世界 サキの日記

サキの日記 第十一節「絶句」


10/16 曇り
現実の人にはもう頼れません。でも「希望の世界」になら、まだ味方はいます。
K.アザミ。やっぱりあなたは素敵。「記憶が戻れば出られるんでしょ?私が思い出させてあげる。」と書いてる。
私も「お願い!私の記憶を戻して!」と書き込みました。私に記憶が戻れば、先生に邪魔されず外へ出られる。
あるいは記憶が戻らなくても、戻ったフリさえできれば問題ないよね。カイザー・ソゼさんが来られないのなら・・・
私から、行く。


10/17 晴れ
K.アザミからメールが来ました。
「あなたの名前は岩本早紀。今は高校1年生のはずだけど、事情があって学校には行ってない。
兄が一人。岩本亮平。お正月、あなたは兄に襲われ意識不明に。約二ヶ月後、意識が回復するが
その矢先、再び兄に襲われる。・・・・・・・・・・・・・・・・思い出した?それともこれだけでは不十分?」
私の名前は岩本早紀。本当なら高校一年生の年・・・・・・なんだ。へぇ。
頭が痛い。何かを、思い出しそうになってる。もっと、もっと教えて!
掲示板に書きました。「メールありがとう!でもまだ足りないよ。もっと知りたい!」
私の中で何かが・・・!


10/18 曇り
過去を思い出そうとすると嫌な気分になります。でも構わない。カイザー・ソゼさんに会えるなら我慢するよ。
今日のK.アザミからのメールです。
「早紀さん。あなたの過去はとても・・・・・何て言えばいいかな・・・・・そう。重い。重いのよ。
それでも、知りたい?私はね、できれば教えたくないの。そこから出られるだけの記憶さえ取り戻せば十分。
そこに居るのは、記憶を失ったからなんでしょ?他の理由はないんでしょ?なら、必要なだけ、思い出すのよ。」
アザミ、気を使ってくれてる。でもね。もう決めたの。カイザー・ソゼさんに会うためなら、私我慢する。
「私は記憶を取り戻せばここから出られるの。だから教えて。どんな過去でも構わないから。外に、出たいの。」
掲示板に書いた後、私は少し考えました。本当に、過去を知っても構わない?思い出しちゃいけないような、
そんな気も、する。


10/19 雨
今日はK.アザミからのメールはありませんでした。
昼、お母さんに聞いてみました。「私、記憶が戻ったら外に出られるんだよね?」
少し考えたあと、答えてくれました。「全てを思い出すことができれば、可能性はあるわよ。」
お母さんの顔はとても複雑でした。何て言うか・・・私の記憶が戻るのを嫌がってるような・・・そんな表情。
お父さんの許可も何も、記憶が戻れば外へ出られるはず。先生の邪魔もない。
お母さんは続けて言いました。「でも、あなたはここに居た方が幸せなのかもしれない。」
何で?外よりここの方が幸せ?嘘。私そんなの信じないよ。外にはカイザー・ソゼさんだっているんだから。
絶対外の方がいいに決まってる。酷いよお母さん。私を騙してここにずっと居させようとしてる。
お母さんの嘘つき!


10/20 雨
K.アザミからの来たメール。私には最初、何を言ってるのかさっぱりわかりませんでした。
メールによると、私は以前お兄ちゃんに襲われた時、ショックのあまりもう一つの人格が生まれたそうです。
その人格のまま私は「希望の世界」で色んな人に会って、カイザー・ソゼさんにもそこで会って、色んな事が。
色んな事。これ以外いい表現が思いつかない。メールに書いてあったこと全部日記に書いたら朝になっちゃう。
私はメールを読んだとき、すぐには信じる事ができませんでした。どんなに思い出そうとしても、出てこない。
けど、「虫」とか「早紀」とか「希望の世界」とかの文字を見るたびに、頭が痛くなってきます。
何度も読み返すうちに、私はそれが本当のことなのだと思うようになりました。
私の名前。岩本早紀。


10/21 晴れ
私は先生に記憶が戻った事を伝えました。私の名前、私の過去、私の今。
自分で言ってても、それが自分じゃないみたいでした。まだ完全に信じ切れてないみたい。
「記憶戻ったから、外に出てもいいですか?」と先生に聞いてみました。
先生は私の顔をじっと見たあと、何も言わずに首を振りました。
どうしてですか?記憶が戻ればここに居なくてもいいじゃないですか。出して下さいよ!私は叫びました。
先生が私の両肩を掴みました。そして、私の目を見て言いました。
「俺はな、親のわがままで言ってるんじゃないんだ。医者として言ってるんだ。お前は、外に出るな!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・親?何を言ってるんだろう?私は聞きました。「先生の名前、何て言うんですか?」
先生は泣きそうな顔になりました。何度も首を振り、深いため息をつき、無理矢理笑顔を作って答えてました。
「私の名前は岩本ですよ。」
それだけ言うと、先生の目から一滴の涙がこぼれ落ちました。
そのあとすぐに部屋を出ていってしまいました。去り際に壁を叩き、「くそっ!」と吐き捨てたのが聞こえました。

部屋の残された私は、ベッドの下のアザミに話しかけました。
聞いてよアザミ。あの先生ね、私のお父さんかもしれないよ。
それ以上何も言えませんでした。


10/22 雨
お母さんに聞きました。「あの先生、私のお父さんなの?」
そうよ、と小さな声で答えてました。私には特に感動はありませんでした。そうなんだ、って思ったくらいでした。
そのあとしばらく、お母さんは私を見てました。ずっと見てるので照れくさくなってしまいました。
私は思わず「何?」と聞いてしまいました。まだ見てます。
私ね、記憶が戻ったんだよ。お母さんに昨日先生(やっぱりお父さんって言えない)に話したことを言いました。
聞いたわ、と答えてした。またしばらく私のことをじっと見てました。私もお母さんも黙ったままです。
それから何分くらいたったかな?突然お母さんが言いました。
「・・・・・もう限界。」
立ち上がり、私を哀しそうな目で見て、ため息をついて、首を振って、先生みたいに何度も首を横に振って、
最後には泣いてしまって、とっても哀しい顔をして・・・・・・お母さんは部屋を出ていきました。

私は声をかけることができませんでした。何を言っていいのか分かりません。
何て言えば、お母さんが戻ってきてくれるのか分かりません。思い浮かんでは消えていく言葉たち。
誰か教えて下さい。私は何て言えばいいんですか?何て言えば良かったんですか?
教えて下さい・・・・。


サキの日記12−「祈誓」