょ?」「外出てないみたいね。」「ネット繋ぎなさいよ。」
「ハイジャックの犯人知ってる?」「パソコンゲームやってたんだって。」「そんな風にはならないようにね。」
「あなたは正気?」「狂ってる?」「正気?」「どっちなの?」「返事して。」「返事して」「返事して。」「返事して。」
うるせぇ、と呟いて画面を叩いた。僕は何をやってるんだろう。なんでこんな事になったんだろう。
「私に構わないで下さい。」と発言を打ち込んだ。本物のsakkyさんは何処にいってしまたんだ。
三木が本物のsakkyさんじゃないか、と思う時もある。けどそれにしては不自然だ。三木の名を使う理由は?
二人は親友同士でそれで・・・・止めた。もしそうだとしても僕を監視してる事を説明することができない。
sakkyさん自身なら自分が本物だ、と主張すればそれで済むんだから。わざわざ話をややこしくする事はない。
僕は何時になったら解放されるんだろう。このままじゃ僕はおかしくなってしまういやもういまもすこしおかしいかも
違う。僕はおかしくなんかない。僕は正気だ。狂ってなんかいない。
さっき窓を開けてたせいで部屋に蚊が入ってきた。虫を見ると異常に腹が立つ。この前の事を思い出すから。
監視されてる事を知った瞬間のあの嫌な感覚、思い出したくない。僕は蚊を叩きつぶしてやった。
その死体を何重もの紙に包んでテープでぐるぐる巻きにして思いっきり固めてゴミ箱に放り投げた。
また、背筋が冷たくなった。憑かれたようにチャットの更新ボタンを押すと、三木の発言が表示された。
「死んだ虫なんかにこだわってなんの意味があるの?」
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
僕は笑いながら泣いた。
7/30 晴れ
チャット室にまた三木の発言が増えてた。「いつまでsakkyでいるつもり?ロロ・トマシ君。」
黙れ。「希望の世界」を乗っ取ったのは僕の実力だ。それを誇示して何が悪い。僕の勝手だろ。
こうなったら意地でもsakkyの名前を使ってやる。僕はsakkyだ。僕はsakkyだ。僕はsakkyだ。僕はsakkyだ。
「そんな事は重要じゃないんです。それより三木君は何をしたいんですか?」
また「僕はあなたの目的を知りたいだけですよ。」なんて言うんじゃないだろうな。知ってどうするんだ。
しばらくして更新してみると、奴は答えてた。「ソレを言ったらつまらないじゃないですか。」
畜生!畜生畜生畜生畜畜生ちくしょうちうklさy@おう馬鹿に馬鹿にバカにバカニばかにばかにしやがって。
比較的はやくレスがつけれたってことは、繋いでる最中って事だよな?「そんな事言わずに教えて下さい!」
案の定すぐにレスがついた。「だから、つまんなくなるから教えない。」・・・・・・・・・・・・・・・何て奴だ。酷い。
悔しくて涙が出てきた。こうやって悔しがる僕の姿を見たいのか?それとも怒る姿を見たいのか?怯える姿か?
「三木君の思い通りにはならないよ。」今も何処かで見てるんだろ?視線でわかるぞ。汚ない奴め。
「ウフフ」と返す三木。僕はふざけるな、と怒鳴った。何処かで聞いてる三木には届いてるはず。
「ちゃんと聞こえた?」と入れると「ウフフフフフフフフ」と返してきた。とことんバカにしやがって。
「あなたは最低です。」言ってやったぞ。最低野郎。豚め。お前は豚だよ。豚豚豚豚豚豚ブタブタブタブタぶた
「いいの?そんな事言って。ウフフフフ。」「どっちもどっちでしょ。」・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブタめ黙れ。
「その変な笑い方止めて下さい。不愉快です。」僕のこの発言の後、チャット室は三木の発言で埋まった。
「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」「ウフフ」・・・・・・・・・・・・・
僕は画面を揺さぶり、何度も何度も「豚野郎!」と叫んだ。
畜生。畜生。
8/1 晴れ
今日も一日中家にこもってた。外に出る気になれない。そんな気分にさらに追い打ちをかけられた。
夕方、ゴロゴロしながらテレビを見てると電話が鳴った。無視すれば良かったのに僕は受話器を取ってしまった。
もしもし、といつも通りの応対をすると、受話器の向こうで変な笑い声が聞こえてきた。
その時点では変な人だな、としか思わなかったので、もう一度もしもし、と言ってみた。笑い声が続いてた。
嫌な予感がした。僕の気配を察知したかのようなタイミングで、奴は口を開いた。
「君が、カイザー・ソゼ君?」
思わず受話器を手放してしまった。その声は男とも女ともわからない不気味な声だった。
知らない声だったけど、僕は電話に出てるのが誰なのか知ってる。三木だ。奴め、家に電話してきやがった!
震える手でもう一度受話器を持つ。恐ろしくて逃げ出したい気持ちはあったけど、三木と直に話す唯一の機会。
話さなきゃ、と思った。「誰ですか?」と上擦った声で聞いた。誰なのか分かってたけど、僕からは言えない。
少し間が空いた後、奴は答えた。「君は豚野郎と呼んでくれたね。」
受話器を落としそうになるくらい震える手を、もう片方の手でなんとか抑えた。凍るように背筋が冷たい。
「だから、誰なんです?」とぼけてみたつもりだったけど、言ってみてから意味の無い事に気がついた。
またあの変な笑い声が続き、僕は痺れを切らして「誰なんですか。」と絞るように言った。
「みき。」と奴が答えたとき、僕は逃げられない、と思った。僕は三木から逃げられない。逃げられない。
「いい加減にしないと警察に訴えますよ。」と小さく叫んでから、僕は受話器を置いた。
再びテレビの前に座って何もなかったようにしようとしたけど、内容は全然頭に入ってなかった。
誰を。警察に訴えるって?誰を訴えるんだ。三木を?どうやって?僕は奴の何も知らないんだぞ?
警察にはネット犯罪を専門に扱ってる人も居るって聞いた事がある。全てを話せば三木の正体を・・・・・・・
全てを話す?そしたら僕の事もバレるじゃないか。「希望の世界」を乗っ取ったことが。
「希望の世界」は僕が作ったことにすれば何とかなるかもしれない。・・・・いや、そもそもこれは事件にならない。
直接危害は加えてきてない。ネットでもメール爆弾とかしてきてるわけでもない。どうしようもないじゃないか。
今日はネットに繋がなかった。このままネットから消えてしまいたい。駄目だ。奴は現実にも侵入してきた。
もう涙も出てこない。
8/4 晴れ
今考えると、電話がかかってきた時近くに親が居なくて良かった。こんな事で親を巻き込みたくない。
でも、そうは言ってられなくなってきた。今度は本当にヤバイかもしれない。
今日のチャットで奴は「一度会ってお話した方がいいようですね。」と言ってやがった。家に来るつもりか。
電話で「警察に言う。」と言ったのがマズかった。昨日と一昨日、二日間を置いてからネットに繋いだ。
そこでも僕は「警察に言いますよ。」と書き込んでしまった。それが三木を刺激してしまったんだと思う。
三木はまた「ウフフ」と書き込んだり、たまにまともに喋ったりと、行動が理解しがたい。何がしたいんだよ。
まともに喋る、と言ってもその内容は意味不明。「もう一人の私が変なことしてますね。」だとさ。
狂ってる。間違いなく奴は既知外だ。そんな奴に睨まれた僕はどうすればいいんだ。
僕は全てを見られ、私生活にまで侵入されかけてる。怖いのはネットの中だけじゃなくなった。
ネットと現実の区別がつかなくなってきた。僕自身も壊れ始めてるのだろうか。違う。僕は正気だ。マトモだ。
チャット中に書き込むセリフを自分で喋りなが打っているのに気がついたとき、僕は泣きそうになった。
何やってるんだ僕は。ネットはネット。現実は現実。ネットをしてる僕は現実。ネットは現実は僕は境は僕は
僕はカイザー・ソゼ。僕はロロ・トマシ。僕はsakky。僕は、僕の本名は?ネットの中ではそんなものいらない。
僕はカイザー・ソゼだ。カイザー・ソゼはネットの中だけで存在する。現実にその名を口にすることはない。
口にされることもない。誰も僕を「カイザー・ソゼ」と呼ぶことはない。ないんだ。あってはいけないんだ。
三木。奴は僕をカイザー・ソゼと呼んだ。ネットを超えて奴はやって来た。奴の前では僕はカイザー・ソゼだ。
僕は現実でもカイザー・ソゼになった。
ずっと前、誰かが言ってた気がする。「ネットはお互い顔が見えないから仲良くできる。」
sakkyさんと会った時、僕はあの人を紅天女さんと呼ぼうとした。sakkyさんは僕を処刑人と呼んだ。
カイザー・ソゼとロロ・トマシは同一人物だけど、ネットの中では二人共個人として存在してる。
「希望の世界」の中の「私の日記」はsakkyの日記。僕がsakkyの名を騙って書いた嘘日記。
現実の中の僕は受験を控えた中学三年生。現実の中で電話をかけてきた三木。
三木に監視されてる僕は、カイザー・ソゼ。
8/6 ハレ
夜。晩ご飯を食べ終わってテレビを見てるとき、電話が鳴った。親が受話器を取った。
何か話した後、すぐに電話は切られた。受話器を置いた母さんは文句を言ってた。イタズラ電話だったそうだ。
「カイザー・ソゼを出せとか言って来るんだけど。」
僕はふぅん、と何も知らない振りをして相づちを打ったけど、心臓が止まりそうなほど緊張した。
喉が異常に乾いてきた。お茶を飲もうとしてグラスを持つと、カタカタと手が震えてるのに気がついた。
落ち着け、と何度も自分に言い聞かせた。落ち着け。落ち着け。落ち着け。震えは止まらなかった。
再び電話が鳴ったとき、僕は思わず「ひぃ。」声を出してしまい、緊張に耐えられなくなってグラスを落とした。
どうしたの?と聞く親を無視し、僕が出るから、と言って受話器を取った。
「カイザー・ソゼ君?」とあの変な声が聞こえてた次の瞬間には、受話器をたたきつけるように置いていた。
すぐに電話が鳴ったけど、どうせまたイタズラだよ、と言って受話器は取らなかった。
母さんが僕の顔が青ざめてると言ってたけど、その理由を言うわけにはいかない。僕はそうかな、とだけ答えた。
三木はこのやりとりを見てるんだろうか?見てるだろうな。そして笑ってやがるんだ。あの変な声で。
僕は散歩に行ってくると言い残し、外に出た。母さんが何か言ったけど無視した。外は異様に暗く感じた。
「一度会ってお話した方がいいようですね。」という三木の言葉が頭に浮かんだ。
三木、そこに居るんだろ?この闇の中に居るんだろ?僕を見てるんだろ?出てこい。出て来いよ!
僕は出てこい、と叫ぼうとしたけど、その言葉は頭に文字として浮かんだだけだった。
パソコンの画面が思い浮かぶ。キーボードを叩くまねをしてみた。mikidetekoi
sugatawomisero
「三木出てこい姿を見せろ」と変換されて僕の頭の中の画面に映し出される。更新ボタンを押す。
「ウフフ」という文字が画面に現れた。「その笑い方は止めろ」と打ち込む。また「ウフフ」と打ち込まれる。
僕は何をやってる?チャット。そうだよ。チャットだよ。電話は三木から一方的にかかってくるだけ。
チャットなら僕は自分から話しかけることが出来る。闇の中を彷徨いながら、僕はチャットをした。
通行人が変な目で僕を見る。わかってるよ。お前ら全員三木の差し金なんだろ?
その通り、と三木の発言が画面に現れた。畜生。みんなグルかよ。僕を狂わそうとしてるんだろ!
僕は落ちてた木の枝を拾い、闇に向かって振り回した。三木、そこに居るんだろ?闇に隠れてるんだろ?
何度振っても三木には当たらなかった。畜生。畜生。畜生。僕は無我夢中になって枝を振り回した。
三木の部下に当たりそうになったり、壁に当たったりしたけど、三木には当たらなかった。
家に帰ってもネットに繋ぐ必要はなかった。チャットはちゃんと僕の頭の中でできるから。さっきも出来たし。
hehehe
→カイザー日記4.「精神病院」