光と影の世界 −カイザー日記−
カイザー日記 Chapter:13「さようなら」
11/1 横殴りの雨
雨の中、病院に。正式に通院をやめる手続きをしてきた。
と言っても、先生に「もう来ません。」って言っただけだけど。岩本先生に。
先生は「そうか。」と答えただけで、亮平さんの事には触れてこなかった。僕も触れたくなかった。
もうこの病院には来ない。用は済んだ。あっけなく、静かに、終わった。
オクダを見かけた。最後にあいつに会うことができて幸運だったかもしれない。聞きたい事があったから。
声をかけると、相変わらずビクビクしながら僕を見た。「何?」とかすれた声を出した。
僕は気になってたあの事を聞いてみた。
「なぁ、お前の言ってた『変な女』って、どこが変だったんだ?」
オクダはちょっと間を置いてから、答えた。
「あのね、変なんだよ。あいつね、男なのに、女なんだ。変だよね。変だよね。」
・・・・・こいつの話を鵜呑みにしてた僕がバカだった。オクダもまた、「中」にいた奴だったんだ。
病院に通ってるような奴が、マトモな話をするわけ・・・・もうやめよう。今更関係ないか。
結局僕は、「中」に入るほど狂っちゃいなかった。先生が言った通りだ。自分で言えるだけ、マシだった。
横殴りの雨が吹く「外」へ出た。雨が止むまで待とうかと思ったけど、雨は収まりそうになかった。
振り返って病院を見る。色々なことが頭をよぎった。僕は一言こう呟いた。
さようなら、亮平さん。
11/2 曇り
学校では相変わらずつまらない授業ばかり。学校は僕にとって早紀さんの事を考える場でしかなかった。
今日もちょっと考えてた。早紀さんの顔。亮平さんの顔は確かに早紀さんに似てた・・・・と思う。
けど、本当にそうだった?最早そんなことはどうでも良かったのだけど、何となく考えてしまった。
僕は、以前会ったときの早紀さんの顔なんか、すっかり忘れてる。
と言うより、一回会ったくらいじゃ僕は、人の顔なんて覚えられないんだ。
早紀さんだと思って見るから早紀さんに見えるだけだ。それが亮平さんだったとしても。
早紀さんだと思って見たから、ぱっと見だけじゃそれが男だとは気付かなかったんだ。
・・・・でも、確かに綺麗な顔立ちだったな。綺麗な顔してた。だから、いじめられたのかな。
もういい。余計なことは考えたくない。僕は普通の受験生に戻るんだ。
精神病院も関係ない。岩本亮平なんて関係ない。「希望の世界」なんか関係ない。戻るんだ。僕は。
普通の中学三年生に。
11/3 晴れ
休日。と言ってもやることナシ。以前は色々考えることがあって暇なんてなかったけどな。
久々の休養。うん。映画でも見よう。
お気に入りの「ユージュアル・サスペクツ」をレンタルしてきた。見た。やっぱり面白い。
かっこいいなカイザー・ソゼは。僕のハンドルネーム。
ストーリーもいいな。狂言に踊らされる警察。僕も初めてみたときはすっかり騙された。
ホント狂言だとは気付かなかったなぁ。狂言。狂言・・・・・・・・・・・
・・・・・狂言・・・・・・・か。自分の目で見るまで真実はわからない。この映画が教えてくれた。
早紀さんだと思ってた人が亮平さんだった事も、実際目にするまでわからなかった。
自分の目で確認しなきゃ、それが本当の事かはわからない。
何か、引っかかる。
いや止めよう。僕はもう普通の中学生だ。「希望の世界」の事は忘れよう。
ネットで知り合った人たちと手を切るのなんてカンタンだ。何もしなきゃいいんだよ。
そこに行くのを止めればいいんだ。それだけで、赤の他人になれる。
思えば奇妙な縁だったけど、ほんの数ヶ月だったけど、もうお別れだ。
少しだけ、寂しいけど。
11/4 曇り
今日は少し肌寒かった。・・・・日記に書くことはこれくらい。
あとは普通の、ごく普通の日。電車に乗って学校に行って帰ってきて・・・・書くのもつまらない。
普通の生活になってから、書くことが無くなった。これが普通なんだな、と思った。
いつも何かあるワケじゃないんだ。普通はそうだ。でも、この前までは何かしら書くことがあった。
僕の思ってる事とか、色々・・・・今日僕が考えてた事ってなんだろう。
昨日何かが頭の中で引っかかった事、かな。狂言。自分の目で確かめないと、真実なんてわからない。
ずっと気になってる。一日中。それを確かめるのはカンタンだけど、
ああ僕はまた戻ろうとしてる。あの狂気の世界に。手を切ったはずなのに、頭から離れない。
カイザー・ソゼ。この名前はもういいんだ。僕にはちゃんと立派な名前があるじゃないか。カッコイイ名前が。
だからもう・・・・忘れよう。忘れるんだ。
ネットの事なんか。
11/5 晴れ
どうしても頭から離れない。わかった。やるだけやってみよう。
それで反応が無かったらスッパリ諦める。もし、僕の予想通りだったら・・・・・
もう一度、戻る。僕の中で溜まってる色々な疑問。それが一気に解決するかもしれないんだから。
決まった。狂言か否か、メールを送って確認してみる。
確かに僕は、自分の目でその事を確認してない。メールで知っただけだ。
あの人への連絡手段はメールしかない。だからもう一度だけ・・・・戻ろう。
渡部さん。あなた本当は生きてるんじゃ?
11/6 曇り
・・・・・・・昨日のメールの返事。
こんにちわカイザー君。
案外気付くの遅かったね。すぐにわかると思ってたけど。
一度ゆっくり話をしようよ。色々聞きたい事もあるんじゃない?
明日は日曜日だし、暇でしょ?決定。
そうして渡部さんの携帯の電話番号と、明日の待ち合わせ場所が書いてあった。
横浜駅西口東横線改札前に1時。
都合が悪ければ電話してねだって。そんなわけないじゃないですか。
やっぱりそう簡単には手を切らせてくれない。いや、手を切るなんてとんでもない。
こうなったら、全てを知るまで戻らない。最後まで。最後まで僕は・・・・・・ゴールなんて、あるのか?
いいさ。構わない。見てた夢を全てを否定された今、僕は現実を直視しなきゃいけないんだ。
普通の生活には、まだ遠いかもしれない。僕はもう一度戻るから。カイザー・ソゼに。だから今は、
さようなら。普通の中学三年生。
→カイザー日記14.「ワタベさん」