序章

<追撃編>


第1章 「傷」
 第1週 再会
 第2週 依頼
 第3週 怨恨
 第4週 悪魔

第2章 「鎖」
 第5週 新参
 第6週 裏道
 第7週 到達
 第8週 連結

第3章 「塊」
 第9週 下僕
 第10週 道化
 第11週 対決
 第12週 集結

第4章 「駒」
 第13週 焼跡
 第14週 疾走
 第15週 帰巣
 第16週 追撃

<迎撃編>

プロローグ
 第0週 覚醒

第5章 「溝」
 第17週 来訪
 第18週 濁流
 第19週 虎視
 第20週 奈落

第6章 「膜」
 第21週 裏側
 第22週 下降
 第23週 沈没
 第24週 藻屑

第7章 「戦」
 第25週 本陣
 第26週 奔走
 第27週 失策
 第28週 瞬殺

第8章 「蟲」
 第29週 継承
 第30週 歯車
 第31週 撃破
 第32週 終焉







第六週 「裏道」

1月24日(月) 晴

弟が妙な事を言い始めた。俺が以前教えてやったウチの高校の呪い。
「兄貴のガッコってさぁ。前になんか呪い話があったじゃん」
俺と同じ高校を受験しようとしてたからちょっとビビらせるつもりで喋ったんだった。
適当に「そんなこともあったなぁ」と言っておいた。
「それでさぁ。俺の友達に、兄貴の高校受けようとしてる奴がいたんだけど・・・・」
なぜか口ごもった。少し気になって「何だよ。そいつがどうかしたのかよ」と聞いてみた。
「そいつ・・・・行方不明になっちまったんだ。」
一瞬死んだのかと思ったが、そうではなかったらしい。安心した。が、話は終わらなかった。
「それがさぁ。これ、噂なんだけど・・・・そいつ、なんか狂っちゃったらしいんだよ」
狂った?と俺は聞き返した。話が変な方向に向かってる。
「なんかさぁ。精神病院に通ってたらしいんだ。そんで入院したまま・・・・消えちまった。」
何だよそれ。それがどうかしたのかよ。
「最近学校来てないから変だな、とは思ったんだよ。そんでさ、来なくなるちょっと前にさぁ。
 そいつに・・・呪いの話をしたんだよ・・・・。兄貴の高校受験するって聞いたから・・・・・。」
何が言いたい。
「もしかして、これも呪いに関係あるのかなぁって思って・・・・そんだけ」
俺は今その呪いの中にいるんだぞ。ビビらせるなよ!心の中で叫んだ。
ふと、なんとなく気になって、ちょっとした質問をしてみた。
「そいつ、インターネットやってたか?」
弟は変な顔をした。それが何か関係あるの?といった表情だった。
「インターネット。やってたか聞いてないか?」もう一度聞いた。
「何で?あ、いや、やってたよ。そう言えば昔何か自慢してた。なんだっけな?ちょっと待って、今思い出す。」
やってたよ、の言葉が頭に響いた。とても嫌な気分になる。まさか・・・
まさかそいつも「希望の世界」に関係してないだろうな。そんな偶然あってたまるか。あっちゃならねぇ。
「あ、思い出した。『俺、ネットの中じゃ帝王なんだぜ』とか吹いてたよ。」
帝王?何だソレは。疑問に思うと同時に安心もした。良かった。「希望の世界」とは関係ない・・・。
「それがどうかしたの?ネットがその呪いに何か関係あんの?ねぇ」
あるかもしれない・・・と呟いた。すると弟は面白がり始めた。
「マジで?俺ちょっとみんなに聞いてみるよ。そいつ他にも何か言ってなかったか。
 今度さ、俺にも呪いの詳しい話し教えてな。うまくいけばそいつ何処にいったのかわかるかも」
捲し立てられた俺は、ただ曖昧に頷いてるだけだった。

「希望の世界」は今日も壊れてる。「a」で埋められているだけ。
行方不明になった中学生。
関係ない。ウチの学校を受けるだけで呪われるワケがない・・・はずだよな。


1月25日(火) 雪

弟が大はしゃぎしていた。
「兄貴!昨日の奴さぁ、結構ネットの中じゃ大物だったらしいんだよ!」
大物?どうゆう事だよ。聞き返した。
「俺ネットの事よくわかんないけど・・・。なんか凄いホームページ持ってたんだって。
 犯罪スレスレのヤバイヤツだって聞いたんだけど、詳しくはみんな知らなかった。かなり前の事だったし。」
ヤバイヤツかぁ。見てみてぇな、それ。アドレスを聞いたが、弟は知らなかった。
ひとまずそいつが「希望の世界」を作ってるわけではない事が分かった。良し。
一見マトモそうだし、な。「希望の世界」は。今日も「a」ばっかりだった。壊れっぱなし。
そいつは呪いとは関係なく消えただけか。行方不明ってのも怪しいけどな。
安心した俺は部屋に戻ろうとした。・・・・この時すぐに戻ってれば良かったんだ。
別に知りたかったわけでもない。自然の流れだった。何の意味もない。何の意図も無い。
いつまでも「そいつ」ってのもなぁ、と思って、ふと出た言葉だった。
「ところでさぁ。そいつの名前、何?」
弟はすぐに答えた。
「名前?風見ってヤツだけど。」
ああそう、と答えて特に気にせず部屋に戻った。
部屋に入り、ドアを閉める。バタン、という音と共に、頭の中で一陣の風が吹いた。
風見。風見。風見。カザミ。カザミカザミカザミカザミKAZAMIKAZAMIKAZAMI
K.AZAMI。
小さく悲鳴をあげた。なんだよそれ。なんでその名前が出て来るんだよ。
K.アザミって・・・・居た。確かに、少し前まで居た。
弟の言葉を反芻する。凄いホームページ持ってた。犯罪スレスレのヤバイヤツ。かなり前の事だった。
「希望の世界」の歴史を思い返す。引っ越す前。どうして引っ越したんだったか・・・・。
NSCか。犯罪スレスレ。ネットストーキング。馬鹿な。違う。違うページだ!
考えると他の色々な事が繋がっていきそうだった。こじつけてしまいそうだった。
違う。俺はビビってるだけだ。無理に繋げて考えてるだけだ。
落ち着いてから冷静に考え直そう。今はダメだ。


1月26日(水) 晴

とにかく風見なる人間について知りたかった。弟はかなり乗り気になっていた。
「風見が行方不明になった理由がわかるかもしんないの?マジで?俺超協力するよ。」
今度家まで行って来るとまで言っていた。風見については弟に任せておこう。
俺はネット内の事を調べた。K.アザミがどんな事を書いてたか。
すぐに思い当たって、俺はまた頭を抱えた。
K.アザミが居た頃だった。掲示板で「渚」がどっかの病院名を書き込んでいた。
「サキはここにいます」みたいな感じだったな。あれは・・・10月中旬ごろだったか?
そして・・・・カイザー・ソゼだ。「会いに行く」と書いてた気もする。
へぇ、と思って見てただけだったから、記憶が曖昧だ。畜生。もっと真面目に見ておけば良かった。
掲示板のログはもう流れてしまってる。「a」のせいだ。もう何処の病院かわからない。
風見は精神病院に通ってた。掲示板に書かれた病院。サキは・・・・sakky・・・か?
それに三木とカイザー・ソゼ。ああ、ここまでくるとこじつけずにはいられない。
自称帝王の風見。カイザー・ソゼ。NSCのメンバーだったヤツだ。
カイザー=帝王。また・・・繋がった。
もう無視できない。風見は、なんかしら「希望の世界」に関係してた。
それで、どうして行方不明に?三木か?それともsakkyか?
あるいは、三木=sakkyの何者か、が?


1月27日(木) 曇

「希望の世界」で「ROMマニア」として脅しをかけてみた。
「カイザー・ソゼ=K.アザミ=風見って事か。それもsakkyが手ぇ出したのか?
 酷いヤツだなお前は。あいつはまだ中坊だぜ?荒木まで殺してなぁ。
 俺が何者か知りたいか?会う勇気が有るなら名乗りでな。考えといてやるよ。」
「a」で埋もれる掲示板の中に、初めて意味有る文が書き込まれた。
どうだ。コレでも黙っていられるか。壊れたままでいられるか。
荒木と風見。これで二人の実名が出た。以前の杉崎の時も名前が出た。
虫の呪い、荒木の呪い、奥田の呪い・・・・・・。
いや違う。呪いと「希望の世界」は鎖でガッチリ繋がってる。
これはもう、呪いじゃない。「希望の世界」の誰かの意図が働いてるんだ。
俺は久々に武者震いをした。相手は呪いなんかじゃない。人間だ。
ネットを駆使して人を消す、歴とした人間だ。
荒木は「誰か」に燃やされて、風見も「誰か」に消された。
風見は何処に消えたんだ?連れ去られたか、あるいは。
精神病院に入院してた。狂ったって自分から消えたのか。
誰がそんなに追い詰めた。
sakky。三木。この二人は引っ越す前から、風見が消える前も、荒木が死んだ時にも居た。
病院にいるってのはサキだった。サキ。これがsakkyの本名か。
俺を「呪う」のか。いや、俺が「呪い」の中に身を投じようとしてるんだ。
コイツと関わったら、虫、杉崎、荒木、風見、もしかしたら奥田も・・・・こいつらの様になるのか。
もう引けネェ。ここまで来たら。サキ。俺をどうする。どうしてくれるんだ。


1月28日(金) 晴

「a」が収まった。
俺の書き込みの後もしばらく続いていたが、「sakky」のカキコからピッタリ止まっている。
sakkyの書き込みは・・・・これはどう判断すべきか?
ただ一言、「会う」と・・・・。
驚いたのは、串を刺してなかったコトだ。どう見てもナマIPだ。さて、どう見るか。
何かを意図して書いたのか。それとも本当に、俺に会うつもりなのか。
あっちも、俺に会いたがっている?
そうか。そうだな。突然現れたROMマニア。さぞかし戸惑ってるコトだろう。
お互い正体を知りたいってワケだ。
良し。こうなりゃ話は早い。直接会って、真実を確かめ合おうじゃないか。
「30日の日曜日午後1時。横浜駅西口東横線改札前な。目印は、ベルだ。」
俺はこう書き込んでおいた。
以前のゲリラオフ会。俺は改札前にちゃんといた。ベルは、持たずに。しかし誰も来なかった。
見渡してもベルを持ったヤツは居なかった。だが今度こそは。
ベルは買っていく。だが見せたままでは待たない。
ベルを持ったヤツに話しかけ、そこでベルを見せればイイだろう。
sakky。こんなに早くお目にかかれるコトになるとは思わなかった。
荒木のコト。風見のコト。そして「希望の世界」のコト。聞かせてもらおうか。


1月29日(土) 曇

何故か再び「a」で埋められている。まぁいい。どうせ明日に会うんだから。
弟は「新情報!」と張り切っていた。
「風見の家行ってきたよ!母親にも会った。『心配になって様子見に来ました』っ言ってね。
 そたらさぁ。なんか行方不明になったのは病院でらしいんだよ。入院中居なくなったんだって。
 病院側は院内の何処かに居るはずだって言ってたんだって。親は詳しいコトは分からないって言ってた。」
それから弟は付け加えた。
「俺さぁ。何も考えず『風見君狂ってたんですか?』って聞いたんだぁ。したらすっげぇ怒られた。
 『ウチの子はマトモです!』だって。ちょっと聞き方まずかったなぁ。」
それはどうでもいいさ。風見のコトは引き続き弟に任せた。
俺は、「希望の世界」の方をどうにかしなきゃな。

「a」で埋もれた掲示板。見てるこっちも狂ってきそうだ。
目をつぶると例の夢が思い浮かんだ。背筋が凍る荒木の視線。
明日。誰が来るんだ。もしかしたら荒木が来るかもしれない。
sakky。三木。ARA。荒木。荒木・・・・・。
あの夢は頭から決して離れない。いつも同じセリフ。同じ行動。同じ感情。
「なぁ、俺にもヤラせてくれよ。」
ニヤリと笑って場所を譲る奥田。
荒木に覆い被さる俺。途端に背筋に悪寒が走る。
荒木の顔を見る。思わず悲鳴をあげる。
鬼の形相だった。歯を食いしばり、目を真っ赤にして睨み付けてくる。
目隠しが外れてた。ギリギリと歯ぎしりの音が響く。凄まじい視線で俺を射抜く。
振り返ると奥田がバラバラになっていた。
視線を荒木に戻すと、仲間は誰もいなかった。荒木が、俺を睨んでいる。
俺はまた悲鳴を上げた。・・・・・・・・・喜びの声だ。
背筋が凍る荒木の視線。
それが、たまらなく心地イイ。

気がつくと俺は自慰にふけってた。いつも見るあの夢。必ず夢精する夢。
悲鳴と共に射精する。目覚める時もいつも変わらない。
現実ではちゃんと目隠しがしてあった。夢だ。あれは夢なんだ。夢でしか無いんだ・・・・。
そう納得した後は、必ず荒木に謝罪する。
ごめん。荒木。ごめんなさい。本当に、すまなかった。悪かった。俺が、悪かった。
決して許されないことは分かってた。それでも、謝らずにはいられなかった。
謝りながら、自分を慰める。

あの時奥田に言われた。荒木に酷いことをしてた時。
俺は腰を振りながら謝罪の言葉を繰り返していた。ごめん。すまない。許してくれ。
現実でも目隠しが外れてて欲しかった。睨んで欲しかった。あの夢は、俺の願望か。
謝るたびに興奮が高まった。奥田が耳元で囁いた。
「お前、変態だよ」
奥田ほどじゃねぇサ。俺は心の中で呟いた。

明日が楽しみだ。


1月30日(日) 晴

約束の時間よりも少し早めに行っておいた。
ベルは後見せだからな。こっちが早く行っとかないと、見失う。
ハンズから直行して改札前には30分も前についた。ざっと見渡した所、ベルを持ったヤツは居なかった。
少し待つことになるか。そう思って壁にもたれかかっていた。
それから何分経ったか・・・・。ベルの音が聞こえてきたのは。
チリリ・・・と軽い音色が響く。周りは特に気にしてないようだった。
俺のようにベルの音が聞こえないかと耳を澄ましてない限り、聞こえないほど小さな音だった。
音の出所を探す。ふと時計を見た。まだ20分前だが、来てもおかしくない。
周りを何度も見渡した。再び音が聞こえる。何処だ。何処から・・・・。
そいつは、丁度向かい側にいた。右手にベルを持って、チリリと鳴らす。
鳴らす事にキョロキョロと周りを見ている。俺と目が合った。・・・のだと思う。そいつはサングラスをしていた。
俺もベルを取り出し、チリリと鳴らしてみた。そいつも鳴らした。
真っ黒なサングラスに洒落た帽子をかぶっている。あまり表情が分からない。
突然、ベルを片手にそいつが走り出した。俺の横を通り抜ける形になった。
俺もつられて走り出した。なぜ逃げる!走りながら考えた。
西口をモアーズ方面に駆けていく。人混みが多くてスピードは出ない。俺も同じだった。
道はどんどん狭くなっていった。寂しげな所に着いた。
工事中の角を曲がった所で、そいつは待っていた。
俺も足を止め、そいつと向かい合った。

「アナタが、ROMマニアさんですね」
俺は頷いた。「sakkyか?」とすぐに返した。
「一応、そうですと答えます。」
わけのわからないコトを言う。「どーゆー事だ」と聞き返した。
「僕もsakkyだった、とでも言いましょうか。・・・まぁ詳しい話は後にしましょう。
 とりあえず、お互い何者なのかはっきりさせましょう。」
そうだ。お前は一体、誰なんだ?
そいつは少し息をついてから、言った。
「僕が、風見です。」
思わず「はぁ!?」と言ってしまった。風見。風見はだって・・・「行方不明じゃなかったのか!?」
言ってみてから、改めて風見の姿を見てみた。俺が何か言おうとすると、風見は自分の口に人差し指を置いた。
「言わないで下さい。」
それから風見はサングラスを外し、服を腹の部分だけ捲り上げた。・・・・・傷跡。
「死ぬ思いをしましてね」
俺はそれ以上何も聞けなかった。言えなかった。
きっと、俺には想像もできない様なコトがあったのだろう。
それから俺達はその場で少し話し込んだ。
俺のコト。虫の呪いのコト。「希望の世界」のコト。荒木のコト。・・風見は荒木を知っていた。後は弟のコト。
「あいつには言わないで下さい。病院からこうして抜け出してる身なんで・・・見つかるとマズイんですよ」
結局、風見は俺とほとんど同じ立場だった。ヤツも、sakkyを探している。
ただ、風見には見当がついてるのだという。聞きたかったが「確証が無いから言えない」と頑なに拒否された。
あまり人前に長くいると見つかるから、と言って風見はすぐに帰っていった。消えた、と言うべきか・・。
メアドを交換し、「何かわかったらメールしますよ」と言い残していた。

家に帰ってから、今の状況を整理するのが大変だった。約束通り弟には風見のコトは言わなかった。
それにしても・・・・実によくわからない。sakkyも謎だらけなら、風見も謎だらけだ。でも風見は存在してる。
素直にROMってた方が、よっぽど楽だった。ややこしすぎる。





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