希望世界 続・ワタシの日記

第十六週「追撃」


4月3日(月) クモり
「僕の日記」と「カイザー日記」を読んで、川口君はとても複雑な表情をしました。
これに早紀ちゃんサイドからの話も加え、ようやく事の状況を理解できたみたいです。
何故虫が復活できたのかは、お互いわからないままでしたが。
「昔のことを思い出したよ。」
私も久々に思い出していました。虫をいじめていたあの頃を。
「これで少し納得できたことがある。」川口君が呟きました。
どんな事?
「奥田が『虫をいじめよう』って言った時。俺は『あんなヤツいじめても面白くないだろ』って反対したんだ。
それでも奥田は引かなかった。その理由を聞いてみたら、『俺はあいつが許せないんだよ』って言ってた。
何がどう許せないのか、その時はわからなかった。知ろうとも思わなかった。どうでも良かったからしな。」
一息ついてから続けました。
「けど、今ならわかる気がする。心奪われた相手の兄貴がアレじゃぁな。許せないってのも納得できる。」
そう。みんな早紀ちゃんに魅了されている。すべては早紀ちゃんを中心に動いてた。
それは川口君も同じでした。今だから言えるんだが、と前置きをしてから話してくれました。
「俺がずっと『希望の世界』をROMってたのも・・・sakkyがどんなヤツなのか気にになってたからなんだよ。」
早紀ちゃん。アナタの知らない所でもファンはいたわよ。

遠藤は昨日の病院には居ませんでした。
代わりに・・・あんなに行くのを嫌がってたあっちの病院に移されました。
風見君の死んだ病院に。岩本先生が勤めていた病院に。
虫が居た病院に。
あの人達は、ただ守りたいだけなのね。早紀ちゃんが遺した「希望の世界」を。sakkyを。
デジタル化された早紀ちゃんの魂を。
それを汚す私達を消したがっている。
ホームページを消すのは死を意味する。そんな事できない。
だから、直接消すことにした。そこに関わる人達を。荒木さんを騙り、風見君となって私達の前に現れた。
何も知らない私達は、ただ翻弄されるだけでした。
踊らされるだけでした。
何も知らなかったんだから・・・。


4月4日(火) クもリ
遠藤の見舞いに行きました。
ムシャムシャと憑かれたようにご飯を食い漁ってました。
箸など使わず全て手掴み。涎や鼻水がご飯に掛かろうと構わずとにかく食い散らかしてます。
目は真剣でした。目には肉、米、野菜しか写ってないません。
私達が話しかけても何の反応もなく、ひたすらガツガツ喰ってました。
こんなになっても生きる意思だけはしっかり持ってる。
例え肉の塊でも、こいつは生きていたいのでしょうね。

私と川口君。残った二人。
「虫が俺達を狙う理由は、もう十分わかった。」
川口君は病院からの帰り、こう話し始めました。
「で、俺達はどうなんだ?」
どうって・・・思わず聞き返しました。
「納得したからって、黙ってやられるつもりなのか?」
私川口君の問いかけにしばらく答えることはできませんでした。
虫や岩本先生がやってきたこと。やろうとしてること。
早紀ちゃんへの想いが、私を殺す。
川口君もしばらく黙ってました。
長い沈黙だった気がします。どのくらい経ったでしょうか。
口を開いたのは私でした。
「けど」
私は心を決めました。
「私は死にたくないわ。」
俺もだ。間髪入れずに川口君も答えました。
「それで十分だろ。」

虫たちは私達を殺そうとするでしょう。
遠藤のように人格を壊される?それとも本当に殺される?
私は嫌です。生きていたい。
川口君の言った通りよ。それだけでいいはずよ。
例え私達が虫や岩本先生を殺すことになろうとも。いくら他人を壊しても。
その理由はコレで十分。
私が生きたいから。


4月5日(水) あメ
風見君の葬式には呼ばれませんでした。
けど、風見さんは「今日やる。」との連絡だけはしてくれました。
相変わらず何の感情もこもってないように聞こえました。
なんとなく風見君に最後の挨拶をしたかったので
一目だけなら見に行っていいか聞いてみました。
「それなら構わない。」とのことでした。
私は一人、風見家に行きました。

・・・・風見君の笑顔の写真を見ると、あの子は普通の中学生だったことを改め実感させられます。
彼をおかしくしたのかなんだったんでしょうか。
「希望の世界」。ここに関わったせいでしょうか。
もうそんなことは考えなくてもいい。
骨となった風見君。
安らかに眠りなさい。
私の用はこれだけだったのですぐに帰ろうとしました。
別れ際、風見さんと少し話をしました。話し掛けてきたのはあっちからでした。
「私のことを変だと思う?」
いきなり言ってきたので少し驚きました。けどその答えはすぐに出る。いつも思ってることだから。
変だと思います。
「息子が死んだのに悲しんでる様に見えないから・・・でしょ。」
私は黙ってうなずきました。ああ、この人も一応自覚はしてるんだ、と思いました。
風見さんは話を続けます。
「正直、私もなんで悲しくないのか分からないの。」
ああそうですか、と心の中では聞き流してました。
「本当は・・・とても悲しいのに。」
その言葉に私は耳を疑いました。嘘でしょう。そんなはずない。だって全然そんな風には・・・
「なんか現実感が無くって。」
それはつまり?頭の中で色々考えました。そして結論が出てしまいました。
これ以上話してると私もどうにかなってしまいそうでした。
だからその場はもう帰ることにしました。
相変わらず無表情に手を振る風見さん。
けど、その奥にある思いは。
あの人はやっぱり風見君が死んで・・・いや、行方不明の時点でもう、十分悲しんでいたんだ。
だけどそれを認める事ができなかった。認めたら悲しみに押しつぶされてしまうから。
無関心になることで・・・現実を断ち切ることで、それを押さえていた・・・。
日が経つにつれ、それは限界を迎えるでしょう。
現実を認めなければならない時が来るでしょう。
その時はきっと、ずっと押さえつづけきた感情が一気にあふれ出るはず。
そうなったら風見さんは・・・・
もう考えるのは止めました。これは全部私の考え。
合ってるかもしれないし、間違ってるかもしれない。
それでも私の中では何かわからない感情が巡っていました。
哀しいのか。切ないのか。それはもうよくわかりませんでした。
ただ、私には無表情の奥に隠れた感情が読めなかっただけ。
それだけなのよ。

無表情。私は虫のあの顔を思い出しました。
虫はあの無表情の奥に、どんな想いを秘めているんでしょうか。
荒木さんを騙って私の前に現れた時、それが読めてればこんなことにならなかったかもしれない。
早紀ちゃんを。私は早紀ちゃんを侮辱したのかな?
それは考えるまでも無いことでした。
もし、虫にすべての記憶が戻っていたのなら・・・・
私が「希望の世界」に居るのは許しがたいことのはず。
だって、私は虫に酷い事をしてきたんだから。
そんな女が大切な場所に土足で踏み込んできた。
大切なsakkyの居場所に、踏み込んだ。

川口君。私は無性に川口君と話をしたくなりました。
川口君には虫との因縁があまり無い。
それだけでなぜか救われる思いでした。
虫の呪い・・・。そうだ。学校で流行った「虫の呪い」
私は呪われた。虫の呪いが私の体に巻き付いている。ベタベタと絡まり、離れない。
私をそこから解放してくれるのは、川口君か。それとも・・・
虫本人なのか。


4月6日(木) くモリ
川口君と目的地に向かうまで、少し話をしました。
「放火やひき逃げの犯人は俺達もうわかってるんだ。警察に言っちまえばそれで終わりだろ。」
そうね。私は相槌を打ちましたが、本当は別のことを考えてました。
「けどそれは、できねぇよな。」
私は何も答えませんでしたが、答る必要なんてありませんでした。
お互いもう分かってることです。
「俺達でケリをつける。」
虫の家へ。
川口君と二人で乗り込みました。

居る気がしました。野暮ったい言い方だけど・・・気配を感じました。
いざ家の前に立つと、思わず小さく震えてしまいました。
川口君が金属バットでコツンと足を叩き、「大丈夫か?」と心配してくれました。
大丈夫。川口君の声を聞いて震えは止まりました。
こっちには破壊神がいる。負けるわけないわ。
顔を見合わせました。川口君がうなずきました。
私は覚悟を決めて、家のチャイムを鳴らしました。
数秒の沈黙。その後インターホンから声が聞こえてきました。
「開いてるよ。」
岩本先生の声でした。
ノブに手をかけるとカギはかかってませんでした。
ドアを開け、私達は入りました。

岩本先生は居間のソファに座ってました。
私が良く知る格好でした。病院で見たときの白衣。
きれいに片付けられた部屋にソファが二つ、私達の方に向いてました。
もうひとつのソファに座ってるのは・・・虫。
怖いくらいの無表情。傷だらけの顔。私達を、いや私を見ています。
虫は今何を思っているのか。私には読めませんでした。
「もう少し早く来るかと思ったよ。」
岩本先生はソファから立ち上がりました。
少し首をまわし、体を解していました。
「三日前から家でスタンバイしてたんだけどな。まぁ心の準備とか考えるとこんなもんか。」
虫はただじっと私を見てるだけでした。
岩本先生が話してるのを気にも止めず、私の事を見ています。
睨んでるのか。傷だらけの顔からはそこまでわかりませんでした。
「さて。」
私と川口君に、何か確認するように視線を送ってきました。
ゴマをするような感じ軽く手を合わせ、イタズラっぽい笑みを浮かべました。
「いつでもどうぞ。」
この言葉が合図でした。
川口君がバットを振り上げました。
広い家。家具はソファと空の食器棚だけ。テーブルも椅子も無い。
それが余計に居間を広く感じさせました。
川口君が暴れまわるには、十分な広さです。
岩本先生は動きませんでした。川口君が踏み込んできても笑みを浮かべたままでした。
何も持ってない。素手とバット。結果は見えたようなもの。
私は岩本先生の最期を見届けるべく、視線は外さないようにしました。
川口君が雄たけびをあげました。バットが風を切り、ビュっと音をたてました。
一撃で終りね。さようなら、岩本先生。
ドン、と轟音が鳴り響きました。
私は目を疑いました。
川口君は、バットを握ったままこれまで見たこともないような表情になりました。
岩本先生がケケケと笑いました。
バットの頭は地に着いてます。床が少し削れました。
虫は相変わらずの無表情でそれを見つめてました。
川口君がもう一度バットを持ち上げ、襲い掛かりました。
しかし結果はまた同じ。
岩本先生は、素手でバットを弾いてました。
何度も何度も川口君はバットで攻撃しましたが、素手で弾かれたり、避けられたり。
川口君は叫んでます。それでもバットは空しく空を切りつづけます。
何度目かの攻撃。岩本先生が動きました。
それは、一瞬でした。
すごい勢いで放たれた右ストレートは、川口君の顔面を直撃しました。
激しく倒れこむ川口君。さらに首を掴まれ、壁に叩きつけられました。
その弾みにバットは手から離れ、カランを音を立てて床に転がりました。
ドボドボと鼻血が流れています。
私は呆然としたまま、その様を見ていました。
「ケンカが強いだけで破壊神か。いいよなガキは。それで強いと思われて。」
川口君は後頭部を打ったらしく、呻いて体の動きも鈍くなってます。
そこに岩本先生が馬乗り状態になりました。白衣が川口君の血で染まります。
「昔な。恋人がイジメラレッコだったんだ。」
首を締め上げられました。口から少し泡が出ました。血と混じって赤い泡に。
川口君は必死に岩本先生の腕を掴みましたが、それ以上の力で押さえつけられました。
「それで俺は、彼女を救う為に強くなろうと決意した。身も、心もだ。」
岩本先生は右手を離しました。左手だけでも川口君は解くことができませんでした。
右手が川口君の顔を包む。5本の指をいっぱいに使って、顔を締め付けていました。
真っ赤な手は、深紅の蜘蛛のようでした。
「お前にはあるか?そうゆうモノが。」
顔全体を包んでいた指が血で徐々にずれていき、中指と薬指が川口君の左目に掛かりました。
彼は悲鳴をあげました。指が、そのまま目に食い込んでいく。
「何も持たないガキに、俺が負けるわけないだろ。」
赤く染まった指は、川口君が流してる血の涙のようにも見えました。
更に指が食い込んでいく。足をバタバタとさせて暴れる川口君。
両手で必死に腕を掴んでいましたが、完全に力負けしていました。
二本の指は、もう第一関節まで入り込んでる。
川口君の左目が、目に見えて盛り上がっていきました。
立ちすくんでいた私は、思わず目を逸らしました。
次の瞬間、顔を捕まれ再び川口君へと顔を向けさせられました。
・・・虫でした。
虫が私の顔を掴み、この凄惨な光景を私の目に焼き付けさせようとしています。
手を解こうとしました。けど、私の力ではどうすることもできませんでした。
「渡部さん。」
虫が口を開きました。
「君を破滅させるのは簡単なんだよ。」
その声は荒木さんとして現れた時と変わってませんでした。
懐かしさすら覚えるその声からは、何の感情も感じることはできません。
私は既に動くことすらできない状態でした。
震ることすら通り越し、足はただ氷の様に固まるだけでした。
恐怖が私を包んでました。
それでもかろうじて声を出しました。前から思ってたことが言葉になってでてきました。
虫に向かって、上擦った声で言いました。
「記憶は。どこまでの記憶が戻ってるの?」
虫は私の顔を両手で掴みました。そしてグイっと自分の顔の前まで引き寄せました。
間近で見る虫の顔。傷が、おぞましい傷が目の前に。
「全部だよ。」
さらに顔を引き寄せました。
鼻がくっつきそうになるくらい。虫の落ち着いた息と、私の恐怖に震えた息が絡み合う。
目を見つめられました。虫の瞳に写る私は、涙を流していました。
「学校。希望の世界。お腹の痛みで目覚めたこと。病院でサキになってたこと。そして早紀が、死んだこと。」
私は小さく呻きました。
「全部だ。」
その声とほぼ同時に、虫の後ろからなにか変な音が聞こえました。
グチャリ。何かが潰れる音でした。
虫が私を離しました。岩本先生が立ち上がるのが見えました。
川口君。川口君は・・・・
彼は下を向いたまま、涙声でこう呟いてました。
「ちくしょう・・・・ちくしょう・・・・。」
手に何かを持っています。
それが何だか分かったとき、私は気を失いそうになりました。
失ってしまいたかった。けど、無情にも頭ははっきりしたままでした。
それは、潰れた眼球でした。
「俺達はもう行く。二度と会わないことを願うよ。」
岩本先生が血染めの白衣の裾を直しました。
「ああ。でも最後にもう一回だけ会うかもな。」
ケケケと笑い、岩本先生はこの場を後にしました。
虫も後ろに付き添い、そのまま出ていきました。
部屋を出る前、虫と私は目が合いました。
彼は、最後まで無表情でした。
少しすると車庫のシャッターが開く音がしました。
そしてエンジン音が。
車の音はやがて遠のいていきました。
音が完全に聞こえなくなるまで、私はずっと動くことができませんでした。

普段なら救急車を嫌がる川口君も、この時ばかりは大人しく従ってくれました。
残った右目で、ずっと涙を流してました。
初めてみる川口君の涙。それが片方だけなんて。
救急車を呼ぶだけ呼んで、私はその場を離れました。
川口君は黙って頷いてそれを承知してくれました。
少し離れた所で救急車が来るのを見届けてから、私は家に帰りました。
すぐにトイレに駆け込み、嘔吐。
咳き込みながらも、胃の中のモノは全て吐き出していました。
涙が止まりませんでした。
膝に力が入りませんでした。
腕にも力が入りません。
動くのは、キーボード叩くこの指と、画面を見つめるこの目だけ。
頭もうまく働きません。
私は何も考えることもできず、ひたすら今日の出来事を綴っています。
頭の中では、今日のあの凄惨な光景だけが焼き付いてる。
離れない。
目を瞑っても、離れない。
ハナレナい


4月7日(金) ハれ
圧倒的敗北を喫した私達。
遠藤は心を失い、川口君は誇りと左目を失った。
私は何を失うのでしょう。
家族・・・家族でしょうか。
最近様子のおかしい私に、家族は良く気遣ってくれてます。
それは他人のように、何処かよそよそしいものでした。
浪人生にもなって、予備校にも行かず、日々ただフラフラとでかける私。
それを咎めもせず見守る家族。その目は暖かく、そして辛く私に突き刺さります。
けど、この人達に罪はない。
消すわけにはいかない。
消させない。
消えないで。

川口君の声はとても弱々しかった。
日も暮れた頃、突然川口君から電話がありました。
「今から会えないか。」
それより聞きたいことはたくさんありました。
あれからどうなったのか。もう怪我は平気なのか。痛むのか。
川口君は私の質問には答えず、一言だけこう呟きました。
「病院、逃げてきた。」

夜の公園で川口君は一人、ベンチに座って天を仰いでました。
左の顔半分に撒かれた包帯はとても痛々しく見えました。
右半分の表情も、いつもの川口君の表情ではありませんでした。
目に覇気は感じられず、頬も心なしか痩せこけているようでした。
病院から抜け出してきて大丈夫なのか聞いてみました。
「痛み止めはたんまりくすねてきた。」とだけ答えてくれました。
だからって・・・他にも色々
言いかけたところで川口君が手で制しました。
「なぁ。今からウチに来ないか?」
何も考えることなく、私は川口君に付いていきました。
川口君の家に興味があったのかもしれません。
かつて破壊神だった人の家に。

川口君の家。マンションの下までは行ったことあるけど、中に入るのは初めてでした。
決して質の良いとは言えない・・・なんというか、質素な家でした。
「ウチは貧乏だからな。」と川口君がミもフタも無いことを言いました。
家には誰もいませんでした。弟さんがいないのはわかるけど。
誰もいないのね。思わず言ってしまいました。
川口君は少し寂しそうな顔をしました。
「オヤジはいない。おふくろは滅多に戻らない。たまに金だけ口座に振り込むくらいさ。」
聞いてはいけない事を聞いてしまったみたいです。
絵に描いたような苦労人。でも・・・現実問題として、私のような「普通の家」ばかりなわけないのよね。
こんな家だってある。やっぱりそんな家の子供って・・・・不良になるんだ。
場違いでしたが感心してしまいました。不謹慎でしたが優越感も感じていました。
川口君の言葉でそれらは全て吹き飛びました。
「ホントに何も持ってないんだよ。」
昨日の岩本先生の言葉を思い出しました。川口君も思いだしていたでしょう。
こたつの横に座り込みました。右目は下を向いたままでした。
「だから俺は強いんだと思ってた。」
私は何も言えませんでした。何て言っていいのかわかりませんでした。
私はあまりに無力です。川口君ほど強いワケじゃない。ましてや岩本先生になんか勝てるワケない。
虫にさえ、勝てない。家族は消えて欲しくないと思った。けど私に、守る力なんて、無い。
川口君の右目に涙が光りました。妙に眩しく見えました。
そして、自分でもよく分からないのですが・・・私は川口君の横に座りました。
肩を寄せました。手に触れました。自然の流れです。
私達はその場に倒れ込みました。

夜遅く家に帰っても、家族はやっぱり何も言わずに迎えてくれました。
一人ベットに寝転がると、ふと早紀ちゃんの顔が浮かんできました。
少し早紀ちゃんに近づいた気がしました。
私は早紀ちゃんになれるのでしょうか。
なれたら何か変わるでしょうか。
もう遅いかもしれないけど。
何もかも。
遅い。
遅すぎた。

私はもう、逃げられない。

つづく