序章

第1章 「後継者」
 カイザー日記
  1.ハッキング
  2.騙り
  3.チャット
  4.精神病院
 サキの日記
  1−転生 
  2−約束
  3−消失
  4−再臨

第2章 「再始動」

 カイザー日記
  5.希望の世界
  6.学校と病院
  7.オフ会
  8.夢
 サキの日記
  5−接触
  6−信用
  7−序曲
  8−無音

第3章 「鎮魂歌」
 カイザー日記
  9.僕の日記
  10.オクダ
  11.BATTLE
  12.中へ
 サキの日記
  9−決意
  10−鉄壁
  11−絶句
  12−祈誓

第4章 「終着地」
 カイザー日記
  13.さようなら
  14.ワタベさん
  15.終着地
  16.光の世界
 サキの日記
  13−慟哭
  14−脱出
  15−迷走
  16−奇跡

エピローグ
  >>影の世界






第一六節 「奇跡」

11/21 曇り

私の部屋にワタベさんが来ました。とても驚きました。話しかけてきました。
「昨日の、見てた?」
私はさらに驚きました。
「私がね、カギ、開けといたの。」
私は驚きすぎて声もでませんでした。
ワタベさんがなんで私の家にいるのかもわからないし昨日なんでカギを開けたのかもわかりません。
「最後のレジスタンス」
確かにそう言いました。意味はわかりません。それからすぐに部屋を出ていってしまいました。カギをかけて。
しばらく部屋でぼぉっとしてしまいました。

先生が入ってきました。「よう。どうだ?調子は。」
ワタベさん。「何?ワタベ?誰だよそれ。どっかで聞いたっけなぁ。」
さっきワタベさんが部屋に来た。「さっき?さっきこの部屋来たのは早紀だろ?」
え? 「え?じゃないだろ。お前の妹だろ。ああ、もう忘れちまってるか。」
違うよ。さっきのはワタベさんだよ。「ああそう。そうですか。」
ワタベさんだってば。初めて会った時そう言ってたもん。「はぁ?何言ってんのお前。」
ワタベさんが自分の名前はワタベですって言ってたもん。「何?あいつが自分でそう言ってたのか?」
うん。
少しの間先生はきょとん、としてました。そしてそれから、例の笑い声。けけけ。
「ウチの家族、みんな狂ってやがる。」
けけけけけけ。笑いながら部屋を出ていきました。カギをかけて。
私は笑えませんでした。


11/22 晴れ

今日ご飯を持ってきてくれたのは、何故かワタベさんでした。なんで私の家にいるんでしょう。
そしてなんで私にご飯を持ってきてくれるんでしょう。不思議です。とても不思議です。
ワタベさんはクスクス笑ってました。何か聞こうとしたらワタベさんは指を私の唇に当ててきました。
目をつぶり首を何度も横に振った後、言いました。
「もう何も言わないでいいから。」
私は何も言いませんでした。ワタベさんは部屋から出るとき手を振りました。バイバイって。
最後まで笑顔でした。


11/23 曇り

お昼頃、突然隣の部屋でガタンと音がしました。私は怖くなって毛布にくるまってました。
ブルブル震えました。しばらくすると電話が鳴りました。誰も出ません。お母さん、出かけてる。
電話は切れました。ちょっと外に出てみようかと思いました。さっきの隣の音も気になるし。ドアを開けようとしました。
無理でした。カギがかかってました。
夕方前に、突然家のチャイムが鳴りました。お母さんがったら鳴らさない。誰だろう。また怖くなりました。
今度はノックの音が聞こえました。音はだんだん激しくなります。
キィ、とドアが開く音がしました。何か叫んでる。家に入ってきた!
耳をすましてみました。何て叫んでるんだろう。それがわかった時、私は耳を押さえてうずくまりました。
男の人と女の人。こう叫んでました。「サキさん!」「サキちゃん!」
私を呼んでる。怖い。コワイコワイコワイコワイコワイ!
女の人の声は聞いたことありませんでした。
男の人の声は・・・この前の事があったからすぐに思い出しました。カイザー・ソゼさん!
女の人はワタベさんの声じゃない。あの人達は何しに来たんだろう。私に何の用なんだろう。
ドアがガチャガチャを音を立てました。私はベッド跳ね上がりました。そして、ベッドの下に隠れました。
この部屋に入ろうとしてる・・・・・。叫びそうになるのを必死でこらえ、ずっと毛布の中で丸まってました。
ドアのガチャガチャが終わると、今度は隣で音がし始めました。叫び声も聞こえます。
私が覚えてるのはここまでです。
この後私は恐怖のあまり失神してしまいました。失禁もしてました。

今はもう夜。家の中も静まってます。こうして日記を書けるくらい回復しました。
でも・・・・・隣の部屋から、誰かがすすり泣きするるるr声エエえがききいきききこえますううすす
コワイコワイコワイコワイコワイ怖いいいいいいいいいいいいいいい
ももうダメまた


11/24 あめ

今日ご飯を持ってきてくれたのは先生でした。いつものけけけはありませんでした。
それどころか真剣な顔してます。しばらく私の顔を見てました。そして言いました。
「ついてこい」
ドアを開けてくれました。私は部屋から出ました。先生は隣の部屋に行きました。
隣の部屋にも外からカギがかかってます。先生がカギをあけました。ドアが開きました。
先生が中に入りました。私も入りました。
お母さんが壊れてました。
何がブツブツ言いながら大きなお人形を抱えてます。お人形の髪もボサボサになっちゃってます。
お母さんはそれを抱きかかえて笑ったり泣いたりしてました。人形はぐにゃぐにゃしてます。
人形の表情は髪がかかってよく分かりませんでした。
先生がお母さんに近づきました。「もうやめろ。」人形を離そうとしました。
お母さんは悲鳴をあげました。人形を離そうとしません。「死体だぜ。」
人形じゃなくて死体でした。
私はその場に座り込みました。足が震えて立てませんでした。
「こうなる運命だったんだ。」先生はお母さんを説得してるみたいでした。
お母さんは叫びながら何度も首を振りました。「亮平がいるだろ。」
お母さんは自分の髪をむしって私に何か投げつけました。
先生は私の手を引きました。そして、深くため息をつき、首を何度も何度も横に振りました。
「行こうぜ」
私は自分の部屋に戻されました。
この時初めて私は先生の・・・・・お父さんの涙を見ました。
部屋から出る時、泣きながらけけけと笑ってました。
「畜生。」

一人になった途端、涙が流れてきました。今までになかったくらい、たくさん。
声をあげて泣きました。できるだけ大声で。そうしないと隣からお母さんの声が聞こえてしまうから。
いつの間にか涙は枯れてました。それでも声をあげるのだけはやめませんでした。
やがて声はかすれました。そうすると、お母さんのすすり泣きの声がまた聞こえ始めました。
私は耳を塞ぎました。そして、喉にありったけの力を込めて叫びました。
お母さん。もうやめて!
声にならず、ただ喉からヒューと音が出ただけでした。
何度も繰り返しても同じでした。涙も出ず。声も出ず。

今でも隣からお母さんの声が聞こえます。大声だったり、小声だったり。
それは言葉ですらありませんでした。


11/25 くモリ

お母さんの声は今もまだ聞こえてきます。
1日中聞いてました。
そして悲しくなりました。
私、また独りぼっちになっちゃった。
ワタベさんも来てくれません。カイザー・ソゼさんも。
もう来ないんじゃないかな。そう思いました。
お父さんはいつも家にいなかった気がする。お仕事ばかり。
これからも、そうなんだろうな。私はそれでますます孤独になっていく。
もう外に出たいとも思いません。
誰か。誰かがそばにいてくれれば、それでいい。

お母さの声だけが部屋で静かに響いてます。
私は何も言いません。
言えません。


11/26 ずっと曇り

お父さんはご飯を持ってきてくれました。「あまりうまくないけど勘弁してくれ」だって。
本当においしくありませんでした。私はけけけと笑いました。
お父さんもけけけと笑いました。
二人ともだんだん笑い声が大きくなっていきました。お父さんは泣いてました。私も泣いてました。
どんなに笑っても、お母さんの叫び声が聞こえてくるから。
お父さんは笑うだけ笑うと行ってしまいました。行かないで。そう思いました。
言えませんでした。お父さんも私に何も言いません。お互い何も言えないまま。
お母さんに壁越しに話しかけてみました。返事が返ってきました。悲鳴で。
意味不明の言葉でした。

私は窓の外を見ました。窓から出れるかもしれない。でも、出て何処に行っていいのか分かりません。
アザミ。私はアザミを思い出していました。結局、一緒にいてくれたのはあなただけだった。
今何処にいるの?約束したじゃない。ずっと一緒だって。アザミ!
私は叫んでました。これまで、何度同じことを叫んできたんだろう。
そしてそのたびに、私の声が虚しく響き渡る。
神様。もう外へ出ようとも思いません。誰かに救って欲しいとも思いません。だから。
だからせめて、アザミだけでも返して下さい。
お母さんの叫び声が聞こえてもいい。お父さんの作ったご飯がまずくてもいい。
アザミだけ。私が望むのはアザミだけ。
いつも私と一緒にいてくれるアザミだけが、私を、救ってくれる。
一緒にいる。それだけで私は救われるんです。
もう叫びません。もう泣きません。もう頼みません。もう、何も欲しがりません。
この願いさえ通じれば。
最後のお願いなんです。
私に、アザミを。


11/27 曇ったまま

お父さんがご飯と一緒に何かの包みを持ってきてくれました。
「お前にだ」って。
宅急便らしいです。差出人は・・・・はがされてます。お父さんがやったのかな。
ガザガザと包みを開けてみました。
私は叫びました。
アザミ!
凄い。凄い凄い凄い!神様にお願いが通じた!
「約束したでしょ?ずっと一緒だって。」
アザミはちゃんと元通りになってました。バラバラじゃない。くっついてる。
よく見ると継ぎ接ぎの後が幾つか有ります。糸がちょこっとほころんでる。
神様って、お裁縫はへたっぴさんなんだね。
でも、ありがとう。
私はアザミを抱きしめました。隣から聞こえるお母さんの声も、もう平気。
もう何もかもどうでもいいです。ノートパソコンだってもういらない。
私には、アザミが居るから。
すっと一緒だよね。アザミは「うん」と言ってくれました。
私はふと思いました。アザミの声、誰かのに似てる。
きゅっと目を閉じて思い出してみました。
ああそうだ。ワタベさんと、カイザー・ソゼさん。
二人の声を混ぜたような感じ。
それがアザミの声。
私は微笑みました。来てくれたんだ。あの二人も一緒に。
嬉しくて涙が出てきました。最後に。最後の最後に私は救われたんだ。
もう一度、今度はアザミに向かって言いました。
ありがとう。

アザミは何の反応もしてくれませんでした。
アザミの声をもう1度聞きたいのに。どうしたんだろう。
何度も話しかけてみました。無駄でした。おかしい。アザミが、笑顔のまま固まってる。
何?何?どうして?アザミを色々触ってみました。何も言ってくれません。何も起きません。
そのうち糸がゆるんできました。駄目!私は焦って、糸をなおそうと引っ張りました。
ずるずると、糸がほどけていきます。
頭がとれました。
私は何度も何度もアザミを呼びました。
日記なんかこれ以上書いてられない。それどころじゃないの。
再び頭が離れたアザミと目が合いました。
アザミは笑ってる。私は、泣いてる。

それから何回アザミの名を呼んだかわかりません。
今でも呼び続けてるから。
そしてこれからも呼び続けます。アザミの声が聞けるまで。

奇跡が、起きるまで。



サキの日記
−完−




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