希望の世界 −王蟲の日記−
第二十四週「藻屑」
6月12日(月) あめ
木曜日にオフ会を行うことになった。
突然過ぎやしないかと思ったけど、どうもその方が都合がいいそうだ。
「いきなりやるからいいのよ。突然だったら普通の人は来ないでしょ?」
確かに。前回もそうだった。突然やったから、僕と横山と犯人(ダチュラ?)しか来なかった。
何て事ない人まで来られると、また話がややこしくなる。
僕と西原さん。そして犯人の三人だけがいい。
横山が行方不明になったのは犯人に連れていかれたと考えるのが妥当だろう。
それが衝動的なものなのか、最初からソノ気だったのかはわからない。
もし後者なら、オフ会をやればまた来るかもしれない。
僕は今回こそあの男の正体を突き止めなければならない。
何しろ今度は、西原さんも危うい立場にいるんだから。
僕がしっかりしなくちゃいけない・・・。
今日の昼休みは作戦会議でとても充実していた。
さっそく湖畔BBSに行ってみた。随分久々な気がする。
SEXマシーン、ダチュラ、ユウイチ、ミギワ、シス卿・・・相変わらず人は多い。
雨が降ってどうだとか、何て事ない会話ばかりだった。
裏では何が起きてるのかわからないと言うのに。気楽な奴等だ。
でも仕方ないな。僕もそうだった。何も知らずに「紅天女」とも話してたっけ。
ダチュラも、ユウイチも、何も知らないフリして書き込んでる。
ココはある意味、腹のさぐり合いだ。ダチュラとユウイチだけじゃない。
SEXマシーンだってミギワだってシス卿だって何考えてるかわかったモンじゃない。
恐ろしいとこだよ。ココは。
僕は「王蟲」を名乗って書き込んだ。
「第二回緊急オフ会!」と。
15日の木曜日決行。しかも真っ昼間だ。
どうだ。来れるモンなら来て見ろよ。僕らは学校サボってまでして行くんだぞ?
他の人も来てしまうのなら、それはそれでイイ。そこに奴も来るのなら。
ダチュラにもメール送った。「今度こそ会えるかもな!」
オフ会以来初めての登場だから、みんなさぞ驚くだろう。
見てるか?犯人。僕は戻ってきたぞ?ん?
西原さんには手を出させないよ?
6月13日(火) あめ
昼休みの作戦会議が楽しくてたまらなかった。
もうまわりの奴等も気にならなくなった。西原さんと一緒にいる僕が羨ましいか?
僕はかなり誇らしげな気分だった。良かった。仲直りしといて。
西原さんの真剣な顔も素敵だった。これからトンデモナイ事が起きるかと思うと、怖くもあり楽しみでもある。
果たして本当にトンデモナイ事になるのかは疑問だけど・・・・起こりそうな気がする。
渡部先輩が作戦会議に紛れ込んできたんだよ?何かあるだろコレは。
本人は飽くまでさりげない登場だったらしい。
曰く「西原に部活の事で話があったんだよ。そしたらこのクラスに居るって聞いたから。」
今日は用事があって部活を休むらしいと。どうせ雨だしトレーニングだけだろって。
渡部先輩が戻ったあと、僕と西原さんの意見は一致した。
「部活の事なんか口実だ。僕らの様子を見に来たんだ!」
こんなタイミングの良い話があるかってんだ。
渡部先輩。「ユウイチ」でなくても、絶対何か関係ある。
僕も西原さんもドキドキしていた。明後日。渡部先輩も来たらどうするよ?
おお。震えてきた。
湖畔掲示板での反響もアツかった。
思った通り、久々の王蟲登場に皆驚いてる。
今まで何やってたんだ・・・・・・あのオフ会はどうなった・・・・・またオフ会やるって・・・・
今回も急過ぎるよ・・・・・でもみんなに会いたい・・・・・誰の話題も。
...さんが来るんだ・・・・・・
・・・・・・・・等々。そして今回のオフ会加表明者:王蟲、紅天女、そして今度はSEXマシーン
一人余計なのが増えたけど、もしかしたらコイツは渡部先輩かもしれないと思うと
また心臓がバクバク鳴ってしまった。これで渡部先輩が全く関係無かったら大笑い。
今の所犯人候補であるダチュラはどうなのかと言うと、これがまた返事をよこさない。
ますますぁゃιぃ。SEXマシーンもぁゃιぃ。
逆の立場で考えてみると、僕らも十分ぁゃιく思われてるだろう。
謎のオフ会を連発し、且つロロ・トマシが消えてるんだから。
うお。ぁゃιぃ奴だらけじゃないか。
木曜日だって、誰が来るかわかりゃしない。例の男(ダチュラ?)を誘い出すどころか
トンデモナイ奴が来るかもしれない。一波乱ありそうな予感。
気ィ引き締めていかないと。
6月14日(水) あめ
イヨイヨ明日と迫ってくるとさすがに緊張する。
何しろ今回は心の準備期間が短すぎる。しかも横山の時以上に、重要な意味を帯びてきてるから。
絶望クロニクルにまつわる謎は腐るほどある。
・・・・・何のために作られた?・・・・・・・湖畔とジャンク情報二つの掲示板の存在意義は?・・・・
・・・・・シャーリーンは何者?・・・・・ユウイチは風見君?・・・・・・・・・・渡部先輩は?・・・・・・・・
・・・・・・・・横山はなぜ行方不明に?・・・・・・・・・例の男は誰?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・裏で何が起こってる?
そもそもの「希望の世界」すら消えてるというのに。
そこからやって来たと謎の発言で登場を果たしたユウイチ。
少々のインパクトは有ったけどバレる嘘はいけない。
「希望の世界」がまだ何処かで存在してるなら、シャーリーンが黙っちゃいないだろ?
となるとじゃぁそのシャーリーンは何者なんだって話しに戻って
グルグルと同じ疑問の繰り返しになる。イタチゴッコだ。
しかし明日。その答えが見つかるかもしれない。
全てをピッタリ説明し得る「何か」が見つかるかもしれない。
そこに来るのは誰か?見モノだ。
西原さんもかなり興奮していた。
目をキラキラ輝かせてその気分の高まりっぷりを説明していた。
「ついに来たってカンジよね。明日は誰が来ても全てを問いただしてやるわ。
最初に私が一時に改札前にいるから。横山君はそれより少し遅れるくらいに来てね。
そこで私が来た人と喋ってるから。で、もし何処かに移動することになったら
ちゃんと尾行してきてね?ドコに行かされるのか。横山君がどんな状況になったのか分かるかも。
少しでも危うくなったら飛び出してきてくれればいいわ。頼りにしてるわよ?
フフ。顔赤くしちゃって。でもね。ホントは私の役を秋山君にやって欲しかったんだけど。
アナタじゃ話がもたなそうだから。私がやってあげることにしたの。
ところであの目印のベルって何の意味があるの?え?昔のラジオ?知らないなぁ。ま、何でもいいわ。
てゆうかさぁ。あそこを作った管理人が誰なのかが分かれば全ての謎が一気に解決すると思わない?
シャーリーンだったわよね確か。変な名前。女の人っぽいよね。明日来るかなぁ。
意外と知ってる人かもしれないわよ。結構そーゆーのって多いじゃない。
信用おけないトコなんか特に。現に紅天女は私だったし王蟲も秋山君だったでしょ?
なぁに今更顔を曇らせちゃって。お互い様なんだから水に流しましょうよ。
シャーリーンも男である可能性も大いにあり得るわ。もしかしたら渡部先輩って可能性もあるかもよ?
昨日はホントに部活に来なかったけど。でもあの人は絶対あやしい。
影じゃ家でこっそりネットに繋いでほくそ笑んでるっぽくない?そう思うでしょ?
ちょっと相槌くらい打ってくれてもいいんじゃない?そう。それでオッケーよ。
にしても横山君は本当にどうしちゃったんでしょうね。まさか死んではいないでしょうけど。
でも秋山君が見たって男に拉致されてる可能性は高いわよ。何のためって・・・
それを調べようとしてるんじゃないのデブ。あ、ごめんね。また言っちゃった。
ああもう。おしとやかモードでいるって約束したのにごめんね?またお喋りモード入っちゃって。
だってさ。明日よ明日。もう明日なのよ?月曜決めてもう明日・・・やっぱ早すぎたかなぁ。
もうなんか緊張しまくっちゃって話してないと落ち着かないのよぅ。今日くらい大目に見てね?
この緊張感分かるでしょ?ね?ほら秋山君だって緊張してるじゃない。お互い様お互い様。
だからさっきデブって言ったのは口が滑っただけだって。こんなところで泣かないでよ。
ごめんね。撤回するから。ホラホラ、お弁当に涙がかかっちゃったじゃない。
・・・・・泣くなって言ってんのよカス!デブなんだからデブって言われても仕方ないでしょ!
あああごめんなさいごめんなさい。私ったらまた余計なことを。泣かないでお願い。
私今すっごく反省してるからお願い。私がいけなかったね。人の気にしてること言っちゃいけないよね。
ごめんね。ごめんね。太ってるからって気にすることなんかないのよ。いいのよそのままで。
ブタ君。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・。」
思い出すとまた悲しくなってきた。
キーボードを打つ指先がプルプル震えてるのがわかる。
涙をこらえるあまり目が痛くなってきた。一人で居るときの方が泣きたくないのはなぜだろう。
鼻の奥がツーンとしてきた。鼻水も徐々に流れ始めている。
さぞ顔はくしゃくしゃになってるだろうと思うと、それがまたタマラナく虚しい気分になってくる。
マウスをコロコロコロコロコロコロコロコロ転がしてなんとか気分を落ち着けた。
しっかりしろ!決戦は明日なんだぞ!
ファイト、僕!
6月15日(木) はれ
僕が協力を誓ったのはあの優しい西原さんであってお喋り西原さんはむしろ嫌悪の対象であり
先日もまた禁句とされていた言葉を意図的に発するなどして嫌悪の対象足たる所以を遺憾無く発揮して
いたために僕のアラユル努力を持ってしてもその根本的な嫌悪は僕の行動の大前提となるべく
心理状態の奥底に根付いてるせいもありその結果としてお喋り西原さんに協力する気が消失せしめたるも
当然の道理でありそれが正しい因果でもあることは言葉にするまでも無く絶対的な事実として
存在されていなければならず僕がその因果を説明するために敢えて非協力的な態度となる
のは飽くまでも必然の結果であると言わざるを得ないのだ。
これを解消したいのであれば西原さんはお喋りモードなる人格を心の奥底に封印して表側に西原さんと
して露出すべき人格は優しい西原さんでならなければならずそれこそが禁句を発する如何にかかわらず
大前提として行われなければならないことであったのは本日の僕の行動からして容易に推測し得る事実
であるのみならずそれを怠った西原さんは今日のこの結果は自業自得と言っても過言ではない。
だがしかしそれ以外の対処方が皆無であったわけではないことは本日のコノ冷静な目で持って判断したのならば
今日のように晴れ渡った日に屋上に上って山を背に向けて手すりに肘を乗せたたところで眼を開き
ビルや民家が乱立したその向こう側に富士山を発見するがごとくクッキリ見えてくるのである。
すなわち西原さんはお喋りモードで僕に与えた嫌悪感以上に優しい西原さんの好感を与えれば良かったのは
自明であり犯した罪をフォローする唯一にして最善の方法であったのだ。事実僕は昨日の夜まではこれまでの
優しい西原さんのイメージを頭に思い描くことでオフ会に対する情熱を維持することができそれにより
お喋り西原さんへの嫌悪感を心の引き出しの中に一時的ではあったけど封印することが可能であった。
しかしして一夜明けてイザ当日となった場合には朝特有の気怠さや思考能力の低下という人間として
避けられない絶対的な心理状態に陥った際にフトした拍子に封印したはずの引き出しが開いてししまい
お喋り西原さんへの嫌悪感がアリアリと僕の心の中に浮き出てきたのはある意味必然的な結果とも言える。
要は西原さんは朝の気怠さの中でもお喋りモードの嫌悪感に打ち勝つ優しい西原さんの好感を僕に与えることが
できなかったせいでありまたその嫌悪と好意が微妙なる均衡状態に陥ったのならばそのどちら側へと僕の心を
動かせば良いのかを判断するのは容易なことではなく選択を一時保留しジックリと互いの選択肢を吟味する必要
がありそこにまた朝特有の気怠さを踏まえてみれば取るべき行動としては制服に着替えて惰性的に学校へと
足を運ぶことになるのは致し方のないことである。
と言うのも僕が西原さんへの好意を選択した場合に取らなければならない行動はまず仮病を使い
親に学校を休む意図を伝えなければならないのであるが先ほど出たように僕の心は一時保留状態で
あったために何も知らない親が朝食を作ってそれを僕が食べた時点でもうこの日取るべき行動の選択肢が
決定的に絞られてしまうからだ。
結論として僕がオフ会に参加せず普段通り学校に行って何喰わぬ顔して授業を受けていたのは
まったく非難の対象にはならず且つ誰も責めることのできない、否、責めてはいけない事なのだ。
敢えて非難されるべき対象をあげるのであればそれは誓いを破りお喋りモードを発動した西原さんとなる
ことは先ほどからの説明から容易に出せる結論である。
って事を西原さんに言ってきかせてあげたかったなぁ、と思いつつお弁当を食べていた。
もちろん僕は一人だった。今日はちょっと暑くて教室にもにクーラーつけて欲しいなって思った。
あとは普段通り家に帰り、普段通りゲームをやって、普段通り晩ご飯を食べて、普段通りまたゲームをして
お風呂に入って、パソコンを起動させて、ネットには接続せず、こうして日記を書いている。
サテそろそろ寝るかな。僕の今日の行動。全く問題無いはずだ。うん。
でもオカシイ。
胃が痛くてたまらないよ?
→つづく