序章

<追撃編>


第1章 「傷」
 第1週 再会
 第2週 依頼
 第3週 怨恨
 第4週 悪魔

第2章 「鎖」
 第5週 新参
 第6週 裏道
 第7週 到達
 第8週 連結

第3章 「塊」
 第9週 下僕
 第10週 道化
 第11週 対決
 第12週 集結

第4章 「駒」
 第13週 焼跡
 第14週 疾走
 第15週 帰巣
 第16週 追撃

<迎撃編>

プロローグ
 第0週 覚醒

第5章 「溝」
 第17週 来訪
 第18週 濁流
 第19週 虎視
 第20週 奈落

第6章 「膜」
 第21週 裏側
 第22週 下降
 第23週 沈没
 第24週 藻屑

第7章 「戦」
 第25週 本陣
 第26週 奔走
 第27週 失策
 第28週 瞬殺

第8章 「蟲」
 第29週 継承
 第30週 歯車
 第31週 撃破
 第32週 終焉







第十四週 「疾走」

3月20日(月) ハレ

風見君の事を考えると、どうしても早紀ちゃんのことまで一緒に思い出してしまいます。
虫の妹。顔は似てたけど性格は全然違いました。
私の名前を貸して欲しい、と言ってきた時には何をするのかと思いました。
ニッコリ笑って「まぁ見てて下さいよ」って言ってたっけ。
そのまま風見君を騙していました。それが肉体関係にまでなるなんて思いませんでした。
早紀ちゃんには何か特別な魅力がありました。
「渡部さん、なんかお姉ちゃんみたい」と言われた時は私でもドキリとしました。
私には男兄弟しかいないから、早紀ちゃんが妹のように見えました。
あんなにカワイイ子だったのに。
死んでしまうなんて。


3月21日(火) クモリ

早紀ちゃん曰く「敏腕ドクター」の父親。風見君が入院してる病院に勤めてました。
以前風見君を中に入れてあげるとき、あの先生に面会を頼みました。
私が虫に会いに行く、という形で。(私は会いに行かなかったけど)
岩本先生は早紀ちゃんの名前を出すとしぶしぶ承諾してくれました。
そして風見君は中へ・・・。

今日、その病院に行って来ました。風見君への面会を申し込みました。
答えは「面会できません」でした。行方不明だとは言ってませんでした。
赤の他人にそんな事言うわけありません。そこまでは予想していました。
そこで私は「岩本先生に会いたい」と言いました。
「以前お世話になったので、是非会ってお礼したくて」
嘘は言ってません。
受付の人は一瞬顔を曇らせて「少々お待ち下さい」と言って奥に引っ込みました。
数分後、戻ってきた時の答えは、「現在岩本は休養中です。いつ頃復帰するかは未定でして・・」
苦しい言い訳です。けどこれ以上言っても無駄だと思ったので、岩本先生の連絡先だけ教えてもらって帰りました。
受け取った連絡先は、もう抜け殻となってしまった岩本家。
電話しても、虚しく呼び出し音がなるだけでした。
誰もいません。


3月22日(水) ハレ

岩本家の蒸発は早紀ちゃんの死がきっかけ。それは間違いないと思います。
そしてもう一人、早紀ちゃんの死でおかしくなってしまった人。
風見君。彼はあのまま入院してしまいました。
川口君から聞いた時、不思議に納得してしました。風見君にとっても、早紀ちゃんの存在は大きかったのね。

私が病院に行っても岩本先生のスジから攻めるのはもう不可能。
漠然と助けになるかと思ったけど、やっぱり無理でした。
今日は別の病院に行って来ました。
川口君の弟さんが入院してる病院です。話には聞いていましたが、なかなか痛々しい格好してました。
ギブスやら包帯やら。うまく体を動かせてません。
遠藤にやられたのに。川口君は今じゃその「弟の敵」を相手に遊んでます。
かわいそうな弟さん。お兄さん、おもちゃになりそうな相手なら誰でもいいみたいよ。
「初めまして、マサヨシ君。お兄さんから話聞いてる?」
川口君には話を通しておきました。風見君の住所を聞くだけならマサヨシ君に会う必要ないんだけど、
どうしても「風見君の友達」の話を直接聞いてみたかったんです。
「あ、どうも」と弱々しく答えてました。
それからしばらく風見君の話を聞きました。
こうして他の人の口から聞くと、風見君は普通の中学生だったんだと改めて実感しました。
マサヨシ君は風見君の事を心配してました。あいつドコ行っちゃたんだろう。元気なのかなぁ、って。
ご心配なく。
元気過ぎるくらいよ。


3月23日(木) アメ

風見君の家に行きました。家には風見君のお母さんが居ました。
私は風見君の恋人だと名乗りました。「最近連絡が無いから、家に来てみたんですが」
母親は半信半疑でした。息子に恋人がいたなんて信じられない。そんな顔。
昨日マサヨシ君から得た知識をフル動員して風見君の話をしました。
一緒に遊んだ事(実際にはマサヨシ君と)や、受験の事で悩んでた事(本当は「希望の世界」の事で悩んでた)。
私は風見君の事なら何でも知ってるんです。彼に会いたいんです。
彼は今どこにいるんですか?
ここまで言っても母親は渋ってました。下手な言い訳をされる前にこっちから言いました。
「彼、病院に通ってるみたいな事を匂わせてたんですけど・・・」
この一言であっちも決心ついたらしいです。
「実は」と話し始めました。風見君は入院先で、行方不明になってる。
そうですか。ならその病院に行きましょうよ。
私は今でもこの母親には理解できません。何故風見君をもっと真剣に探さないの?
「一緒に病院へ行きましょう。行方不明だなんて説明、私には納得できません。」
母親はあまり乗り気でなく「そうねぇ。そうしましょうか。」と言うだけ。
無理矢理でも連れていきます。母親と一緒なら、風見君への情報も深いところはで引き出せるはずです。
明日行くことに決定させました。

最後まで煮え切らない態度。あの母親は、もしかしたら既に息子を諦めているのかもしれません。
恐らく、行方不明になる前から。愛されてなかったのね。
カワイソウな風見君。でも同情はしてられません。
してあげない。


3月24日(金) アメ

再び病院へ。今度は風見君の母親と一緒に。
とにかくこの母親に喋らせました。「うちの子はまだ見つからないんですか?」
私は後ろに控えてました。受付の人は引っ込んだまましばらく出てきませんでした。
数分後、母親は奥に通されました。私も一緒に行こうとしたら断られました。
恋人だからと頑張っても「身内だけで」と許して貰えませんでした。
強気でお願いしますよ、と母親に言い渡して、私は諦めて残りました。
やる気無い身内はオッケーでやる気ある私がダメなんて。
悔しいけど今は仕方ないと思い、しばらくロビーで待ってました。
ベンチに座ってると、なんとなく以前来たときの事を思い出しました。
ベルを持って風見君に激励しに来た。
あの時は遠藤も風見君も中に入ろうと頑張ってたっけ。
奇妙なものね。今じゃ遠藤は仲間になり、風見君は行方不明。
風見君。アナタ今どこにいるの?
ご飯は?寝る場所は?ただ行方不明なだけじゃ、生きていけるワケないじゃない・・・。
ふと前を見ると、目の前に変な男がおどおどしながら立ってました。
あの、あの、あの、って。何か言いたげです。
ココは精神病院。変なヤツが居てもおかしくないけど・・・・この様子。私に用が?
「何?」こっちから聞いてあげました。
男はハイッと声を上げ、背筋をピッチリ伸ばして体を固めました。
そして、ハッキリ言いました。
「アザミさんからのでんごんです。ようこそ、っていってくれとたのまれました。」
幼い子供が原稿を読むような感じでした。
私はその男の肩を捕まえました。ガクガクと揺さぶり叫びました。「誰からだって?もう一度言って!」
そいつはひぃと怖がって何度も名前を言ってました。アザミですアザミですアザミですアザミです・・・
・・・・・アザミ・・・・・・・・・・・カザミ・・・・・・・・
私は男をはねのけ、ロビーを駆けめぐりました。
何人かの患者は私の走る音を怖がって泣いたりしてました。
叫ぶ人もいました。座り込む人もいました。つられて走り出す人もいました。けど、
風見君はいませんでした。
ベンチに戻ると男はメソメソ泣いてました。
「アザミさんは、何処に居たの?」
聞くと男は泣きながら首を横に振りました。
「お話したらすぐに外出ちゃった。何処にいるのかわかんない。」
そう・・・・・。

風見君の母親が戻ってきて最初に言った言葉は「何処にいるのか病院側もわかんないんですって」
私は思わず笑いました。心を病んだ人と、それを治す人。言ってる事が同じなんて。
母親が何も言わない人だから、できるだけ行方不明のままでいさせようってワケね。
自分たちで見つけないと病院の責任問題になっちゃうってコト?もう十分問題になってると思うんだけど。
結局風見さんが新しく得た情報は有りませんでした。
まぁいいわ。風見君、私の行動ちゃんとチェックしてるみたいだし。
しかも歓迎してくれてるらしいです。
「ようこそ」って。


3月25日(土) ハレ

せっかく歓迎されたので、今日も病院に行ってみました。
土曜日ということもあってか、あまり人は居ませんでした。
ベンチに座り、これからのことを考えてました。
あの母親は使えない。病院の人達は何も教えてくれない。そして荒木さんは・・・・
そこまで考えた時、私の目の前をスっと誰かが通りました。
チラっと顔が見えました。一瞬自分の目を疑いました。
傷タだらけの顔。風見君!
すぐに立ち上がりました。風見君はそのまま奥の方へと歩いていきました。
叫ぼうかと思ったけど思い直しました。アノ様子、私に気付いてない。
なら、何処にいくつもりなのか確かめなくちゃ。
距離を置いて、こっそり風見君の後を付け始めました。
風見君は同じペースで歩き続けました。大きな扉の前を横切って、さらに奥へと進んでいきました。
やがて小さいドアに辿り着き、ガチャンと開けてドアを抜けました。
ドアは半開きのままにされてました。私はドアが閉まって音が鳴らないよう、足早にそこまでいきました。
ゆっくりドアを抜けると、外に出ました。閑散としてる。裏口だったみたいです。
風見君が奥の建物に入っていくのが見えました。そこの扉は開きっぱなしでした。
私も追って中へ入りました。暗く細い廊下が続いてます。風見君はどんどん奥へ進んでいく。
角を曲がってしまいました。その時、風見君の方で何かがキラリと光りました。
何だろう?小走りしながら考えてましたが、よくわからないままでした。
私も角を曲がると、出口が見えました。ドアは開けっ放しで、光が漏れてる。
ヤバイ。見失っちゃうかも。急いで出口に向かいました。
出口に辿り着くと、ふとさっきの疑問が蘇ってきました。
半開きに戻ってるドアを開けようとしたまさにその時、思いつきました。
あれ・・・・・・鏡?
一瞬の判断でした。あれが鏡だとすると、どんな結論が?
簡単。風見君は鏡で私が追ってくるのを確認してた。・・・・・気付かれてた。
となると?

私がドアのノブから手を離した途端、それが襲いかかってきました。
ビュンと、音を立てて。私が手を引いたせいで、それは空振りして地面に突き刺さりました。
・・・・シャベル。
体ごとドアにぶつかり、シャベルを飛び越して中に駆け込みました。
ここは・・・・中庭?
患者さんらしき人達がたむろしてました。泣きべそかきながら手で地面を掘ってるおじさんが目に映りました。
今抜けてきた所に目を戻しました。男がシャベル抜いて、もう一度頭の上に振り上げました。
ビュン、とまた音が鳴りました。とっさに横に飛び、なんとかかわしました。
ザクっと音を立ててシャベルは地面に突き刺さる。土が舞って私の服を汚しました。
「やれって言われたから!やれって言われたから!」
昨日の男でした。
そしてもう一度シャベルを持ち上げました。
誰かが叫びました。それに反応して一人、また一人と叫び始めました。
遠くで白衣を着た医者らしき人が入ってくるのが見えました。
私は男を突き飛ばし、元来た道を大急ぎで戻りました。

家に帰って落ち着くと、急に体が震えてきました。
ガタガタを歯が鳴り、手がブルブルして言うこと聞かない。
涙も出てきました。今頃になって冷や汗まででてきました。
そこまでなってから、ようやく今日自分の身に起きたことが理解できました。
・・・私は殺されるところだった。
震えはしばらく止まりませんでした。


3月26日(日) ハレ

とても嫌な目覚めでした。
昨日の恐怖がまだ取れていないようです。
ある程度の覚悟はできてたはずなのに。いざ身に迫ると怖くなる。
日曜日。外は晴れてるのに外に出る気にはなれません。
なのに出る羽目になりました。
弟が言葉がきっかけでした。外から帰ってきた時の一言です。
「さっきそこでさぁ。家の前でへんな男がウチの方見てたんだよ。そいつ顔がなんかぐちゃぐちゃでさ。超怖かった。」
姉ちゃんなんか気を付けた方がいいかもよ、そう言われた時にはもう私は外に出る直前でした。

勢い良く外に出ました。何も武器は無いけれど、ココで引くわけにはいきません。
家のまわりを見渡しました。誰もいない。
それでも私は探し回りました。駆け巡りました。
いない。何処にもいない。どうして!!
私を狙ってるんでしょ?風見君!!
何処まで走ったんでしょう。気がつくとかなり家から離れた所まで来てました。
公園のベンチで少し休みました。日曜は子供連れとかカップルとか多いわね・・・。
座るとすぐに立ちました。
人々の間の向こうで、風見君と目が合いました。
彼はそのまま立っていました。
私は人々の間を走り抜け、彼の元に急ぎました。
スっと風見君が向こうに消えました。また逃げる気!?
「待ちなさい!」
今度は叫びました。彼も走って逃げていきました。
私は走りながら叫んでいました。
「家にまで来ることないでしょ!!」
風見君との距離は縮まりません。尚も逃げ続けます。
「家族は関係ないはずよ!!」
距離が開くたびに、声も届かなくなっていくような気がしました。
必死になって走り、そして叫んでました。
「なんで・・・・狙われなきゃいけないの!!??」
風見君の足が止まりました。思わず私も走るのをやめました。
ゆっくり歩いて近づきました。風見君は動きません。
彼が口を開きました。まだ少し距離があったので、はっきり声は聞き取ることはできませんでした。
しかし、ほんのわずかだけと、彼のしゃがれた声を耳にすることができました。
荒木さんを名乗った時は「喉が潰れたから」こんな声になったと言ってたけど。
なんてことない。低いその声は、やっぱり男の声でした。
そしてその言葉に、私は足を止めました。
「sakkyを侮辱した」
風見君はそのまま踵を返して行ってしまいましたが、私は追うコトができませんでした。
体に杭を打たれたように、その言葉は突き刺さり、しばらく動けませんでした。
sakkyを侮辱した。
ただそれだけの言葉に、私の心は支配されました。
どうしてでしょう?この言葉だけで納得できてしまうのは。
怖いくらいに納得できる。
こんなにも。こんなにも簡単で・・・・・そして固い理由だったのね。

更新されない「希望の世界」見つめていました。
風見君が言った事。
何も言い返せない。私には何も言えない。
言う権利なんて、無いのかもしれない。
けど。
それでも、私は死にたくない。
風見君。アナタの思い通りなんかになってあげません。
画面を見つめる私の目は、いつまでも乾いたままでした。
早紀ちゃんが遺したあの子の世界。
sakky。
ここではまだ、生きている





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