世界 カイザー日記

カイザー日記 Chapter:16「光の世界」


11/21 晴れ
昨日の事がまだ忘れられない。早紀さん。
びっくりし過ぎて逆に落ち着いてたほどだ。でもこうして一日経ってみると、あまりの事に震えてくる。
それにしても僕は・・・・・・何故気付かなかったんだろう。
早紀さんは「髪型変えて化粧するだけで女は化けるのよ。」とか言ってたけど、そんなの・・・そうなのかな。
一度病院で早紀さんらしき人を見たのを思い出した。今考えるとあれは亮平さんだった。
でも亮平さんは見た事なかったから、僕はあの人に早紀さんの面影を見たってことになる。
あの時の僕の精神状態は確かにマトモじゃなかった。そんなの理由になるのか?
ああ違う。テレビか何かで言ってたな。多重人格の人の話。人格が変わると、顔つきまで変わる。
「虫」だった早紀さんと今の早紀さん。顔自体は同じだけど顔つきが違う。それに髪型。化粧。僕の精神状態。
全部だ。その全てが絡み合って、僕はワタベさんが早紀さんであることを見抜けなかった。

入れ替わりは早紀さんからの提案だったらしい。
渡部さんは本当に「sakky」が誰であるかを探ってた。そして岩本家まで辿り着いた。
そこで会ったのが、目覚めた早紀さん。その時すでに人格はモトの早紀さんに戻ってた。
早紀さんが目を覚ました時、渚さんは泣くほど喜んだらしい。そこで、泣きながら亮平さんの事を話した。
早紀さんが僕に語ってくれた話だ。
早紀さんは渡部さんにそれを伝えた。渡部さんもびっくりしたらしい。それこそ「死ぬほど」。
その頃「希望の世界」ではsakkyやら偽三木やらが出てきてた。
渡部さん本来の目的はsakkyの正体を見極める事。早紀さんもそれに乗った。興味があったからだって言ってた。
ここで早紀さんの提案で入れ替わりがあった。
表だった事は全て早紀さんが担当して、渡部さんは裏工作みたいのをしてた。
渚さんとの連絡は渡部さん。実際オフ会に行ったり、亮平さんに会ったりしてたのは早紀さん。
渡部さんは亮平さんと会うのを嫌がってたそうだ。
それから色々あって・・・・・今に至る。

ここまで書いたらまた手が震えだした。生きてた早紀さん。ワタベさんだった早紀さん。
兄に犯され一時は狂ってた早紀さん。「希望の世界」を作ったホンモノのsakkyさん。
そのsakkyさんと、僕は・・・・・・・・・
ああぁぁぁああぁああ


11/22 晴れ
早紀さんからメールが来てた。明日また会いたい、という事だった。
明日は休日だし、早紀さんからの要望であれば断るわけにはいかない。
早速返信しておいた。もちろん大丈夫ですよって。
待ち合わせの場所や時間は既にメールに書いてあった。
一昨日の記憶が蘇る。明日もまた、素敵な経験ができるかもしれない。
僕は胸が踊った。こんなに幸せでいいのか。いや、いんだ。これまで僕はさんざん苦しんできたんだから。
精神病院に通院してまで、狂ってまで、そこまでして辿り着いたんだから。
僕にだって幸せになる権利はある。はず。
考えてみれば、僕はずっと早紀さんの影を追いかけてた。
それこそNSCを立ち上げた時から。ネットストーキングをしてた頃から。
リアルな早紀さん追いかけ始めたのはいつからだったかな。
ああ、もういい。もう追いかける必要はないんだ。早紀さんに会いたければ何時でもあえる。
これからもずっと。早紀さんとはずっと一緒だ。離れない。
離れたくない。


11/23 あぁぁ
約束の時間、そこに早紀さんは現れなかった。横浜駅西口東横線改札前。
来たのは・・・・・あのベルの女の人だった。
「あれ?カイザー君じゃない。」と声をかけてきた。
僕にはこの人が誰なのかもう分かってた。
「渡部さん。」
渡部さんは正体がバレてる事なんかとっくに承知してるようだった。
「あら、もうバレてた?早紀ちゃんもう言っちゃったんだ。」
僕は頷いた。
「ところで、早紀ちゃんは?一緒じゃないの?」
え?と僕は声をあげた。なんで早紀さんさんと会う事知ってるんですか?
「だって私、今日早紀ちゃんと会う約束してたのよ。昨日メールが来てさ。」
僕も来ましたよ。この時間、この場所にって。
「私の待ち合わせも同じよ。」
僕たちは顔を合わせた。何で?どうゆう事?いくら話して見当がつかなかった。
早紀さんは何故こんな事を?僕と渡部さんを会わせる為?今更そんな必要が?
「本人に聞いてみましょう。」
渡部さんは携帯電話を取り出した。えーと早紀ちゃんはっと・・・・・そんな事を言いながら電話をかけた。
出ない。家に今誰もいないのかなぁ。渡部さんは呟いた。電話は諦めた。
「そうそう。この携帯ね、一度早紀ちゃんに貸してあげたのよ。まぁカイザー君には関係なかったけどね。」
そんな事より。早紀さんは来るのか?この時点で既に30分は待ち合わせ時間を過ぎてる。
もう少しだけ待ってみる事にした。
一時間。
早紀さんは来なかった。
渡部さんが言った。「ねぇ、こうなったら早紀ちゃんに直接会いにいかない?家、そんな遠くないし。」
行くことにした。
電車に乗ってる最中、渡部さんはこんな話をした。
「実はね、私どうしても今日早紀ちゃんに会いたいの。昨日のメールの内容がちょっと引っかかってて。
『今まで協力してくれて本当に感謝してます。おかげでようやく終われます。』だって。なんか変よね。」
僕は急激にこの前の早紀さんの言葉を思い出した。
「ここが、私の終着地。」

駅から岩本家まで、心なしか二人とも早歩きだった。着いた。インターホンを。押せ。鳴らせ。
ピンポーン。出ない。ピンポーン。出ない。ピンポーン。出ない。ピンポーン。出ない。
ドアをノック。トントン。返事ナシ。トントントン。返事ナシ。ドンドン。返事ナシ。ドンドンドン。返事ナシ。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン。
返事ナシ。
渡部さんがドアを引いた。開いた。カギがかかってない。入れる。すいません、誰かいませんか?
返事ナシ。早紀ちゃん、いるの?返事ナシ。早紀さん、居るなら返事して下さい。返事ナシ。
靴はある。たぶん早紀さんの。渡部さんと顔を見合わせる。頷いた。入りますよ。入った。岩本家へ。
叫んだ。早紀さん!誰もいない。早紀ちゃん!誰もいない。一階は静まり返ってる。誰も、いない。
早紀さんの部屋は二階だ。早紀さん。また叫んだ。早紀ちゃん。渡部さんも叫んだ。
早紀さん。二階へ。階段を駆け上がった。叫びながら。早紀さん。渡部さんも後ろに続いた。早紀ちゃん。
ドアが二つある。ドンドン。返事ナシ。ドアを引いた。ガチャガチャ。カギがかかってる。ガチャガチャガチャガチャ
開かない。なら、隣だ。早紀さん。叫んだ。早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん
早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん
早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん早紀さん
ドアを、開けろ。開いた。早紀さん!居た。早紀さんが。
目の前に。
黙って。
宙に浮いて。
天井から。
ぶら下がって。
縄で。
首から。
目を閉じて。
だらんと。
浮いたまま。
動かず。
床に椅子が。
転がってて。
静かで。
早紀さん。

返事ナシ

渡部さんが何か叫びながら早紀さんを下ろした。僕も手伝った。
早紀さんは冷たかった。渡部さんは泣いてた。僕は泣かなかった。こんな時は落ち着くべきなんだ。
僕は保健体育で習った事を思い出した。そうそう、こんな時はああすればいいんだった。
うろたえるだけの渡部さん。ダメだよ。こんな時こそきちんとしなきゃ。
僕はうろたえないできちんとやるべき事をする。
心臓マッサージと、人工呼吸。マジメに授業受けといて良かった。これで早紀さんも大丈夫だから。
早紀さんを横たえて、と。ええとまずは確か・・・・気道確保。顎を上に上げるんだったな。
オッケー。次は人工呼吸だ。鼻を指で押さえて、鼻が冷たいなぁ。口を覆うようにして息吹き込む。
ふー。唇も冷たいぞ。仕方ないか。今日は寒いから。ふー。胸がふくらむ。うまいぞ僕。
よし、心臓マッサージだ。早紀さんの胸に手を当てる。いい感触。違う。肋骨の下あたりに両手を重ねて。
1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15。
確か15回押すんだったな。で、その後に人工呼吸2回。ふー。ふー。
いいぞ。あとはこの繰り返しだ。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

渡部さんが後ろで何か言ってる。「無理よ。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

渡部さんが後ろで何か言ってる。「死んでる。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

渡部さんが後ろで何か言ってる。「この娘はね」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「虫の記憶と早紀ちゃんの記憶。両方持ってたのよ。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「耐えきれるわけなかったのよ・・・・・。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「ねぇもうやめて。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「お願いだから。」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。

「ねぇ・・・」

心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ15回。人工呼吸2回。
心臓マッサージ4回

僕は突き飛ばされた。
顔を上げると、渡部さんじゃなかった。おばさんだった。この人が「渚」さんなんだな、と思った。
渚さんは大声を張り上げた。「私の早紀ちゃんに触らないで!」
僕はまた突き飛ばされた。渚さんが早紀さんを抱え込んだ。これ以上ないくらい泣いてた。
誰かに手を引かれた。渡部さんだった。涙目になりながら言った。「行きましょう。」
僕たちは岩本家を出た。外は真っ暗になってた。
僕は何か叫んだ。

何て叫んだのかは覚えてない。


11/24 雨雨雨
早紀さんから来てたメール

こんにちわ。カイザー君。あなたがこのメールを読む頃、私はもうこの世にはいません。
なんでこんな事になっちゃったか・・・・それは私にもわかりません。
なんてね。覚えてる?この文面。
「ワタべさん」が自殺した時送ったメールよ。
あの時と違うのは、そうね。
私が本当に自殺するってコトかな。
そんな必要ないのに、とか思ってる?
ダメよ。それを言ったら、私とあなたが身体を交えた事にも意味が無くなってしまうから。
一つ教えてあげる。お兄ちゃんは今家にいるのよ。自分の部屋に。
隣の部屋にいるの。
私達がしてたことも、知ってるのよ。私が見せたの。
けど、お兄ちゃんはサキちゃんのままだった。戻らなかった。
戻って欲しくないのに。なんで私はあんなことしたんだろうね。
復讐?自暴自棄になってたから?虫の記憶が重荷?適当に色々並べてみて。
たぶん、その全てだから。
そしてそれが、私を自殺に導いた。そう思っておいて。
悲しまないで、って言っても無理かな。
本当に私のために泣く必要なんてないよ。
あ、でもね。最後に一つだけお願い。
私の事を忘れないで。
それだけでいいから。
土曜の夜のことは、その為にあったんだと思って。

さて、私はそろそろ終わります。
ロープの準備は既にしてあるから、あとは覚悟を決めるだけ。
ちょっと気になるのが、あなたが私の死体を見つけてくれるかって事。
大丈夫だよね。今までずっと私を探してくれたんだから。最後もきっと。

そうそう、私最初はK.アザミってお母さんだと思ったの。だって・・・・・
あなたにこんな話しても仕方ないか。終わったことだし。
私ももう、終わってしまうから。
じゃあね。風見君。あなたの名前、私もカッコイイと思ったよ。
渡部さんにもよろしく言っておいてね。
それからお兄ちゃんにも・・・・。

バイバイ


11/25 クモリ
早紀さんの家の住所を調べること自体そんな苦労はなかった。
けどその後の作業がかなり手間取った。それだけで一日中費やした。
慣れないことをしたからだ。指も痛い。去年授業でやって以来だ。
明日これを送れば終わり。早紀さん、誉めてくれるかな?
これが今の僕に出来る精一杯の事。
いや、今やらなければならない唯一の事だ。
K.アザミとしての最後の責任。それを果たす。
「希望の世界」でのもう一人の僕。sakkyでもない、カイザー・ソゼでもない僕自身を投影したキャラのつもりだった。
ネーミングだって本当は「KAZAMI」ってそのままの名前を付けるつもりだった。
ただ、初めて書き込んだあの日、世間で話題になってた猿の名前が「アザミ」って名付けられたから。
その名を聞いてピンときた。Kの後にピリオドを付けると「K.アザミ」になる。
ハンドルネームそしては上出来。そんな風に思った。猿の名前にKをつけると僕になる。
猿芝居。そんな意味も込めてたと思う。

できあがりはなかなかのものだった。僕にしては良くやった方だ。
改めて眺めてみた。所々に雑な部分がある。けど、これくらい勘弁して下さい。
あんなに汚れてたのをここまで綺麗にしたんだから。
早紀さん。これでいいですよね?

あとは渡部さんの方だ。メールでいいかな。
渡部さんには・・・そうだ。「希望の世界」を託そう。後を任せられるのは渡部さんしかいない。
最後の挨拶と、「希望の世界」のパスワードを送った。

こうして「希望の世界」は僕の手から離れていった。

僕はもう希望を見つけたから。だから必要ないんだ。
僕の希望は・・・・・・早紀さん。あなたそのものです。
初めて「希望の世界」を見つけた時からそうだった。今でも。そしてこれからも。
絶望なんかしてたまるか。僕はいつでも希望を追い続ける。
早紀さんの事は決して忘れない。
虫の記憶を抱えたまま生き続けた早紀さん。
狂った兄の存在に耐え抜いた早紀さん。
僕に幸せな記憶を刻んでくれた早紀さん。
僕の希望、早紀さん。
早紀さん。
あなたは素敵です。

僕の希望は、決して消えない。誰も消せやしない。
消させない。


11/26 曇ってるけど、晴れ
今日、全ての事をやり終えた。
昨日のも送り終えたし、渡部さんへのメールは既に送ってある。
もう僕に出来る事は何もない。
外はそんなに晴れてなかった。もっと、眩しいくらいに晴れて欲しかったな。白く輝くくらいに。
不安材料はそれだけ。あとは問題ない。
だから行こう。早紀さんの元へ。

部屋のドアはきちっと閉めておいた。カギがないのは仕方ないけど、そう簡単にはわからないだろう。
倒れた時に大きな音がするかもしれないけど、その時にはもう、僕は早紀さんの所へ行ってるはず。
僕は机からナイフを取り出した。

そして、自分のお腹に刺した。

ズズ、と肉をかき分ける音を立ててナイフが沈んでいった。
激痛が走った。こらえろ。早紀さんに会う為だろ。
早紀さんは光の世界へ行ってしまった。だから僕もそこに行く。
そこへの行き方は「僕の日記」に書いてあった。早紀さんの前の人格、「虫」も同じ事をしてた。
血がどんどん流れていった。とても痛いけど、なんとか我慢できる。
本当に。僕は今こう思ってる。本当に、お腹にナイフを刺しても日記を書く力くらいは残ってるんだな。
「虫」もそうだった。
僕も。僕も「カイザー・ソゼ」の最後の記録をココに残しておく。「虫」の記録のように。
キーボードを叩くのも億劫になってきた。けどまだ大丈夫。すぐには、力尽きない。
僕はふと本棚を眺めてみた。
学校の教科書が並んでる。突然涙が出てきた。痛さでじゃない。胸が熱くなる。・・・悲しいから?
なんてことない友達との会話を思い出した。受験の話。学校の愚痴。芸能人の話。いろいろだ。
ああ、記憶が走馬燈の様に蘇るって、この状態の事を言うんだ。
友達の中で女の子とした事が有る奴はいなかった。卑猥な話は何度もしたけれど。
結局僕が抜け駆けしたことは誰にも言えずじまいだった。
それでいいのかもしれない。
両親は悲しむだろうか。友達も悲しんでくれるかな。
親は嫌いだったけど、今考えるととても良くしてくれてた。普通だ。そう、普通の家庭だった。
友達もそんなに変わった奴はいなかった。普通の友達に、普通の学校。普通の、中学三年生。
また涙が流れてきた。血の中にピチャっと音を立てて落ちた。
教科書に手を伸ばそうとしたけれど、もう腕は動かなかった。かろうじて手先が動くだけ。
こうしてキーボードを叩く事以外、もう何もできない。
戻れない。
もう戻れない。
最後に教科書を触っておきたくなった。普通の受験生だった頃、必要だった教科書に。
腕は、ピクリと動いた。動け。肩が震えてる。キーボードを叩くのは一時中止だ。
教科書を。手に。


膝の上に教科書が置いてある。血塗れになってしまって何も読めない。
でも僕は満足してる。ちゃんと、自分の手でお別れを言いたかった。
さようなら。
教科書を血溜まりの中に落とした。ビチャリと音を立てて教科書はさらに赤く染まった。
その上に僕の涙がこぼれ落ちた。

光が、光がだんだんと広がってきた。
来た。これだ。これが僕の希望へ繋がる道だ。
スーっと力が抜けていくのがわかる。日記はあと何行書ける?構うな。そんなの決まってるだろ?
力尽きるまでだ。
サーバーにアップする体力も残しとかないと。ふふ。誰か見つけるかな。
光はますます強まってる。下に落ちてるはずの血だらけの教科書も見えない。
足も見えない。周りは、何も見えない。パソコンの画面とキーボードだけが、光の中に浮いている。
あ、早紀さんだ。なんだ。迎えに来てくれたんですね。
良かった。あっちで迷子になったらどうしようかと思ってたんです。
手、ですか?照れるな。手を繋いで行くなんて。
あれ。届かない。早紀さん笑わないで下さいよ。もうあとちょっとですから。
よいしょ。ああもう。まだ届かない。早紀さん。だから笑わないで下さいよ。
それにしても早紀さん、その羽素敵ですね。真っ白で。とても似合ってます。
え?何ですか?僕?
ああ凄い!僕にも羽が生えてる!早紀さんとお揃いだ!
これで、何処へでも行けますね!
早紀さんと一緒なら、何処にだってついて行きますよ。
ええ、わかってます。もう行き場所は決まってるんですよね。
よし。時間だ。羽ばたくぞ。
さぁ行きましょう。
僕の・・・・僕たちの、終着地へ。

翔べ!


第4章「終着地」
 サキの日記13−「慟哭」