世界 カイザー日記

カイザー日記 Chapter:11「BATTLE」


10/15 雨
病院のロビー。
それは十分予想できた事だった。
でも僕は・・・・・背筋が冷たくなった。震えた。
遠藤智久が、とうとう病院に姿を現した。
入り口で奴の姿が見えた。僕は飛び上がるようにしてベンチを離れ、奥に隠れた。
奴はキョロキョロと中を見渡した後、受付に向かった。
そこでしばらく話をしてた。終わらない会話。口論になってた。
バカだ。普通に面会を申し込んで中に入れると思ってたのか。バカ過ぎる。どうしようもないバカだ。
口論が続く。いいぞ。もっと怒鳴れ。そして追い返されてしまえ。立ち入り禁止になってしまえ。
僕の願いとは裏腹に奴は大人しく諦めてしまった。その後しばらく病院内をウロウロしたけど、結局帰っていった。
けけけ。そんな簡単に早紀さんに会えれば僕だって苦労しないんだよ!
甘いんだよ!


10/16 曇り
また病院に。早紀さんに会えなくても僕には病院に行く正当な理由がある。
先生は嫌な奴だけどカウンセリングはきちんとこなす。と言っても僕は何も考えず答えてるけど。
アリガタイお話を聞いておしまい。どうせ早紀さんには会わせてくれないんだろ?
ただ、今日に限って言えば先生のその姿勢が僕を救ってくれた。
帰り際にロビーを見渡した。遠藤は来てないのかが気になった。
まさかそんな簡単に諦めるとは思えない。今日も来てる可能性も十分あり得る。そんな事を考えてた。
そして、奴は居た。
僕の背後に。

「カイザーくぅん。」と気色悪いほど甘い声が僕の背中に突き刺さった。
僕は振り向けなかった。足がガクガク震えて身体を動かすことさえ出来なかった。
「早紀ちゃんにはどうやって会えばいいのかなぁ。」
後ろに、居る。僕に話しかけてる。早紀さんに会う方法を聞いてる。
「ねぇ、カイザー・ソゼくぅぅん。」
耳元で囁く。吐く息が、僕の首筋に・・・・コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
「なんでここに居るんですか。」
かろうじて出たセリフがこれだった。答えは分かりきってるのに。
肩を掴まれた。ぐい、と引き寄せられて、僕の身体は反転した。強制的に後ろを向かされた。対面。
・・・・・・奴は笑ってた。
「なんでって?そりゃ早紀ちゃんに会うためだよ。僕らはね。愛し合ってるんだ。会うのが当然なんだよ。
なのに会えないんだ。おかしいよね。おかしいんだよ。僕は早紀ちゃんと一緒にならなきゃ。」
「警察に捕まってたんじゃないんですか。人を、刺したんじゃないんですか。」
言ってしまった。話を遮られた奴は口を開けたまま僕をじっと見た。異常なほど晴れやかな笑顔になった。
「良く知ってるねそんな事!でも僕は刺してないよ。よけやがったんだあのニセモノ。
それにね。あそこはね、そうゆう店なんだよ。ちょっとやりすぎて問題になっただけ。そうゆう事になってるんだよ。
早紀ちゃん、冗談のつもりだったらしいけど、ちょこっとカゲキだったかな。お仕置きも必要だったりしてウフウフ。」
僕は逃げ出した。
後ろで大きな叫び声が聞こえた。逃げろ。今はとにかく逃げるんだ。今度は違う叫び声が聞こえた。
振り返ると、先生が遠藤を引き留めていた。怒られてやがる。そうか。バカだ。大声出したから説教されてんだ。
融通のきかない先生。こんな時に役に立ってくれるなんて。
とにかく僕は逃げ切った。


10/17 晴れ
さすがに今日は病院に行けなかった。それに今日は日曜日だし。家で大人しくしてた。昨日の事を思い出した。
遠藤智久の言ってた事。「あそこはね。そうゆう店なんだよ。」
なんとなくだけど奴が警察から解放された理由がわかった。早紀さんが見つけた風俗店。
そうゆう店なんだよ、か。ナイフはちょっとやりすぎ。ナイフは。・・・・・SMクラブか・・・・。
僕はバラバラ人形を取り出して眺めてみた。これが人間だったら、なんて考えてみた。SMどころじゃないな。
人形、というよりヌイグルミか。これは。千切れた部分から綿が出放題になってる。
綿には砂が混じってて汚らしい。左手。右手。左足。右足。胴体。・・・・頭だけが無い。
オクダはなんで僕にこんなものを渡したんだろう。「返したから。」って。わけがわからない。
オクダは何故か僕に怯えてた。それが何か関係が?僕の名前が怖いって?カッコイイ名前じゃないか。
わからないことが多すぎる。だから今はもう考えない。今は、早紀さんに会う事だけを考えろ。
早紀さんの事だけを。


10/18 曇り
今日は病院で、遠藤智久のかわりに変な女の人に会った。
その人はベンチに座ってた。普段なら気付かない。気付くわけないんだ。でも、思わず見てしまった。
ベルが・・・・・・ベルの音が聞こえたから。
あのオフ会でつけてくる約束だったベル。音が鳴った方を見ると、その女の人が座ってた。
僕が買ったのと似たようなタイプだ。右手に持ってチリチリ鳴らしてる。
僕はふらふらと近づいた。もう何も考えてなかった。何かを考えるなんて無理だ。
女の人と目があった。他の人は誰もベルの音なんて気にしてない。当たり前だ。ベルの音なんて誰が気にする?
お互い目を反らさなかった。女の人はベルをかざしてまたチリチリ鳴らした。僕はじっとベルを見た。
女の人が立ち上がった。僕に近づく。そして、言った。
「カイザー・ソゼ君?」
僕は黙って頷いた。僕に何が言える。この人は間違いなく、ベルの持つ意味を知ってる。
女の人も黙って頷き、僕の肩をぽん、と叩いた。
「がんばってね。」
それだけ言うと行ってしまった。
昨日と同じだ。わからない事が多すぎる。だから今は考えるな。考えたって無駄だ。どうせわかりゃしない。
早紀さん。あなたに会おうとすると、何故こんなにわけのわからない事ばかり・・・・巻き込まれるんでしょう?
早く会いたい。会って、それからゆっくり考えたい。
早紀さん・・・。


10/19 雨
昨日いた謎の女の人はもう姿を見せなかった。全く知らない女の人。誰だったんだろう・・・・。
僕は彼女が座ってたベンチに座ってみた。何も起きない。座ってるだけでは早紀さんに会えない。
それからどれだけの時間そこに座ってたんだろう。気付いた時には・・・・・目の前に・・・・奴が立ってた。
遠藤智久。笑ってる。僕の隣に座ってきた。
「ねぇ、早紀ちゃんに会う方法を思いついたよ。」
僕だって考えてある。
「中に入ればいいんだ。簡単な事だよね。」
バカか?それができないから、困ってるんじゃないか。
耳元で奴が囁くたびに、体中が震えた。息が耳にかかる。おぞましい吐息が耳を這う。
「カンタンなんだよ。」
耳の中に湿っぽい空気が入り込んだ。悪寒が。
僕は立ち上がった。出口へ向かって走り出した。
奴は追ってこなかった。その代わりに、僕の背中に向かって叫び声を上げていた。
「ねぇ、明日も来なよ。実践してあげるよ!」
うるさい。僕はそう思った。

明日か。遠藤、お前が中に入るようなら、僕は全力で阻止する。
机の中のナイフを取り出した。刃を蛍光灯にかざすと相変わらずの輝きを見せた。
今度こそ、使うことになるかも。


10/20 雨
病院のベンチ。いつもの場所で僕は待ってた。オフ会の時のように、ポケットの中でナイフを握って。
一時間も待たないうちに、奴が来た。相変わらずニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
「やあ。来たね来たね。昨日僕が言った事覚えてる?ねぇ覚えてる?」
覚えてる。カンタンに中に入る方法があるんだって?
「そうそうそうそうそうそう。それを今から実践しようと思ってるんだ。早紀ちゃんに会えるんだよいいでしょ。」
で、どうやるんだよ。
奴はウフウフ言いながら僕の顔をじっと見た。どうやるんだよ。僕はまた聞いた。奴は答えなかった。
ずっとウフウフウフウフ言って僕の顔を見つめる。ニヤニヤした顔がとてつもなく気持ち悪い。
それから数分が経った。うふふふふふふふふふふふと笑い声が大きくなった。
そして、僕を殴った。
僕は床に倒れ込んだ。また殴った。笑ってる。笑ったまま殴ってる。ウフウフという息づかいが耳に響く。
立ち上がろうとすると蹴ってきた。足を蹴られた。バランスを崩してまた床に倒れ込む。
何発も殴られながら、僕はポケットに手を入れた。ナイフだ。今が、使う時だ。

殺せ。

先生達が駆け寄ってくる。誰かが叫んだ。それに呼応してみんなが次々と叫び声を上げた。
遠藤はまだ僕を殴ろうとしてる。うふうふと笑いながら、拳を振り上げた。
僕はナイフをを取り出した。コロセ
刃が光った。

あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

奴の悲鳴がこだまする。
床に倒れ、足をバタバタさせていた。腕を床に何度も叩きつけた。悲鳴は続く。
ごろごろと転がりながら奇声を発した。意味不明の言葉を喋りだした。
先生たちが取り押さえようとしたけど奴は暴れて抵抗した。
・・・・・・何が起きたんだ。僕は状況を把握できていなかった。
僕は、刺さなかった。刺そうとした瞬間、奴が勝手に悲鳴をあげたんだ。
僕はあわててナイフをしまい、事の成り行きを眺めた。誰かが僕に大丈夫ですかと聞いた。大丈夫ですと答えた。
数人がかりでようやく取り押さえる事ができた。奴はおとなしくなり、何かブツブツと独り言を言ってた。
そして・・・・・・・・そして、中へ連れて行かれた。
僕はここで初めて、奴の行動を理解することが出来た。本当だ。本当にカンタンだった。
中に入るには・・・・・そう、狂ってしまえばいいんだ。奴のように。
周りが落ち着きを取り戻したあとも、僕はしばらくベンチでうなだれていた。
僕の頭の中はこの事で頭がいっぱいだった。

先を越された。


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