希望世界 ユウイチの日記

第二十八週「瞬殺」


7月10日(月) 腫れ
朝起きたらヒロフミさんが半分になってた。
上半身だけ床から生えてるように置いてあった。
俺が寝てる間にセンセイが風呂場で解体しらしい。
朝イチでゴミとして捨てたそうだ。そう言えば今日は月曜日。ゴミの収集日。
ご丁寧に残った上半分は居間に戻してある。
センセイ曰くもう二日も経てば素敵なニオイを醸し出すそうだ。
今でも結構キテルのに。その他死体について色々説明してくれた。
死後硬直がいかにカタくなるか等々。推理漫画に良く出てきそうな知識だった。
それよりもっとリアルだった。無理矢理曲げようとするとボキって一気に折れちゃうんだよって。
さすが実物扱ってる人間は違う。モノホンだよ。
ヒロフミさんはまだ俺のことを見てる。目が死んでた。当たり前か。
しばらく見つめ合ってると勝手に俺の手が動いた。
受話器を持って、1、1・・・・
そこでプツリとセンセイに切られた。
「察しが悪いな。助けを求めたら逃げるとは言ったが、その前にお前を殺していくぞって意味も含まれてるんだよ。」
だそうだ。ヒロフミさん。俺、完全に逃げられないみたいッスよ。
センセイは鞄を持ってきてた。中を見ようとしたら止められたが、ノコギリやらがチラリと見えた。
死体処理まで考慮に入れてウチにいる。あ、そうか。兄貴達を殺すつもりだからか。
ヒロフミさんの赤く染まった腹の切り口を見つめてるとセンセイが話しかけてくれた。
「最初は新聞紙で包んで紙袋に入れる。そっからゴミ袋に詰めるんだよ。これだと半透明でもバレないだろ。」
なるほど。
「でもこの方法は初めてだからなぁ。失敗してても文句言わないでくれよ。大丈夫だとは思うけど。」
そんな無責任な。
「ま、川口家のゴミだから俺には関係ない。」
ケケケと笑った。何かあるとすぐ笑う。
家の中なのに帽子なんか被ってる。胸ポケに刺さってるサングラス。改めて見ると普通の人だ。
つーか20歳近い息子を持ってる年には見えない。若く見えるなこの人。それでいて殺人鬼。
その殺人鬼と一緒に住んでる俺。どうよ。
飯は食う気がしなかった。つーかヒロフミさんまだ見てるし。
冷蔵庫を引っかき回して勝手に食事をとる岩本センセイ。
パソコンいじったりテレビ見たりで過ごしてた。
我が家のように振る舞うセンセイとは反対に、俺は終始ポケーっとしてた。横になったり布団に潜ってみたり。
ヒロフミさんがずっと見てるので気になって仕方なかった。
時間が流れるのが異様に遅く感じた。
やっと今日が終わる。
結局、兄貴は戻ってこなかった。

モバイルでネットに接続。湖畔で「ユウイチ」のカキコ。
ヒロフミさんのコトをなんて呼ぼうか迷った。本当の弟がって言うのもオカシイ。
「ウチに処刑人がやって来ました。リアル弟が処刑されました。僕はどうしたらいいんでしょう。」
センセイが画面をのぞき込んでた。「これならオーケー。」とお許しが出た。
投稿。ミギワやシス卿が台風過ぎて暑くなったとか爽やかなオハナシをしてるのに、俺だけ異次元カキコ。
つーかリアル世界の方が異常だし。
ジャンクにも素敵な書き込みがあった。処刑人サンが「我敵地侵入ニ成功セリ。一人処刑完了。」
そのレスも「処刑人」。「了解。次報ヲ待ツ。」
自作自演・・・ってか共通ハンドル?

日記書く前にシャワーを浴びた。センセイはとっくに浴びてくつろいでる。
その間に電話しようかと思ったけどセンセイの「殺していく。」って言葉を思い出したらソノ気が失せた。
で、俺はこうして気分の悪いまま日記を書いてる。シャワーなんて浴びるんじゃなかった。
身体に付いたヒロフミさんのニオイをとりたかった。さっきフラフラと風呂場に行った。
ニオイは洗っても洗ってもとれなかった。ふと壁に何かこびりついてるのに気が付いた。
考えるまでもなかった。ヒロフミさんの肉片。
思い出した。そうだよ。この風呂場でヒロフミさんの下半身は・・・

吐いた。


7月11日(火) 蜘蛛り
ヒロフミさんがダルマになってた。
腕がない。明日捨てるらしく、ゴミ袋が二つほど置いてあった。
それでもヒロフミさんはまだ俺のことを見てる。
皮膚の色が青黒いようなとても気色の悪い色になっていた。
そろそろいい感じのニオイを発してきている。
センセイは隣に漏れるといけないからってドアを締め切ってた。
おかげで中はトテモ素敵な空気に満ちている。
しきりに消臭スプレーをかけていたけど、あまり効果はなかった。
ヒロフミさんには何か塗られてた。少しでもニオイを押さえる為のものらしい。
「いくらかマシになったかな。」とセンセイは言ってたが、俺にはまだまだ匂う。

夕方ごろ、どうも無意識のウチに「兄貴・・・」と声を漏らしたらしい。
それを聞いたセンセイは「さっき来たじゃないか。」とトンでもないコトを言った。
いつ?我に返った俺は聞き返した。
「ついさっき玄関の前まで来たよ。中の様子を伺ってた。すぐに戻っちまったけどな。」
ヒロフミさんと顔を見合わせた。つーかなんでそんなコトわかるんだよ。
気配を察するなんて・・・・やっぱこの人バケモノだ。
その会話を皮切りに少しセンセイと話をした。
これまでの俺達側の動向。消された西原と横山、そして秋山の話。
「確かに最初のヤツは若干太ってたなぁ。捨てるとき大変だったよ。」とか
「そうそう。あの女、顔はイマイチだった。切る時全然抵抗なかったよ。」とか。
平然と答えてた。
次に「シャーリーン」の話になった。
絶望クロニクルは俺達が遠藤のパソコンから見つけ、ジャンクのアドレスを「希望の世界」に書き込んだ。
それを伝ってセンセイ達はその存在を知った。だからお互い「シャーリーン」の正体は知らない。
「そのノートは遠藤のだったのか・・・。」と感心してた。
何度か頷いた後、考え込むようにして黙り込んだ。
ヒロフミさんと一緒にその様子を見てたけど、なかなか口を開かない。
数分後、「なぁ。」と声をかけてきた。
「シャーリーンって遠藤じゃないのか?」
俺達と同じ結論だった。しかしそれはあり得ない。このモバイルにサイトのファイルがない・・・
その事を言ったがセンセイは深いため息をついて何度も首を横に振った。
「遠藤はデスクトップも持ってただろう?家と一緒に焼けちまったやつが。」
・・・俺達のアタマが足らなかった。
言われてみればその通りだ!
引き返した兄貴を恨むのも忘れ、遠藤=シャーリーン説にただただ感心してた。
あのサイト早紀さんに対する異常なほどの思い入れが籠もってる。
モバイルに残されたクッキーが「ダチュラ」だったのもこれで納得できる!
しかしセンセイはイマイチ納得してなかったようだった。
「けどなぁ。早紀に絶望クロニクルの存在を教えてないってのが気になる。
あの遠藤が早紀を必要としないサイトを立ち上げるってのはどうも・・・。」
ヤツのことだから作るだけ作って呼び忘れただけッスよ。
バカだから。

今日は何かつっかえてたモノが取れたような一日だった。兄貴にはムカツイたけど。
おかげで食欲が戻り、センセイと一緒に飯を食った。
ヒロフミさんも食べたそうだったので米を口に運んであげた。腕がないから俺がやってあげないと。
センセイに腕を叩かれた。
いつものように口元はニヤけてるが、目は真剣だった。
あ、そうか。首が曲がってるから飯が喉を通らないか。
納得。

以上今日の出来事でした。


7月12日(水) 張れ
ヒロフミさん観察日記 〜三日目〜
きょうは胸から上だけになってました。
学校にあるエライ人の銅像みたいでした。
でも顔が曲がってるからとても変です。
そのあんばらんすがオカしくて大笑いしました。
まる。

ネット観察日記 〜腐色編〜
ミギワさんがユウイチ君の境遇をしんぱいしてました。
シス卿さんはとても明るく励ましてくれました。
みんなの優しさに触れたユウイチ君は
「大丈夫。」と答えました。
本当は全然大丈夫じゃないのに。
まる。

岩本センセイとの交流日記 〜巨像編〜
ヒロフミさんの話をしました。
彼はなぜ岩本センセイとの戦いに参戦してきたのか?
姉のためにそこまでする必要があるのか?
センセイの答えは「ある。」でした。
「こいつは渡部サンにホレてた。少し話しただけですぐわかったよ。
目の色かえて『そんなコトない!』って言ったけどな。そうゆう感情は隠せないモンだ。
身近でそんなヤツ何人も見てるから俺にはわかるんだよ。」
納得してしまいました。ぼくもそう思った時があったからです。
姉弟で好きになるなんてイカレテルと思いました。
まる。

兄貴の帰還待ち日記 〜迷葬編〜
あの野郎、今日も帰って来なかった。
畜生。


7月13日(木) 貼れ
センセイに「お前もうダメだな。」と言われた。
何がダメなのだろう。ヒロフミさんの顔をブラリブラリさせて遊んでるのがマズかったか?
ヒロフミさんだって喜んでる。別にダメじゃないだろう。
そんな文句を言うセンセイも今日は真剣なオハナシをしてくれた。

ウチに親はどうしてるんだって話になった時だ。
「こいつに川口家には親がいないって聞いたから踏み込んで来たんだが・・・両親はどうしたんだ?」
ヒロフミさんを俺の手から奪いながら話しかけてきた。
俺は普通に答えた。
「いないッスよ。二人とも。蒸発ってヤツっす。
でも僅かな生活資金は毎月送り込んでくれるんスよ。でもいつ止まるのやらって感じッスけどね。」
別に俺達にとっちゃどうでもいいようなコトだった。
兄貴も俺も同情して欲しいと思ったこともないし、両親への憎しみもない。
「残ったのは兄貴の暴力だけっス。
センセイも気を付けた方がいいッスよ。ヤツの暴力は尋常じゃないッス。」
つーかあの腐れサドマニアと瞬殺の殺人鬼と、どっちが強いんだろ。
そんな疑問もフッ飛ぶくらい、センセイの顔つきが真剣になった。
帽子を脱いで(ハゲじゃなかった)深いため息ついて首を何度も横に振った。
「すまない。失礼なコトを聞いた。」
なんで謝るのか理解できなかった。
そしてこう言ってあげた。
「別に平気ッスよ。親の愛情なんざカケラも貰ってネェし。寂しさを感じたこともないッス。」
「親の愛情」って言葉にセンセイの身体がピクリと反応した。
俺はチョコナンと惚けたままその姿を見つけてた。
親の愛情がキーワードらしいッスよ。ヒロフミさん。
ヒロフミさんはセンセイの横に転がってた。
滑稽だなぁと思った。
センセイはしばらく考え込んだ後、ふと口を開いた。
「なぁ。俺はなんでこんなマネしてるんだと思う?」
こんなマネってどんなマネっスか。
またあの自嘲的な笑みを浮かべた。
「息子の要望で、ネットの奴等を消して回ってるマネ。」
その話は初耳だった。兄貴やミキさんの因縁が絡んで複雑な理由があるのかと思ってた。
言われてみればそうだよな。横山や西原が殺された理由ってのを深くは考えてなかった。
兄貴達にプレッシャーを与えるためじゃなかったんだ。
にしても、なぁ。息子の要望って何だよ。
センセイは続けた。
「亮平がな。早紀に関係するサイトに居る奴等を皆殺しにしてくれって言うんだよ。早紀が汚れるからって。」
亮平さんの存在は大きいだろうけど(兄貴とミキさんにとっても)、ネットの人間は関係無いだろうに。
早紀さんってもう死んだ人じゃないスか。それともネット内じゃまだ生きてるとでも?そうなんスか?
そんなんで人殺しちゃっていいんスか?ヒロフミさんだって恨めしい目で見てますよ。
「どう思う?それで本当に人を殺しちまうのを。」
正直に答えた。
「なんてバカなマネを・・・。」
思わず口にしたが、よくよく考えてみるとキワドイ答えだ。
怒ってブっ殺される可能性もあった。でも殺されなかった。
俺の言葉を聞くと、センセイはケケケと笑った。
「そう。バカだよ。けど逆なんだ。俺がこんなマネをするのは、まさにそこなんだよ。」
何が言いたいのか分からなかった。
ヒロフミさんばりに首を傾げた。さすがに本家にはかなわなかった。俺の首の骨はくっついてるし。
センセイの解説はさらに意味不明だった。
「『息子のためにそんなバカな事までしてくれる』って思って欲しいからなんだ。」
何のコトかよくわからん。
その後センセイはまたケケケと笑って会話終了。
釈然としないけど俺が何か言ったところで状況は変わらない。
仕方ない。俺もまたヒロフミさんとのお遊戯に戻った。
センセイに腕を叩かれた。
酷い。

兄貴は戻ってこない。つーか戻ったらどっちか死ぬかもしれん。
なんかもうどっちが勝ってもどうでも良くなってきた。
俺が一番気に掛かるのはミキさんだ。
因縁の中心は亮平さんとミキさんだろ?兄貴とセンセイの戦いに決着付いたらあの人どうなるんだ。
兄貴死んだらミキさんも殺されるかもしれん。
センセイ死んだらミキさんは死なない。
おお。ミキさん死んで欲しくないぞ。
兄貴、がんばーれ。
センセイ死ね。


7月14日(金) 苦盛り
兄貴から電話があって「明日戻る。」と言っていた。
センセイも電話に出て「ちゃんと武器用意しとけよ。」と言っていた。
兄貴が「ぶっ殺す。」と言った。
センセイが「やってみな。」と言った。
映画のセリフみたいだった。
センセイは「お前の弟、完全に壊れちまったよ。」と言った。
兄貴の「確かに。」という声が受話器から漏れて聞こえてきた。
俺のドコが壊れてるんダヨ。
ミキさんは?
俺は横から声を上げた。
センセイに殴られて気を失った。

目が覚めたとき電話はもう終わってた。
センセイが「ヤツめ。俺が家にいても平然としてたな。余裕のつもりなんだろう。」と独り言を言った。
俺がネットで処刑人が家にいるって言ったから知ってたんスよ。
「渡部サンがこいつのコトを心配してたぞ。無視してやったけどな。」
もう首だけになってるヒロフミさんをさすった。
「明日か。俺はお前の兄貴を殺すつもりだ。構わないな?」
センセイの独り言はいつまで続くんだろうと思った。
「渡部サンも殺してしまうかもしれない。」
それはイヤダと思った。
「お前も・・・殺すか。」
それもイヤダと思った。
「嫌か?」
嫌ッス。
心の中で思っただけで口では何も答えなかった。
独り言に返事するなんてオカシイッスから。
そんな俺を見てセンセイは言った。
「やっぱ完全に飛んじゃってるな・・・。」
飛ぶ?俺に羽なんか付いてないッスよ。
ポコンとアタマを殴られた。
また気を失った。

起きて日記を書いてる。決戦前夜。最後の日記かもしれない。
センセイは寝ないで壁にもたれかかって座り込んでる。
虚ろな目で宙を見つめるセンセイ。
明日に備え、集中力を高めてるのか?
その姿。震えた。
オーラでも出てそうだった。
もの凄く緊張感を感じる。
これがリアル殺人鬼か。
すさまじいプレッシャー。
・・・・兄貴よりスゲエ
こりゃダメかもしれない。
俺達みんなヒロフミさんの様に殺されるかもしれない。
全滅。
こんな人に手ぇ出さなきゃ良かった。
まだ兄貴の方がマシな殺し方してくれそうだ。
ヘヘ。みんな死んじまうさ。
兄貴も俺もミキさんも。
みーんな死んで、それでオシマイ。
兄貴だって勝てねぇよ。
センセに殺されて埋められちまうんだ。
俺も明日の夜は土の中。
だから明日の日記はナイ。
今日でオシマイ。
惜しいけど仕方ない。諦めたさ。
もうセンセイからは逃げられない。
殺されるだけ。ヘヘヘヘヘ。
俺の人生、あっけない幕切れだったな。
とりあえず最後の挨拶でもしておくか。ウン。
じゃぁな。俺。

ごきげんよう

サヨウナラ

つづく