光と影の世界 −カイザー日記−
カイザー日記 Chapter:15「終着地」
11/14 晴れ
渡部さんと会ってから丁度一週間。渡部さんからの連絡は無い。
一週間くらいって言ってたから、まだ連絡無くても焦ることないか。
今日は時間の流れるのがとても遅かった気がする。
すっと家で渡部さんからの連絡を待ってたから。一日中ドキドキしてた。
早く連絡が来て欲しい。
11/16 曇り
渡部さんからメールが来た!そこには二行だけ文が書かれていた。
たったの二行。でも、内容はとても重い。「いつでもいいから。」って言葉と、携帯の電話番号。
いてもたってもいられなくなり、夜にも関わらず僕は電話をした。
渡部さんはすぐに出てくれた。
「こんばんわ。」と僕。「こんばんわ。」と渡部さん。少し沈黙。
「そういえば。」と渡部さん。「カイザー君の本名、まだ聞いてなかったよね。」
「ああそうでしたね。」
「教えてくれる?」
「いいですよ。」
僕は本名を言った。僕は名前に関してはちょっと自信がある。自分でもカッコイイと思う。
渡部さんも「なんだか芸能人みたいね。」と言ってくれた。僕は電話越しに照れてた。
僕、自分でもこの名前気に入ってるんです・・・・そう言おと思った矢先だった。
「ちょっと待って。」と渡部さんが言った。「ねぇ、その名前ってもしかして。」
直感的に渡部さんが何を言おうとしてるのかわかった。
そして、その直感は見事に当たっていた。僕が事の経緯を話すと渡部さんは何故か笑ってた。
「カイザー君、その名前の持つ意味分かってる?」
何を言ってるのかわからなかった。でも、渡部さんから話を聞いて・・・愕然とした。
「呪われてる。」と僕。「呪われてるわね。」と渡部さん。
渡部さんはさらに続けた。「でもたぶん、それは呪いじゃないわ。何て言うか・・・運命よ。」
そうなんだろうか。僕は自分がした事の重さに潰されそうになっていた。これも運命なのか。
「間違いなく運命よ。偶然で済ますにはあまりに運命的すぎる。けど・・・・やっぱり呪いかもね。」
僕にはもうどっちでも良かった。僕は逃げられないんだから。うまく逃げ切れても・・・・・
ああ、渡部さんと同じ事になりそうだ。頭から離れない。亮平さんのあの笑顔が。あの泣き顔も。あの声も。
「なんだか、ショックうけてるみたいね。また電話してよ。今日はもう充分お話したよね。」
そうして会話は終了した。今日は混乱してるけど、またすぐに電話をかける事になりそうだ。
渡部さんは言ってた。「この気持ちを、分かち合える人が欲しかったの。」
その通り、だ。
11/17 寒い
僕は何をすればいいんだろう。バラバラの人形の破片を見ながらそう思った。
目をつぶると亮平さんの笑顔が見える。男なのに、女っぽい笑い方。
僕は普段人の顔なんてすぐ忘れるのに・・・頭から離れない。離れてくれない。
アザミ。この人形の名前はアザミで、亮平さんの「友達」。
オクダがなんでこれを持ってたのかはわからないけど、どうせロクな理由じゃなさそうだ。
バラバラだし。なんでバラバラに?そんな事はどうでもいいか。
問題は、アザミ人形を僕が持ってるという事。
渡部さんの言った通りこれは運命、違う。呪いなのかもしれない。
このまま縁を切ろうと思ったって無理だ。
人形は?捨てるのか?亮平さんは?ほったらかしに?渡部さんとは?連絡とりあう?
学校に行ったって、今日みたいにボケっとしてるだけだ。
第一、受験勉強に身が入らない。普通の中学三年生に戻るには、全てが解決してくれなきゃダメだ。
受験。もうそんな時期だ。学校の知り合いに「お前は余裕だな。」って言われた。
余裕じゃない。学校じゃ僕は普通に装ってるけど・・・・・立たされてる状況は普通じゃない。
もう戻れない。志望校を下げれば受験には失敗しないかもしれない。だけど、高校生になっても僕は
このままじゃ 普通じゃない 僕は どうすれば 戻れるんだ 渡部さん 亮平さん 岩本先生 渚さん
どうすればいいんですか
11/18 今日も寒い
学校で変な噂を聞いた。何処の高校を受験するのかみんなで話してた時だった。
呪われた高校の噂。
ある男子生徒がいじめられていた。彼に対するイジメはとても酷いモノだった。
その男子生徒はいじめっ子への恨みを連ねていった。その恨みはどんどん膨れていった。
やがてその恨みは弾けた。恨みは呪いとなり、いじめっ子を襲った。
彼はまず何の罪もない女子生徒に呪いをかけた。そして彼女にいじめっ子を殺させた。
いじめっ子を電車のホームに突き落とすように呪った。彼女はそれを実行した。いじめっ子は電車に轢かれた。
ドカングシャグシャバリバリベチョリ
いじめっ子の身体はバラバラに砕け散った。
女子生徒は警察に逮捕された。男子生徒は何の罪もかぶらずに済んだ。
けど、今度はいじめっ子の呪いが男子生徒を襲った。
彼が目をつぶる度にグシャグシャになったいじめっ子の顔が浮かんでくる。
そのうち目をつぶらなくても見えるようになった。物陰、日陰、自分の影。暗いところには必ず潰れた顔がある。
耐えられなくなった彼は発狂した。学校にも来なくなった。
彼は薬を飲んで自殺した。
そこで話は終わらなかった。死んだ男子生徒の「呪い」は身体が滅びたあとも生き続けた。
生活指導の先生が何者かに殺された。それは自分を救ってくれなかった「彼」の呪いだった。
それ以来、暗黙のうちに学校でイジメは無くなった。
誰かをいじめると、「彼」の呪いで殺される。そんな噂が流れた。
そしてその噂は・・・・僕の中学校にまで流れてきた。
あの高校受験する奴いる?とかそんな噂嘘でしょとかでも実際何人か死んだヤツがいるらしいとか
なんか怖いよねとか今時呪いなんて流行らないとかみんな勝手なことばかり言ってた。
僕の受験しようと思ってた高校だった。
「呪われてる。」と僕は呟いた。友達が「やっぱそう思う?」とか言ってた。僕は無視した。
呪われてる。
11/19 晴れ
僕は渡部さんに電話をした。とにかく話をしたかった。
昨日聞いた呪われた高校の話をした。僕がその高校を受験しようとしてた事も。
渡部さんはうん、うん、と優しく相づちを打ってくれた。
渡部さんの高校。そして、亮平さんがいた高校でもある。
僕は話してるうちに怖くなってきた。本当に呪われてるんじゃないだろうか。
受話器を持つ手が震え、歯がガチガチと音をたてた。何度も何度も瞬きをした。息づかいも荒くなった。
怖いんです怖いんです怖いんです怖いんです怖いんです。渡部さんは答えてくれた。
「大丈夫。怖がらないで。」
その一言だけで僕は随分と落ち着いた。渡部さんの声はとても不思議な響きを持っていた。
本当に大丈夫な気がしてきた。平気ですよね。大丈夫ですよね。
「明日会える?」と渡部さん。
「学校あるんですけど・・・。」と僕は答えた。
「サボっちゃえ。」
僕は学校をサボることにした。罪悪感は少しもなかった。
明日の待ち合わせなどを決めて会話は終わった。電話を切ったあと、僕はふと考え込んだ。
これからもこんな関係が続くのかな。
ネット上での知り合いはすぐに手が切れる。でも、渡部さんとは現実に会った。電話番号も知ってる。
亮平さんにも会った。亮平さんの父親にも会った。早紀さんは・・・・やっぱり死んでしまったのかな。
会ってないのは渚さんだけか。これから会うことはあるのかな。そんな状況考えられないか。
そこまで考えると、また怖くなってきた。岩本家との不思議な縁。早紀さんと、亮平さんと、先生と、渚さんと・・・
僕はガタガタと震えた。また歯がガチガチなった。キーボードを叩くこの手が冷たい。
寒いさみむいいさみいさむういいm寒い手がかじかんでる。
渡部さんの言葉あをおおおおっっっもういs思い化ええい返した。・、。
「だいいじょうぶぶ」」だ大丈夫ううう大丈夫大丈夫大丈夫
怖がらないで。
11/20 晴れ
僕は今日という日を一生忘れない。
「渡部さん」の「ご褒美」は僕のくだらない妄想が現実となったものだった。
待ち合わせして、彼女の家へ。部屋に案内された。
部屋に着くと彼女はこう言った。「ここが、私の終着地。」
その後に詳しい説明は一切無かった。ただ一言、「ご褒美」と言って彼女は部屋の電気を消した。
真っ暗になった。服を脱ぐ音がした。何が起ころうとしてるのか・・・・そんなの分かり切った事だった。
僕の顔は真っ赤なってたと思う。心臓の音が部屋に響きそうになるくらいに音を立てた。
真っ暗な空間に彼女の身体の輪郭が浮かび上がった。顔の表情はうまく見えなかった。
でも、笑ってたと思う。
僕も服を脱ぐべきだと思った。ボタンを外す手が震えてた。死ぬほど緊張してた。
頭の中は真っ白になってた。いつものくだらない妄想なんかどっかいってしまった。
手が冷たくなってた。冷たいままじゃダメだ、と思った。暗闇の中で手をこすりあわせた。
まだ服も全部脱いでなかった。脱いだ服はどこに置いとけばいいんだろう。そんな事を考えてた。
彼女が僕の手を握った。僕の手はまだ冷たいままだった。彼女の手はとても温かかった。
裸の女性が目の前にいる。そう考えただけで僕はどうしていいのかわからなくなった。
男としてどうするべきか?立ったままじゃダメだ。押し倒す?僕が?どうやって?いつ?今?
彼女の唇が僕の唇に重なった。
次は?腕は?抱きしめるべきか?唇を離すタイミングは?何か言うべきか?いい匂い?変態だ!
トランクスは?まだ履いたままだ!いいのか?ここで脱ぐ?恥ずかしい!彼女は?下着は?
真っ暗で見えない!触れてみる?身体に?彼女の身体に?冷たい手で?大丈夫なのか?
ああ!渡部さんが唇を離した!どうしよう。これからどうしよう!嫌われた?これで終わり?
腕が!渡部さんの手が僕の背中に!これって、これってもしかして、抱きしめられてる?
いいのかそれで!男だろ!こっちから抱きしめなきゃいけなかったんだ!でも相手は年上だし。
渡部さんいい匂い。そんな事考えてる場合じゃない!僕がやるべきことは?イイ香り。
もういい。もうどうにとなれ。いい匂い。渡部さん。渡部さん・・・・・!
それからの事はうまく覚えてない。とにかく必死だった。恥をかきませんように、と祈ってた。
もちろん僕は初めてだった。
終わったあと、僕は寝転がったままボォっとしてた。部屋の電気は消えたままだった。
大人になった実感は沸いてこなかった。夢中だったから。長かったような、短かったような。
まだ信じられなかった。僕がなんでこんな経験をできるのか。ちょっと前まで、普通の中学生でしかなかったのに。
横で寝てる彼女は寝てなかった。何か考え事をしてるみたいだった。真っ暗でもそれだけはわかった。
僕はまた自分の事を考えた。ネットの事。カイザー・ソゼ。ロロ・トマシ。処刑人。sakky。ああ、あとアレか。
それに、岩本家との不思議な縁。亮平さん。そうだ、亮平さんはまだあんな状態で病院に・・・・
僕だけこんなイイ思いしてていいんだろうか。急にそんな考えが沸いてきた。
今もなお狂ったままの亮平さん。死んでしまった早紀さん。岩本先生と渚さんだって苦しんでるに違いない。
僕だけが幸せ。そんな事許されない・・・・・。
「渡部さん。」と彼女に話しかけた。彼女の顔がこっちに向いたのが分かった。
「何?」と答えてくれた。僕と顔が向かい合った。
あの・・・・僕だけその・・・こんな・・・・・・・なんて言うか・・・・イイ思いをしていいのかなって思って・・・。
渡部さんは優しく微笑んでくれた。
「いいのよ。『ご褒美』なんだから。」
でも・・・・亮平さんは今もあのままで・・・・・早紀さんも死んじゃって・・・・・・
「待って。」と言って彼女は僕に顔を少し近づけてきた。
「誰が『早紀さんは死んだ』って言った?」
え?と僕は拍子抜けした声を上げた。生きてるんですか?
彼女はクスクスと笑った。
「メールには『早紀さんは生きてる』って書いたはずだけど。」
え?あ、そう言えば・・・・そうでした・・・・。
僕の中ではすっかり死んだことになってた。そうだ。確かに誰も『早紀さんは死んだ』とは言ってない。
生きてる・・・・・早紀さんは生きてる・・・・・・・・・・・・え?じゃぁ、じゃぁ・・・・・
僕の中で疑問が膨らみ始めた。生きてる。なら、
何処に?生きてるんなら、早紀さんは今どこにいるんですか?
またクスクスという笑い声。
「バカね。」と言って彼女は僕の口に指を当ててきた。
「私を救って欲しかったって言ったでしょ?」
さっきより長くクスクスと笑い、「バカね。」ともう一度呟いた。
そして彼女は言った。
「私が早紀よ。」
早紀さんのお腹に手を当てると、傷跡の感触があった。
→カイザー日記16.「光の世界」