世界 サキの日記

サキの日記 第十四節「脱出」


11/7 曇り
怖い。怖い。怖い。怖い。私、このままだと殺されるかもしれない。ここに居ると、私、殺される。
先生にその事を言った。先生は私と二人きりじゃない時には丁寧な言葉を使う。
病院の中、先生を探し回って見つけて話しかけたときは「なんですか?岩本さん。」とよそよそしく話してた。
私ここにいると殺されるかもしれないって言ったらそっと耳元に囁いてきた。今更何言ってるんだお前。
それだけ言ってまた何処かへ行っちゃった。他の人の前では愛想良く笑顔を振りまいてた。
こんな時、こんな時誰かそばにいてくれたらどんだけ落ち着くんだろうって思った。アザミ。
いつもはアザミがいてくれたのに。アザミ戻ってきてよアザミアザミアザミアザミアザミアザミ

  ザ
     ミ


11/8 雨
私は、あまりの事にびっくりしました。なんで?なんで?なんで?
突然やって来たワタベさん。死んだんじゃなかったの?自殺するって言ってたのに。お母さんも言ってたのに。
私は「なんで?」としか言えませんでした。ワタベさんはくすっと笑って言いました。「ごめん。あれ嘘なの。」
お母さんは・・・・「渚さんにも言っておいたから、うまく言っておいて下さいって。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・嘘・・・・・・・・・だったんだ・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく何を考えていいのかわからずぼぉっとしてました。でも、段々と嬉しさがこみ上げてきました。
アザミもいない。お母さんも先生もいない。でも、ワタベさんが生きてた。戻ってきてくれた!
ワタベさんは私に聞きました。「ここから、出たい?」。私は何度も何度も頷きました。
わかった。近いうちになんとかする。そう言って、ワタベさんは帰ってしまいました。
すぐに帰ってしまってちょっと寂しかったけど、構わない。ワタベさんが戻ってきた。それに、外に出られるって?
嬉しい事が、二つも!


11/9 曇り
今日はワタベさんは来てくれなかったけど、全然寂しくなかった。
嬉しい気持ちでいっぱいだった。これでアザミがいてくれたらもっと嬉しいのにな。
アザミも早く戻ってきなよ。一緒に外に出られるよ。本当に何処に行っちゃったんだろう。
かくれんぼでもしてるのかと思ってベッドの下とかカーテンの裏とか部屋中探してみました。やっぱりいない。
見つからなかった。そう思った途端に、急に寂しくなりました。私一人外に出ちゃったら、アザミはどうなるの?
一緒にいようって約束したのに、私の方から裏切る事になる?でもいなくなったのはアザミが先だから・・・
どうしよう。


11/10 曇り
ワタベさんが来てくれました。少しお話をしました。
「サキさんは、外に出れたら何をしたい?」と聞いてきました。
アザミを探したい。そう答えました。アザミはここにはいないから外にいるのかも。そう思ったから。
ワタベさんは「ああ、あのに・・・・・。」言いかけて止めてしまいました。「あなたの、お友達ね。」
そうです。あれ?ワタベさん、アザミ見たことあったっけ?
見たこと無いけど、知ってる。でも私もアザミが何処に行ったのかは知らないの。
ワタベさんも知らない。やっぱり外にいるのかな。早く戻っておいでよアザミ。外にでるなら一緒の方がいいから。
約束したのにな。


11/11 曇り
お母さんが来た!私は先生の話を思い出して毛布にくるまって震えてました。
お母さん・・・また私を殺そうとするんじゃ・・・お腹の傷がズキズキする。先生言ってた。お母さんが刺したって。
コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ殺される殺される殺される殺される殺される殺される
毛布越しにお母さんの手が私の身体に触れて叫ぶのをこらえて毛布を固く握ってもう一回背中に手が触れて
殺されると思って我慢できなくなって絶叫して毛布を投げ飛ばしてベッドから転げ落ちてドアまで走って
途中で転んで膝をぶつけて痛くてでも外に出なきゃいけないくてドアまで這ってると肩を掴まれてまた叫んで
ボロボロ涙を流してたところでお母さんが言いました。
「もう、何もしないから・・・・。」

お母さんも泣いてました。


11/12 雨
今日は先生が来ました。そして、こんな事を言いました。
「お前、自分の名前を言ってみろ。」
何言ってるんだろう?自分の子供の名前もわからないの?私は「イワモトサキ」と言ってやりました。
先生は顔をしかめました。私の顔をのぞき込んで言いました。「外に出たいか?」
もちろんよ。私は頷きました。ワタベさん、もうここまで話を進めてくれてたのね。でもたぶん先生は許可しない・・
そう思った矢先でした。先生が突然けけけと笑いました。いいだろう。出してやる。明日だ。準備しろ。
私は思わず「なんで?」と聞いてしまいました。まさか先生が許可してくれるとは思ってなかったから。
先生は答えました。俺は説得されただけだ。俺はもう疲れた。後はあの小娘が全部背負ってけばイイさ。
またけけけと笑ってました。何度も「どうなっても知らねぇぞぉ。」と笑いながら言ってました。
先生の笑い声が部屋に響きました。私も笑ってみました。けけけ。先生はそんな私を見てもっと笑いました。
けけけけけけけ。私ももっと笑いました。私と先生の笑い声が重なって変な響きになってました。
ケケケケけけケケケケケケェえェェ


11/13 晴れ
ワタベさんが迎えに来てくれました。ドアを開けて、私に手を差し伸べて、言いました。
「さぁ行きましょう。あなたが望んだ『外』の世界へ。」
私は外に出ました。
久々に太陽を身体いっぱいに浴びた気がしました。私は嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
子供の頃に戻ったようにはしゃぎました。見てワタベさん。すごく外は晴れてるよ。眩しいよね。素敵だよね・・・・。
ワタベさんは微笑んでくれました。待ち望んだ「外」。アザミごめんね。一足先に出て来ちゃった。

私は今、自分の家にいます。ワタベさんが連れてきてくれました。夜に先生が帰ってきたらしいです。
顔は会わせませんでした。お母さんが私を部屋から出してくれないから。外から鍵がかかってる。
私は部屋から出れません。


サキの日記15−「迷走」