世界 カイザー日記

カイザー日記 Chapter:4「精神病院」


8/11 晴れ
数日間の調査の結果、三木は相当な権力者であることが判明した。
アナウンサーまで買収するなんて普通の人間に出来る事じゃない。
ニュースを見るたびにアナウンサーは僕の目を見て喋る。三木に僕を見るように命令されてるんだ。
喋る内容も僕に関することばかりだ。ハイジャックの犯人が実名報道に切り替わった。
奴等はそのニュースを読むたびに「次はお前だ」って目で訴えてくる。
僕が甲子園を見ようとしたら三木に中止にされてしまったのには驚いた。
テレビ局に電話して「三木の言いなりになるのは止めて下さい。」と言ってやったけど相手にされなかった。
みんなおかしいよ。みんな三木に洗脳されてるのに気付かないのか?マトモな人間は僕だけじゃないか。
いつの間にかテレビに水がかかってた。僕もびしょぬれになってた。なんで?
雨が降ってるんだと思って傘をさした。電球に当たって割れてしまった。ガラスの破片が傘に刺さった。
傘をさしたまま、僕は途方に暮れた。何も考えたくなくなった。このまま今日が終わってしまえばいいのに。
よくわからないまま日記を書いてる僕。「今日も平凡な一日だった。」と書いてから消して今の日記を書いてる。
書いてるってのは正しい表現じゃないな。キーボードで打ってるんだから何て言えばいいのかな?
やっぱり「書く」でいいのかな?日記なんだから。そんなことはどうでもいい。どうでもよくない。知らない。
今日も平凡な一日だった。


8/14 雨
今日は珍しく雨が降ってた。どっかの川が溢れて行方不明者が出たってニュース速報でやってた。
夕刊にもその記事が載ってた。僕は自分の名前が行方不明者のリストの中に載ってないか心配になった。
救助隊員が見てる目の前で次々と人が川に流されたらしい。僕も流された。家にいたけど流された。
助けてよ。救助隊員の人は見てるだけで何もしてくれなかった。助けてってば。僕、溺れてるんだよ。
三木は溺れてる僕を助けてはくれなかった。見てるくせに僕の知らない何処かで見てるくせに。
電話は鳴るけど絶対受話器を取らない。親もイタズラだと思ってるらしく受話器を取らない。
今年の夏は受験勉強をしなくちゃいけないんだ。良い高校に入って良い大学に入って良い会社に就職して
三木より偉くなって三木を潰して三木から解放されて三木を酷い目に会わせて三木の髪の毛全部抜いて
三木の腕を引きちぎって足を砕いて鼻を削いで耳を切り落として目をくり抜かなければならない。
その姿を想像したら気持ち悪くなって吐いてしまった。気持ち悪い三木。僕の想像にまで入ってくる。
電源入れてないパソコンの画面を見ると僕の顔が映ってる。こんにちわ、と挨拶したら一緒になって喋ってた。
画面に映る僕は僕と同じ表情をする。あああああああああああああああああああああああああああああああああ
叫んでみても画面の中にいる僕は声は出さなかった。そうか。こいつがカイザー・ソゼか。今気付いた。
日記を書くために電源を入れるとウィンドウズの画面が出てきてカイザー・ソゼの姿は消えた。
消えたんじゃない。映らなくなっただけだ。カイザー・ソゼは僕として存在してる。
「今日も平凡な一日だった。」と書いてから消してこの日記を書いてる。この儀式は続ける必要があるのだろうか。
今日も平凡な一日だった。


8/17 晴れ
日記をサーバーにアップするの億劫になってきた。もともとサーバーには保存目的でしかアップしてない。
つーかさ、お前なに人の日記勝手見てるんだよ。お前だよお前。マウスいじってるお前だよ。
最近じゃドリキャスでもネットできるからな。そっち使ってるのか?でもほとんどの人がパソコンだろ?
三木が勝手にアドレス公開してるのか知らないけどさ。人の日記を覗き見るのは誉められる行為じゃないな。
お前ら、僕の書いた日記なんか見て楽しいか?勝手に見るなよな。見ないで。恥ずかしい。頼むから。ミルナ
あ、今「見られたくなかったらサーバーにアップしなきゃいいじゃん」なんて思っただろ?うん。その通りだ。
一理あるよ。うん。そうだよな。アップしなきゃ見られる事もないんだよな。僕もそう思います。
でも駄目なんです。アップするの義務なんです。一度決めたことは変更しちゃいけないんです。
あなたも画面に向かって叫んで下さい。ああああああああああああああああああああああああああああああああ
そして何かを壊して下さい。僕はCDラジカセを床にたたきつけました。派手な音をたてて壊れました。
ね?わかるでしょ?これと同じなんです。今の行為と同じ理由で僕は日記をアップしなきゃいけないんだ。
違います。同じ理由じゃありません。あなたは叫ぶ必要もないし物を壊す必要はありません。
なぜなら、あなた達はみんな三木の手下だから。僕はあなた達を信用しません。ただ見てるだけの人達は。
見てないで僕を助けて下さい。僕に励ましの言葉をかけて下さい。電話でもいいですよ。僕が出ますから。
電話番号はこちらです。

***-***-****

ちょっと仕掛けをしといたので普通の人の目には「*」としか映らないかもしれません。じゃ、待ってますね。
今日も平凡な一日だった。


8/18 晴れ
今日は親と一緒に出かけました。母さんがちょっと一緒に来て欲しいって言うから。
電車に乗ってると黒い肌のお姉さん達が下品な笑い声を立てていた。大きな板を袋に詰めて持ってた。
僕は彼女たちに向かって語りかけた。でもその声はあまりに小さく、恐らく誰にも聞き取れなかったと思う。
昨日の仕掛け、分かった?あれはね、米印の中に自分の好きな数字を当てはめるんだよ。それだけだよ。
これから湘南の海で泳ごうとしてる人たちには重要じゃない事かもしれない。けど僕は誰かに言いたかった。
駅で降りてバスに乗り、母さんは僕を目的の場所まで連れてきた。僕は最初そこが何なのか分からなかった。
流されるままに中に入り、母さんが受け付けで何かを言った。それから僕たちは少し待たされた。
順番が来て案内されると、そこには白衣を着た人が座ってて、どうぞおかけ下さいと言った。お医者さんだ。
何故僕はお医者さんの前で座ってるんだろう?その理由を考えてる間にも周りの世界は勝手に進んでいた。
母さんとお医者さんの会話には、受験勉強のストレス、インターネットのやり過ぎ、等の言葉が出てきた。
一通りの話が終わるとお医者さんは僕の目を見て喋ってきた。
「ここには外部とのコミュニケーションを計る為にパソコンの利用を許可されてる人も居るんですよ。だから・・・」
だから夏休みの間だけでも、ここに居たら?母さんがそう付け加えた。ここに?ここは何なんだ?
何故僕はここに居なくちゃいけないんだ僕は身体の調子は悪くないし怪我もしてない。何故お医者さんが?
何故?なぜ?ナゼ?僕は混乱して立ち上がった。お医者さんは慣れた様に大丈夫、落ち着いて、と言った。
看護婦か看護士かわからないけど誰か知らない人が「さぁ座って。」と言って背後から僕の肩に触れた。
その瞬間、僕は発狂した。
叫び声をあげてものすごい勢いで部屋を出た。後ろで何か叫び声が聞こえた。僕は逃げた。
建物の中を走り回ってると中に入っては行けないような場所を見つけた。丁度誰かが出てくるところだった。
僕はその横を走り抜け、中に入った。すぐ後ろで「待ちなさい。」という声が聞こえたけど無視した。
行けるところまで行こう、と思った。廊下を走ってると水飲み場でお兄さんとお姉さんが会話してた。
何故だか分からないけど僕はそれに釘付けになって立ち止まった。何かを思い出しそうになった。
突然数人の白衣を着た医者達が僕の横を走り抜けた。アレ?この人達は僕を捕まえに来たんじゃないの?
階段を上がっていくので僕も後を追ってみた。びしょ濡れになって泣いてる男が医者に抱えられて降りてきた。
その男は誰かに謝ってるみたいだった。ごめんなさい。もうしません。だから殺さないで。ごめんなさい。許して。
僕はふらふらと階段を下りて中庭に出た。穴を掘っては埋め掘っては埋めるおじさん。突然叫び出す人。
人形を殴る女の人。そして、僕。ああそうか。ここは・・・・・・・・・・・・・ここは、精神病院だ。
今度は明らかに僕を捕まえようとしてるお医者さん達が遠くから走ってくるのが見えた。
僕は芝生の上をはいずり回る名前も分からない虫を捕まえ、口に含んだ。かみ砕くと苦い味がした。
吐き気を押し戻すように僕はその虫を飲み込んだ。認めよう。僕はもう正気じゃない。狂った。僕は狂ったんだ。
狂わされた。


8/19 晴れ
結局僕は精神病院に通うことにした。さすがに入院はしたくなかった。
今日もカウンセリングを受けにいった。何か特別な事をするのかと思ったけど別段そういった事はなかった。
心理テストとかそんな感じのことだったと思う。そこでしてきた事の意味は僕にはわからない。
やることが済んだら僕は病院の中を見学させて貰う事にした。昨日より落ち着いてたのですぐに許可は下りた。
昨日のように逃げ回るつもりは全然なかった。中を見学する行為が僕に今必要な事だと思っただけだった。
歩き回ってると、そこが病院である事が改めて認識させられた。患者達は何らかの問題を抱えてここに来てる。
その表情は決して明るくはなかった。笑ってる人もいたけど、寂しさは消えてない。僕も・・・・同じ顔なんだろう。
ふと女の人が歩いてるのに目が止まった。僕はその人をじっと見てた。その人も僕を見てた。
何かが。何かが僕の中で熱くなっていった。僕はその女の人を知ってるのか?
狂う前の僕ならすぐにわかったかもしれない。しかし今の僕にはその人が僕の知ってる人なのか判断できない。
しばらくすると医者に連れて行かれてしまった。僕はその後ろ姿が消えるまでずっと眺めてた。
そして突然、僕の中で叫び声が聞こえた。「戻れ。」
三木の声じゃない。誰の声か分からなかったけど、それは確かに僕の頭に直接響いた。「早く。」
僕は急いで家に帰った。帰る途中、身体の奥に別の生き物がいるような気がした。なにかがうごめいてる。
昨日の虫だ。昨日の虫が僕のお腹の中で生き続けてるんだ。「早く部屋に戻れ。」
それが幻覚であることは分かってる。しかし僕にはその虫の存在を受け入れる事ができた。幻でも構わない。
家に着くとすぐに自分の部屋に入った。午後3時。いつもならリビングルームでテレビを見てる時間だ。
何も変わらない部屋だ。「すぐに始まる。」僕は何が始まるのか分からなかった。
そして、始まった。僕のパソコンが突然起動した。僕は何も触れてない。勝手に電源が入った。
僕が見守る中、パソコンは生きてるようにCDドライブをオープンしたりした。画面ではポインタが動いてる。
ポインタは迷うことなくまっすぐマイコンピュータに移動した。クリック。マイコンピュータが開いた。
僕は何もしてない。次々にフォルダが開かれていく。目的のものが最初から分かっているようだった。
まるでそこにもう一人の僕がいて操作してるみたいだった。しかしパソコンに触れている者は誰もいない。
透明人間がいるみたいだ。それが正直な感想だった。フォルダは僕がいつも書いてる日記まで辿り着いた。
透明人間。その言葉をもう一度頭に浮かべた。そうだ。透明人間だ。三木も、透明人間だ。
日記のファイルが開かれる寸前、僕はコンセントを抜いた。モジュラージャックも抜いた。
・・・・・・・・本物の、ハッキングだ。三木は僕のパソコンに侵入して日記を読んでいたんだ。
だから僕の行動は筒抜けだったんだ。でも虫は?虫は見えてたんじゃないのか?
ハッタリだ。見える訳ない。三木はハッキングして得た情報とハッタリを巧妙に駆使して、僕を追い詰めたんだ。
ハッキングの事実が分かったからと言って、三木の正体が分かったわけじゃない。それに・・・・・・・・
監視の手段が分かって少しは楽になったものの・・・・・・・・僕は、相変わらず狂ったままだ。
一度壊れたものはそう簡単には戻らない。
「逃げろ。」・・・・その指示に従い、僕はプロバイダを解約した。必要なデータはフロッピーに移してから
Windowsの再インストールもした。「舞い戻れ。」・・・僕は新しいプロバイダと契約して日記のアップは続けてる。
今日は、決して平凡な一日ではなかった


8/20 晴れ
昨日の処置でハッキングを回避できるようになったのかはわからない。でももう電話はかかって来なかった。
モデムの設定をしてるときに気がついたけど、しっかり自宅の電話番号を記入する欄がある。
三木はそれで僕の家の電話番号を知ることができたのだと思う。昨日の日記は読まれたのだろうか?
本物のハッキングについて僕は全然知識が無い。だからコンセントを抜いた時点で開かれてなかったファイルも
三木のパソコンの方にダウンロードされてれば見られてる事になる。「平気だよ。」
虫の声が聞こえるということは、僕はまだ正気に戻ってない、ということだな。でも虫の言うとおりだ。平気だよ。
狂ってると自覚することで僕は驚くほど落ち着いていられた。ただ狂っておかしな事ばかりしてては駄目だ。
三木は僕はハッキングに気付いた事を知ってるかもしれないし知らないかもしれない。どっちでもいいな。
自宅の電話番号を知られてるんだ。住所までバレる事も考えられる。もう奴からは逃げられない。
親に言って電話番号を変えて貰う?警察に言う?「違うな。」うん。違う。これは僕自身が解決しなきゃいけない。
自分の手で、この問題を解決しなければならない。そんな義務感を感じる。
僕は「希望の世界」を新しくした。具体的には過去の「私の日記」を消して、全く新しい「私の日記」を始めた。
精神病院での出来事をもとに書いていこうかと思う。sakkyさんの名を使って僕自身の事を書くつもりだ。
見ているか?三木。新しくなった「希望の世界」だ。岩本早紀さん。本当にもう見ていないのですか?
このままでは「希望の世界」は主を失ったままです。僕が・・・・・僕がその役を引き受けてもいいでしょうか?
「希望の世界」をお借りします。以前のように単なる遊びとして「希望の世界」を乗っ取ったんじゃない。
三木と正面から向き合う為のパイプとして「希望の世界」を借りるんだ。三木、僕はもう逃げないぞ。
外には相変わらず闇が広がってる。この闇をたどれば何処かに三木という人間が存在してる。
早紀さんもだ。同じ夜空の下に、僕と同じように早紀さんは存在してるはずなんだ。
見てますか?早紀さん。僕の「希望の世界」です。あなたの作った「希望の世界」は僕が受け継ぎました。
見てますか?


第1章「後継者」
 サキの日記1−「転生」