光と影の世界 −カイザー日記−
カイザー日記 Chapter:7「オフ会」
9/9 晴れ
奴の要望通り、僕は「行く」とは書かず、参加をほのめかす書き込みをしておいた。
とうとう、直接会うことになるのか・・・・。それとも、ここまで煽っておいて奴自身は参加せずか?
いや、それは無いな。奴も僕の姿を確認したいはずだ。ハッキングだけでは僕の姿は見れないから。
なんとなくの想像はついてると思う。中三の男。これだけで有る程度の姿は見当がつく。
僕は自分でも思ってるんだけど中学生らしい体格をしている。そんなに育ち過ぎもせず、幼すぎもせず。
鏡を見るたびにまだ子供っぽさが残ってるのがわかる。年相応、といった所かな。
日頃から「誰がどう見ても僕は中学生に見えるんだろうな。」と思っているけど、それがはずれた試しは無い。
つまり、平凡なんだ僕は。15には見えないくらい大人びていれば、騙しようもあったかもしれないのに。
池袋で事件があったらしい。通り魔殺人。二人死亡。酷い話だ。
僕は狂っているけど人殺しはできない。する勇気が無い。勇気があればできるってわけでもない。
そう思っている。僕は、人殺しは、しない。何度も確認するように呟いてみた。
だけどそれは、言えば言うほど非現実的な響きを持っているように感じてくる。人殺しするほど狂ってないよ。
駄目だ。何度言っても虚しく響き渡るだけだ。僕は、人殺しはしないと言ってる自分が信じられない。
信じてやれよ。他人を信じられないのはわかる。だけど自分くらいは信じてやれよ。
そう言うお前が僕を信じてやれよ。自分に対して言ってるんだろ?僕は僕にとって他人じゃないだろ?
お前誰に向かって話してるんだ?僕だろ?僕が僕に向かって話しかけてるんだろ?自分が自分に?
おい待てよ。僕は僕だ。お前は誰だ?なるほど、お前も僕か。ちょっと待て僕が二人いるじゃないか?
二人だけじゃないって?何言ってるんだ。僕の身体は一つだぞ。僕の身体だ。お前の身体だ。もう一人の奴の
ぁぁぁぁぁぁ
9/10 晴れ
オフ会の為に用意しなくちゃいけないものは何だろう。ナイフ。何故?
僕自身ナイフを突きつけられた事があるからだ。sakkyさんに。今度は僕が突きつける番だ。
三木に僕の決意を見せてやれ。何も殺すことはない。僕の時の様に殺すだけで良いんだ。違う。
脅すだけでいいんだ。脅すだけだ。僕は逃げたけど三木は逃がさない。逃がさないで誓わせる。
二度と僕につきまとわないと。
ナイフを持っていくのはそれだけじゃない。護身用でもある。三木は何をしてくるかわからないんだから。
力ずくで何かしようとするのなら、抵抗するには何か武器が必要だ。何も持たないのは無防備すぎる。
逆に、何かしてくるようなら遠慮なくナイフを使え。殺したって構わない。だから違うって。脅すだけだって。
僕は別に世間のみんなをアホだと思ってない。アホは殺すべきだとも思わない。永井美奈子も素敵だと思う。
三木は殺すべきだとは思うけど。奴が死んだところで悲しむ奴はいないだろ。でも殺せない。
殺せば僕は殺人容疑で逮捕されてしまう。一生罪を背負って生きなければならない。そんなのイヤだ。
この年で人生終わらせるなんて、僕は嫌だ。だからナイフは脅すだけ。少しくらいなら傷つけたっていいかも。
それは傷害罪だ。同じように罪になる。でもそれくらいなら奴が訴えなければなんとかなるかもしれないな。
僕が今考えてるのは危険な事なのかな?「希望の世界」に行ってみる。書き込んでみる。
ほら、マトモなこと書いてるじゃないか。これで安心できたね。安心して危険な事を考えられるね。
よくわからないね。
9/11 晴れ
ナイフを光にかざしてみた。刃の部分がキラリと光ってる。丁度僕の胸の辺りに影ができた。
手の平に押しつけてみる。痛くなったので皮膚が切れる前にやめた。切れ味はあまり鋭くないのかもしれない。
パソコンの画面の縁に突き立てた。カリっと音がして塗装が少し剥げ落ちた。使うなら突き刺した方がいい。
紙を切り裂く時音が出た。画面に突き立てた時も音が出た。人を刺しても音は出るのだろうか。
きっとおぞましい音が出るんだろう。刺された人は悲鳴をあげる。ナイフが皮膚を突き破る音と悲鳴。
僕には想像もできない。4日後、僕はその音を聞いてるのだろうか。どんな気分で聞いてるんだろう。
ナイフは使わないかもしれない。何も起きなければ使う必要はない。ナイフはずっと僕のポケットの中に。
三木に会えなければ何も起こらない。会えてしまったら確実に何かは起こる。僕がナイフを突きつける。
少し前バタフライナイフを使った少年犯罪が起きて問題になった。僕のナイフはそんなにいいものじゃない。
池袋の事件は無差別だった。僕の相手は三木だけだ。無意味に人を傷つけたりはしない。
こうして他人と比較して何になるんだろう。何を言った所で僕は三木にナイフを突きつけるつもりでいる。
決定は変わらない。変えるつもりもない。できることなら三木を刺してしまいたいとも思ってる。
僕は三木に会いたいと思うと同時に会いたくないとも思ってる。会えば、刺してしまいそうだから。
刺してしまうと僕の人生は終わる。それは嫌だ。だけど三木は消して欲しい。僕の手で消したい。
僕を狂わせた張本人を僕の手で葬れば僕は解放される。たかがハッキングされたくらいで殺すのか?
ハッキングは問題じゃない。問題は、僕を狂わせた、という事。
そうだろ?
9/12 晴れ
藤沢の病院からの帰り道、僕は足を延ばして横浜まで出てみた。
横浜駅西口東横線改札前。日曜だけあって人はごった返していた。
駅ビルに通じるエスカレーターの前では肌の黒いお兄さんやお姉さんが座り込んでる。
三日後、また僕はそこに行くことになる。人混みの中、僕はポケットの中のナイフを握りしめた。
ポケットから手を出すと少し切れてた。血がにじみ出る。昨日は切れなかったのに。
舌先で舐めてみると鉄っぽい味がした。子供の頃は傷ができるといつも舐めていた。血はいつも同じ味だった。
昔よく家族で高島屋に来てた。一人で行ったのは今日が始めてかもしれない。何もかもが変わってる気がする。
冷房が効きすぎてるせいで寒くなってきた。下に降りるエレベーターの中で僕は一人震えてた。
以前友達とビブレに買い物に行ったことがある。ベイスターズの優勝記念セールをやってた時だ。
親が買ってきた服ばかり着てた僕にはちょっとした冒険気分だった。その時初めて自分の金で服を買った。
今日、僕はその服を着てる。僕が正常だった時に選んだ服。友達にもセンスがいいと誉められた。
親には変なデザインだって言われたのを覚えてる。しばらく親が嫌いになった。
その頃親に「インターネットでどんな事をしてるのか。」と聞かれて、うるさいなぁ僕の勝手だろって答えた。
親は僕のパソコンに干渉しなくなった。
僕がカイザー・ソゼである事を親は知らない。三木に狂わされた事も。「希望の世界」にもう一人の僕が居る事も。
ポケットの中のナイフは冷房のせいですっかり冷たくなっていた。高島屋から出た後も、僕はしばらく震えていた。
震えは家に帰っても止まらなかった。
9/13 晴れ
もう虫の声は聞こえなくなっていた。何時から聞こえなくなってたのかは覚えてない。
病院でまた例の男が話しかけてきた。ニヤニヤしたその笑い方がとても不愉快だった。
ねぇ知ってる?僕ね、オクダって呼ばれてるんだよ。本当は違う名前なのに変な女が僕をそう呼んでたんだよ。
僕はカイザー・ソゼ。格好いい名前だね。誰に付けて貰ったの?自分で考えたの?
僕はsakky。え?何?もう一回言ってよ。さっきと名前は違うじゃないか。それにその名前なんか嫌な感じ。
僕は 。オクダはまた泣きじゃくって何処かへ消えた。
僕は考えるのを止めることにした。オフ会まであと二日。三木の事も学校の事も病院の事も考えるのを止めた。
外は暑くて僕の着たシャツは汗でびしょびしょになった。何度もハンカチで拭っても汗は流れ続けた。
シャツが身体にぴったりとくっついて気持ち悪いかったのでシャツを脱いだ。電車の中だった。
周りの人が変な目で見る。僕はあわてて服を着た。汗まみれの服はさらに気持ち悪く感じた。
ナイフは机の引き出しの中に入れっぱなしだったからそこで振り回すことは出来なかった。
夜になってテレホーダイの時間になったらネットに繋いだ。
三木が新しい発言をしていた。
********
「ゲリラオフ会追伸」
投稿者:三木
投稿日:09月13日(月)
当日は何か目印があった方がいいですね。
来たはいいけどお互い誰か誰だかわかんないってなるのは困りますから(笑)。
何か無いかと考えた結果・・・・・
昔、僕の友達が聞いてたラジオの話なんですけど(聞くように誘われたけど私は聞かなかった)
ラジオを聴いてる証としてベルを付けるって言ってました。
そこで、私たちもベルを付けるってのはどうでしょう?
ハンズとかのアクセサリーコーナーで売ってると思います。
そのラジオが今どうなってるのか知りませんが
ベルつけて歩いてる人なんてみなさん見たことないでしょ?
結構良い案だと思うんですが。
他にもっと良い案があれば書き込みお願いします。
無いようならベルでいきましょう。時間も無い事ですし。
でわ。明後日をお楽しみに〜
********
明日東急ハンズでベルを買ってこよう。
9/14 曇り
ベルを振るとチリチリと貧相な音がした。鞄に付けて歩いてみるとまたチリチリ鳴った。
もうオフ会は明日に迫ってる。ナイフはここにある。今日は手に押しつけても切れなかった。
服装はどうしようかと悩んだ。明日も暑いだろうからTシャツを着ることにした。
黄色いTシャツと紺のジーンズ。灰色の帽子。あまり人に顔を見られたくないから帽子をかぶる。
午後1時。横浜駅西口東横線改札前。ベルを持った人を待つ。それ以上の事は考えない。
もういい。そこで何が起こるのか僕は知らない。知った後、どうなるのかもわからない。
明日はネットの中にいる僕と現実の僕とが一つになる。もう戻れない。
鈍い光を放っているナイフはキーボードの横に置いてある。刃は相変わらず冷たい。
手首に添えてみた。切れるわけがなかった。死んでどうなる。死にたくない。
明日の夜も僕はこうしてパソコンの前に座ってるんだろうか。明日の日記はちゃんと書けるのだろうか。
知らない。もう何も知らない。知ることが、できない。全ては明日わかることだ。
今は何も見えない。
→カイザー日記8.「夢」