希望世界 王蟲の日記

第二十三週「沈没」


6月5日(月) はれ
別段机がおかしくなっても何も感じなくなった。
結局ダチュラにも紅天女にもメールの返事を書いてない。
いいさ。ほっとけばそのうち忘れるだろう。
何も反応しなければネットの中じゃ「王蟲」は死んだも同然だ。
僕を知ってる?関係ない。
何かを暴露されたところで、僕は犯罪行為など犯してないのだから全然平気だ。
個人情報を明かすんなら、それこそ犯罪だ。逆にこっちから訴えてやればいいんだ。
横山の事はみんなもうスッカリ忘れてしまったようだ。
いない人間をいつまでも心配してても仕方ないしな。
僕は黙って机に座ってるだけでいい。
今日のようにひっくり返っててもまたもとに戻せばいいだけだ。
横山だってもともと影の薄いヤツだ。僕も影を薄くしてれはいいだけの話。
幸い僕には西原さんがいる。こんな僕に構ってくれる。
今日も遊びに来てくれた。
風見君と絶望クロニクルの関わりを気にしてた。
西原さんも全て忘れてしまえば気楽になれるのに。
そのことを勧めたら「忘れるなんて無理だよ。秋山君だって忘れられないでしょ?」と言われた。
僕はもう忘れたさ。そう答えたら「忘れちゃダメだよー。」だって。
マジメだな。


6月6日(火) はれ
そもそもシャーリーンはどこに行ったんだろう。
最初僕は「希望の世界」をROMってただけだ。
どうも管理人の女のコが近くに住んでるらしかったので、なんとなく見てた。
いつか出会えちゃったりして。なんて淡い期待を抱いてたのに。
荒らしが来てドタバタしてるうちにどっかに引っ越してしまった。
その騒動の時に出てきたのが「絶望クロニクル」。
掲示板でアドレスが公開されたかと思うとすぐに流された。
あのタイミングでアドレスを見つけられたのは僕だけだったのかもしれない。
最初湖畔には誰もいなかったし。シャーリーンが湖畔でのルールを提示してただけ。
王蟲、紅天女、SEXマシーン、クラッシュなんたら・・って4つか5つくらい名前があって
そのどれかを名乗らなければならない。確かそんな感じだった。
結局僕は「王蟲」を名乗った。それ以来ずっと居る。
その後は紅天女が来たくらいであまり繁盛はしてなかった。
ジャンク情報の方ばかり人が増え続け、たまに湖畔に誰か流れてくるくらいだった。
ジャンクは「希望の世界」が引っ越した後でも独自の路線で進んでた。
湖畔でも当初のルールを知る人などほとんどいなかった。
横山にはルールをちゃんと教えたけど「ロクな名前がねぇ」とか言って
勝手に「絶望クロニクル」の記録に出てくる「ロロ・トマシ」を名乗ってた。
もういないけど。
そうだ。今日は無人となった横山の机を拝借したんだった。
僕の机ではもう何も書けなくなっちゃったから。
でも机を替えたおかげで西原さんも僕の机でお弁当を食べれるようになった。
替えて良かった。


6月7日(水) はれ
そう言えば最初の頃にも湖畔には「ダチュラ」もいたっけ。
元に戻ってる机を眺めながら何故かそんな事を考えてた。
また横山のと交換した。
毎朝僕が来る前にキッチリイタズラをしていく。犯人は相当の暇人だナ。
僕は平気だけど西原さんが僕の机で弁当を食べられなくなるのは困る。
暴力的なイジメがないだけ、幸せな方とは言えるかな?
みんなに無視されるのは慣れている。そもそも最初からロクに相手もされてない。
高校に入ってからマトモな会話をしたのは数える程だ。
横山。西原さん。あとは渡部先輩か。
中学時代は良かったな。マトモ人間とオタクちゃんがしっかり分断されていて。
それぞれ暗黙の了解でお互いの領域に入ってこなかった。
僕らは僕らで生きていた。(風見君がこっち側の人間だったことには驚いたけど)
西原さんがこっち側にいてくれたのも大きかった。
彼女はこちら側の人間だったが、あっち側の人と話す時は全然物怖じしてなかった。
我々オタクの希望だ。僕にはそんなフレンドリーな行為はできない。
あの爽やかな連中のやることなす事全部が下らなくて仕方なかった。
今でもそうだ。高校になってますます青春野郎が増えてる。
そんな奴等には無視された方がよほど気楽だ。
正直、寂しい時もある。同じ志も持つ横山がいなくなってからは、僕はクラスで完全に孤立している。
だが僕には西原さんがいる。彼女は毎日昼休みになると一緒に弁当を食べてくれる。
嫌なネットの話を差し引いても、その存在価値は遙かに大きい。
イジメには敢えて触れないでいる優しさ。毎日僕の顔を見に来る健気さ。
何かの拍子で「ネットって怖いよね。」と言った時の彼女の表情。本気で怯えていた。
そのか弱さだけで、渡部先輩とかに「絶望クロニクル」の存在を言いふらした罪を許せそうな気がした。
怖ければやめればいいじゃないか。僕のように。嫌なことはなかった事にしようよ。ネットじゃそれができるんだよ?
僕は心の中で呟いた。でも口から出たのは「ネットはホント怖いよ。変な人多いし。」という言葉だった。
もう少し、彼女の怯える姿を見たかったから。


6月8日(木) くもり
横山の机にまでも大きく「うそつき」が彫られていた。
いやそんな事はどうでもいい。
西原さんが来なかった。
いつも来るはずの昼休み。彼女は来なかった。
ずっと弁当を食べずに待ってたのに。待ってるウチに昼休みが終わってしまった。
来なくて初めて気が付いた。クラスのヤツらの、僕を見る目。
ざまぁみろ・・・・いい気味だ・・・・・ダサッ・・・
そんな言葉が聞こえてきた。頭の中に重く響き渡る。
これまで奴等は何も言ってこなかったけど、今日はっきりわかった。
奴等、僕なんかが西原さんと親しい事が気にくわなかったんだ。
横山の事などこじつけだ。「うそつき」だって本当は特に意味もなかったんだ!
それが分かると、途端にいつものような平静な態度がとれなくなった。
横山のことを攻められた時以上だ。皆の目を意識するだけで汗が出てきた。
午後の授業が死ぬほど長かった。誰かが一言でも話せば、僕の事を攻めてる気がしてならなかった。
西原さんが来なかった理由も考えた。今日は事情があって来れなかったんだ。
彼女は休みだったんだ。そう考えることで乗り切った。
しかし放課後、西原さんを廊下で見かけた。彼女はピンピン歩いてた。
なぜ来てくれなかったんだ・・・僕はどうしても聞きたかった。
面と向かってそうは言えない。けど僕は、恐らくこれまで生きていた中で一番の勇気をもって、話しかけた。
彼女はニコニコしたまま「あ、秋山君。なーに?」と答えてくれた。
僕は一瞬躊躇したけど、もう覚悟は決めていた。話しかけた。ならもう行くしかない!
「今日、昼来なかったね。」
彼女の答えはあっけなかった。
「ああそうそう。クラスのコに一緒に食べようって誘われちゃって。今度から自分トコで食べるね。」
悪気無く無邪気な言葉に、僕は何も言えなかった。
そしてとどめを刺された。
「秋山君もクラスの友達と食べなよー。」
できるわけないだろう。精一杯小さな声で叫んだ。
もちろん彼女には聞こえておらず、ニコニコと爽やかな笑顔のままだった。
弁当は家に帰ってから平らげた。

なんともあっけなく崩壊した僕の生活。
急にイジメが怖くなった。分かってはいたけど、こうして実際失ってみると身に染みてくる。
西原さんは、僕の心の支えだったんだ・・・・
横山の事がまた気になり始めた。
「絶望クロニクル」を無視し続けることにものすごい抵抗を感じてきた。
どうしようもなくなった。凄い勢いで現実が押し寄せてきた。
・・・・・これから卒業まで、ずっと一人でいなければならないのか?
今更ながら横山を失った事を後悔した。
新しく友達を作る・・・そんな選択肢もあるかもしれない。
でもダメ。僕にはできない。西原さんは「どうしてできないの?」と聞くだろう。
わかってない。奴等は絶対僕らオタクの事をバカにしてる。
話しかけたりしたらもっとバカにされる。「オタクが話しかけてきやがった」って思うに決まってる。
僕には分かるんだ。みんなそうだ。西原さんだけが違ったのに。
オタクはオタク同士、横山みたいなのとつるむしかないんだ。
西原さん。僕らの心理を分かってくれてると思ったのに。
君だけは分かってくれてると思ったのに。
どうして行ってしまうんだ・・・!!


6月9日(金) あめ
僕の西原さんが消えてしまった。
いや西原さんの人格が壊れてしまったと言うべきか?
あの優しい西原さんが僕に罵声を浴びせるなんてあり得ないことだ。
僕はどうしても彼女と一緒に弁当が食べたくて勇気を振り絞って西原さんのクラスに訪れただけなのに。
それの何がいけないんだ!!みんながみんな僕を非難的な目でみる。
彼女の言葉も不可解だった。
「今更何しに来たの?アンタ何もしないじゃない!!」
ピーピーと喚く西原さん。彼女は別人になってしまった。
僕は弁当を抱えたまま彼女の言い分に聞き入ってた。

「そもそもなんで私が貴重な昼休みの時間を割いてアンタみたいなオタク君と一緒に食事してたと思ってるの?
中学以来のお友達だからとかそんなクサイ事考えてないでしょうね?考えてたでしょ?
昨日は一緒にご飯を食べれなくて寂しさのあまり夜な夜なスンスン泣いてたんじゃない?図星でしょ。
横山君といいアンタといいオタクってホント女に飢えてるのね。ちょっと趣味が同じだからって同類にしないでよ!
もうパソコンはオタク君達の専売特許じゃないのよ。そこんとこ分かってる?普通の人でもやるのよ?
確かにネットではアングラがちょっと好きなのは認めるわ。でもそのおかげで事件に巻き込まれたから後悔してるの。
ねぇ秋山君。アナタも巻き込まれてるのよ。むしろアナタなんか張本人じゃない。私が知らないとでも思ったの?
いいこと教えてあげましょう。アンタの机に「うそつき」って彫ってあるでしょ。あれやったの私。驚いた?
ちょっとボケっとしてないで何か反応しなさいよ。毎朝アンタが来る前にやってたのよ。
うそつき。アンタ本当に嘘つきよ。横山君が行方不明になった理由を『知らない』だって?嘘ばっか!
アンタ『王蟲』でしょ。あ、やっと表情が変化したわね。それこそ明かし甲斐があるわ。
なんで私がそれを知ってるのか疑問に思ってる?ほら、頷くことくらいできるでしょ?そうそれでいい。
それはね。横山君に教えてもらったから。彼アンタの知らないトコでこっそり私にコンタクトとってたのよ。
なんでこうオタクってのは他人を出し抜きたがるんでしょうね。勿論私は軽くあしらってただけだけど。
オフの話もしっかり聞いたわよ。アンタと横山君が企画したんですってね。あとダチュラが関係してたんだっけ?
ロロ・トマシ。それが彼のハンドルネームよね。かわいそうに。行方不明になっちゃって。
彼がどうなったか気になってアンタに聞きに行ったのに。『知らない』って。オイオイそりゃないだろってカンジ。
それから何度も話題を振ったのに無視しっぱなし。正直言ってちょっとはアンタのこと頼ってたのよ?
なのにアンタの態度と言ったら最低極まりなかったわね。いい加減愛想が尽きたからもう頼るのを止めたの。
私は一人で頑張るから。アンタはそうやって知らないフリして見えない敵に怖がってるがいいわ。
は?なんで?なんでって言ったの?今。私達事件に巻き込まれてるのよ?わかってないの?
ああもう男のクセに妙な首の傾げ方しないでよ。気色悪い。なんで私まで事件に巻き込まれてるのかわからない?
メールチェックしてる?だからそんなに大げさに首を振らなくていいから。気持ち悪いわよホント。
メールチェックしてないのね?最悪。散々煽ったのに無駄骨だったじゃないのバカ。
せっかくのオチも台無し。あーあ。え?オチ?そんなの自分で考えなさいよカス。
メール見ればすぐ分かることよ。トコトン無視するってんならそれでいいわよ。勝手にやってなさい。
私は横山君みたく行方不明にはなりたくないの。だから自分の身を守る対策ぐらいはしておきたいの。
ついでに言うなら、もし横山君が誰かに何かをされたのなら、その犯人を突き止めたいの。
見えない敵ほど怖いものはない。そうでしょ?何よ。別にアンタが犯人だとは思ってないわよ。
てゆうか横山君相手ならアンタ負けるでしょ。大丈夫。相手にしてないから。
ところでホントにオフ会には行ってないの?正直に言って。あらまた黙っちゃって。まぁ変な顔。
どうせ答えてくれないだろうって思ってたわ。一生そのまま黙ってればいいわ。デブ。
うわちょっと信じられない。コイツ泣いてる!あんた幾つよねぇ。は?お弁当一緒にって・・・
信じらんない!!この期に及んでまだそんな事言うの!?
うるさいわね!!もう帰ってよ!!二度と話しかけないで・・・・。」

偉いぞ僕。よくここまで彼女のセリフを覚えていた。
まぁ西原さんの発した言葉なら忘れるわけないけどね。
廊下には僕と西原さんの二人きりだった。
すれ違う人はいたけど、喚く彼女をチラチラ見るだけで話の内容を聞こうとしてる者はいなかった。
痴話喧嘩だと思われたのかな?エヘ
で、僕は彼女の言われるままにままに弁当を持ったまま自分のクラスに戻った。
机の「うそつき」は西原さんがやったって・・・・ねぇ。そんな事言われても。
昨日までの西原さんはドコに行っちゃったんだろう。あの爽やかな笑顔はドコに?
いつからあんな饒舌になってしまったんだ。あんなの西原さんじゃない・・!
おかしい。何かがおかしい
横山といい西原さんといい、まわりがおかしくなっていく。
僕だけが普通だなんて。


6月10日(土) あめ
おかしくなった西原さん。それでも仲直りはしたかった。
反省文を書いてメールを西原さんに送った。
しばらくしたら電話がプルプル鳴った。
西原さんだった。

「メールなんかで遠回しにしないでちゃんと口で言ったらどうなの?
それにしてもよくこんなクサイ文章書けるわね。これってなんかの歌のパクリでしょ。
てゆうかモーニング娘じゃないのバカ。どこまでバカなの?全く。
そうそう重要なこと聞くのを忘れてたわ。それ聞くために電話したんだけど。
風見君のことは何か知ってる?ホントに絶望クロニクルと関係無いの?
まぁホントに知らないのね。なら仕方ないわ。は?私?私も知らないから聞いてるんじゃないのカス!
アンタは本当に何も考えてないのね。ギコギコ言ってりゃ満足なんでしょ。
ピンチランナーとか見てなっち萌えとか言ってるんじゃないの?なに?マキちゃん派?
そんなこと聞いてないわよ!余計な事言うのやめてくれる?だからデブって嫌なのよね。
ちょっとちょっと。電話越しに泣きべそかかないでよ。あ、わかった。デブって言われるのが嫌なのね?
わかった。もう言わない。だから泣くのはやめなさい。ブタ。
あらブタはオッケーなの。基準がよくわからないわね。
ハイハイ。説明しなくていいから。別に知りたいとも思ってないから・・・」

残念ながらここまでしか覚えてない。
随分話し込んだから、さすがに覚えきれなかった。
頭に残ったことはなんだろう。
何か作戦があるから協力しなさいとかナントカ。早口だったからうまく聞き取れなかった。
余計な事言うなってワリには一番喋ってたのは西原さんだった気がする。
でもそれを言うとまた怒られそうだったからやめといた。
狂ってしまった西原さん。それでも西原さんは西原さん。
反故にはできない。


6月11日(日) あめ
今日もまた西原さんから電話が来て、彼女はペラペラ喋ってた。
どうも昨日僕が聞き流してた何かの作戦の話だった。
もう一度オフ会を開いて横山の時の状況を再現して・・・とか。
絶望クロニクル。裏で何が起きてるのか調べなきゃって。
意味が分からず、どうしてそんなことするのか聞いてみた。
すると突然お喋りが止んだ。

「ねぇ。あれからメール見た?」と声を抑えて言ってきた。
「見てない。」と答えると、受話器の向こうでため息が聞こえた。
「今すぐ見て。」
その声が少し真に迫ってたので言うとおりにすることにした。
パソコンを起動させてネットに接続。電話をかけながらできるISDNは便利だと思った。
メールチェックするとドサドサメールを受け取った。
この前受け取ったのと合わせるとかなりの量になった。
西原さんが一言。「最後に受け取ったのを見て。」
これも言われたとおりに見てみる。
僕は絶句した。
「口に出して読んでみて。」
何も言えなかった僕に、西原さんは無理矢理口を開かせた。
僕は素直に読んだ。
「ツクエニイタズラシタノハワタシデス」
「送り主は?」と意地悪い質問をする。
僕は答えるしかなかった。
「紅天女。」
ふぅと西原さんが一息入れた。
「理解した?」
僕は頷いた。

しばらく沈黙が続いた。
西原さんの事を考えてた。優しくて大人しめな西原さん。それが突然おしゃべりになった。
机にイタズラする西原さん。あげくのはてに「紅天女」だと言う。
それから僕は、今日初めて自分の意見をはっきり言った。
「西原さんのキャラがわからないよ。」
「私も、秋山君にはどのキャラが一番効果的なのかわからない。」
また二人は黙り込んだ。
今度の沈黙を破ったのは西原さんだった。
「お喋りキャラは嫌?」
うん。
「おしとやかモードの方がいい?」
うん。
「わかった。なら戻す。」
元の西原さんが戻ってきたのがわかった。
「聞きたいことがあったら言っていいよ。」
あのお喋り西原さんの名残は全くなかった。完全に話し方が戻ってる。
ちょっと前まで悪い夢でも見てたミタイだ。でももう大丈夫。
「いつから書き込んでたの?」と聞いてみた。
彼女は素直に答えてくれた。
「最初から。秋山君にあのページ教えてもらってから、ずっと。」
僕はずっと・・・「王蟲」として西原さんを出し抜いてたつもりだったけど
彼女もまた、ずっと僕のことを出し抜いていた。
笑いたくなってきた。
「他には?」
もう無いよ。
何とも不思議な時間が流れた。
沈黙が気にならなくなっていた。いつもと同じ感じ。
随分久しぶりな気がする。彼女がお喋りだった時期が異様に長かった気がした。
「ねぇ。」
この間の取り方。僕の西原さんだ。
「これで私の事は全部話したわ。もう隠してることは何もない。」
この西原さんの中に、あのお喋り西原さんが居るのが信じられなかった。
「だから。」
でも今この瞬間、電話の向こうにいるのは紛れもなく「僕の西原さん」だった。
「秋山君も全部話して。」
この言葉。体中に染み渡っていくような感じだった。
僕は泣いていた。問答無用に目から涙がこぼれ落ちていった。
ボロボロ泣きながら全てを話した。
王蟲として書き込んでいたこと。オフ会以来絶望クロニクルから縁を切ろうとしたこと。
そして、横山を見殺しにしたこと・・・。
それから僕は自分のこれまで感じてきたことも話した。
西原さんと弁当を一緒に食べてると楽しかった。横山のことが話題になると辛かった。
みんなの視線が痛かった。お喋り西原さんは嫌いだった。
全部話した。
西原さんは罵声を浴びせることなく、ウンウンと相づちをうってくれた。
話し終えると、僕はなんだかスッキリした気分になっていた。
最後に西原さんは「私に協力してくれるよね?」と言った。
もちろんオーケーした。

一時は沈没した僕だけど、西原さんに引っ張られ、もう一度浮き出ることができた。
絶望クロニクル。裏で何が起きてるのか。横山はどうなったのか。風見君のことも。
あそこに・・・戻ろう。


第24週「藻屑」