絶望世界 僕の日記

第31週「絶叫」


6月7日(月) 雨
ネットに接続。無気力なまま渡部さんにメッセージを送りました。「なんで僕だって分かったの?」
「私が入ってきて間もない頃、チャットでいじめの話題になったでしょ?」
返事を求めてるようだけど僕は文を書く気にはなれませんでした。そんな僕に関係無くメッセージは続きました。
「生まれたてのハムスターを上履きの中に入れらてたって言ってわよね。」そういえばそんな事も言った気がする。
「鞄を女子トイレに持ってかれて中身を全部便器に入れられてた、とも言ってたわよね。」それも言ったかも。
「お弁当に犬のオシッコをかけられてたとも言ってた。」あの時僕は熱くなっていじめについて詳しく語ってた。
「知り合いがそんな目にあってたとか言ってたけど、ハムちゃんなんて名前は当事者しか知らない事だから。」
「もしかしてsakkyは虫じゃないかって疑ってたら、sakkyもオフ会に行きたくないって。私は性別を偽ってたから
行きたくなかった。でね、sakkyも何か行きたくない理由があるんじゃないかと思って。それで虫だと思ったの。」
僕は自分から告白してたんだな。「僕は虫だ」って。「とりあえず今日はこれくらいに。明日も繋いでね。」
うん・・・・・。


6月8日(火) 曇り
言われた通り夜になったらネットに繋ぎました。渡部さんが待ってました。「私が希望の世界を知ったのはね
学校のパソコンルームの机にアドレスが書いてあったの。誰が書いたのか知らないけど。虫がやったの?」
!?・・・たぶんそれは奥田だ。そうでなければ杉崎先生か。いずれにせよ渡部さんは来るべくして来たのか。
「僕じゃない。」無気力状態は続いてます。メッセージに長い文章を書くのも嫌になってる。
「そう。とにかくそれで私はここに来た。最初は学校で。後から自宅で。ネットは初めてだったから楽しかった。」
そうさ。「希望の世界」がとても素晴らしいところなんだよ。素敵な所だったんだよ。楽しい所だったんだよ。
「私にはね。」わざわざ一区切りついて強調してきました。「もう友達はいなかったの。何故だかわかるでしょ?」
いじめられっ子だから、だね。逆恨みはしないでよ。そうなったのは自業自得じゃないか。
「だからね、友達ができて嬉しかった・・・・・。」妙に寂しさを感じました。僕は同情してるのか?
「ねぇ何か言ってよ。」僕に何を言えと?また僕をいじめるつもり?やめてよ!僕は昔の僕じゃないんだ!
「渡部さんカワイソウ。」少し間を置いてから返事が返ってきました。「明日はちょっと聞きたい事があるから。」
何だよぅ。


6月9日(水) 雨
ネットに繋げるとすぐに渡部さんからのメッセージが有りました。「聞きたいのはタケシさんの事。」
「何か?」渡部さんだって「タケシ」が杉崎先生だったって事知ってるんでしょ?今更何を聞こうって言うんだ。
「本当に、タケシさんは杉崎先生なの?」何でそんな当たり前の事を聞くんだ。「そうだよ。」
「絶対?だとするとおかしいのよ。タケシさんって私が来るずっと前から『希望の世界』にいたんでしょ?」
確か僕が最初にログを見てた時も見かけた。「居た。」間違いなく居た。「それだとやっぱり変。」「だから何が。」
「杉崎先生、授業中に『最近パソコン始めた』って言ってたのよ。『始めた』よ。貴方は知らないでしょうけど。
それ、2月の話よ。私もパソコンいじり始めた頃だったから覚えてた。でも、その時既にタケシさんは居た。
パソコン始める時期に嘘つく必要なんて無いじゃない?だとすると、その時居たタケシさんは誰?」
知らない。僕は知らないぞ。「タケシ」さんは杉崎先生で間違いない!実際に見たんだし、新聞にも載った。
「杉崎先生、もう居ないから貴方に聞くしか無いのよね。・・・・・・・・それまで貴方が演じてたの?」
「僕じゃない!」僕じゃない。僕じゃない。渡部さん、それでタケシに拘ってたのか。でも、僕じゃないんだ。
「そう。わかった。また明日ね。」渡部さん。何故いつもそうやって話を早く切り上げるんだよ。取り残された気分だ。
そんなものじゃない。敬遠してるような、汚いモノを避けていくような、馬鹿は近づくなって言ってるような、
車に轢かれた鼠をまたいで行くような、潰した虫の体液を必死で拭おうとしてるような、逃げてるような、
そんな感じが。


6月10日(木) 晴れ
渡部さんは今日もネットに繋いでる。僕も言われた通り繋いでる。
「渚」さんからメッセージが有りました。「最近チャット来てないけど何か有ったの?三木君も来てないし・・・・。」
渡部さんに「今日はチャットしながらにしようよ。」と送りました。「『渚』さんのメッセージでしょ?私にも来た。」
チャットでいつもの様に会話しました。何故かあまり楽しくありませんでした。
sakkyも、「三木」君も、ただ演じてるだけ。そう考えると悲しくなってきました。何も知らない「渚」さんが眩しい。
突然渡部さんからメッセージが来ました。「杉崎先生を殺した人ってまだ逮捕されてないのよね。」
遠藤智久だよ。僕じゃない。昨日もそうだ。渡部さん、僕を疑ってる!僕じゃない僕じゃない僕じゃない
「貴方が殺したんでしょ。」違う違う違う違う違う違う違う違う「違う!僕は殺してない!」「じゃあ誰が殺したの?」
「TOMOとえんどうまめだよあの二人同一人物だったんだよ遠藤智久って奴なんだよそいつがやったんだよ!」
チャットでは「渚」さんの話が進んでる。sakkyと「三木」君が修羅場を迎えてる事も知らないで。
「つまり、その遠藤智久が犯人なわけね?貴方ではないのね?虫は関係ないわけね?」
殺人依頼掲示板は作った。でもそれだけだよ。殺したのは遠藤智久なんだよ。悪いのはこいつなんだよ。
全てを説明するには時間が掛かりすぎる。とにかく僕じゃないんだよ。「僕じゃない。信じてよ、渡部さん!」
「私は悪くありません。」気がつくとチャットに書き込んでました。「渚」さんが「sakkyどうしたの?」と聞いてる。
「三木」君が「ごめんなさい。今日はちょっと疲れてるんで先に寝ますオヤスミナサイ。」と言って消えた。
逃げないでよ渡部さん。何か言ってよ。信じるって一言だけでいいんだよ。疑ったまま行かないでよ!!
「sakky、悩みがあるなら相談に乗るよ。何時でも言ってね。」と言い残して「渚」さんも消えた。
僕は今独りだ。明日も渡部さんはネットに繋いでくれるだろうか。僕は、僕は悪くないってもう一度言わなきゃ。
残された僕は鈍い光を放つ画面に向かって同じ言葉を何度も何度も繰り返して呟いてました。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。
僕は悪くありません。


6月11日(金) 曇り
渡部さん。渡部さん。渡部さん渡部さん渡部さん渡部さん渡部さん。今日も繋いくれるよね?ね?ね?ね?
今日はもう渡部さんがネットに繋いでくれるかどうかずっと心配してました。いつも夜しかいない「三木」君。
考えてみれば平日は学校だから昼居ないのは当たり前か。今日は夜も居ないんじゃないかと思ってた。
夜になるのが待ち遠しかった。早めに繋いでずっと渡部さんを待ってた。渡部さんは来てくれた!
説明を。長くなってもいいから説明をさせてよ。悪いのは遠藤智久。僕は悪くないんだよ。僕は、悪くないから。
「昨日の続きだけどね。長くなるけど説明するよ。僕は悪くないって事。」やっと送れました。なのに。
「もういい。」渡部さんはこんな返事をしてきました。「じゃあ僕を信用してくれるんだね?」そうなんだね?
「信用?するわけないじゃない。」じゃあ何だよ!何で僕の話を聞いてくれないんだよ!決めつけないでよぉ!
「私が性別を偽ってたのは、違う自分になりたかったから。いじめにあってる自分を忘れたかったの。」
自分の話ばっかりして!僕の話も聞いて。聞いてよ。そう伝えようとしても、あっちからのメッセージの方が早い。
「anonymityの名前で匿名メールを出した理由はもう分かるわよね?杉崎先生の事で貴方が疑わしいから。」
だからその疑いを晴らそうとしてるんじゃないか!でもすぐにメッセージが来る。「続きはまた明日にしましょう」
またそれだ。何でいつもいつも自分の話だけして逃げてくんだよぉ。「なんでいつもすぐ逃げるんだよ!」
しばらく沈黙が続きました。数分後届いたメッセージにはこう書いてありました。「貴方が、怖いの。」
怖い?怖い?怖いって?それは僕を人殺しだと思ってるからだ。その誤解を解いてあげる。だから話を。
「僕の話を聞いて聞いて聞けキケ僕悪くないだだからキケ聞いて聞けええ僕は僕僕ボくくく聞いいてテててt・・・」
焦って書いたら変な文になってしまいました。しばらく待っても返事が来ません。ネットを切ってしまったようです。
こうなったら直接話をするしかない。相手は渡部さんだって分かってるんだから。電話。明日電話しよう。
明日は土曜だから夕方には帰ってるはず。電話するぞで話でんわしな電話するのしなきゃデダンでんするシdワ
でンンワスルスルsルルルゥ


6月12日(土) 晴レ
夕方の学校も終わったくらいの時間。特に何もない生徒は家に帰ってる時間。僕は受話器をとりました。
メモを見て電話番号を確認すると緊張してきました。住所録で渡部美希さんの電話番号を調べておきました。
そこで初めて住所を知ったんですが、僕の家からそんな遠いわけではありませんでした。同じ学区内だからか。
第一声は何て言えばいいんだろう。「久しぶりだね。」がいいかな。「僕の話を聞いて下さい。」がいいかな。
電話番号を一つずつゆっくり確認しながら押してピッピッという音を聞いてボタンを押してる指に噛み付きました。
受話器を壁に擦り付けて壁が削れるのを見て楽しんでるとさっき噛んだ指から血が出てるのに気づきました。
イタイイタイと叫んで血を吸って渡部さんに電話する事を思い出してまた受話器を取って番号を押し始めました。
押し終わる前に受話器を頬張ばってよだれを垂らしながら舌で番号が押せるか実験してみて失敗しました。
電話するよりテレパシーを送った方が早いと思って念力を送って駄目らしくて疲れて夜まで横になってました。
結局電話できなかったのに気づいたのは夜ネットに繋いでからでした。
「明日詳しい話を聞かせて貰います。」と渡部さんからメッセージが届いてました。今日はもう繋いでないようです。
電話、できなかった。電話しようとすると何故か意味不明の行動をとってしまう。催眠術にでもかかった様に。
僕は、渡部さんに、電話する事を、許されてないのか?今日の行動を思い出すと自分でもゾッとしてくる。
狂ってる。あんな変な行動とってたなんて、僕が狂ってるみたいじゃないか!ああああああああああああああああ
違う断じて違う僕は狂ってなんかいない確かに普通ではないけど僕はそれを認めてるだから大丈夫なはず
畜生なんで電話できないんだよ電話しようとするだけで僕はおかしくなんてしまう何故だ何故だ何故だ何故だ
現実と向かい合おうとするたびに、狂ってしまう。ネット越しに何かをしようとしても何の抑制もない。
僕は、ネットの中でしか、存在を許されてない?そんな。嫌だよそんなの。僕にも。僕にも僕にも僕にも僕にも
僕にも現実を見せてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!


6月13日(日) シトシトと静かに雨が降っています
今日の出来事を頭の中で整理することができない。今も顔が冷たい。指も震えてる。
順に述べていくしか「今日」を語れない。日記らしくなくなると思う。でも、書く。これは僕の義務だから。
僕にとって日記は、生きてる証明なんだから。

今日も電話を試みました。電話。しっかりと気を持って、番号を押します。集中して、狂わないように、押しました。
押し終わって受話器の向こうでコールが鳴ってました。できた。ちゃんと渡部さんに電話出来たじゃないか!
そう認識できたのはやっぱり夜、ベットの中でプルプル震えてる時でした。どうやっても現実と接触できません。
ネット。ネット越しの接触ならできる。渡部さん。今日こそ話を聞いてくれると言ってたよね。全て話すよ。
渡部さんがネットに繋ぎました。「今日電話しようとしたけどできなかったからここで話をするね。」
「貴方だったの!?今日ワンコールだけの電話してきたの。そんな真似二度としないで!」怒ってるらしい。
「だって話をしないと誤解が解けないじゃないか。」渡部さんが話を聞いてくれないから誤解が解けないんだよ。
「誤解?何が誤解だって言うのよ。」決まってるじゃないか。「僕が杉崎先生を殺したと思ってるでしょ」
「もういいって言ったじゃない!私が知りたいのはそんな事じゃないのよ!」じゃあ、「じゃあ何だって言うんだよ。」
「私は自分の事を全部話したわ。そっちも正直に話してよ。」正直に?「僕は何も隠し事してない。」
「そうやってはぐらかす。いい加減にして!」渡部さんは何を言ってるだ。「渡部さんは何を知りたいの?」
突然悪寒が走りました。聞いてはいけない。その質問だけはしちゃいけない。それだけは駄目なんだ。
僕は直感しました。言ってはいけない事を言ってしまった。駄目だよこのままじゃ。その答えは危険すぎる!
でも、もう遅かった。その返事は返ってきました。

「貴方は一体、誰?」

脳に直接突き刺さるようにその言葉が飛び込んできました。僕は、僕は、「僕は岩本亮平。」
すぐにメッセージが来る。「嘘!虫は、岩本亮平は自殺したはずよ!」もう何も考えられない。「僕は虫。」
「そう、貴方の言動を見ると虫としか考えられないのよ。でも虫は死んでる。虫のフリをしてsakkyと名る貴方は」
「貴方は、誰なの?」

アナタハ、ダレナノ?椅子から倒れるように転げ落ちました。
僕は、誰なんだ?僕は岩本亮平、のはず。記憶を辿る。いじめられた記憶。早紀を殺そうとした記憶。
もっと。もっと思い出せ。岩本亮平の記憶を。どうした。思い出せ!くそう。おかしいよ。思い出せない。
日記に書いてあること以外、何も思い出せない!
それどころか、荒木さんの顔も、渡部さんの顔も、分からない。思い出せないんじゃない。全く分からないんだ!
早紀を殺そうとした記憶。変だ。この記憶は変だ。僕の目に映ってたのは、僕。視点がおかしい。
薬を飲ませようとする狂気に満ちた僕の表情。なんで僕が僕を見てるんだ。口の中に薬の感触が蘇る。
そして、薬を吐き出す感触も。ベットの横に転がった泡を吹いた死体。僕だ。その死体の顔は、僕だ。

ボクハダレナンダ?僕は岩本亮平、じゃない。自殺した。虫は自殺した。僕は何者?確認。確認しなきゃ。
鏡、鏡は?無い。顔が映るようなモノは全て壊れてる。僕の姿を確認しろ。自分の姿を見ろ。早く、早く!
這いつくばってドアに近づく。足がガクガクいって立てない。ドアノブに掴まり、体を起こす。部屋を出た。
壁づたいに階段を下りる。頭が痛い。鼓動が聞こえる。手の甲では異常なほど脈をうってる。一階についた。
洗面所へ。鏡のある所へ。足がまた震えだして倒れた。このまま倒れてるわけにはいかない。進め。現実へ。
這ったまま洗面所についた。体を起こせば鏡が見える。立て。タオル掛けに手を延ばし、掴まった。あと少しだ。
腕に力を入れる。ゆっくりと体が上がっていく。視野に鏡の端をとらえた。力を振り絞る。踏ん張れ。立った。
頭は下を向いたまま。顔を上げれば鏡が見れる。首に。首に力を入れろ。これで辿りつくんだから。現実に。
僕が見たがってた現実がもう目の前に。顔を上げろ。よし。もう少し。もう少し首に力を入れるだけで。
ゆっくりと視線が上がっていく。体が見える。華奢な体。細い。胸元が少し膨らんでる。顔を、全部上げた。
鏡に映ったその顔、僕はよく知ってる。綺麗に通った鼻筋。うっすらとした眉毛。虚ろな目。

早紀。

ひいいいいいいいいいいいいいいい  ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ
ヒイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ


第32週「昇天」