希望の世界 −続・ワタシの日記−
第十五週「帰巣」
3月27日(月) クモリ
川口君と遠藤に連絡しました。「風見君に会ったよ。」
緊急集会です。ジョナサンに集合しました。
病院での出来事と、家まで来たこと。二人に話しました。
「じゃあヤツは、ここら辺をウロウロしてるワケだな。」と川口君。
遠藤は「あいつの方こそ早紀ちゃんを侮辱してる!」と怒ってました。
こいつ早紀ちゃんが死んだことを知りません。絶対言わない。それこそ早紀ちゃんを侮辱することになる。
意外なのは川口君でした。早紀ちゃんの事を知ってたようです。
「直接会ったことはないんだけどな。」と話し始めました。
「あのくされ外道の奥田が唯一心を開いた相手が、確かそんな名前だった。恋人だったらしいんだよな。」
奥田まで早紀ちゃんに魅了されてたなんて・・・。
こんな所で早紀ちゃんの名前が出てきたので川口君も驚いてるそうです。
さて、風見君は私のまわりにいる。(私達を狙ってるんだから当然よね)
恐らく、もう黙っててもあっちから何らかのアクションはあるでしょう。
やるしかないのね。
3月28日(火) アメ
まさか風見君このまま消えるなんて事ないわよね。
そんな心配をしてた自分がバカらしくなりました。
彼は早速行動を起こしていたようです。
遠藤が襲われました。何の抵抗もできないまま死にそうな目にあったようです。
私と川口君が病院に行くと、彼は私達に泣きついてきました。
「昨日ジョナサンから新しく借りたアパートに帰ろうとした時に道路を歩いてたらいきなり車が突っ込んできて
はねられてすごい大きな音がして死ぬほど痛くて転がり回ってなんと救急車まで来て乗せられて・・・。」
川口君になんでこいつは助かったのか聞いてみました。
黙ってベッドの横に置いてある数冊の本を指差しました。
・・・・レモンクラブ?
後で川口君からそれに関する話を聞いて二人で大笑いしました。アレが鎧だなんて・・・
遠藤は「ボクはこれで戦線離脱した覚えはない!」と頑張ってましたが
川口君は「コイツ本当に使えネェヤツだ。」と吐き捨ててました。
私と川口君。次に狙われるのはどっちか?覚悟しておかないと。
それにしても。川口君と話してました。
「車は誰が運転してたんだ?」
カノンやトロイメライ。遠藤が実際に会っている。
風見君に仲間がいる事はなんとなく分かってたけど・・・
一体、誰?
3月29日(水) ハレ
警察もさすがにバカじゃありませんでした。遠藤があんな目に会ったので動いたようです。
遠藤が色々聞かれたとわめいてました。「けどボク何も知らないって言っておいたよ。」
放火とひき逃げ。警察はこの二つに関連性を見つけるでしょうか。
是非そこを突いて欲しいです。そんな無駄なことをしてる間に、私たちが風見君を撃つから。
無能なヒトタチ。荒木さんが燃えた時点で放火犯を捕まえてれば何もなかったでしょうに。
風見君、あんなのに捕まらないでね。
今一度、私たちの元に出てきなさい。
破壊神・川口君はバットの手入れをしてました。
バット持ったまま巧みに原チャリを操る。どっから見ても通り魔でした。
「遠藤んトコに来たケーサツのお方達は、風見の事は知ってんのかな。」
わからない。私は答えました。けど、いずれはたどり着くでしょうね。
「なぁ。」と川口君が少し神妙な顔になりました。
「もしこのまま風見を殺したら、俺達どうなるんだ?」
ケーサツに捕まるのが怖いの?
「そんなこたぁねぇけど・・・。」
彼は私達を殺そうとしてるのよ。正当防衛よ。
川口くんはバットを一振りして「そうだな。」と答えました。
「この手で仕留めねぇと俺の気も済まねぇしな。」
カワイソウに風見君。川口君に手を出したのは間違いだったわね。
それにね。川口君だけじゃないのよ。
私も・・・・この手でアナタを仕留めないと、気が済まない。
私を侮辱したのだから。
3月30日(木) ハレ
川口君が。あの川口君がやられました。
グシャっとした原チャリは動いてるのが奇跡のよう。
所々に川口君の血が付いてます。
私の家に傷ついた川口君が転がり込んできました。
「車だ。原チャに寄せてきやがった。」
そのまま転んでしまったみたいです。しかし川口君もタダでやられたワケじゃありませんでした。
バットで窓を割ってやった。そう言ってました。
左手でハンドル操作。惰性のまま走行して右手でバット。器用に怖いことをする。
「運転してた男は知らねぇヤツだった。けどな。気に食わねぇことに、そいつ笑ってやがったんだよ。」
というか川口君、よく無事だったわね。
「受身とったからな。」という納得できるようなできないような理由でした。
この人、転び慣れてる・・・・いや、事故に慣れてる。
「畜生!来るのはわかってたのに・・・注意が足りなかった・・・!」
私の部屋で川口君の治療をしてあげました。
バットを抱え、「絶対殺してやる。」と呟いてます。
残るは私だけ。川口君はここで風見君達を待つつもりらしいです。
それもいいでしょう。
弟は私が男を部屋に連れ込んでるので驚いてました。
両親も何か言いたげでしたが、怪我人だったから特に何も言いませんでした。
みんな。今は何も言わないで。
既に私の家族も巻き込まれてます。風見君に、家がバレてるのだから。
遠藤も川口君もやられた。もう避けられない。
私の部屋に川口君が寝てるのは不思議な気分です。
そのせいではないのですが、私はなぜか眠くなりませんでした。
そっと胸に手を当ててみると、鼓動が早くなってるのがわかります。
次は私の番。
緊張してるのね。
3月31日(金) ハレ
それは夕方ごろでした。
川口君は突然立ち上がりました。バットを掴み、じっと目をつぶりました。
あたりはシンとしてました。仁王立ちのまま動かない川口君。
私も耳を澄ましてました。時計の音が妙に響きます。
ガサッと外で音がしました。
「来た。」
川口君が呟きました。
忍者みたいに音を立てずに部屋からすごい勢いででて行きました。
私も慌てて後を追いましたが、もう川口君は外にでてました。
この人すごい。なんでわかったんだろう。
後で聞いたら「経験だよ。」って言ってました。
風見君が逃げていきます。走ってました。
川口君が原チャのエンジンをかけたのと同時に、すごい勢いで車がやってきました。
私に突っ込んでくる・・・直感した私は横に飛びました。
それでも避け切れない。車もハンドルを切って私に向かってきます。
自分の家の前で死ぬなんて。
私の体が突然宙に浮きました。川口君。一瞬の内に私を抱えて車をよけました。
キキキと急ブレーキの音が響きました。その勢いでUターン。
その音を身近で聞いた私は耳がキンとなりました。
車が私の目の前を走るとき、割れた窓から運転手の顔がチラっと見えました。
笑ってる。確かに川口君の言う通り。
でもこれは、笑ってると言っていいのでしょうか。
なんて言うか・・・・自嘲した笑い・・・?
そこまで考えた時には私は原チャリの後ろに乗せられてました。
事が進むのが早すぎて自分の立場を把握するのに時間がかかりました。
川口君の叫び声で我に返ったのを覚えてます。
「畜生!」
原チャをバンバン叩いてます。私のトコにも響いてました。
何をやってるの?疑問に思ったけどすぐに答えは出ました。
動かないのね・・・・
バットが地面に叩きつけられました。すごい音が鳴りました。
私は原チャを降り、家に戻りました。
心配そうに私を見る親。「なんでもないから。」
納得してもらえませんでした。何か色々聞かれましたが私は「なんでもないから。」を繰り返してました。
様子を察した川口君は原チャを引っ張って帰ってしまったようです。
だんだんお母さんの声が遠くなっていきました。
弟の顔も遠くなっていきました。
そうね。このまま遠くに言ってしまった方がいいでしょう。
そうすれば巻き込まれないで済む。もっと遠くへ。遠くへ・・・
部屋に入りカギをかけました。
その瞬間でした。あの運転手さんが誰なのかわかってしまったのは。
あの顔に思い当たる人が、突然浮かんできました。
私はかつて、自嘲的な笑いをする人にあったことがある。
あの時もそうだった。ケケケって笑ってた。
風見君と一緒にいる。あり得るかも。あり得るわ。
だってあの人は風見君の・・・・
私はベッドに倒れ込みました。
眠ってしまいたかったけど、どうしても眠れません。
頭の中は真っ白なのに。私も遠くへ行ってしまったのかもしれません。
昨日は眠れなかった。今日も眠れない。
目が閉じない。
4月1日(土) クモリ
電話が鳴りました。風見君のお母さんからでした。
以前会ったときに「新しい事がわかったら教えてくれ。」と電話番号を渡しておきました。
「ちょっと来て欲しい。」との事でした。
急いで風見君の家に行きました。
相変わらず何も考えてないような顔で迎えてくれました。
「アナタにも聞いてもらった方がいいかなと思って。」
奥に通されると、スーツを着た男の人達が座ってました。
軽く会釈をされたのでこっちもペコリとしました。誰だろう。けどすぐに紹介されました。
「病院の方達です。」
納得しました。そして私が呼ばれた理由も。
新しいことがわかった。私が散々けしかけてたから、風見さんも私を呼んでくれたんだ。
病院の人達の前に座ると「今お茶を出すから。」と風見さんは引っ込んでしまいました。
この人達は明らかに私がいるのを嫌がってます。顔に出てる。
私が「風見君のことで何かわかったのですか?」と聞いても曖昧な返事ではぐらかすだけです。
私には教えてたくない。知られたくない。見え見えの態度にしばらく気まずい状態が続きました。
風見さんがお茶を持ってきました。場の雰囲気を察することもなくマイペースでした。
この人、本当に何も考えてないで生きてるんじゃないの?そんなことを思ってしまいました。
私は風見さんに催促しました。「で、話は何でしょうか。」
ああそうそう、といかにもオバサンな感じで答え、病院のカタタチに顔を向けました。
「この子にも先ほどのお話を。」
嫌々ながらもここまで来たら仕方ない。そんな渋い顔して話をしてくれました。
私はまた周りが遠くに行ってしまいそうになりました。
真っ白に。頭の中が真っ白に。
しかし風見さんの顔を見て急に現実に戻りました。
アナタは、なんでこんな平然としていられるのですか!
叫びたかったけど、なんとかこらえて声をおさえて聞きました。
その答えに私はなぜかどうすることもできない怒りを感じました。
「もう諦めてたから・・・。」
そんな・・・そんな簡単でいいの!?
今度は声に出してしまいました。
風見さんは戸惑ってました。病院の人達なんか愛想笑いを浮かべて「まぁまぁ落ち着いて。」とほざいてます。
この人達は、なんでそんな簡単に・・・!!
私の怒りから逃げるように、彼らは「では今日はこれくらいで。また詳しい話は落ち着いてから後日にでも。」
等と言い捨ててすごすごと帰ってしまいました。無責任よ。けどそれを言わなきゃいけないのは風見さんでしょ!
それでも風見さんは一度も涙を見せることはありませんでした。
私も少し落ち着いて、もう一度話を確認しました。
何度聞いても同じでした。これは現実なんだ。そう思うのに時間はかかりませんでした。
風見君は既に死んでる。
病院内で死体が発見された。いや、骨が見つかった。暖房施設のボイラー室なる所から見つかった。
燃え尽きていた。冬の間中、ずっと燃えていた。
事故か。もしくは自殺か。彼は自らそこに飛び込んだ。らしい。
どうしてそこに入れたのかはわからない。調査中。
納得できない。けど、するしかない。
死んでることは確か。風見君は、間違いなく死んでいる。
骨が風見君のモノであることは警察で確認済み。見つかったのは三日前なんだから・・・
私がフラフラ帰ろうとすると、風見さんは思い出したように「そう言えばこんなものがあったんだけど。」と
フロッピーディスクを取り出しました。「ウチの子が書いたものらしいんだけど。」
とりあえず受け取っておきました。
家に帰り、早速それを見てみました。
何も言えませんでした。
しばらく呆然としてました。
「カイザー日記」
風見君がおかしくなっている様が描かれています。早紀ちゃんに魅了されていく様が綴られてます。
恐らくこの後生き残ったのね。お腹にナイフを刺したくらいじゃ死なないものね。
それで入院して・・・・そこで早紀ちゃんを追って・・・・・
彼の心の動きが見えた気がしました。
早紀ちゃんの死に際に居合わせた時の涙が再び蘇ってきました。
そして唐突に思いました。風見さんが息子の死に泣かないワケを。
こんな重要なもの持ちながら今まで何もしなかったワケを。
どうでも良かったのよ。生きてる時から。
カイザー日記を読み終わってしばらくすると、川口君に風見君が死んでることを伝えました。
「じゃぁ俺らが昨日見たのは誰なんだよ!」
電話越しに彼の戸惑いが伝わってきます。私は「わからない。」と答えました。
でももう私には分かってました。あれが誰なのか。
荒木さん?それは無い。あの人と一緒にいる理由が無い。
もっと当てはまる人間がいる。すべてが繋がる。あいつなら。
川口君は想像もつかないでしょう。遠藤だってわかるわけない。
それはたぶん、私にしかわからない。
明日。明日行ってみよう。
川口君は納得できてなかったけど、とにかく明日ということで電話を切りました。
遠藤にも集合をかけました。風見君の死についてわぁわぁ何かわめいてたけどすぐに切ってしまいました。
連絡を終えると「希望の世界」にアクセスしてみました。
sakkyが何も更新しなくなってからずいぶん経つ。
チャットルームに入り、「sakky」の名で書き込みをしました。「戻ってきたのね。」
数分後、更新すると新たに書き込みが増えてました。
「戻ってきたよ。」
名前は、「sakkyを守る会」
こいつこそ、その名前に相応しい。
4月2日(日) -ク-モ-リ-
川口君と風見君の家に行きました。
遠藤はまだうまく動けないけど遅れていくとかなんとか。要は動きたくないらしいです。
風見さんは今色々忙しいのかもしれませんが、応対してくれました。
お葬式の準備なんかもあるのね。そこら辺の話も聞いてみました。
事態をうまく飲み込めてない川口君も、これで現実感沸いてくるでしょう。
風見君は、親戚だけでひっそりと送られるそうです。
死に方が死に方だけに、あまり目立ったことはしたくないのでしょうか。
「私もそっとしておいて欲しいから。」
この一言で私は納得してしまいました。風見さんは、自分のことの方が大切なのね。
風見君の父親にも挨拶しておこうかと思いました。
けど誰かとお話中だったのでやめておきました。
「恋人」ってだけで、そこまでする必要まではないし。
通りすぎたあと、川口君が耳打ちしてきました。「あの父親、弁護士と病院から金を取る話をしてたぞ。」
カワイソウな風見君。今日は素直に同情できました。
もう帰ろうと玄関まで来た時、「なぁ。」と川口君に聞かれました。
「風見が死んでるのは良くわかった。で、結局あの傷の男は何者なんだ?」
それはね、信じられないでしょうけど・・・・・言おうとした矢先でした。
見送りに来てた風見さんが「そうそう。渡部さんに伝言があるの。」と横から入ってきました。
誰からですか?
「あの子の友達って子から。今朝来たの。『渡部って人が来たら伝えておいて下さい』って言われて。」
思わず聞き返しました。その子、顔が傷だらけじゃなかったですか?
風見さんは驚いた顔して「あらよくわかったわね。」と。
そして続けて言いました。
「『遠藤さんにもよろしく』ですって。」
私達は遠藤の病院へ急ぎました。
川口君の(なんとか直したらしい)原チャリで数十分。
その間会話はありませんでした。川口君も同じ事を思ってたでしょう。
行けば、すべてがはっきりする。
病院に着きました。すぐに遠藤の病室へ。
面会の手続きが煩わしかった。早く行かないと・・・・・逃げられる。
けどそこで看護婦さんの言ったセリフ。
「遠藤さん今日は大盛況ねぇ。今、先客がいますよ。」
病室に入りました。カーテンの仕切りが幾つか。
遠藤の所だけ閉じられてる。
私がカーテンを開きました。遠藤の巨体がベッドに横たわってます。
力なく、転がってる。口から泡を吹いてます。
アウ、アウ、と呂律が回ってない。かろうじて聞き取れた単語は、「カノン」
窓が開いてました。風が入ってきて髪が少し乱れました。
川口君が「ここ、何階だ!?」と叫びました。
確か、三階・・・・・・・
「降りれねぇ高さじゃない。」
二人で窓に乗り出しました。横を見ると配水管が下まで続いてます。これをつたっていけたら・・・
「よぅ。」
聞き覚えのある声が下から聞こえました。
「久しぶりだなぁ渡部さん。ああ、男の方は始めまして・・・てワケでもないんだよな。」
道に岩本先生が立ってました。洒落た帽子にサングラス。白衣じゃないけどこれは間違い無く・・・・岩本先生。
「始めましてだろ。」と川口君が声をあげました。
岩本先生はケケケっと笑い声を上げて「会ってるさ。」と答えました。「そごうの二階にいたヤツだろ。」
あの場所に。あそこに岩本先生も居たの?
三階から叩きつけるように、私も叫びました。
「あそこには川口君と、私しか・・・あと居たのはカップルくらいでしょ。」
「カップルか。」再びケケケと笑いました。
「嬉しいね。俺達まだまだイケるじゃねぇか。」
岩本先生は横に居た女の人の肩を抱えました。
女の人は、ぼぉっとしたままなされるままに体を動かしてます。虚ろな目。私と目が合いました。
早紀ちゃんのお母さん。
「トロイメライ」
岩本先生はそう言いました。
「ここに長居をしてるとマズイんでな。また改めて話せたらいいな。」
くるっと後ろを向いて、二人は歩き始めました。
その向こうに、一人の男が立ってました。
恐ろしいほどの無表情で、私達を見つめてる。
もう私には、それが誰だかわかってます。
昨日から、わかってる。
私はその名を叫びました。
「虫!」
川口君が横で「何だって!?」と聞き返してきました。
かまわず私は続けました。
「正気に戻ったのね!」
岩本先生が振り返り、またケケケっと笑って帽子を振りました。
「戻ったよ。」
三人はそのまま視界の奥へと消えていきました。
その直前、虫はチラリとこっちを見たのを覚えています。
気のせいか、口が動いたような気がしました。それはこんな事を言ってるんじゃないかと思いました。
「早紀を侮辱した。」
遠藤は何か薬を飲まされたらしいです。
何の薬かわからないけど・・・・とにかくこいつは、もう正気に戻ることは無いんじゃないでしょうか。
虫を見失ったあと、遠藤に目を戻したときにはもう完全に狂ってました。
失禁。涎。奇声。もはや人としての理性は失われてる。
この肉の塊を尻目に、私達は病室から出て行きました。
川口君からは質問攻めをされました。
虫は死んだんじゃなかったのか。なぜ今ごろ虫が出てくるのか。
私は「とにかく落ち着いたら話す。」と、今日のところは勘弁してもらうことにしました。
私自身、うまく説明できないから。
あれが虫なのはわかった。けど顔の傷が何なのかわからない。
そしてなぜ、「サキ」から「虫」に戻ることができたのか。あの傷に・・・関係ある?
私は家に帰ると、すぐにベッドに倒れこみました。
予想はしてた。けどこうして改めて対峙すると、怖いくらいの現実感が襲ってくる。
無性に体が震えてきます。
この震えが告げているのは、たったひとつだけの事実。
虫が戻ってきた。
→第16週「追撃」