光と影の世界 −サキの日記−
サキの日記 第十二節「祈誓」
10/23 晴れ
お母さんも、先生も、私の部屋には来ませんでした。
カイザー・ソゼさんはいつになったら来てくれるんだろう。私はもう外には出られません。
来てもらうしか会う方法は無いんです。早く来て下さい。
今私と一緒にいてくれるのはアザミだけです。二人っきり。
一人ぼっちよりはマシだよね。でも、
やっぱり寂しいね。
10/24 晴れ
「希望の世界」にも誰もいません。K.アザミすら何処かへ行ってしまいました。
私の過去を教えてくれて・・・・・それっきり。やっぱり、自力でここから出なきゃいけなかったのかな?
でも無理だよ。先生にあんな強く止められちゃ。それに、お母さんの協力も無いし。
お母さん、今日も来てくれなかったな。もう二度と来てくれないのかな。
やだよ。そんなのヤダよ。戻ってきてよお母さん。先生も、お父さんでいてくれていいから私の味方になってよ。
カイザー・ソゼさんも早く来てよ!早く、私を救ってよ!
お願いだから。
10/25 曇り
私の横でお母さんと先生が何かもめてます。
医者のくせに自分の子供を救えないなんて。お前があんな事するからいけないんだろ。
隠そうって言ったのはあなたじゃない。じゃあお前はあのままでよかったのかよ。
他に方法を考えるべきだったのよ。止めをさしときゃよかったのか。そんな言い方ないでしょ。もう戻れないんだぞ。
ふふ。こうして日記に書いてみると他人事みたい。二人の声が遠く聞こえるよ。
まだ言い争ってる。いつまで続くのかな。私、眠くなってきちゃったよ。もう寝よっと。
おやすみアザミ。
10/26 晴れ
また今日も二人は言い争い。とてもうるさく感じます。
私は「静かにして!」と叫びました。先生が私を見ます。お母さんも私を見ます。二人ともしばらく私を見てました。
そして、お母さんが泣き出しました。顔を覆ったまま部屋を飛び出していきました。先生が後を追います。
私はとても嫌な気分になりました。ベッドの下からアザミを取り出し、抱きしめてみました。
それでも嫌な気分はとれません。とても、とても嫌な気分。お母さん・・・・・・。
私もお母さんの後を追うことにしました。私が謝ればお母さんも泣くのを止めてくれる。そう思いました。
部屋から出た私はお母さんを探しました。見つかりません。先生も、お母さんも見失ってしまいました。
途中、何かブツブツ言ってる男の人がいました。私の名を呼んだ気がしました。
でも、気持ち悪いので近づきませんでした。
しばらく探し回ったけど、結局見つかりませんでした。仕方ないので部屋に戻りました。
部屋に戻ると先生の書き置きが有りました。「余計な事を言うな。」だって。酷いよ。みんな私のせいにして。
酷いと思わない?アザミ。あれ?アザミ?何処?どこ行っちゃったの?アザミ。返事してよ。ねぇアザミ!
いない。アザミが消えちゃった。どうしよう。私、本当にひとりぼっちだよ。アザミ隠れてるんなら出てきてよ。
悪い冗談だよ。隠れんぼは止めて出てきてよ。私を一人にしないでよ。約束したじゃない。ずっと一緒だって。
ヤダ。一人はヤダよ。アザミだけはずっと一緒にいてくれるんじゃなかったの?約束・・・約束したのに・・・・
アザミは消えてしまいました。
10/27 土砂降り
アザミは消えたまま。けど、お母さんは戻ってきてくれました。私を殺すために。
最初お母さんはベッドの横に座ってるだけでした。今日はお母さん一人だけ。先生はいません。
またこの前みたく私の事をじっと見てました。そんなに見られると照れてしまいます。
なんだか恥ずかしくなってきたので話しかけました。「何?」って。これもこの前と同じ。
お母さんは返事してくれませんでした。じっと私の事を見続けてます。
私はどうも沈黙というのに耐えられません。涙が出てきそうになります。だから私から話を始めました。
私、まだ外にはでれないのかな。外に出て色んな人と遊びたいな。
お母さんは「無理よ。」と答えました。私は「なんで無理なの?」と聞きました。
「外じゃマトモに生きていけないわ。」
私はもう一度「なんで?」と聞きました。お母さんは答えてくれました。
「あなた、外じゃ死んだことになってるのよ。」
私はびっくりしてお母さんの顔を見ました。真剣な顔。嘘じゃ、ないの?
ねぇ、とお母さんが私に近づく。どうせなら、本当に死ぬ?
私は布団をかぶりました。怖い。お母さんが怖い!まだお母さんは何か言ってる。その方が楽よって。
本気だ。お母さん、私を殺そうとしてる。私の事を死んじゃえばいいと思ってる。私、殺される!
お母さんに殺される。
私は毛布の中で震えながらうずくまってました。耳も塞ぎました。目をがっちりとつぶってました。
震えながら、カイザー・ソゼさんの名前を呼びました。助けて、カイザー・ソゼさん。助けて。助けて。
お母さんが私を殺そうとするの。殺される。嫌。怖い。怖いよ。誰か助けて。カイザー・ソゼさん。助けて・・・・。
それから一時間以上、私は毛布にうずくまったままでした。
耳を塞ぐのを止め、人の気配が消えてるのを確認してから、おそるおそる毛布から顔を出しました。
お母さんはいませんでした。
私はこれからどうなるんでしょう。お母さんに殺されてしまうんでしょうか。
カイザー・ソゼさん。ワタベさんが言ってたよ。あなたが私を救ってくれるって。早く。早く来て。
このままじゃ私、本当に殺されちゃう。アザミもいない。もう頼りはあなただけなんです。お願いです。
私を、救って下さい!
10/28 快晴
先生が言いました。「お前が死んでりゃ苦労はねぇのにな・・・。」
先生は私の横に座り込んで、一人ブツブツ言ってました。私に聞こえるように。
私を殺すの?聞いてやりました。先生は顔を上げて私を見ます。
「昨日のことか?あんな浮気女の事ほっとけ。お前ら顔だけはあいつに似やがって。」
先生が言いたい放題言ってます。この人、私に言っても関係ない、と思ってる。
おい、と声をかけてきました。お前、マジで死ぬか?あの女ならまたやるかもしれねえぞ。
やめて!私は叫びました。昨日のお母さんは怖かった。でも、お母さんを悪く言わないで!
先生は私の胸ぐらを掴みました。お前も、あいつの味方かよ。二回も殺されそうになったくせに!
私は泣きそうになりました。止めて!私はお母さん嫌いじゃないよ!あなたなんかより、ずっと好きだよ!
このマザコン野郎。そう叫んで先生は私をベッドに突き飛ばしました。
それからしばらく、先生は椅子に座ってブツブツ言ってました。私は突き飛ばされた格好のままです。
私は何も言えませんでした。もう嫌。誰か助けて。そう思ってました。
その時です。ドアをドンドン、とノックする音が。
先生はめんどくさそうにドアを見ます。私もドアを見ました。
「早紀さん、迎えに来たよ!」
突然部屋に響き渡る声。私はベッドから飛び起きました。スリッパを急いで履きました。まさか、まさか・・・・
「早紀さん!僕です。カイザー・ソゼです!」
ああやっぱり!カイザー・ソゼさん。本当に、来てくれたんだ!
先生はあっけにとられたような顔をして動きません。ふふ。カイザー・ソゼなんて名前、知らないでしょ。
ペタペタと音を立ててドアに向かいます。ドアの向こうにカイザー・ソゼさんが!
ドアを、開けました。そこには私より少し年下っぽい、男の子がいました。この人が、カイザー・ソゼさん。
「カイザー・ソゼさん、来てくれたのね!」私は嬉しさのあまり叫んでしまいました。
やっと現れた救世主。さあ、私を救って!
でも、なんだか様子が変です。何も喋ってくれません。それに、私が声を出した途端、顔を背けた。
何だろう。私は心配になって「どうしたんですか?」と聞きました。
カイザー・ソゼさんは答えてくれません。ねぇどうしたの?私を救ってくれるんじゃないの?
何で何も言わないの?逃げようよ。一緒にここから逃げようよ!
後ろで先生が何か言ってます。カイザー・ソゼさんは何も喋らない。その目はもうどこを見てるのかもわからない。
深い沈黙。誰も、何も、言わない。
わけがわかりません。助けに来てくれたと思ったのに、何もしてくれない。それどころか、私を見てくれない。
私は何がなんだかわからずに、泣いてしまいました。それでも、カイザーさんは動かない。
余計に悲しくなりました。先生は私の腕をとり、部屋の中に連れ戻しました。
先生がドアを閉める。カイザーさんが、カイザーさんが・・・・・
「あきらめろ。」先生が言いました。「お前の姿を見て、マトモでいられる奴なんかいねぇさ。」
私の姿・・・・?何・・・・?私の何処に問題があるの?私は早紀。岩本早紀。K.アザミが教えてくれたんだから!
先生は私の言葉を無視し、椅子に座ってうなだれてました。
私は、泣きました。頼みのカイザー・ソゼさんでさえ、私を救ってくれなかった。どうしよう。
もう頼れる人がいないよ。なんでだろう。なんでみんな消えちゃったんだろう。なんで、みんな私を避けるんだろう。
窓から差し込む光が私の身体を照らします。普通だよ。私の身体、全然普通なのに・・・。
無駄な光が目にしみます。
10/29 今日も晴れ
私は部屋で、ひとりぼっちです。息を吸って、吐く。これの繰り返しで一日が終わる。
何故みんな私から離れていってしまうのでしょう。私が何をしたんですか。
お母さんも、先生も、アザミも、カイザー・ソゼさんまでもが私を避けます。
天国のお兄ちゃん。私を襲ったお兄ちゃん。これは、あなたの呪いですか?
私はあなたの事を、いや私自身の事でさえ、K.アザミから教えてもらった知識でしか知りません。
でも、でもね。私はあなたを恨んでません。記憶にないんだから恨みようが無いじゃないですか。
だから、お願い。みんなを返して。私を一人でしないで。お兄ちゃん。私本当に恨んでないんだよ。
お願いだから、これ以上私を苦しめないで下さい。あなたの呪いを解いて下さい。
私は祈りました。光あふれる窓の外に向かって。
光の彼方にいるお兄ちゃん、私を救って下さい。
手を合わせ、何度も何度も祈りました。よく晴れた青空に、私の祈りが響きます。
そして、光に包まれ溶けていく。
祈りは、届きませんでした。
→第4章「終着地」
カイザー日記13.「さようなら」