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序章

<追撃編>


第1章 「傷」
 第1週 再会
 第2週 依頼
 第3週 怨恨
 第4週 悪魔

第2章 「鎖」
 第5週 新参
 第6週 裏道
 第7週 到達
 第8週 連結

第3章 「塊」
 第9週 下僕
 第10週 道化
 第11週 対決
 第12週 集結

第4章 「駒」
 第13週 焼跡
 第14週 疾走
 第15週 帰巣
 第16週 追撃

<迎撃編>

プロローグ
 第0週 覚醒

第5章 「溝」
 第17週 来訪
 第18週 濁流
 第19週 虎視
 第20週 奈落

第6章 「膜」
 第21週 裏側
 第22週 下降
 第23週 沈没
 第24週 藻屑

第7章 「戦」
 第25週 本陣
 第26週 奔走
 第27週 失策
 第28週 瞬殺

第8章 「蟲」
 第29週 継承
 第30週 歯車
 第31週 撃破
 第32週 終焉







第三十二週 「終焉」

8月7日(月) 夕立

この家にいるのが苦痛になってきた。
やることと言えば、残った「絶望クロニクル」を見るくらい。
「ミギワ」と会話しようかと思ったけど処刑人の名前を使うのが嫌だったから止めた。
ジャンクの方ではいつものように真偽の疑わしい情報ばかりながれてる。
どれが本当のことなのかわからない。見極めるのが面倒くさい。
もうネットすら嫌になった。
昔に戻りたい。
祖母のおせっかいも、祖父の気遣いも、狂った母親の相手も、
僕にはただの苦痛に過ぎない。
子供の頃まで戻りたくなった。
忘れてしまった記憶の中に。
綺麗な過去に戻りたい。

帰りたい。


8月8日(火) 晴れ

帰ろう。僕は決意した。
この家にあるのは「新しい生活」だ。
祖父と祖母に養われ、ただ生きるだけの生活。
僕はそんなもの望んでない。
僕が戻りたいのは、早紀と過ごしたあの日々だ。
父親が病院勤めのせいで家にいる時間が少ない。
母親もやたら外出してなかなか家に居着かない。
必然的に増える二人だけの時間。
親のいない寂しさを共感した。
ああ、今思い出したよ。
僕らは寂しがってた。
子供の頃、僕と早紀は寂しさを癒すため互いの身を寄り添えていた。
いつの間にか、そんな時期があったのさえ忘れてしまったけれど。
気付いたらオトナになっていた。
親のことを気にするよりも、自分の事で手一杯。
けど、子供の頃の感情は・・・・早紀と触れあう喜びは・・・・
どこで歪んだのか。僕は愛情表現を間違えた。
ねじれた愛情をそのままぶつけたとき、早紀は壊れた。
最初に戻ろう。
色んな事が起き過ぎた。
もう、疲れたよ。
帰る。もう帰るよ。
僕が育ったあの家に。
引きこもるならあそこしかない。

身支度を整えた。
なんだかんだと、この部屋にも僕の生活が染みついてた。
祖母に買わせた漫画や雑誌は全部捨てることにした。
あの家を出るときの記憶が曖昧だから、何が残ってるのかよく覚えてない。
川口を撃退しに行った時もフラリと自分の部屋に行ったけど、それもあまり記憶にない。
どれを残し、何を持っていくか。

大切な選択だ。


8月9日(水) 曇り

別れの挨拶をした。
祖父と祖母。そして母親に。
もちろん面と向かっては言わなかった。
心の中で、こっそりと。

この家から持っていくのは、CD。
色んなCDを母親の部屋から持ってきた。コンポはあっちの家にあったはず。
ボレロやワルキューレの騎行、カノンやラカンパネラ。それにトロイメライ。
これらの曲が入ったCDを貰うことにした。もうこの家じゃ聴かれないものばかり。
僕が持っていっても問題ないはずだ。
母親はニィっと笑いながら父親のノートパソコンをいじってた。毎度の光景。
僕がCDを選んでても、視界には入ってなかった。
みんな普段通りの生活をしてる。
いつものように母親の奇行を制し、世話をする。
祖父と祖母。二人はこの世話を煩わしく思ってるようだが、他に面倒見る奴がいないから仕方ない。
僕はここから居なくなる。
僕の養育が無くなる分、少しはマシになるかもしれない。
食料や水もバックに詰めた。
これで何日もつか分からないけど、その時はその時だ。
ここにノートパソコンも入る。重そうだ。気を付けて持たないと。
最後の外出だから、これくらい重くても頑張らなくては。

準備できたらすぐに行こうかと思ったけど、明日にした。
この家での最後を堪能しておこうと思ったから。
誰かと過ごすのも最後。
これからは、一人で生きていくんだ。
夜の闇を見つめた。こうするのも何度目だろう。
外では雨が降り始め、雷も鳴っている。
いつもは闇の向こうに誰かを見てた。
早紀だったり、渡部さんだったり。
でも今日は、自分を見た。
窓に映る自分の顔。火傷だらけのグチャグチャの顔。
その先に、僕は自分の未来を見ようとした。
「僕に未来なんてあるのか?」
闇の向こうに問いかけた。

返事は雷鳴だけだった。


8月10日(木) 晴れ

僕の家へ。
横浜の家まで戻った。
それがまさか、こんなことになるなんて。

暑い中、バックを肩から担いでフウフウ言いながら辿り着いた。
家に近づくにつれ、妙な奴がいるのに気が付いた。
デブ。
遠藤よりかは少し小さいが、似た雰囲気を持ってる・・・プチ遠藤だ。
そいつが僕の家の前をウロウロしてた。
門の外から中をのぞき込んだり、ちょっと中に入ってみたり。
人の家で何をやってるんだ?
プチ遠藤は何やら顔を歪め、門の中から出て帰ろうとした。
怒りを感じた。僕は急いで後を追い、後から声をぶつけた。
「お前、何やってたんだ!」
プチ遠藤はビクリと肩をあげ、凄い勢いで振り向いた。
僕の顔を見るとさらにビクンと反応して、口をパクパクさせていた。
「誰だよお前。僕の家で何やってた。」
「あ・・・・その・・・・・・いや・・・・・」とうろたえ始めた。
僕が家の者であることは理解したらしい。
しばらくはしきりに汗を拭いてオロオロするだけだった。
が、やがて意を決したらしく、背筋をピンと伸ばして口を開いた。
「ボ、ボ、ボクの名前はア、秋山と言います!」
目をパチパチさせながら必死に叫んでた。
秋山?聞き覚えのない名前だった。
「あの、ちょっと前からちょくちょく家を張ってて・・・その、最近になって誰か家にいる気配があって、だから、あの」
言ってることが理解できずイライラした。
こいつは何を言ってるんだ?家を張る?なぜ?
思わず問いかけた。
「なんで僕の家を?」
ア、と小さく声をあげた。
えっと、その、あの、とじらすような言葉ばかり続ける。
その中で一言、聞き捨て鳴らない単語があった。
いや、だから、その、あれの、えっと、絶望クロニクルの・・・・・
「絶望クロニクルを知ってるのか!」
僕の声に、秋山はまたもやビクンと反応した。
なんで知ってるんだ。それがどう関係してるんだ。
僕は立て続けに質問をしたが、秋山を戸惑わせるばかりだった。
「あ、いえ、だから・・・」
泣きそうな声でようやく声を出した。
「ボク・・・王蟲なんです・・・・・」
王蟲。その名前は覚えていた。
父親が殺した連中の中にその名前はあったか?そこまでは思い出せない。
ただ、湖畔にそんな奴がいたことは確かだ。
こいつがその王蟲か・・・・
・・・・で?それが僕の家と何の関係が?
僕が考え込んでると、秋山は悩む僕の姿を伺っていた。
そして突然、何を勘違いしたのか・・・・ニヤっと嫌らしい笑みを浮かべ、大声を上げた。
「シャーリーンを出せ!」
あまりの唐突な豹変ぶりに僕は驚いた。
さっきまでのオドオドは消え、圧倒的優位だと言わんばかりの態度だった。
少し後ずさりする僕に、秋山は勢いづいて更に叫ぶ。
「隠してもムダだぞ!ボクはちゃんと調べたんだ!パスワード解析もアクセス解析もした!
 IPチェックもしたしプロバイダまで問い合わせたし全て調べ上げて住所を突き止めたんだぞ!」
わめく秋山。
最初、何を叫んでる理解できなかった。
わぁわぁ叫ぶ声の断片を拾ってなんとか推測してみた。
秋山は絶望クロニクルの管理人・シャーリーンの正体を突き止めようとした。
そこでやったのがサイト自体のパス解析をはじめとしたソーシャルハック。
パスがわかればサイトの管理人の個人情報もわかる。もちろん自己申告の情報だが。
絶望クロニクルがどのプロバイダによるサイトだったかは忘れたけど・・・
ネットには個人情報を暴露するための技術・情報はゴロゴロ転がってる。
情報漏洩の意識にうとい管理人は簡単にバラされてしまう。
とにかく秋山は見事にシャーリーンの個人情報を調べ上げ、そこに僕の家の住所を見つけた。
それで張ってたワケだ。シャーリーンに会うために。
でも、納得できないことがある。
なんでウチの住所をあの「シャーリーン」が?
当然の疑問だった。
それを問いただすのも自然の流れ。
僕は聞いた。
・・・・・・・・・・その先に何があるのかも知らずに。
真実は変えられないとしても、知りたくないこともある。
知らなければ良かったのに。聞かなければ良かったのに。
何も知らなければ、幸せのままでいられたのに。
僕は、聞いてしまった。

「シャーリーンって誰だ?」

秋山は僕の言葉を聞くと、とてもとても嬉しそうな顔をした。
言いたくて仕方ない顔。手に入れた秘密を教える優越感。
満面の笑み。よくぞきいてくれたと言わんばかりにはしゃいで、
答えた。

「岩本亜佐美って人だよ!妹?お姉さん?とにかくそいつが、シャーリーンだ!」

吐き気がした。
もの凄い勢いでアタマの中が回っていった。
絶望クロニクルの存在意義・・・・
自分では意識しなくても、勝手に思考回路が動いてしまう。
カチャカチャと機械的な計算が駆け抜け、答えを導き出した。
「ねぇねぇ亜佐美さんに会わせてくれよぉ。会わせないと酷いよ?」
甘ったるい声でせかしてきた。
僕は身体は固めたまま、秋山の声を受けていた。
何だろう。秋山は途端に舐めきった態度になった。
ソーシャルハックをしたことで、気持ちが大きくなったのかもしれない。
ボクはお前の正体を知ってるんだ。ハッキングしてやったんだぜ。
すごいだろ。ボクを恐れろ。怖がれ。ボクの言うことを聞け・・・
心の声が聞こえてきそうだった。
僕はゆっくりと腕を動かし、両手でがっしりと秋山の顔を掴んだ。
ブヨブヨと嫌な感触。秋山は何が起きたのかわかっておらず、キョトンとした顔になった。
え?え?と戸惑っている。
僕は言った。
「バーカ。岩本亜佐美は僕だよ。ネカマだったんだよ!」
言い終えると同時に突き放した。
秋山はあう・・・と声を漏らして尻餅をついた。
チョコナンと道路の脇に座り込み、阿呆ズラを晒してる。
何かを言おうとしてるが口には出てきてない。
肉塊がボテンと落っこちてるみたいだった。
僕はそれ以上何も言わず、踵を返して歩き始めた。
少しすると、後から秋山の叫び声が聞こえた。
「ふ、二人も行方不明になってるんだぞ!せ、せ、せ、責任取れよぉ!!」
二人ドコロじゃない。もっとだよ。
心でそう叫びながら、僕は、走った。
「ま、まてぇ〜」とか細い声があがる。デブに追いつけるわけがない。
責任とれよぉ・・・・・責任とれよぉ・・・・・
声が聞こえなくなっても、僕は走ってた。
バッグが煩わしかったはずだが、そんなことを意識する余裕もなかった。
ただひたすら必死に走り、電車に乗り、小田原のこの家に、戻ってきた。
逃げ戻ったのとは意味の違う。
たった一つのことだけを考え、走ってた。
シャーリーンをこの目で確認せねば。

家に戻ると、祖母は普通の外出とでも思ってたらしく、「おかえりなさい」と何て事無く迎えた。
僕はそれを無視し、2階へ駆け上がった。
僕が挨拶を無視するはすでに日課になっていた。
祖母は別段無視されたことなど気にせず、それ以上何も言ってこなかった。
それに比べ、僕は完全に落ち着きを失っていた。
勢いのままにドアを開けた。
母親は、眠ってた。
部屋中紙屑やらが散らかり、ノートパソコンも無造作に置いてある。
僕はドアに手をかけたまま、立ちつくしていた。
静かだった。とても静かな時間だった。
母親の寝息が聞こえてくる。
その音はすぐに静寂に溶け込む。
僕の息づかいもまた溶け込んでいった。
何もできなかった。
ベッドに横たわり寝息をたてる「シャーリーン」。
何も、言えなかった。
ゆっくりとドアを締め、自分の部屋に戻った。

頭を抱えて座り込んだ。
見えた答えが反芻してくる。
早紀とNSCの戦い。
あの頃早紀は追い詰められていた。
当然その様は「渚」も見ていたはず。
そこで取った行動は?
早紀の為に恋人まで作り上げた渚。
ずっと見守ってた渚。
早紀のピンチに黙っているわけがない。
早紀はNSCを撃退しようと策を練った。
自作自演までやった。
しかしそれはバラされてしまう。
早紀は追い詰められた。
その時だろう。「渚」が助け船を出したのは。
早紀の窮地を救うためには、どうすればいいか?
ネットを知ってる者の立場からなら、早紀よりもう1ランク上の策が取れた。
早紀の自作自演。まずはこれをホンモノにする。
早紀が演じたキャラを実在させる。
そうすれば自作自演じゃなくなる。
湖畔専用BBS。ここで早紀が演じたキャラを、他の者に演じさせれば・・・・
さらに「自作自演がバレた」という状況。
これは、「こいつは自作自演だ!」というタレ込みから始まる。
一度出された情報は撤回できない。
できないなら・・・・信憑性を低くすれば?
もっと強烈なタレ込みを乱発させ、偽タレ込みをはびこらせる、
怪しい情報を喜ぶ不埒な輩を招き入れ、一つの情報の価値を薄める。
ジャンク情報BBS。全ての情報が信用できない。例えそこに「本当の情報」があっても・・・
二つの掲示板。あとはこれを最もらしく登場させればいい。
・・・絶望クロニクル。
「早紀を守る」
それがここの、存在意義。
だがそれは活用されることは無かった。
早紀は自力で解決してしまったから。
結果、表に出ることもなく忘れ去られた。
恐らく作った本人もどうでも良くなってしまったのでは?
目的は早紀を守ること。サイト自体の存在は重要じゃない。
たまたま知ったごく一部の人間にだけ知られ、ネットを漂うハメになった。
湖畔は単なる馴れ合い掲示板になり、
ジャンクは、招き入れた不埒な輩だけが残り、今でもそいつらがくすぶってる。

今ではその面影も見えないほど変わってる。
だけと不愉快な現実だけは残ってる。
なんて嫌な真実なんだ。
シャーリーン=岩本亜佐美
そこから生み出される理論は。
いくら頭を振っても離れなかった。
泣いても、叫んでも、事実は変わらなかった。
なんでいつも最後にはこいつが。
僕らは。早紀は。みんなは。
ずっとあの女の手の上で?
踊って・・・・・あああああ・・・・・・

aaaaaa


8月11日(金) a

言うべき言葉など無い。
わかってはいたが、フラフラと足は母親の部屋に向いていた。
起きる気力もなくベッドに寝続け、ようやく身体を持ち上げたのはついさっきのことだった。

カチャリとドアを開けた。
今日も母親は一人で遊んでる。
祖母と祖父は、マトモに遊び相手などすることは無かった。
ノートパソコンさえ与えておけば大人しくなる・・・
そうして部屋で一人遊ぶことを余儀なくされていた。
毎度のこと、なにやらニコニコしならがキーボードを叩いてる。
ノンキなもんだ。
僕が入ってきても気にせず作業を続ける。
何の目的で部屋に来てしまったんだろう。
「シャーリーン」を目の前にして、僕はやることを失った。
ふと、殺したくなった。
包丁は川口弟に渡したっきりだったので、首を絞めることにした。
ユラリと背後に回った。
背後の殺気など微塵も感じず、母親はニコニコと画面を眺めてる。
何をニコニコと眺めてるんだろう。
思えば、こんなにノートパソコンをいじる姿を目にしてきても、
具体的に何をやってるのかじっくり見たことなどなかった。
首に手を回す直前、ちょっとそれを見たくなり、画面をのぞき込んだ。
僕は、小さく飛び上がった。
後ずさりして首を何度も何度も横に振る。
汗がダラダラと流れてくる。
背中がタンスにぶつかってもなお、後に下がろうと力を入れていた。
母親は背後の物音など聞こえていない。
画面をスクロールしたりして遊んでた。
なぜ。ナゼ。何故。
昨日よりも、脳味噌はフル回転していた。
なぜだ。なぜお前が・・・!!
画面に映っていたのは、「湖畔掲示板」
それはいい。これは父親のノートパソコン。
ヤツは絶望クロニクルを見てたのだから、画面にそれがあってもおかしくはない。
けど、なぜ、どうして。どうしてこの画面には。
掲示板の上部。書き込み欄と、タイトル入力欄と、メアド欄と・・・・投稿者欄。
その投稿者欄には。クッキーで記憶され、そこにあらかじめ書かれてる文字は。

投稿者 ミギワ

一番新しい書き込みも「ミギワ」のもの。
「処刑人さん、居なくなっちゃった?みんなどうしちゃったの?」
・・・・ニコニコしながらキーボードを打ってたのはコレだったのか。
現実じゃこんなにオカシイくせに、ネットじゃマトモな書き込みを・・・!!
その場にいるのが恐ろしくなり、自分の部屋に逃げてきた。
ああ、シャーリーンが。
シャーリンはずっと居たんだ。
舞い戻っていた。
記憶を無くし、自分が「シャーリーン」とも気付かずに・・・
・・・・・・・そうか。そうゆう事だったのか。
何故あんなに楽しそうにしてたのか。
どうして心の破綻した者が、平然と書き込みをできるのか。
タイピング技術は身体が覚えていても、マトモなオハナシはできないはず。
それがなんで普通にこなしているのか。
うひ。ひひひひひひひ
簡単じゃねぇか。そんなのさっき書いたじゃないか!
僕は父親に「絶望クロニクル」を教えた。
ヤツは自分のパソコンでそれを見るようになった。
あの母親を、傍らに置いて。
遊びたがってた。あの女はヤツと遊びたがってた。
しかしヤツは「絶望クロニクル」を監視する仕事が。
そこで考えた、一石二鳥の策。
絶望クロニクルで、遊べばいい。
そう考えればどうだ。湖畔の、一人忽然と姿を消したあいつの正体がわかるじゃないか!
ミギワと親しくオハナシをしてたあいつ。
「シス卿」
父親が居なくなったと同時に消えていた。
当然だ。ヤツが、「シス卿」だったんだから!
ウケケケケケケケケケケ
これが笑わずにいられるか。
交代交代で同じパソコンを使い、相手が隣にいるのにネットで会話する。
あの女は単純な機械みたいなものだ。
やり仕方さえ教えれば、すっと同じことを繰り返す。
一人楽しく書き込みに明け暮れている。
今はもう、会話する相手などいないのに。
ケケケ
おかしいよお前。

にしても何だよ。シス卿はともかくミギワって。
シス卿の方は何かのキャラの名前だろう。そんな感じがする。
「ミギワ」なんて意味不明じゃないか。
言葉の意味もわからないほど狂ってんのかよ。
ええ?シャーリーンさんよ?
クソデブに正体を暴かれ、湖畔に戻ったと思えば記憶無いし、
その上自分の名前もロクにつけれれない。
救いようがねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよッッッッッッッ!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・待てよ。

何だよこれ。
ちょっと待ってくれよ
おい。こりゃ何だよ。何なんだよ!
ミギワって・・・
え?これって・・・ええええ??
あ、いや、え?
こ・・・これ・・・
ミギワ・・・・・・
変換。
ちょっとスペースキー2回押しただけ。
考えなんかなにもない。
ただちょっと、押しただけ
漢字変換、しただけ。
それが・・・・・・
こんな・・・・・・
み・・・・・・・・

みぎわ

ミギワ

ミギワ

水際



渚は「ミギワ」とも読む。

あ、今なんか弾けた。
僕の中で何かがポコンと音をたてて壊れた。
おお・・・・・。おおおお。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?????
過去が。
僕の過去が戻ってくる。
凄い勢い。走馬燈のようにサァァッと。
プチ遠藤の叫び声
壊れた川口弟
知らない顔する渡部さん
父親が目を見開いて絶命してる
母親が「お化け!」と叫ぶ
祖母と祖父がおろおろと
もっともっと遡っていく
バットを振り回す川口
僕の顔の傷に絶句する渡部さん
包丁かざしてニヤニヤする遠藤
僕は風見祐一
風見となって、川口を誘い出す
僕は荒木さん
荒木さんとなって、渡部さんを誘い出す
父親とと共に「希望の世界」を見つめる
こいつらを殺してくれ、と頼む僕
早紀の炎
燃える炎
早紀の声が聞こえる
「戻ってきて」

ああなんだ。
さっき弾けたのはアレか。
僕か。
僕が壊れた音か。

ケケケケケケケケケケケヶヶヶヶヶヶヶ

笑い声が、遠のいていく

・・・・・・止まらない・・・・・・・・・・

・・・止まらない・・・・・・・・・・・

止まらナイ・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・

・・・・

・・

・・・・・・・・・・・・・・・私のアザミが壊れました。
アザミはもう戻りません。
部屋の中でポツンと一人、私は取り残されてしまいました。
ドアが少しだけ開いています。
私はそのスキマから中を覗いてみました。
カイザー君と渡部さんが、変なことをしてます。
暗闇の中でゴソゴソと。
二人は私を助けにきてくれたんじゃないんでしょうか。
私をここから連れだしてくれるんじゃないんでしょうか。
でも少しおかしいです。
あの渡部さん。何か違うように思います。
カイザー君は何か必死になって身体を動かしています。
渡部さんがこっちを見ました。
・・・・・・・笑ってる。
渡部さん。私と目があったら、笑った。
なんで笑うのでしょう。
渡部さん、何かおかしいの?
私はとても嫌な気持ちになりました。
けど渡部さんは笑うのを止めません。
・・・渡部さん。アナタは本当に渡部さん?
私は疑問に思いました。そして確信しました。
違う。この人は渡部さんじゃない。
本当の渡部さんは、もっと無表情よ!
全て無かったことにしようとする渡部さん。
渡部さんは、私に笑いかけたりはしません。
なら、この人は誰?
ああ、何か名前が出てきそうです。
この顔。良く知ってる顔なのに。
思い出せません。
喉まで出かかってるのに。
サキ?違います。これは私の名前。
あれ?でもこの人も・・・・・
あ!思い出した!
アナタの名前は・・・・・・・・・・














蟲だ。










8月12日(土) 台風

お母さんが、変なおじいさんとおばあさんに連れて行かれました。
今朝、僕がおじいちゃんに「お父さんに頼まれてたんだけど」と
お母さんを引き取りだがってる人の話をしたからです。
おじいちゃんは喜んですぐに電話をしてました。
夕方にはもう来てました。
お母さんは泣いて嫌がりましたが、強引に行かせました。
狂ってるから仕方有りません。みんな納得済みです。
変なおばあさんは、お母さんを見ると手を合わせて拝んでました。
おじいさんは、嫌らしい手つきでお母さんを触ってました。
お母さんは泣き叫んで必死に抵抗してます。
僕は「これでいいのかな」とちょっと思い返しました。
けど、3人はすぐに行ってしまったので、今更どうしようもありません。
おじいちゃんは「これでやっと肩の荷が下りたよ」と言ってました。
おばあちゃんが「あっちでうまくやってくれるでしょう」と言いました。
僕もお父さんとの約束を果たして満足でした。
少し違った気もするけど、気のせいだと思います。
みんな満足。素晴らしい終焉です。
お父さんのノートパソコンが、部屋に置きっ放しになってました。
僕には自分のパソコンがあります。
使う人がいないので捨てました。携帯電話も一個だけで十分です。
捨てやすいよう、叩き壊しておきました。
とてもスッキリしました。

やるべきことはこれで全て果たしました。
だから死にます。
僕にはもう、生きる意思などありませんので。
どうせ死ぬなら、早紀と一緒の場所にしようと思います。
あの家で早紀は「希望の世界」を作りました。
ネットには「希望」がたくさん詰まってると思ったのでしょうか。
思ってたのでしょう。希望に満ちあふれた素敵な世界。
残念ながら、そこには絶望しかありませんでした。
絶望の世界です。希望なんてありません。
ネットだけでなく、現実にも。
そして、自分の中にも。
あちら側にはあるかもしれません。
早紀のじゃない、僕の「希望の世界」が。
僕の「希望」は何だろう?
もちろん、早紀です。
だから行きます。早紀の元へ。

逝かせて下さい。



8月13日(日) 明るい雨

プチ遠藤の言葉を思い出したのは、彼女に出くわした直後でした。
・・・最近になって誰か家にいる気配があって・・・
家に入るとすぐに、その荒れ具合に驚きました。
思わずバッグを落としました。中の食料がグチャリと潰れ、CDも何枚か割れる音がしました。
緊張の中にありながらも、いよいよ死ぬしかないと思いました。
無造作に上がり、居間の方へ行ってみました。
そこには、かつて無いほど狂気に帯びた、鬼の形相をした彼女が。
渡部さんが、棚の引き出しを漁ってました。必死に何かを探してます。
渡部さんは頭と左腕に包帯を巻いてました。雑に縛ってあり、赤黒い染みも幾つかあります。
なぜ、渡部さんが僕の家に?それはすぐに想像つきました。
僕は彼女に「今はおばあちゃんの家にいる」と漏らしたことがあります。
その住所を探していたのでしょう。僕の居場所を、突き止めるために。
そんなもの、お父さんがとっくに処理してしまったことなど知らずに。
僕が声をかけるよりも早く、渡部さんは僕に気付きました。
顔をあげた瞬間、僕と目が合いました。鬼と目があった。
彼女は叫びました。

「虫!」

全てを理解するのには、この一言で十分でした。
僕を「虫」と呼んだ。「岩本君」でなく、「虫」と。
なんだ渡部さん。僕のこと覚えてたじゃないか。
やっぱり罠だったんだ。僕を陥れるため、知らないフリをしてたんだね・・・
僕と渡部さんの最終決戦。彼女は罠を張り、僕を孤独に陥れた。
その結果、僕がおばあちゃんちにいることを、自分の居場所を吐露してしまった。
一回戦は渡部さんの勝ち。続く2回戦。僕は川口弟を逆利用し、渡部さんの家に放り込んだ。
黒い染みのある包帯が、痛々しくなびいてる。二回戦は僕の勝ち。1勝1敗。
次で勝負が決まる。追撃してきた渡部さん。迎撃する、僕。
勝負の行方は・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・渡部さんの勝ちだ。
包丁を握って突進してくる渡部さんを見据え、僕は自分の負けを悟りました。
包丁は、僕が川口弟に渡したものでした。
恐ろしいほどスローモーションに見えました。顔中に皺を刻み、渡部さんは怒りの権化となっています。
頭に巻いた包帯が少しほどけ、片目を覆ってました。片目を失った川口の顔を思い出しました。
彼女は両手でしっかり包丁を握り、真っ直ぐ僕に向かってきます。
歯を食いしばり、やがて大きく口を開け、叫び、
僕を刺しに来ました。

色んな人に迷惑をかけました。多くの人を、傷つけました。
できれば早紀と一緒の死に方が良かったけど、僕にそんな贅沢は許されません。
殺されるのは当然の運命なのでしょう。僕は自ら死を望み、ここに来ました。
刺されて死ぬのも悪くない。僕の身体には刺し傷があります。
その傷では死には至りませんでした。今度こそうまく、死ねるかな・・・
僕は渡部さんの包丁を迎え入れました。これまでのこと。全てにケリをつけるために。
両手を広げ、この身をさらしました。胸を張ってました。空を、見上げてました。
何十回も空を見たけど、今日はより高いところが見えました。
天井の向こう。雨降る雲の、それより向こう。行こう。早紀の待つ、空の世界へ。
・・・希望の世界へ。
僕の顔はとても穏やかになっていたと思います。
信じられないくらい優しい気持ちになれました。
人間らしく、なれました。僕はもう虫じゃない。
救われました。



・・・・・ああ。それがなぜ。どうしてこうなるのでしょうか。
また虫に戻れと言うのでしょうか。蟲のまま、生き続けろと言うのでしょうか。
僕に死ぬなと言うのですか?答えて下さい。渡部さん!

包丁が僕のお腹に刺さる直前でした。
軽く先端が押しつけられ、少しでも力を入れたら、そのまま刺さる。
なのに彼女は・・・渡部さんは・・・
包丁を止めました。
その顔はもう、鬼の顔ではありませんでした。ゆっくりと刃を引っ込めました。
死を覚悟していた僕は戸惑いました。
彼女は、とても寂しそうな顔をしてました。憑き物が落ちたように。怒りは全く感じられませんでした。
悲しそうな。今にも泣きそうな顔。大切なモノを壊してしまった子供のように、目を潤ませて。
一筋の涙が流れました。頬を伝い、滴がポタンと落ていきます。
僕の顔を見ました。僕は何も言えず、涙を流す渡部さんを見てました。
見つめ合いました。お互い何も言えず。動けず。
長い沈黙です。
先に動いたの渡部さんでした。またゆっくりと腕を動かしました。
包丁をくるっと回し、刃を反対側に向けて・・・・
クスリと笑いました。イタズラっぽく、可愛らしい笑顔。
楽しそうに笑いました。優しく、微笑んでいました。

そして刺しました。自分のお腹を。

いつか見たような場面です。
早紀が自分のお腹を刺した、あの日記のシーン?
そうだ。そこだ。それを僕は、逆の立場で見ている。
仰向けになって倒れる渡部さん。赤い血が、宙に舞いました。
僕は彼女に駆け寄りました。身を屈め、迷わず僕は・・・・
包丁を抜き取り、傷を服で押さえつけました。
血が止まらない。救急車を呼ばなければ。
僕は立ち上がり、電話機へ。
この家の電話はまだ使えるか?受話器を取ると、ツーツーと音が鳴りました。
使える。119番を。早く呼ばなきゃ。渡部さんを助けなきゃ!
・・・・・・・・・・なぜ?
疑問が頭をよぎりました。
無意識の内に身体が動いてましたが、僕はなぜこんなことをしたんでしょうか。
渡部さんの死は、望んでいたはず。なのになんで助けるんだろう。
受話器を持ったまま、僕は決断を迫られました。
渡部さんは、このまま放っておいたら死ぬでしょう。
僕や早紀がお腹を刺させても死ななかったのは、やるべき処置をしたからです。
彼女がなぜこんな真似をしたのかわかりません。
あんなに、僕を殺したがってたのに。僕らは憎しみ合ってたのに。
短くうめき声をあげる渡部さん。
痛みに顔を歪めてはいるけど、口元は笑ってる。
渡部さん。どうして。どうしてこんなことを・・・・・・・・・・
・・・・・・・これは・・・・・・・・・・・待てよ・・・・・・・・・・・
同じだ。あの時のお母さんも、同じ疑問を抱いたはず。
自らの腹にナイフを突き刺した早紀。その理由は・・・・
渡部さん、まさか君も・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・君は・・・・・・・・・・・・・・?
僕は救急車を呼びました。
ハッキリとこの家の住所を告げ、僕の名前も告げました。
彼らが来たら、全てを話すつもりでいます。何も隠さず、僕らの因縁、全てを。
事件になるでしょう。それでも構いません。もう僕らだけで抱えるのはよそう。
二人で罪を、償おう。
彼らが到着するまで、僕は日記を書くことにしました。
食料やCDジャケットは壊れましたが、そのおかげでノートパソコンは無事でした。
だからこうして、日記を書けています。これが最後になるでしょう。
明日の僕は、どこにいるのかわかりません。日記を書ける状況にはいないでしょう。
今度はもう、逃げないから。

彼女に話しかけました。息を荒げ、助けを待つ彼女に。

「早紀」

彼女は少し顔をこっちに向けました。そして弱々しく呟きました。

「私は、美希よ」

そうか。そうだったね。
けど関係ないよ。僕は君の中に、早紀を見たんだから。
早紀は僕の希望・・・・それが、渡部さんの中に。
たった今気付いたよ。
お互い憎む対象だった。だけどそれは、孤独より遙かにマシだった。
孤独の罠に陥った時、僕はとても寂しい思いをした。
生きてる心地がしなかったんだ。自分の存在が、消えてしまったようで。
だれでもいい。僕のことを、覚えていて欲しかった。
渡部さん。これだけ長くやってきて、残ったのは君だけだ。
身内じゃない。他人で、だ。
今じゃ君だけが、僕のことを覚えてくれている。
君が死んでしまったら、僕を、「虫」を知ってる人がいなくなる。
好意を望むのは無理だろうね。だから憎んでくれてていい。
それでもいいから、僕の事を忘れないで。
死んではいけない・・・!

「美希ってね。『美しい希望』と書くの。」

か細い声で囁きました。そして少し、笑いました。
クスクスと楽しそうに笑っています。
無理しちゃだめだよ。彼らが来るまで、ゆっくり休むんだ。
それでも彼女は笑い続けました。クスクスと、楽しくそうに。寂しそうに。
やがて声を上げて笑うようになりました。アハハハと、とても明るい笑顔になって。
大きな声を上げようとしても、力が入らないようです。
声は小さなままです。でも、頑張ってる。
小さいけど、精一杯笑ってます。

「私が『希望』だって・・・・・・しかも、『美しい』!」

アハハハハハハハ・・・
それはどこか自嘲じみた響きがありました。
僕も一緒になって笑いました。二人の笑い声が、部屋中に響きます。
愚かな行為を繰り返してきた二人の笑い声。
幕を下ろす、最後の笑い声。
いつまでも響きます。虚しく響きます。
いつまでも、いつまでも

ありがとう。僕は彼女に言いました。
何に対しての「ありがとう」だろう。
刺さないでくれてありがとう?それとも、憎んでくれてありがとう?
いや違う。関わってくれて、ありがとう。
僕は生きてみるよ。「蟲」であっても、構わない。
だからお願いします。もう少しだけ、僕のことを覚えていて下さい。
憎んでいて下さい。・・・忘れないで下さい。
そうすれば僕も、生きられるから。
生き続けて下さい。

残ってるのは、絶望だけかもしれません。
望むことすら許されない。無の世界かもしれません。
だけど僕は探します。僕はきっと見つけます。
光は君の中にある。
渡部『美希』

貴女は僕の、希望です。



希望の世界
−完−





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